11/23(月祝)の日記
3日目の朝が来た!
07:00 自宅を出発
栗東IC~黒丸SA朝食休憩サンドイッチ他(470円)~彦根IC 950円
07:00 自宅を出発
栗東IC~黒丸SA朝食休憩サンドイッチ他(470円)~彦根IC 950円

08:25 彦根城
彦根城と玄宮園が見学できるコースです。
彦根城と玄宮園が見学できるコースです。
一人600円 会費より
彦根城は、徳川家康の命により佐和山城を一掃する為、慶長9年(1604)より着工され、
井伊直継の代になって現在の彦根山に決定し、天守は2年足らずで完成しました。
表御殿の造営、城郭改造等城郭の完成は1622年とされています。
井伊直継の代になって現在の彦根山に決定し、天守は2年足らずで完成しました。
表御殿の造営、城郭改造等城郭の完成は1622年とされています。
天守は大津城から、天秤櫓は長浜城からの移築です。
井伊直孝が彦根藩2代目藩主となり、直孝は、秀忠、家光、家綱の三代に渡り将軍の執政となり貢献し35万石となりました。
桜田門外の変で暗殺されたのは井伊直弼で、近江彦根藩の第15代藩主です。
井伊直孝が彦根藩2代目藩主となり、直孝は、秀忠、家光、家綱の三代に渡り将軍の執政となり貢献し35万石となりました。
桜田門外の変で暗殺されたのは井伊直弼で、近江彦根藩の第15代藩主です。
彦根城は、明治に解体の危機にみまわれましたが、明治天皇が明治11年10月、
北陸巡幸を終え、彦根を通られた時に、保存するようにと大命を下されたとか。
一説には、随行した参議大隈重信がその消失を惜しみ、天皇に奉上したとする説。
また一説には、天皇が近江町長沢の福田寺で小休止された時、住持攝専(せっせん)夫人で、天皇の従妹にあたるかね子様が奉上したとも言われています。
一説には、随行した参議大隈重信がその消失を惜しみ、天皇に奉上したとする説。
また一説には、天皇が近江町長沢の福田寺で小休止された時、住持攝専(せっせん)夫人で、天皇の従妹にあたるかね子様が奉上したとも言われています。
いずれにしても、彦根城築城400年、嬉しいことです。
このところ井伊直弼生誕200年のお祝い旗も目立っています。
二の丸への橋を渡ると、ひこにゃんが迎えてくれます。
10:30〜11:00 彦根城天守前
13:30〜14:00 彦根城天守前
15:00〜15:30 彦根城博物館前(冠木門)ひこにゃんの時間に合わなくて残念!
13:30〜14:00 彦根城天守前
15:00〜15:30 彦根城博物館前(冠木門)ひこにゃんの時間に合わなくて残念!


また石段だ~^^;天守まで上がり、眺めを楽しみました。

彦根城 裏側からの方が紅葉が綺麗です。

黒門から出て、お堀沿いに玄宮園へ向かいます。

名勝 楽々園
井伊家の下屋敷です。
「御書院」「地震の間」「楽々の間」「雷の間」「新東西の間」「鳰の間」など江戸時代後期の
井伊家の下屋敷です。
「御書院」「地震の間」「楽々の間」「雷の間」「新東西の間」「鳰の間」など江戸時代後期の
数奇屋建築が現存しています。
江戸時代は「槻御殿」あるいは「黒門外御屋敷」と呼ばれており、
明治時代以降に「樂々の間」から「楽々園」と呼ばれるようになりました。
江戸時代は「槻御殿」あるいは「黒門外御屋敷」と呼ばれており、
明治時代以降に「樂々の間」から「楽々園」と呼ばれるようになりました。

御書院から望む庭園は玄宮園の池泉を借景とする枯山水。
戦前までは庭園と御書院の間に池が広がっていたそうです。
戦前までは庭園と御書院の間に池が広がっていたそうです。

名勝 玄宮園
彦根城を借景とする大庭園「玄宮園」は、江戸初期の大名庭園です。
玄宮園の名は、中国の宮廷に付属した庭園を「玄宮」と言ったことから
命名されたという説や、中国の瀟湘(しょうしょう)八景または近江八景を取り入れて
作庭されたともいわれています。 映画やドラマの撮影にも度々使われています。
玄宮園の名は、中国の宮廷に付属した庭園を「玄宮」と言ったことから
命名されたという説や、中国の瀟湘(しょうしょう)八景または近江八景を取り入れて
作庭されたともいわれています。 映画やドラマの撮影にも度々使われています。

池に臨んで茅葺の屋根の臨池閣(りんちかく)や鳳翔台(ほうしょうだい)があり、
そこが、現在は料理旅館八景亭となっていて、 300年の歴史ある老舗の料理旅館なのです。 大名庭園の中に旅館があるのは珍しいそうです。

2011年11月3日、娘の結婚にあたり東京と札幌から夫の兄弟達が集まった時、
一泊二日の貸切りにして頂き8人で宿泊しました。
深見堂(13畳)松の間(20畳)男女別4名ずつの部屋割りでした。
因みに、人数が多く割安にして下さったようで宿泊費総額8名229,687円でした。
お料理がとても美味しくて、一部ご紹介します。お食事だけでも出来るそうです。
一泊二日の貸切りにして頂き8人で宿泊しました。
深見堂(13畳)松の間(20畳)男女別4名ずつの部屋割りでした。
因みに、人数が多く割安にして下さったようで宿泊費総額8名229,687円でした。
お料理がとても美味しくて、一部ご紹介します。お食事だけでも出来るそうです。



朝、お部屋から眺める玄宮園は最高でした。

この建物も、何年後かに解体修復工事に入るそうです。
彦根市は、彦根城近辺の世界遺産登録申請に向け、これから頑張るそうです。
そうなると、八景亭として旅館の営業をしなくなるらしいです。
二度と泊まれなくなるかもしれないとのことで、貴重な体験が出来ましたが、
あれから3年が過ぎましたが、まだ工事は始まっていないようです。
そうなると、八景亭として旅館の営業をしなくなるらしいです。
二度と泊まれなくなるかもしれないとのことで、貴重な体験が出来ましたが、
あれから3年が過ぎましたが、まだ工事は始まっていないようです。
料理旅館「八景亭」
http://www.hakkeitei.com/
http://www.hakkeitei.com/
10:20 臨池閣に隣接している鳳翔台へ
一服いかがですか?
一服いかがですか?「こういうの初めてだから、いいねぇ」と、
Aさん。
天皇陛下献上菓子 埋れ木が美味しい!
天皇陛下献上菓子 埋れ木が美味しい!

お茶席も楽しみました。お一人様500円 会費より
お抹茶を頂きながら、お庭を眺めます。のんびり出来ました。


お茶席、振り向くと彦根城の天守が望める絶景ポイントです。

10:35 お堀に沿って戻ります
玄宮園前船着場 屋形船は、以前乗ったことがあります。

かつての彦根藩には約120艘の御用船がおかれ、 京都へ急行用の早船や軍勢輸送のための軍船などがありました。 彦根藩主が領内視察や狩りに使った御好屋形船(おこのみやかたぶね)を、彦根城博物館に残されていた絵図面ならびに幕末のイギリス人フェリックス・ベアトが彦根で撮影した写真から忠実に再現したのです。
乗船料大人 : 1300円
往復約3Km、約45分
平日:10:00~15:00まで一時間おきに乗船出来ますが、
混みあう時期は、予約が必要です。
http://hikone-400th.jp/yakatabune/
「二季咲桜」
昭和47年4月に水戸から寄贈された桜です☆
冬は11月~1月、春は4月~5月の年に2回も咲く貴重な桜です。
冬は11月~1月、春は4月~5月の年に2回も咲く貴重な桜です。

11:00 夢京橋キャッスルロードにやってきました。

11:05 浄土宗 宗安寺
徳川四天王の武将といわれた井伊直政公ゆかりの寺。県の文化財や寺宝も多い。
佐和山城正門だった赤門
本堂は長浜城付属御殿
本尊の阿弥陀如来立像は、大坂夏の陣で井伊家臣が大坂城の仏間から拝持した淀殿の念持仏。
http://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/559
徳川四天王の武将といわれた井伊直政公ゆかりの寺。県の文化財や寺宝も多い。佐和山城正門だった赤門
本堂は長浜城付属御殿
本尊の阿弥陀如来立像は、大坂夏の陣で井伊家臣が大坂城の仏間から拝持した淀殿の念持仏。
http://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/559
11:20 十割蕎麦もんぜんや
十割・八割もりそば4人分3,400円 会費より写真忘れて食べちゃった^^;

ここまで、7,300歩、4.3Km、1時間26分

11:50 夢京橋あかり館
お土産のお買い物♪
ひこにゃんグッズやお菓子等々。
お土産のお買い物♪
ひこにゃんグッズやお菓子等々。
12:00 駐車場に向かうので、お堀に戻ってきました。
お堀に黒鳥が泳いでいました。

凄いスピードで泳ぐので、ビックリポン!

3年前、黒鳥は4羽いましたが今はどうかな?
白鳥もいますが、皇居から連れてきたこぶ白鳥で、
いずれも近代水戸市から寄贈されました。
白鳥もいますが、皇居から連れてきたこぶ白鳥で、
いずれも近代水戸市から寄贈されました。
井伊直弼は桜田門外の変で水戸藩に殺されたようなもので、水戸と彦根は長い間犬猿の仲だったそうですが、昭和に友好協定が出来姉妹都市になり記念の黒鳥だそうです。
12:05 午後の観光で木之本へ向かいます。
会費を各家、2万円ずつ徴収しました。
拝観料と軽食代のみで4万円で足りないなんて。。。拝観料が高い!
最後に計算します(笑)
つづく。。。
お茶席でのお菓子「埋れ木」のお店。