7/14(月)
22:53 自宅を出発
愛知県岡崎市の藤川まで150Km、
22:53 自宅を出発愛知県岡崎市の藤川まで150Km、
到着予定時刻 03:54
一般道で4時間もかかる?
相変わらずトラック渋滞は続く。
相変わらずトラック渋滞は続く。
7/15(火)
02:00 夜中なので3時間で 藤川宿道の駅 到着
驚いたことに多くの車、特にトラックが多く停車し、運転手が仮眠中。
道の駅というのは、駐車料無料だしトイレ完備で本当に便利です。
道の駅 藤川宿
愛知県岡崎市藤川町字東沖田44番地
TEL 0564-66-6031
9:00~18:00 年中無休
※コンビニエンスストア、トイレは24時間利用可能
http://fujikawa37.com/access.html
02:00 夜中なので3時間で 藤川宿道の駅 到着
驚いたことに多くの車、特にトラックが多く停車し、運転手が仮眠中。
道の駅というのは、駐車料無料だしトイレ完備で本当に便利です。
道の駅 藤川宿
愛知県岡崎市藤川町字東沖田44番地
TEL 0564-66-6031
9:00~18:00 年中無休
※コンビニエンスストア、トイレは24時間利用可能
http://fujikawa37.com/access.html
2時間の仮眠の予定でしたが、暑くて眠れず、夏場の車中仮眠は無理だと実感。
04:26 持参したおにぎりを食べ、スタートです。
夏場の日の出は4時半過ぎ頃で、
04:26 持参したおにぎりを食べ、スタートです。
夏場の日の出は4時半過ぎ頃で、次第に明るくなってきます。
気温も低く快適なウォーキングの始まりです。
気温も低く快適なウォーキングの始まりです。
藤川宿道の駅と名鉄藤川駅は隣接して更に便利。
藤川宿⇒赤坂宿まで 10.9km
藤川宿は、江戸から数えての三十八番目の宿場です。
藤川宿⇒赤坂宿まで 10.9km
藤川宿は、江戸から数えての三十八番目の宿場です。
04:38 藤川宿石碑 前回の場所からの続きです。本陣石垣を見に、下へ下ります。
芭蕉の句にあった「むらさき麦」が栽培されています。再建された高札場へも続いています。
このあたり「からむし」と呼ばれるイラクサ科多年草「チョマ」の自生地だとか。茎の皮をはいで取れた繊維で糸を紡ぎ布や縄を作ったそうです。
04:43 森本本陣跡、高札場跡の続き、スタートです。江戸まで78里、京まで48里。。。
04;43 本陣跡の斜め向かいに「銭屋」
火災の際、類焼防止用の軒卯建をあげた旧商家
火災の際、類焼防止用の軒卯建をあげた旧商家
04:44 弥名寺 武田信玄の弟(成信)の墓がある
04:45 明星院
本尊は不動明王立像で「片目の不動尊」と呼ばれる。
永禄五年(1562年)扇子山の戦いで敗走する家康を武士の姿となりかばい、
本尊は不動明王立像で「片目の不動尊」と呼ばれる。
永禄五年(1562年)扇子山の戦いで敗走する家康を武士の姿となりかばい、
矢を受け片目となったと伝えられている。
04:46 製造卸粟生(あおう)人形店「人形処」
城櫓のような建物で、岡崎市都市景観環境賞を受賞。
まるで江戸時代を思わせますが、
昭和57年建造の木造3階建てで新しいものです。
工房にて雛人形・五月人形、制作・卸しをしているようです。
http://www.wa.commufa.jp/~hinadoll/index.html
04:46 製造卸粟生(あおう)人形店「人形処」
城櫓のような建物で、岡崎市都市景観環境賞を受賞。まるで江戸時代を思わせますが、
昭和57年建造の木造3階建てで新しいものです。
工房にて雛人形・五月人形、制作・卸しをしているようです。
http://www.wa.commufa.jp/~hinadoll/index.html
04:50 秋葉山常夜灯 津島神社社標
国道1号線を越えた向こうに社殿がある。
国道1号線を越えた向こうに社殿がある。
04:53 秋葉山常夜灯
ここには、茶屋かどや左七があった。
ここには、茶屋かどや左七があった。
04:54 右折する。
地元の人は、この辺りを「曲手」と呼んでいる。
曲手とは、直線状に来た道を直角に右に曲がり、
地元の人は、この辺りを「曲手」と呼んでいる。曲手とは、直線状に来た道を直角に右に曲がり、
また左へとクランク状に曲がる道をそう呼んだ。
別名「桝形」とも言われている。藤川宿の曲手は、慶安元年(1648年)に、三河代官が藤川宿の東端に、約500メートルほどの街道を造り、その東のはずれを意識的に道を曲げて付けたことによる。
04:55 市場改耕碑
改耕碑とは耕地を改良した記念碑のことなので、放水路などで排水の促進や
改耕碑とは耕地を改良した記念碑のことなので、放水路などで排水の促進や
開墾促進、農地の整備がなされ、農地の生産性の向上を促した工事をし、
その碑なのではないだろうか?
説明書きがない。
説明書きがない。
04:55 藤川宿東口 東棒鼻 藤川宿のはずれです。
先日の藤川小学校前のは「西棒鼻」でした。
勘違いしていましたが、ここが広重の浮世絵の場所です。


先日の藤川小学校前のは「西棒鼻」でした。
勘違いしていましたが、ここが広重の浮世絵の場所です。


05:03 左手向うに名古屋鉄道の車庫が見えます。
名鉄名古屋本線の線路。
名鉄名古屋本線の線路。
05:09 御開運身隠山碑 山中八幡宮道標
遠くに朱色の鳥居が見えました。遠いので通過。
鳥居は家康が寄贈したもの。
東照宮が祀られ、家光は上洛の折には参拝に立ち寄った。
遠くに朱色の鳥居が見えました。遠いので通過。鳥居は家康が寄贈したもの。
東照宮が祀られ、家光は上洛の折には参拝に立ち寄った。
楠の巨木がそびえて、山腹には鳩ヶ窟という洞窟があり、
三河の一向一揆の折、家康が逃れてこの洞窟に身を隠していたといいます。
追手が物音に気づき近づいた時、二羽の鳩が飛び出し難を逃れたとか。
三河の一向一揆の折、家康が逃れてこの洞窟に身を隠していたといいます。
追手が物音に気づき近づいた時、二羽の鳩が飛び出し難を逃れたとか。
八幡様のお使い(ご神使)は鳩だというが、
だから仙台で参拝した八幡宮の鳥居にも、鳩が二羽描かれていたのかな?
だから仙台で参拝した八幡宮の鳥居にも、鳩が二羽描かれていたのかな?
05:10 舞木町西信号左手道を進む
05:13 永證寺
05:13 永證寺
山中城祉 (三河国)
この辺りには、岡崎松平氏の三代の信貞の三河地方最大規模の連郭式山城山中城があり、岡崎松平氏の三大信貞の城でしたが、大久保忠茂らによって攻略され、その後今川氏の西三河攻略の拠点となりましたが、三河一向一揆で、
この辺りには、岡崎松平氏の三代の信貞の三河地方最大規模の連郭式山城山中城があり、岡崎松平氏の三大信貞の城でしたが、大久保忠茂らによって攻略され、その後今川氏の西三河攻略の拠点となりましたが、三河一向一揆で、
その後酒井氏お居城となりました。
05:16 冠木門
これより西、藤川宿へ これより東、赤坂宿へ
舞木村の由来などの説明板
山中八幡宮記に「文武天皇の頃、雲の中より神樹の一片が神霊ををのせて舞い降りる」
という記載を由来としている。
これより西、藤川宿へ これより東、赤坂宿へ舞木村の由来などの説明板
山中八幡宮記に「文武天皇の頃、雲の中より神樹の一片が神霊ををのせて舞い降りる」
という記載を由来としている。
05:37 本宿 是より東 本宿村
左 国道一号 ⇒ 東海道本宿は、法蔵寺の門前町として形成され、江戸時代には藤川宿と
赤坂宿の間の宿として発展しました。
立場茶屋が法蔵寺前と長沢村境四ッ屋の二ヶ所にあり、
醤油で味付けした法蔵寺団子が名物でした。

05:40 蘭方医 宇都野龍碩邸跡と長屋門
現存している
05:43 揚珠院 本尊は薬師如来
本宿一里塚跡標石
日本橋より78里 塚木は榎であった
日本橋より78里 塚木は榎であった
05:47 十王堂跡(閻魔堂)
本尊木造地蔵菩薩坐像は、岡崎市文化財に指定 非公開
05:47 欣淨寺
本尊木造地蔵菩薩坐像は、岡崎市文化財に指定 非公開
05:47 欣淨寺
05:48 秋葉山常夜燈
05:51 本宿陣屋跡と代官屋敷(現冨田病院)






05:56 不動院(現本宿中集会所)
05:58 法蔵寺






家康が幼いころ、手習いや漢籍を学んだとされ、数々の遺品が現存しています。
桶狭間の合戦以後家康は、法蔵寺に守護不入の特権を与えるなど優遇しました。
桶狭間の合戦以後家康は、法蔵寺に守護不入の特権を与えるなど優遇しました。
境内には新撰組で有名な、近藤勇の首塚も祀られています。
近藤勇首塚の由来 新撰組隊長 近藤勇は、慶応四年(明治元年)四月二十五日三十五才で東京都板橋の刑場の露と消えました。
近藤勇首塚の由来 新撰組隊長 近藤勇は、慶応四年(明治元年)四月二十五日三十五才で東京都板橋の刑場の露と消えました。
刑後、近親者が、埋められた、勇の死体を人夫に頼んで夜中ひそかに掘り出してもらい、東京都三鷹の竜源寺に埋葬しました。
また、勇の首は処刑後、塩漬にして、京都に送られ三条大橋の西にさらされました。
それを同志が三番目に持出し、勇が生前敬慕していた新京極裏の称空義天大和尚に、埋葬を依頼することにしました。しかし、和尚は、その半年前から、三河国法蔵寺の三十九代貫主として転任されていたので法蔵寺に運ぶことに_しました。
この寺は山の中にあり、大木が生い茂っていて、ひそかに埋葬するのに好適の地でした。
この寺は山の中にあり、大木が生い茂っていて、ひそかに埋葬するのに好適の地でした。
御草紙掛松 家康手植えともいわれ、手習いの折草紙を掛けたことからこの名がつけられたという。
昭和58年立ち枯れ、59年に再植樹。

法蔵寺橋を渡る
06:19 本宿終了 是より西 本宿村 右 国道一号 ⇒ 左 東海道
06:20 豊川市に入ります。
つづく。。。
