深思 | アヅ☆マスター

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アヅサのユルユルダラダラ記録

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せっかくの充電期間なので、読むのが止まってた宇多田ヒカル氏の「線」を黙々と読書中。
読みたい本もあるけど、まずは読んでいない本を片してから購入せんとな…。

で、さっき読んだ部分で目から鱗!!!!!!!

過去について、皆さんはどうお思い⁇
あたしは良く一般的に言われているような「過去は美しいもの」「通り過ぎたら美しく見える思い出ばかり」みたいな事を考えてたんだよね。
嫌な出来事も喉元過ぎれば何とやらって気分。
大事な事は忘れないし、嫌な事は忘れられる。

でもそういう、一般論の表現では自分の中で収まらない部分もあったんだけど、ヒカル氏が
「過去って、ただ今の自分が大事にしたり引きずったりするだけのもので自分次第ではもう消えちゃったようなものだよね。」
と書いてて「ああ、そうか。」と。

何となく今まで考えたり学んだ論点だけで収まらない部分があったのを、この表現が埋めてくれた気がしたのよね。
過去であり記憶の部分で、本当は捨てようと思えば捨てられるものなのに、どっかでひきずってる思いや大事にしたい気持ちが残ってるものが過去や記憶になるんだよな。
全部自分次第なんだよね。
「忘れたくても忘れられない」とか言っても、結局それは自分が捨てられていないんだよね。

でもやっぱり綺麗な思い出ばかりって言うのも、ちゃんと自分の中で「負」の部分とのバランスを無意識に取ってるからそうなるんじゃないかな、とか。

過去については自分の後始末の仕方だよね。
上手く整理出来れば「我が人生に一片の悔いも無し!!!!!!!」ってなるもん。
未来と違って造っていくんじゃなくて、もう消えちゃっているものを整理する作業なんだしさ。
だから消そうが残そうが自分次第っしょ。
今の自分が残した過去も未来の自分は捨てる事だって余裕であるし。

普通に当たり前の事なんだけど、今まで表現が見つからなかったのに、ここにスッキリ要因が潜んでいたとはww

皆がそういう風に捉えているわけじゃないけど、結構スッキリしないか⁇
あたしだけかww