「いただきます」
キリスト教国には食前に神に祈りを捧げることはあるが、
食前食後に感謝の言葉を口にすることはないようである。
「いただきます」の本来の意味は、「あなたの命をいただきます」からきている。
コメや魚や野菜などの命を食べることで、我々は生を長らえるわけである。
そして食後に「ごちそうさま」という。この食材を作ってくれた農家の方々や、
漁師の方々、さらには料理を作ってくれた人たちへの感謝の気持ちが「ごちそうさま」である。
それは決して神への感謝ではなく、食材となった植物や動物、
そしてその食事にたずさわった人々への感謝の気持ちである。
特別な物や人を対象にしていないところが日本人の凄さであろう。
この「いただきます」の文中に信じられないことが書かれていた。
これは私も記憶に残っていることであるのだが…
それはある母親が学校に対して申し入れた手紙だった。
「うちは給食費をちゃんと払っているのだから、
うちの子供には「いただきます」を言わせないでください」というものだった。
子供はなんという不幸な親を持ってしまったものか。
中国やフランスでは、鶏を締められなければ主婦は務まらないというらしい。
私の場合は鶏は〆たことはないし、これからもできそうにないけれども、
ここのブログで以前書いたこともあったかと記憶しているが、
猫の額ほどの庭でジャガイモを作った。
いまはフキやツワブキやタラの芽などお手軽のものだけだが作っている。
それでも収穫の楽しさや作る苦労も多少ながら味わうことができた。
都会の消費者は、スーパーなどで生産者の名前まで要求するなんというわがままさ。
ここに書かれている「命をいただきながら自分が生かされている」などとは、
考えることもないのであろう。
スーパーなどへ行けばそこに野菜などが生えているとでも思っているのであろう。
子連れでファミレスへ行き、出来合いのものを買って電子レンジで温めるだけ。
食への感謝の気持ちなどとっくに忘れてしまった日本人。
こうした親たちは「食育」が語られるのであろうか。現に私は落第なのであるが(><)
日本人の食文化の灯は消えつつある。
