ブログネタ:最近さわった動物
参加中最近さわった動物は、もちろん愛ネコのミラムちゃんです
なでてぇ~っていうときは、近くに来て、
後ろを向いて、背中を少し丸めます。
そういうときは、背中をなでると、
気持ちよさそうに、あちこちにスリスリしています
頭をなでて欲しいときは、やはり近くに来て、
私の顔をジッと見上げます。
そういうときに、おでこを、コチョコチョってなでると、
気持ちよさそうに、うっとりと目を細めます
でも、そういうのは、飼い主と飼いねこの間では、
ごくごくフツーで当たり前のことなので、
今日は、前にもちらっと書いた、ヒマラヤで出会ったワンちゃんとの、
心の触れ合いを書きたいと思います。
何年か前に、別のブログでも書いた記事なので、
もしも、覚えている人がいたら、読み飛ばしてくださいね
それは、ガイドなしで、ヒマラヤのトレッキングを
夫と二人で行っていたときのことです。
いまとなっては正確な場所は忘れてしまったのですが、
ヒマラヤに入ってから、すでに何日かが過ぎていた頃でした。
その時は、アンナプルナというコースを回っていたので
他のトレッキングコースと比べれば
比較的おだやかに感じる道が多く
山奥の村から村を歩いているという道がメインでした。
でも、その日は、うっそうとした森の中を通って行かなければならず、
まだ日も高く、晴れているというのに、その森の中は、かなり薄暗くて
私は少し不安な気持ちになったのを覚えています。
その森に足を踏み入れる前に、いま来た道を振り返ってみると、
丘の上に大型の真っ黒の毛並みをした犬が
私の方を見つめている姿が目に入りました。
距離が離れていたし、毛並みが黒かったので
どんな目をしたワンちゃんか、そのときはわからなかったのですけど、
なんとなく、落ちついた優しさを感じさせてくれる子でした。
そんなことを思って、私もそのワンちゃんを見つめていると、
その子は、私の方に勢いよく走り寄ってきてくれました。
夫と二人で行っていたときのことです。
いまとなっては正確な場所は忘れてしまったのですが、
ヒマラヤに入ってから、すでに何日かが過ぎていた頃でした。
その時は、アンナプルナというコースを回っていたので
他のトレッキングコースと比べれば
比較的おだやかに感じる道が多く
山奥の村から村を歩いているという道がメインでした。
でも、その日は、うっそうとした森の中を通って行かなければならず、
まだ日も高く、晴れているというのに、その森の中は、かなり薄暗くて
私は少し不安な気持ちになったのを覚えています。
その森に足を踏み入れる前に、いま来た道を振り返ってみると、
丘の上に大型の真っ黒の毛並みをした犬が
私の方を見つめている姿が目に入りました。
距離が離れていたし、毛並みが黒かったので
どんな目をしたワンちゃんか、そのときはわからなかったのですけど、
なんとなく、落ちついた優しさを感じさせてくれる子でした。
そんなことを思って、私もそのワンちゃんを見つめていると、
その子は、私の方に勢いよく走り寄ってきてくれました。
近くで見ると、思ったとおりの優しい澄んだ目をしたワンちゃんでした。
そこで、私はそのワンちゃんに、
「この森をこの人(夫)とふたりで抜けなければいけないの。
暗くて道に迷うかもしれないし、変な人に会っても怖いから
もしよかったら、森を抜けるまで護衛をして欲しいの。」
と、お願いをしてみました。
すると、そのワンちゃんは、私の言っていることがわかったのか
私たちの先を歩き始めたのです。
そして、森を抜けるまで、ずっと私たちの側で
ほんとうに護衛をしてくれているように、一緒に歩いてくれたのでした。
暗い森を抜けると、そこは、いままでとはうってかわって
広々とした明るい草原が広がっていました。
ヒマラヤでは少し歩くと
すっかり景色が変わるということはよくあることです。
すると、その黒いワンちゃんは、
すっかり景色が変わるということはよくあることです。
すると、その黒いワンちゃんは、
今度はまるで自分の役目を終えたかのように
何度も振り返りながら、いま来た道を帰っていったのでした。
本当は、そのワンちゃんを日本まで連れて帰りたいと思ったくらいに
大好きになってしまったのですが、
どう考えても、窮屈な日本で暮らすより、
ヒマラヤの大自然の中のそのまま暮らした方が
その子にとっては幸せに違いありません。
何度も振り返りながら、いま来た道を帰っていったのでした。
本当は、そのワンちゃんを日本まで連れて帰りたいと思ったくらいに
大好きになってしまったのですが、
どう考えても、窮屈な日本で暮らすより、
ヒマラヤの大自然の中のそのまま暮らした方が
その子にとっては幸せに違いありません。
私の方も、そのままヒマラヤで暮らすことができるわけはないので、
その子とは、泣く泣く、そこでお別れをすることになりました
そのとき、そのワンちゃんには、私は日本語で話しかけたので
言葉が通じたとはとうてい思えないのですけど、
少なくとも、私の気持ちはすぐに伝わったのだということは
いまでも感じることができます
そして、ときおり、あのワンちゃんどうしてるかなぁと
いまでも思い出してしまいます。
そのとき、そのワンちゃんには、私は日本語で話しかけたので
言葉が通じたとはとうてい思えないのですけど、
少なくとも、私の気持ちはすぐに伝わったのだということは
いまでも感じることができます
そして、ときおり、あのワンちゃんどうしてるかなぁと
いまでも思い出してしまいます。
だって、わたしにとっては、大切な恩人ならぬ、恩犬なのですもの