自分がメドゥーサ、そんな事解っていた。
あの人がずっと生きられない事なんて、重々承知だった。
その為に終わらないセカイを作ったのに。
セカイを創るには、かなりの年月がかかってしまった。
「時間の経過に気がつかないなんて…馬鹿な話だな」
そう独り、家の前で呟く。
堪えていた涙が頬を伝う。
すると涙は待ってましたと言うように溢れ出てくる。
惨めな化け物だな、そんな事を思った矢先。
―後ろから歩く音が聞こえた。
街外れの森の奥。
ひっそりと聳え立つこの家に誰が何の用がある?
振り向くと娘に良く似た少女が小刻みに震えながら立っていた。
「シオン?」
私は考える時間も与えられない内にその名前を呼んだ。
シオンよりも少し濃い髪色、薄めの瞳。
頭には可愛らしいピンクのリボンを纏っている。
多分、シオンではないのだろう。
「ぇ…?ぁ、……」
少女は目に涙を溜めたが、グっと堪えて唾を飲み込み、
口を開けた。
「は、母のこと……知ってるんですか…?」
と、鳥の声にも掻き消されそうな弱々しい声で聞いてきた。
母?
この少女の母が、シオン。
…ということは、この少女は私の孫。
孫が、この世界で生きていた。
私は堪らなくそれが嬉しくて、蛇の髪を2本ほどうねらせた。
「私は、シオンの母だ」
すると驚いた事に、少女も髪をうねらせた。
「え、お母さんのお母さん…
お、おばあちゃん…?……私の…」
少女は先ほどの弱々しい声とは打って変わって明るめな声で聞いてきた。
「あぁ、そうだ。私は薊。よろしく」
そう言って笑いかけると、少女もにっこりと微笑んで、
「中に入って…!」と言われたので、
家の中に入った。
*
「はい、…薊おばあちゃん」
目の前に差し出されたのはハーブティー。
ゴク、と音を立てて飲む。
何かを口に入れたのが、随分久しぶりな気がする。
「ありがとう、…えっと」
そういえばまだ名前を聞いていなかった。
「あっ…マリー、…です」
恥ずかしそうに「えへへ…」というマリーは女の私でも胸にキュンと来た。
「マリーはいつも、何をしているんだ?」
そう聞くとまた恥ずかしそうにして、
「ちょっと待ってて…!」と言って本棚から一冊のアルバムを引き抜いた。
「…私、メカクシ団っていう団に入ってるの!」
如何にも厨二病な痛々しい名前だな、と言おうと思ったがマリーがあまりにもキラキラした目で、
アルバムを眺めているので喉の奥でその言葉を止めた。
「これ…みんなで撮った写真だよ」
と言って指差した先には、
目が死んでて携帯を掲げている男、
大きく"阿吽"と書かれたパーカーを着た女、
某音楽再生プレイヤーのパーカーを着た女…?、
猫のような大きな目をしたパーカーを着た男、
蛙もびっくりな緑のツナギを着た男、
そして笑顔のマリーが居た。
「どういう集団なんだ?」
と聞くと、マリーは返答に困ったようで、首を傾げた。
「うーんと、たまに任務をやって、後はお喋りかな?
あっ、この前デパートで、テロリスト?…を倒したよ」
口に含んでいたハーブティーを思わず吹き出してしまった。
「す、凄いんだな…」
小さい子のごっこ遊びみたいな物を想像していたが、
そんな想像は打ち砕かれた。
「でもでも、すっごく楽しいんだよ!」
マリーの目はキラキラと輝いており、満足げな顔をしていた。
「あっ…」
すると何かに気がついたように、マリーの顔が暗くなった。
「………あ、薊おばあちゃんは…」
ぼそぼそと下を俯き喋り始めた。
「…どうして、家の前で、…泣いていたの?」
触れられたくなかった。
みんなと一生過ごすためにセカイを創ったら、
予想以上に時間がかかって…
何時の間にかみんな、いなくなっていたなんて。
本当に惨めで、格好悪いじゃないか。
「な、泣いていたか…?欠伸かもしれないぞ」
と、嘯いた。
「……ごめんね、言いたくないかもしれないのに…」
マリーは申し訳なさそうに眉毛を八の字にして謝ってきた。
「いや、いいんだ…後で話す、だからいいか?…私も聞きたい事があるんだ」
"聞きたい事"
それは紛れもない、シオンの事だ。
メドゥーサの子であるシオンが、簡単に死ぬわけはない。
「シオンは…何処に行ったんだ…?」
そう聞くとマリーは肩をビクっと震わせ、小さく口を開いた。
「私が…虐められて…、それを庇って………!」
最後まで言わないうちに、マリーは泣き崩れてしまった。
――メドゥーサだからマリーは虐められ、
能力を使ってシオンは死んだ。
ハーフだからか、制御ができなかったのかは解らないが、
恐らく能力の代償で死んだのだろう。
私がセカイを創りに行かなければ。
あの人とももっと長くの時間を過ごせたかもしれない。
シオンとずっと一緒にいられたかもしれない。
今、シオンとマリーと談笑してられたかもしれない。
「ごめんな――!」
あの人に、シオンに、そしてマリーに。
謝っても二人は帰ってきやしないのは知っているけれど。
「なっ…んで、薊…おばあちゃ、んが…謝る…の?」
泣いているので途切れ途切れの言葉だが、マリーが聞いてきた。
「……少し昔話をする」
そういって、私はマリーに"すべて"を話した。
私があの人と恋に落ち、
シオンが生まれ、
人間とメドゥーサの違いを知り、
――終わらないセカイを創りに行った事。
そして、
やっと帰ってきた事を。
「私が…あんな事しなければ…シオンは…!」
大粒の涙が頬を伝った後、マリーの顔を見ると。
さっきの悲しそうな顔とは違う、幸せそうな涙を流していた。
「お母さんも…そしておじいちゃんも…薊おばあちゃんに、愛されてたんだね」
と、マリーは柔らかくはにかんだ。
私は言っている意味がわからなかった。
「愛していたけど…!駄目だったんだ!……結局救えなかったんだ!」
「それは違うよ」
淡々とした口調で、マリーは喋り始めた。
「…おばあちゃんにこんなに愛されたんだよ…?
それだけで、お母さんもおじいちゃんも、
――ちゃんと救えたんだよ」
ポツ、と最後にマリーが放った言葉。
胸に強く響いて、温かい涙が頬を伝った。
「私ずっと悩んでいたんだ。
実は、好きな人がいてね?当然その人は人間。
結ばれない、怖いなって」
マリーは最初に会った時の緊張は嘘だったかのように、微笑みながら喋り始めた。
「でもね!今の時間ずっと大切にしたい。
その人の最期まで、一緒にいたい。
……薊おばあちゃんが、気づかせてくれた。
ありがとう」
メドゥーサ。
人間とは生きられない。
……でも、それは仕方のない事。
そして、儚いようで、幸せな事。
「孫に、気づかされるなんてな…」
俯いていたせいで、ポタポタと涙が床に零れる。
「…私、嬉しいよ
こんなに素敵なおばあちゃんに会えて。
だから、"セカイ"じゃなくて、この世界で生きよう?
…ずっとずっと、私と一緒に」
もう我慢の限界。
堪えていた涙が一斉にブワっと溢れ出してきた。
「ありがとう…マリー…!」
子供の様に涙を流し、マリーを抱きしめた。
「えへへ」と言うマリーを見て、また胸がキュンとなった。
*
少し時間が経ち、気持ちも落ち着いてきた。
「あ、あの…薊おばあちゃん?」
するとマリーが、もじもじと恥ずかしそうに何かを尋ねてきた。
「もし良かったら…あの、メカクシ団に…!」
如何にも厨二病臭い痛々しい名前、と酷い事を言ってすまない。
あんなにマリーがキラキラしていて、笑顔でいられる場所。
「は、入らせてもらうぞ!」
「うん、やったぁ!」
少し恥ずかしいけど、マリーの笑顔が見れればそれでいいと、思った。
*
シオン、そしてあの人へ
元気ですか?
私は…色々会ったけど、元気です。
ずっと愛しています。
薊、茉莉