今回学校で勉強している小説は江戸時代の京都を舞台とした「高瀬舟」です。(皆さんはご存知ですか?☆彡)
はなしの中では、京都の罪人を遠島に送るために高瀬舟 を下る舟に、弟を殺した喜助という男が乗せられた。護送役の同心である羽田庄兵衛は、喜助がいかにも晴れやかな顔をしている事を不審に思い、訳を尋ねると、喜助が答えたのは、「生きる場所と、そこで生きるための準備金の二百文を与えられたこと、牢では仕事をしなくても食べさせてもらったこと」に感謝していると答えた。
はなしの内容を別として、私はこれを読んでまさに「ガッテン」ときました。話の中では、庄兵衛と喜助と圧倒的に違うところが一つあり、それは喜助が「欲のないこと、足ることを知っている」ということでした。この喜助の心持ちを一言で表すと、それは「満足」なのです。庄兵衛はこれと違って、生活では困らない状態だったのに満足を覚えたことが一度もなかったんです。
作者は、人間は次から次へと欲望を抱いて現状にとどまることのできないものだという。しかし喜助は、「目の前で踏み止まって見せてくれる」。喜助は今あることに感謝し、欲張りをしない人だからこそ遠島に送られたりしても楽しい顔でいられる。
人間は幸せになるために「あれいる」「これいる」といちいち考えてるんですが、やっぱり最終的には物理的なものがなくても満足でいられことは本当の幸せだと思います。人生でも、最後の目的は「もの」ではなく、「ものから得られた気持ち」ですもんね~ o(゜∇゜*o)(o*゜∇゜)o~♪
みなさ~ん、納得できたでしょうか?( ̄▽+ ̄*)
はなしの中では、京都の罪人を遠島に送るために高瀬舟 を下る舟に、弟を殺した喜助という男が乗せられた。護送役の同心である羽田庄兵衛は、喜助がいかにも晴れやかな顔をしている事を不審に思い、訳を尋ねると、喜助が答えたのは、「生きる場所と、そこで生きるための準備金の二百文を与えられたこと、牢では仕事をしなくても食べさせてもらったこと」に感謝していると答えた。
はなしの内容を別として、私はこれを読んでまさに「ガッテン」ときました。話の中では、庄兵衛と喜助と圧倒的に違うところが一つあり、それは喜助が「欲のないこと、足ることを知っている」ということでした。この喜助の心持ちを一言で表すと、それは「満足」なのです。庄兵衛はこれと違って、生活では困らない状態だったのに満足を覚えたことが一度もなかったんです。
作者は、人間は次から次へと欲望を抱いて現状にとどまることのできないものだという。しかし喜助は、「目の前で踏み止まって見せてくれる」。喜助は今あることに感謝し、欲張りをしない人だからこそ遠島に送られたりしても楽しい顔でいられる。
人間は幸せになるために「あれいる」「これいる」といちいち考えてるんですが、やっぱり最終的には物理的なものがなくても満足でいられことは本当の幸せだと思います。人生でも、最後の目的は「もの」ではなく、「ものから得られた気持ち」ですもんね~ o(゜∇゜*o)(o*゜∇゜)o~♪
みなさ~ん、納得できたでしょうか?( ̄▽+ ̄*)

