「ブータン王国の農業の父」-3(よみがえった”忘れられた土地”)
西岡さんがブータンへやってきて8年目の1982年、第3代国王が急逝しました。
16歳の長男が4代目国王に即位されましたが、
西岡さんはこの若き国王から相談を持ちかけられました。
それは「”忘れられた土地”シェムガン南部を、西岡さんの農業技術で救ってくれないか」、
というものでした。
シェムガン南部の土地とは、ブータンで最も貧しい地域で、
焼き畑農業が繰り返されたために土地は荒れ果てていました。
わずか16歳で即位した若き国王の、民を思う心に打たれて西岡さんは奮い立ちます。
妻子を日本に帰してシェムガン南部へ向かいました。
車でまる1日、そして徒歩で4日の道のりでした。
たどり着いて愕然とします。
平地はほとんどなく、急斜面ばかりで、人々はみな飢えていました。
西岡さんは焼き畑をやめ、水田に切り替えようと説得します。
村人との話し合いは800回を数えたそうです。ついに村人たちを動かしました。
険しい斜面ばかりの土地に水田を作るのは容易ではありません。
それでも村人たちは開墾をはじめました。
西岡さんは考えました。水田に水を引くのは高価なコンクリート製ではなく、
水路はどこにでもある竹などを使うことにしました。水路は延366本にもなりました。
そして農機具を運ぶための橋も自分たちで作れるようにと、つり橋にしました。
村人は17本ものつり橋を作り上げたのです。また学校や診療所も開設しました。
こうして「”忘れられた土地”シェムガン南部」に稲作が進められ、
18万坪の水田に稲穂がたわわに実るようになりました。
