あるとき悪友の一人に
「あんまり女をたぶらかすと、世間がゆるさないぞ!」
って忠告されるんですが、
その時ふと
世間とは、いったい、何の事でしょう。
複数の人間でしょうか。どこに、その世間というものの実体があるのでしょう。
「世間というのは、君じゃないか」
(それは世間が、ゆるさない)
(世間じゃない。あなたが、ゆるさないのでしょう?)
(そんな事をすると、世間からひどいめに逢うぞ)
(世間じゃない。あなたでしょう?)
(今に世間から葬られる)
(世間じゃない。葬るのは、あなたでしょう?)
って気付くんです。
自意識の中から出てなかったのが
一歩外に踏み出したんです
その時以来、自分は(世間とは個人じゃないか)という、思想めいたものを持つようになったのです。
思いはじめてから、自分は、いままでよりは多少、自分の意志で動く事が出来るようになりました。
太宰さんも苦悩の末
気付いてたんでしょうね
現在はだいぶ人権とか個人の意志とか
尊重しようという時代になってきましたが
その時代、世間とは個人じゃないか!って主張して生きるには
まだまだ厚い壁があったんだろうなぁと
怖いけど、個人が自らの意志で行動し
幸せになると、世の中にも幸せが広がる
世の中は色んなことでサチってきて(飽和状態)
あれもダメ、これもダメ、みたいな窮屈感ありますけど
それでも、個人がどう生きたいか、が選べる
選んでいこう!っていう流れになってるのは
やっぱり幸せなことだし
人間の本質に還っていってるんだなと思いました
以上!
やっぱり長くなった!
