大韓航空機爆破事件を実行するため、「李恩恵」と呼ばれる女性(日本から拉致された田口八重子とみられている)に1981年7月から1983年3月まで東北里2階3号招待所で日本語教育を受け、「蜂谷 真由美(はちや まゆみ)」という名の日本人になりすました。



事件後に現地バーレーンの警察に捕まる直前、「蜂谷 真一(はちや しんいち)」という名の日本人になりすましていた共犯の金勝一(キム・スンイル、김승일)と共に煙草を吸うふりをして服毒自殺を図るが、金賢姫だけは一命を取りとめた。その後、韓国国家安全企画部(国家情報院)に引き渡され尋問される際も中国語や日本語で返答していたが、不意に熱湯をかけられて反射的に出た朝鮮語により結局は隠し切れずに自白した("熱湯"説の真偽は不明である)。 自白後、聖書を通してイエス・キリストを知り、ソウルの汝矣島(ヨイド)にある中央浸礼教会で受浸、クリスチャンになった。



日本語が堪能。北朝鮮で李恩恵と一緒に暮らし、日本の文化や習慣、料理などを習得した。ちなみに、好きな歌手は山口百恵で、日本の民謡だけでなく山口百恵の曲も多く歌える。
拉致問題について「田口八重子は生きている。」、「横田めぐみさんが自殺したとは考えられない。」と発言している。



2010年2月、日本政府は、金賢姫を日本へ招致する考えを表明。同年3月8日には、韓国政府から日本政府に対して来日についての照会があったことが明らかになった。



7月20日早朝、政府のチャーター機で来日が実現。23日まで日本に滞在し、拉致被害者家族と面会する予定である。滞在の場所として鳩山由紀夫元総理大臣の軽井沢別荘が警備上等の理由で選ばれている。日本政府は元来、死刑囚の入国は出入国管理及び難民認定法の規定で認めていないが、法務大臣が出入国管理及び難民認定法の12条特例条項を適用して入国を認め、日本の警察も旅券偽造容疑による事情聴取も今回来日中は見送る方針である。



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E8%B3%A2%E5%A7%AB


大韓航空機爆破事件


大韓航空858便(ボーイング707、登録記号HL7406)は、イラクのバグダッドを出発し、アラブ首長国連邦のアブダビ、タイ王国のバンコクを経由して韓国のソウルに向かうフライトプランであった。この便の乗客のほとんどは中近東への出稼ぎから帰る韓国人労働者だった。また乗客のうち9人は「デッドヘッド」と呼ばれる業務に就いていない操縦乗務員(機長、副操縦士、航空機関士各3人ずつ)で、中東へのフライトから帰国する途中であった。
なお、当時の大韓航空の時刻表によると、この便はマクドネル・ダグラスDC-10-30型機で運航されていたが、機材変更によりボーイング707-320B型機が運航された。また、この便はバンコクへの寄港をテクニカルランディング扱いにしていたため、ソウル~バンコクもしくはバンコク~アブダビ間のみの利用は不可だった。
858便はアブダビを世界標準時日曜日の午前0時01分に離陸した。858便はインドを横断しムンバイから始まるアンダマン海上の航空路R468を飛行して到着した。ビルマ(現:ミャンマー)の航空管制空域に、離陸から4時間半後の現地時間午前10時31分(世界標準時:午前4時31分)に到達し、両国の境界である"TOLIS"ポイントからラングーン(現:ヤンゴン)の航空管制官に対し「現在37000フィート(およそ10700m)を飛行中。次の"VRDIS"には午前11時01分、"TAVOR"(ビルマ本土上陸地点)には午前11時21分に到達の予定」と報告したのが858便の最期の通信[1]となった。ここで858便は航空路ロメオ68を飛行しており、ほぼ定刻通りにバンコクに到着するはずであったが、ラングーンから南約220km海上上空の地点で午前11時22分に機内で爆弾が炸裂し、機体は空中分解した。
パイロットは緊急信号や地上の管制塔に緊急事態を宣言する間もなく、爆発の衝撃で即死した[2]と見られる。乗客・乗員115人全員が行方不明(12月19日に全員死亡と認定)となった。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%9F%93%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F%E7%88%86%E7%A0%B4%E4%BA%8B%E4%BB%B6