
~日本ではまれな、シーンの今を感じることができるライブ~
まず、クリス・ポッター・アンダーグラウンドを招聘してくれた「コットンクラブ」に感謝したい。
ニューヨークでは1週間以上のロングラン公演を行うことがあたりまえのクリス・ポッター・アンダーグラウンドだが、日本での人気・評価はというとまだまだ一般的ではない。もちろんジャズミュージシャンのクリス・ポッター・アンダーグラウンドに対する評価は高いので、日本ではアーティストのためのアーティストという位置に甘んじているといえる。興行的にクリス・ポッター・アンダーグラウンドのようなアーティストのためのアーティストを招聘するというのは非常にリスクをともなう。一般客の来場数を予測できないからだ。そのため、いくら海外で評価は高くても来日が叶わないアーティストは多い。
一方、ヨーロッパはというと日本とは事情が違う。ヨーロッパは陸続きという地の利があり、一度来欧させてしまえば、数ヶ月の長期興行が可能になる。それにともなう諸費用・ギャラを抑えることができるのだ。
島国の日本ではアーティストの長期興行というのが難しい。そういった意味でブッキングされるアーティストが過去の偉人を中心にスケジューリングされるのもしかたないだろう。現在のスキルの劣化云々はさておき来場を見込める長嶋茂雄や王貞治は呼ぶが、人気は長嶋茂雄・王貞治に遠く及ばない現役の有望株を呼ぶことは難しいのだ。そういった意味で「コットンクラブ」の英断ともいえるクリス・ポッター・アンダーグラウンド招聘は、私にとって何よりもうれしいことだった。
クリス・ポッターを知ったのはデイブ・ホランドの作品を聴いてからだ。デイブ・ホランドには元々スティーブ・コールマンというアルトサックスの名手がいた。クリス・ポッターはテナーサックス奏者なのでスティーブ・コールマンと同じわけではないが、基本的にピアノというハーモニー楽器を置かないデイブ・ホランドのバンドでは金管楽器奏者はよほどの名手でなければ務まらない。だからデイブ・ホランドと共演を果たしたサックス奏者を私は信用している。
ただ、クリス・ポッターを初めて聞いたときの印象はそれほど強いものではなかった。素直に「巧い」そして「知的」なフレイズが飛び出してくるが、誰もに印象づけるほどの個性やエンターテインメント性はなかった。ジャズ理論を多少かじっていれば、一聴した瞬間にクリス・ポッターのすばらしさがわかるが、リスナーの多くはそうではない。ファラオ・サンダースのような激しいフラジオや、ジョン・コルトレーンの「シーツ・オブ・サウンド」のような音の乱れ撃ち、というわかりやすさ(コルトレーンのソロは理論的には決して分かりやすいとは言えないが)が多くのリスナーには必要なのだ。しかし、この日のクリス・ポッターは私のイメージを良い意味で打ち壊してくれた。
~個性のぶつかり合いが激しいオールスターバンド~
私がクリス・ポッター・アンダーグラウンドを観にいった一番の理由は、ドラマーのネイト・スミスとギタリストのアダム・ロジャースだ。ネイト・スミスはデイブ・ホランドのお抱えのドラマーである。
いわゆるストレートアヘッドなジャズドラマーではないネイト・スミスは、主にR&Bやファンクを主戦場としてキャリアを積んでいるアーティストだ。それだけに、ジャズドラマーではなかなか見ることのできないフレイズが飛び出してくる。ドラムンベースの様な細かいスネアを入れたり、ブレイクビーツのようにストップ&ゴーをセンス良く入れてくる。音色の特徴としては、重くサステインの短いベースドラムとハイピッチでベースドラム同様にサステインの短いスネアが挙げられる。この日は、さらにサステインを短くするために1曲だけタオルをスネアの上に乗せて、その上から叩くという荒技をくりだしていた。フィラデルフィア発のアコースティック・ヒップホップ・バンドの「The Roots」のドラマー、クエストラヴがパイオニアともいえるこのサウンドは2000年以降、ニューヨークで活躍する若手のジャズドラマーの間で流行っている。ネイト・スミスと一番サウンドが似ているのは、ロバート・グラスパー・エクスペリメントで活躍するドラマー、クリス・デイヴと言えば分かりやすいかもしれない。ネイト・スミスはそういったサウンドを黎明期ともいえる2000年代前半から多用している私好みのドラマーなのだ。
そして、ギタリストのアダム・ロジャースは知る人ぞ知るジャズロックバンド「Lost Tribe」の双頭ギタリストの一人として活躍していたときからその実力はジャズファンの間でも有名である。ロストトライブのもう一人のギタリストであるデビッド・ギルモア(ピンクフロイドのそれではない)は10年前にボストンのジャズクラブで観てからの私のフェイバリットであり、そこからアダム・ロジャースのプレイもチェックするのは当然の流れとして私はおこなった。デビッド・ギルモアはスティーブ・コールマン&ファイブエレメンツでもフィットしていたほどクセのあるギタリストである。一方、アダム・ロジャースは元々クラシックの素地があるだけにインテリジェンスと正確な音表現が魅力だ。
つまりクリス・ポッター・アンダーグラウンドは私にとってのオールスターバンドなのだ。またネイト・スミスとアダム・ロジャース、この二人は自らのリーダーバンドで来日することは、ほぼ考えにくく、さらにデイブ・ホランドも来日をする機会を失っていることから、このチャンスを逃したら次はいつ観られるか分からないので、このライブに行かない理由はなかった。
今回のクリス・ポッター・アンダーグラウンドの来日メンバーは先のネイト・スミスとアダム・ロジャースに加えて、ベーシストにロンドン出身のフィマ・エフロンというカルテット構成。レギュラーメンバーである鍵盤奏者のクレイグ・タボーンの来日は叶わなかった。
最終日の最終セットへ行くのがここのところの定番となっているのだが、今回の公演もその作戦が奏功したのかとても満足のいく内容だった。まず観客の入りが予想以上に多かったこと。これは次回公演につなげるためにもうれしい驚きだった。
のっけから前のめりに襲いかかるネイト・スミスのドラミングはただただ圧巻。ベースのフィマ・エフロンは時折つかうシンセベースのロングトーンを聴かせながら玄人好みのプレイを聴かせ、観客の下半身を揺さぶった。一番驚いたのがアダム・ロジャースのプレイだった。先に述べたようにアダム・ロジャースの魅力はクラシカルな繊細さとインテリジェンスあふれる流れるようなフレイズワークだ。しかしこの日のアダム・ロジャースはバンド名の通り、ニューヨークのアンダーグラウンドシーンを席巻したジョン・ゾーン系のギタリストに聴けるような、タイムレスかつキーレスなフレイズばかり。白人の優等生がマッドサイエンティストに変貌を遂げたような、そんなイメージのギャップに思わず自分の耳を疑ってしまった。とはいえそれはソロのときだけ。バッキングに関してはいつものアダム・ロジャースとまったく変わることなく精巧無比のグルーヴをバンド全体に与え、クリス・ポッターをたたえていた。そして圧巻はやはりクリス・ポッターだった。これだけクセのあるメンバーの中にまったく埋もれることなく、猛獣使いのようにテナーサックスと時折バスクラリネットを使い、美しい音のパッチワークを我々に見せてくれた。そこには、優等生としてのクリス・ポッターはもういなかった。
~劣性遺伝の最高傑作といえるクリス・ポッター・アンダーグラウンド~
近年、日本に限らず世界的に見ても女性のジャズミュージシャンの台頭が著しい。黄金比のような整合性のとれた音を聞かせる優性遺伝の女性ジャズミュージシャンの音楽が、耳に心地よく聞こえるのだろう。私もただ整っているだけでなく、芸術性の高い近年の女性ジャズミュージシャンの音楽には大いに注目している。一方、男は劣性遺伝の生き物である。女性のように整ったものに活路を見いだすことはできない。なぜなら、もともと何かが欠けている男が完全体の女性に正面から勝負しても勝つことはできないからだ。だから、男は劣性遺伝子を持つことへの無意識に感じている劣等感をプラスのエネルギーに変えて、そのエネルギーを一瞬で燃焼することによって女性に対抗するのだ。そういった意味でこのクリス・ポッター・アンダーグラウンドは「劣性遺伝の最高傑作」と言えるようなバンドなのかもしれない。男にしかできない、男だからできるバンド、そして音楽だったような気がした。この日の唯一のカバー曲がボブ・ディランの「It ain't me, Babe」だったのがそれを物語っていた。