【デイメモメモリアル】

 

2011(平成23)年3月11日  (今から7年前)

東日本大震災

 

2011年3月11日

 

日本人が忘れることのできない日

 

いや、忘れてはならない日・・・。

 

その日は、たぶん、どこにでもあるような

普通の朝だっただろう。

 

いつものように、会社や学校へ向かい

何事もなく一日が始まっていたにちがいない。

 

それが、午後の「あの強い揺れ」のあと

それまでの生活が一変してしまうことを

誰が想像できただろうか・・・。

 

午後2時46分・・・、

突然、東日本を襲った M9.0(最大震度7)の激しい大地震

 

多くの家屋・道路などが倒壊し、交通網は寸断され、電車も止まり、

会社などから自宅に帰れない「帰宅困難者」も数多く発生した。

 

 

その約1時間後、

東北(宮城・岩手・福島)を襲った、10mを超える大津波…。

 

多くの人や車、家屋・工場・ふるさとの風景…

何もかもを飲み込んでいった。

 

逃げる間もなく、津波にのみ込まれ、命を落とした人々も多数いた。

 

遺体すら見つからなかった人もいる。

 

かろうじて一命をとりとめた人も、

家族や友人、親せきや会社の同僚などを失い、深い悲しみに沈んだ。

 

そして、何よりも大きかったのが、

東京電力福島第一原子力発電所の事故

 

津波の影響で、すべての電源系統が機能を失い、

原子炉が冷却できず、

炉心溶融(メルトダウン)を引き起こし、水素爆発も起こし、

大量の放射線物質が漏れ出すという

最悪の大事故になってしまった。

 

この原発事故で、住み慣れた故郷を追われた人々もかなり多い。

 

廃炉までには、少なくとも30年~40年、あるいはそれ以上かかるともいわれ、

先が見通せない。

収束のめどすら立っていない状況だ。

 

この大震災での犠牲者は、全国で18,000人以上。(震災関連死なども含む)

日本の地震災害では、過去最悪の被害となった。

 

あれから、きょうで7年がたった。

 

「もう7年」というべきか。

いや、「まだ7年」というべきか。

 

 

7年たって、

少しずつ震災の記憶は失われてきているかもしれないが、

 

7年たった今でも、

被災地の本格的な復興は、ほど遠いところも多い。

いまだに、仮設住宅などで生活している人々も多い。

 

 

また、この先何十年の間に、

いつ、どこで巨大地震・巨大津波が起こらないとも限らない。

 

そのことを肝に銘じておかなくてはならない。