9/7(土)6日目朝
07;00 定番の朝食ですが、ポークビーンズがおいしかったです。
08:00 グラダナから152kmのミハスへ向かいます。
車窓から畑の風景が多くなりました。
間隔をあけて植えてあるのがオリーブの木だそうですが、遠くからだとオレンジの木と見わけがつきにくいです。
オリーブは、木を揺らして下に張った網で受けて収穫するそうですが、10月~11月が収穫時期で、アフリカからの出稼ぎ労働者が多いそうです。
10:00 ミハス 到着です。早速白い建物。
ちょうど、ミハスのお祭りがある朝で、準備が始まっていました。
一番高い丘の上まで歩いてきました。
ヨーロッパ大陸とアフリカ大陸を隔てるジブラルタル海峡が遠望できます。
ビルヘン・デ・ラ・ペニャ礼拝堂。
石造り教会とも呼ばれ1650年代に修道士が一人で岩を彫って造ったとされる教会
ミハスの集落は古代にタルテッソス人(スペインの古代王国)によって造られ、当時の砦跡は現在の市壁の一部として残っています。
白壁の街並みは、暑さを家に取り込まない為の地中海近辺独特の風景です。
ギリシャやイタリアを思わせますが、古代ギリシャやポエニ人(現在のレバノン辺り)やローマ人も、豊富な鉱物資源目当てに村にやってきて貿易が行われていたようです。
ミハスは、ローマ人による支配の後、714年には西ゴート族~ムーア人~コルドバ首長国の時代はウマル・イブン・ハサンに征服され、9世紀末にアブド・アッラフマーン3世に敗れるまで多くの異教徒による支配下が続きます。
1487年のマラガ包囲の間、ミハスはカトリック両王の攻撃に抵抗していましたが、マラガ陥落の後、住民たちは降伏し、その大部分が奴隷として売られていきました。
数十年後のコムネロスの反乱の間、ミハスはスペイン王に忠誠を誓ったため、王室より「Muy Leal」(非常に忠実)の称号が与えられた。その後19世紀にかけて、海岸沿いにおける海賊行動が活発になり、ミハスは実に苦難の歴史に翻弄されてきたのです。
漆喰で塗られた.白い壁は、青空に映え美しく、過去を感じさせない明るい街に変貌を遂げました。
街中の散策は、ざっと全員で、後半は、自由時間になり、散策しながら、土産物店巡りです。
インマクラダ コンセプシオン教会
教区教会とも呼ばれ、16世紀イスラム時代の城址に建設された教会
闘牛場もありました。
1900年に完成したスペイン最小の闘牛場です。
サン・セバスチャン礼拝堂
昼食は集合し、ミハスの街中のレストランです。
12::45 昼食 ガスパッチョ、イカフライ
ミハス現代美術館へも立ち寄りましたが、知られざるピカソの作品を写真に撮ってきましたが、次の日記でご紹介します。













































