○ヘラクレススポーツ社屋・販売促進部室内
 整然と並ぶデスク。業務をしているスーツ姿の社員達。
その中の一画に、カジュアルな服装をした宗一が、椅子にもたれ掛かり、パソコンに向かい作業をしている。
ディスプレイには、高校野球の情報が表示されている。
宗一、マウスを操作して、画面を切り替えていく、明紋高校のユニホームを着た松原秀雄(18)が映し出される。
森内の声「長谷川、例の・・・」
   宗一、驚き椅子から落ちそうになる。
宗一「ぶ、部長、脅かさないで下さいよ、急
に」
   宗一の後ろに立っている森内茂(55)。宗一、森内の方を向く。
森内「何やってんだ、お前は?あれだ、怪物
ルーキーとの契約の件は、どうなってる?順調にいってるのか?」
宗一「ええ、まぁ、その・・・。期待の新
人だけに、球団の方のガードが思いのほか固くて・・・」
森内「そんな事は、わかっとる。それをどう
にかして、本人と直接交渉するのがお前の仕事だろ」
宗一「はい、どうにかして接触の糸口を掴
もうかと、ググって(検索して)情報を集めている所です」
森内「(ため息をつき)お前に任せて、大丈夫
なんだろうな?我々、渉外部の命運はスター選手の発掘に懸かっているんだからな」
宗一「大丈夫です。任せて下さい。必ず松
原をうちの看板選手にして見せます!」 
   パソコン画面にガッツポーズをした松原の写真、見出しに『18号ホームラン!大会記録更新!!』

○同・地下駐車場
   ワゴンのハッチバックを開け、中に野球用具を載せている宗一。
宗一「よし、これでおっK」

○同・外
   地下駐車場から出てくる宗一が運転するワゴン車。車体のサイドに『ヘラクレススポーツ』と会社のロゴマーク。

○野球場・中
   グランドで練習をしているプロ野球・東京ガイアースの選手達。選手の取材に大勢のマスコミが押し寄せている。
   松原、ヘルメットを被りバットを持って、バッティングゲージに向い歩いて来る。
バックネット裏の人垣を掻き分け、掻き分け、進んでいく宗一。
宗一「すいません、すいません」
   宗一、バックネット裏にたどり着く。
   バッティングゲージでは、松原が素振りをして、バットグリップの感触を確かめている。
宗一「松原選手!」
   宗一、バックネットにしがみ付き、呼びかける。
   松原、気にせずバッティングピッチャーに向い、ヘルメットを取って一礼。
松原「お願いします」
   バッティングピッチャーがボールを投げる。松原の豪快なスウィング。バットが快音を響かせ、ボールをスタンドに運んでいく。

○同・外(夕方)
   土汚れしたユニホームで球場から出て来る選手達。
松原、バックとバットケースを持ちバスに向い歩いて行く。
   松原の周囲には、スポーツ記者やマスコミ関係者、サインを求めるファン達が群がる。
スポーツ記者「松原選手、今シーズンの目標
聞かせてもらえるかな?ホームランは何本ぐらい、いけると思う?」
松原「一軍に入る事が目標です。他の事は頭
にありません」
宗一、群がる人達を掻き分けて、松原の前へ向う。
宗一「松原選手、ヘラクレススポーツの長谷
川です。少しでいいので、話を聞いてもらえませんか!」
松原「・・・・・・」
   松原、球団のバスに乗り込む。
   バスのドアがプシューと音を立てて閉じる。
宗一「まつはらーせんしゅー!」
   バスのクラクションが鳴り、発進して行く。
宗一「くっそ!」
   宗一、走って駐車場に止めてあるワゴン車に向う。

○道路(夕方)
   宗一の運転するワゴン車。50メートル前方に、松原の乗った球団のバス。宗一、前を走る車を追い抜き、バスを追いかけて行く。

○選手寮・ロビー(夕方)
   ロビーに置かれた応接セットのソファーに座っている宗一。傍にスパイク、グラブ等の野球用具が置かれている。
   ジャージに着替えた松原が、面倒臭さそうにやって来て、応接セットの前で立ち止まる。
   宗一、立ち上がり、お辞儀する。
宗一「練習で疲れているところ、申し訳あり
ません。是非我社の商品を松原選手に利用して頂きたいと思い・・・」
   宗一、野球用具を取りテーブルの上に乗せ、
宗一「持ってまいりました。よろしければ、
手に取って」
松原「高校時代からお世話になっているメー
カーがあるので」
宗一「我社では、既製品ではなく、松原選手
の為に新たに企画開発していきたいと考えております」
松原「申し訳ないですけど、高校の監督に逆
らう様な事は出来ません」
宗一「あ、あの、・・・そうですか」
松原「それでは、僕はこれで」
   松原、ロビーを出て行く。
   宗一、落胆し肩を落とす。