「縄文土器がなぜ南太平洋の島に?」


南太平洋の島々や南米には、植民地時代から多くの農園がある。
これらの土地を管理する白人たちは、入植した広大な土地から土器などが出土するために、
土器収集家が少なくないという。
その白人たちが持っていた土器が、

何らかの理由で農園に紛れ込んだのではないかとう疑問も起こる。
しかし、出土したその村には入植者はなかったというのである。


またもう一方で考えられることは、荷物運搬船は、荷を降ろすと船体は軽くなり、
バランスをとるために、船底に土砂を入れ、
荷済みの際にそこで土砂を捨てるということをやるそうである。
つまり荷をおろし、空になった船がバランスをとるために日本の土砂を積み込み、
荷積みのためにバヌアツで土砂を捨てたことも考えられる。
その中に土器の破片が偶然紛れ込んでいたのではないかとの推測である。
しかしながら、バヌアツでは、運搬船が土砂を捨てたという記録はないという。
これによって、土砂に紛れ込んだ土器がこの地に運ばれたという説は否定された。
ではなぜ5000年前に青森で作られた土器がバヌアツにあるのだろうか。
土器を製作した縄文人が、バヌアツまでどのように運んだというのか。


この土器がつくられた5000年前は、世界の4大文明がようやく誕生した時代である。
このような時代に縄文人が5000キロも離れたバヌアツまで、
海を越えて渡ってこれたのであろうか。


ところが、これと同じような土器が他でも発見されたというのである。
それは南米エクアドルである。5000年前にそんなバカなことはあり得ない。
日本から1万5000キロも離れた南米エクアドルにどうして…?