○ 久我心療所・診察室
   小百合、目を瞑り安楽椅子に凭れ掛り座っている。傍に白衣を着た久我。テーブルに水差しとグラス二つ、小百合のトートバックが置かれている。
久我「小百合さん、あなたは御母さんを避け
ている。けれども、御母さんに教わったピアノを続けている。どうしてなんでしょうね?」
小百合「ピアノを教えてくれている時の母は
優しかったんです。課題曲を完璧に弾けた時には、すっごく褒めてくれました。小学校の時、クラスでピアノの演奏出来たのは、私だけだったんですよ」
   久我、頷く。
小百合「それに、ピアノを弾いている時の母
の顔は優しくて、鍵盤の上を軽やかに動く手は綺麗でした。・・・ですが、私の事を叩く時の母の顔は、母の手は、怖かった」
久我「そうですか・・・。小百合さんは、ピ
アノを通して、御母さんに認めて貰いたかった、愛して欲しかったんですね」
小百合「・・・そ、そうかもしれません」
久我「母親に愛を求めるのは、子供として当
然の事ですよ。子供なら誰でも母親に愛されたいと思っているんじゃないかな?お嬢さんがお皿を洗おうとしたのも、あなたに愛して欲しかったからでは?」
   小百合、目を開け、体を起こす。
小百合「わかりません!優希はそんな事言っ
てくれないし・・・」
   小百合、取り乱し顔を手で覆う。
   久我、水差しを持ち、二つのグラスに水を注ぐ。グラスを取り、小百合の前に置く。
久我「どうぞ」
   小百合、グラスを取り水を飲む。
久我「小百合さん、虐待をした御母さんの事
を、許していますか?それとも、まだ憎んでいますか?」
小百合「憎んでいます!私が優希を虐待して
しまったのは、あの人の所為です。私が虐待を受けずに、あの人から愛されていれば、私も優希の事をずっと愛していられた」
久我「お母さんに責任を擦り付けるのは、止
めなさい。優希ちゃんを虐待した事は、あなた自身の問題です」
小百合「愛してくれてれば、・・・やっと手
に入れた私の家族は、壊れずにすんだんです」
久我「家族という形は、そんな簡単に壊れる
ほど脆くはありません。あなたが望めば、やり直していく事は出来るんですよ」
小百合「あの人を、許す事なんて・・・出来
るわけありません」
久我「それは、あなた次第です。小百合さん、
あなたは長い間、お母さんに会われていない。会って話してみないと、分かり合えない事もあるんです。一度でも良い、お母さんと会われてみませんか?」
小百合「そんな・・・、今更。もう8年以上
会ってないんです。会って何を話せって言うんですか?」
久我「あなたが今まで、お母さんに言えなか
った事を、話せば良いんですよ」
   小百合、部屋の照明を見詰める。

○ 回想・警察署・生活安全課の室内(夜)
   天井の照明を見上げる小百合(18)、壁際のパイプ椅子にふて腐れて座っている。傍にブランドのリュックが置かれている。
   警察官に連れられて、香澄(38)が入って来る。
警察官「渋谷の街中を巡回中に、家出してい
るらしいので、こちらで保護しました」
香澄「ご迷惑をおかけしました、申し訳あり
ません」
   香澄、小百合の前にやって来る。
   小百合、立ち上がり香澄を睨み付ける。
   香澄、小百合をビンタする。
香澄「ピアノの練習サボって、一体何やって
るの!コンクール前の大事な時期だっていうのに」
小百合「・・・(悔しい)」
   香澄、小百合の腕を掴んで連れて行こうとする。
香澄「さあ、帰るわよ」
小百合「放してよ!」
   小百合、抵抗して踏み止まる。
小百合「音大なんて行かない!私はあんたの
言われたとおりに生きていくなんて、うんざりなのよ!」
  小百合と香澄、睨み合う。
小百合M「私が、本当に言いたかったのは、
こんな事じゃなかった・・・。何でこんな事、言ちゃったんだろう?」

○ 久我心療所・診察室
   安楽椅子に座っている小百合、久我を見て、
小百合「会うと言ったって、会ってくれるで
しょうか?」
久我「不安があるのでしたら、前もって私の
方からお話をさせて貰います。連絡先なんかは、ご存知ですか?」
小百合「ちょっと待って下さい」
   小百合、トートバックから手帳を取り出し、ページを捲って、開いて久我に差し出す。
小百合「今もまだ、ここに住んでいるなら」
久我「なんだ、ちゃんと留めてあるんじゃな
いですか」
小百合「行くつもりは無かったんですが、な
んとなく」
久我「それでは、私の方から連絡させてもら
いますよ。それで、いいですね?」
小百合「・・・はい、お願いします」

○ 児童相談所・一時保護施設・外
   久美子と遊んでいる優希。
物陰から覗く小百合。
小百合「・・・優希」