赤ちゃん連れフォトグラファーのAzusaです。
ご覧いただきありがとうございます。
投稿九十三回目は
「【子連れカンボジア旅行記】
ちびっこ連れの遺跡巡りは可能!?の検証と、
こどもの労働について【前編】」
について書きたいと思います。
(初めてお越しの方は
こちらの自己紹介をご覧いただけたら
嬉しいです!)
カンボジアに来ています。
タイを去るまでが
カウントダウンに入り
駆け込みでやり残したことを
一つずつ潰している近頃ですが
その1つが
夫の念願だったカンボジア旅行。
「遺跡巡りは
小さいこども連れでは厳しい」
という話もちらほら耳にしていたので
7歳、4歳、1歳の3人のこどもたちがいる
我が家には
難しいかもと思いながらの
今回の旅行でした。
今回も前回のモルディブ旅行同様
予約完了は
出発の二日前。
旅行日程を組むという作業が
めっぽう苦手な私は
基本的にいつも夫任せなので
私が言えることではないのですが
ギリギリでも旅行って
行けるものなのだなと
いつも関心します。
私が協力したことといえば
インターネットのサイトで
パッケージツアーの値段を見て
「こんなものなのかな...」
とつぶやいていた夫のために
某旅行会社に出向き
希望の日程とコースで概算を組んで
もらったことだけ。
その価格を見て夫、
「よし、自分でがんばろう。」
二日前に
無事予約が完了したと伝えられ
前日には
出発は朝6時だと告げられ
当日を迎えます。
当日早朝
1泊分の荷物を適当に詰め込み
寝ぼけ眼のこどもたちを担いで
搭乗時間の1時間半前に家を出ます。
無事チェックインに間に合い
待ち時間少なめで搭乗。
最初は「映画が見られない」
とぶつぶつ言っていた長女でしたが
機内で朝ご飯をいただいているうちに
あっという間に到着。
ここまではいつになく
至って順調。
しかし
シェムリアップ空港に到着するなり
ビザの手続きが必要であったことに
夫が気付きます。
なんてこったい。
幸い
証明写真すら持ち合わせて
いなかったにも関わらず
その場で簡単な書類を書くだけで
長女、次女が相撲を取っている間に
あっさりビザ取得完了。
後で調べると
結果的には
これが一番簡単な
ビザの取得方法だったようですが
"写真を準備していかないのは
おすすめしない"
というサイト内の文言を見て
少し肝が冷やされる思いがしました。
(ちなみにこの時はビザ代に加え
写真代としてさらに2ドル徴収されました。)
件のモルディブ旅行に引き続き
またしても我が家が
同じフライトで到着した人々の中で
一番最後まで空港に残っていたのですが
今回はお迎えの方もすぐに見付かって
至って順調。
一度ホテルに荷物を置いてから
ホテルのお抱えドライバーさんの運転により
早速
本日1つ目の観光スポットに。
そこは
バンテアイ・スレイという
10世紀中頃に建立された寺院。
赤色の砂岩でつくられた建造物に施された
非常に細かい彫刻と
東洋のモナリザと称される
浮き彫りで有名な遺跡です。
ホテルからは車で小一時間という距離で
朝早かったこともあり
こどもたちは車の中で
すっかり眠ってしまったので
案の定
到着して起こすと
とても機嫌が悪く
加えて
とにかくかんかん照りで
大人でも参りそうな陽射しと暑さに
次女、歩く気なし。
日除けの傘と
入り口近くの出店で釣って
何とか中へ誘い込みます。
"やはりちびっこは遺跡には興味ないか..."
と先が思いやられながら
道行くリスなどで何とか騙し騙し
酷暑の中を歩き
ようやく遺跡まで辿り着きます。
さて、いざ遺跡の中へと
足を踏み入れんとした時
私の服装に物言いが。
タイの寺院でも参拝時の服装には
注意が必要なことが多いので
わざわざ
入り口で長いズボンを重ね履きして
準備万端だと思っていたのですが
肩が出すぎているとのこと。
三女を抱えるため
抱っこ紐をしていたので
問題ないであろうと思っていたのですが
甘かった。
仕方なく
持っていた裸ん坊の三女の服を
頭から被ってみたものの
了承していただけず。
なんてこったい。
他に羽織れるものも無く
困り果てているのを
見兼ねたスタッフのお姉さんが
自分の巻いていたスカーフを貸してくださり
無事に入場。
寺院自体はそれほど広くかったのですが
とにかく暑い。
暑過ぎてこどもたちは
思ったより遺跡に食い付いていたものの
すぐに不機嫌に。
上り下りはなく
アユタヤの遺跡等に比べると
抱っこしていても
歩きやすかったのですが
冷たい水、日除けは必須
そしてもれなく
こどもの抱っこも必須でした。
次に
バンテアイ・サムレという
小アンコールワットとも呼ばれる
寺院を訪れます。
ここでは
建造物よりも
寺院入り口の門に至るまでの間に
衣料品や装飾品を売る人たち
の方が気になってしまいました。
特に小さな女の子が
私たちを目にした途端に
母親にせっつかれて
私たちの元に駆けて来て
一生懸命に覚えたのであろう日本語で
手作りのおもちゃを売っている様には
何とも形容し難い
苦々しい思いが心に広がりました。
こんな時にいつも考えるのは
ここで買ってあげることが
目の前の人を助けることになるのか否か
ということ。
これまで
"結局のところ
彼らの手元には残らないのではないか"
また
"根本的な解決にはならないのではないか"
という思いで
こういう場面で支援することはないまま
来ていたのですが
とはいえ
まだ小学生にも満たないと思われる子が
必死に繰り返す拙い日本語を聞くにつれ
胸が痛みます。
しかし
空港でビザが発給されるまでの間
長女、次女が相撲を取るのを横目に
手に取った
ChildSafeという小冊子の中には
「かわいそうだと思って
こどもから物を買うからこそ
こどもが労働力として
使われてしまう という事実がある」
と書かれており
同情でこどもに手を差し伸べることは
こどもを助けることにはならない
という思いを新たにしました。
では
私が望む支援とは
どういう形なのか。
その問いへの答えになりそうなヒントを
翌日得ることになります。
そしていよいよ
アンコールワットへも繰り出したのですが
そこで壮大な勘違いに
気付くことになります。
遺跡鑑賞後のホテルのプールでの一コマ。
この一日で最も楽しそうであったことは、言うまでもありません。
【子連れカンボジア旅行記】
「ちびっこ連れの遺跡巡りは可能!?の検証と、
こどもの労働について【後編】
に続きます。




