「ピアノソナタ」(Ⅳ)
「読んでよ」正太は封筒を取りだすと先生の前に置いた。
便箋は花柄で、女性らしい細々とした小さい文字で書かれていた。
正太さま
正太さんのご恩は一生忘れません。正太さんのおかげでここまでやってこれました。
ここまでこれたのは、わたしにたくさんくれた優しさや親切のおかげです。
正太さんにはお話ししませんでしたが、わたしは白血病です。
ピアノコンクールの夢はかないませんでしたが、こんなに優しくしていただいて…
わたしは旅立ちます。でも、いつも正太さんと一緒だということを忘れないでください。
正太のファーストキッス、ずっと忘れないよ! 愛してる♥
正太さん本当にありがとう。わたしは本当に幸せです。さようなら。
愛する正太さまへ
先生は手紙を読み終わるとテーブルの上に置いた。
先生はため息をひとつついて、目頭を押さえ「そうだったの」とつぶやいた。
「あいつ、ほんとにバカだよ、大バカものだよ!」
正太はこぶしをにぎりしめ、テーブルの手紙をたたいた。
「あの教授が悪いんだ。あんなに冷たくしなかったらこんなことにはならなかったんだ」
先生は伏せていた目を正太に向けて、
「正ちゃん、それは違うわ。あなたがいけないのよ」
「え? どうしてオレがめぐみを殺したっていうの? オレは一生懸命めぐみにつくしたんだ」
京子先生は正太を見つめて「それが問題なの」とはっきりした口調でいう。
「どうして?」
「あなたがあまりにも優しくするから死んでしまったの」
「バカなことをいわないでよ! 先生!」
「いいえ、女は男の人からすごく優しくされると死んでしまいたくなるものなの。
先生は女だからわかるのよ」
「……」
正太が帰ったあと、先生はなぜか可愛くせきばらいをひとつして、ほほに手をあてた。
(完)
