ペルーの首都リマの夏は11月~4月中。冬は5月~11月まで。
最高30℃ 最低12℃で、砂漠で雨が少ないので、傘の心配がなく天気予報はないそうで、ビックリしました。天気予報好きなので、毎日の楽しみが半減します(笑)
最高30℃ 最低12℃で、砂漠で雨が少ないので、傘の心配がなく天気予報はないそうで、ビックリしました。天気予報好きなので、毎日の楽しみが半減します(笑)
リマの人口は800万人で、ペルーの1/3の人口が集中しています。
現在、リマでは、車の渋滞が大きな問題になっています。
大型バス・ミニバス・ミニワゴン車等を利用していますが、ほとんど日本車の中古です。1回で1ソル約30円程の乗車賃で、バスは10分~15分間隔で停まります。
現在、リマでは、車の渋滞が大きな問題になっています。
大型バス・ミニバス・ミニワゴン車等を利用していますが、ほとんど日本車の中古です。1回で1ソル約30円程の乗車賃で、バスは10分~15分間隔で停まります。
バスやタクシーの90%は天然ガスで走り、ペルーのガソリンは、1L=1ドル50セント。
ベネズエラから輸入するので、安くはありません。
ペルーの田舎、山の斜面にあるピスコ地方とリマの旧市街では物価が違います。
貧富の差が大きく格差社会だそうです。
ベネズエラから輸入するので、安くはありません。
ペルーの田舎、山の斜面にあるピスコ地方とリマの旧市街では物価が違います。
貧富の差が大きく格差社会だそうです。
新市街には、チリ人が経営している薬局やスーパーマーケットなどが多く、
地下鉄はなく、去年からやっと旧市街から新市街へと、電車が走るようになったそうです。織物・食品・皮革・ゴム・製粉などの産業の80%は、リマに集中しています。
経済は上向きになりつつあるそうです。
輸入品が多く、特に、日本の中古車なら売れ、リマ市内は、トヨタよりホンダが人気。日産もある。中古車は、2000ドル~。新車は、2万ドル~25000ドル。
地下鉄はなく、去年からやっと旧市街から新市街へと、電車が走るようになったそうです。織物・食品・皮革・ゴム・製粉などの産業の80%は、リマに集中しています。
経済は上向きになりつつあるそうです。
輸入品が多く、特に、日本の中古車なら売れ、リマ市内は、トヨタよりホンダが人気。日産もある。中古車は、2000ドル~。新車は、2万ドル~25000ドル。
新市街からコロニア通りを通り、旧市街へと走ると、スペインの植民地時代の16~18Cの建物が続きます。車が渋滞しているので、手前で下りてアルマス広場へ徒歩で向かいます。
アルマス広場とは、マチュピチュで村やクスコにもありました。
ペルーのどの町にも町の中心には広場があって、アルマス広場と呼ばれています。
「アルマス」とはスペイン語で「武器」の意味です。
スペイン植民地時代に、警備する兵士や彼らが持っていた武器にその由来があります。広場の中央には噴水があり、その周囲では市民や観光客がゆったりと過ごしています。観光馬車もいい雰囲気♪
ペルーのどの町にも町の中心には広場があって、アルマス広場と呼ばれています。
「アルマス」とはスペイン語で「武器」の意味です。
スペイン植民地時代に、警備する兵士や彼らが持っていた武器にその由来があります。広場の中央には噴水があり、その周囲では市民や観光客がゆったりと過ごしています。観光馬車もいい雰囲気♪

スペインの征服者ピサロは、アルマス広場を中心にリマの街を建設したのです。
広場の中央には噴水があり、リマのセントロ地区には大統領府(旧副王庁)、カテドラルなど歴史的建造物が集中。
広場を囲むように建ち、スペイン統治時代を偲ばせます。
広場の中央には噴水があり、リマのセントロ地区には大統領府(旧副王庁)、カテドラルなど歴史的建造物が集中。
広場を囲むように建ち、スペイン統治時代を偲ばせます。
「カテドラル」(リマ大聖堂)
1535年、ピサロが自らの手で礎石を築いたペルーで最も古い大聖堂。
ピサロの遺体が安置されています。

カテドラルの隣りの「大司教官邸」外観だけですが、
ムデハル様式の彫刻が美しいバルコニーです。
ムデハル様式の彫刻が美しいバルコニーです。

ムデハル様式とは、アラビア語で残留者を意味する「ムダッジャン」に由来するスペインの建築様式で、レコンキスタの後、残留イスラム教徒の建築様式とキリスト教建築様式が融合したスタイル。特徴は建物の壁面に幾何学文様の装飾を施していることです。
「大統領府」
副王庁の時代からペルーの統治に君臨してきた堂々たる建物。
ベルサイユ形式の建物ですね。かつてピサロが住んでいたところ。
以前のペルーの大統領の日系人のアルベルト・フジモリ氏も執務していたのですね。平日の正午には衛兵の交代が見られますが、日曜日だったので残念!
副王庁の時代からペルーの統治に君臨してきた堂々たる建物。
ベルサイユ形式の建物ですね。かつてピサロが住んでいたところ。
以前のペルーの大統領の日系人のアルベルト・フジモリ氏も執務していたのですね。平日の正午には衛兵の交代が見られますが、日曜日だったので残念!

「市庁舎」
黄色い建物 黄色はリマ市の色だそうです。
何故か?アラブで生まれた形式の建物で、黄色は気分転換に良い色だそうです。
年中どんよりして太陽が少ない為、黄色は明るくする為にだそうです。
大聖堂の壁の色も、塗り替えの時は、市長の気分で変わるそうです。
黄色い建物 黄色はリマ市の色だそうです。
何故か?アラブで生まれた形式の建物で、黄色は気分転換に良い色だそうです。
年中どんよりして太陽が少ない為、黄色は明るくする為にだそうです。
大聖堂の壁の色も、塗り替えの時は、市長の気分で変わるそうです。

「世界遺産 サン・フランシスコ教会・修道院」
アルマス広場からすぐに、リマで最も重要な建築物の1つに挙げられるのが「サン・フランシスコ教会・修道院」です。
正面の2棟の鐘楼とバロック様式のファサード(正面装飾)が見事で、ユネスコの世界文化遺産に登録されたのは1988年(リマ歴史地区全体の世界遺産登録は1991年)。
地下にあるカタコンベ(地下墓地)には、おびただしい数の遺骨があるというので、怖いので見学はしませんでした。
アルマス広場からすぐに、リマで最も重要な建築物の1つに挙げられるのが「サン・フランシスコ教会・修道院」です。
正面の2棟の鐘楼とバロック様式のファサード(正面装飾)が見事で、ユネスコの世界文化遺産に登録されたのは1988年(リマ歴史地区全体の世界遺産登録は1991年)。
地下にあるカタコンベ(地下墓地)には、おびただしい数の遺骨があるというので、怖いので見学はしませんでした。

教会の内部です。

1656年2月4日の大地震により、教会の大部分が崩壊。
翌1657年5月8日、副王ルイス・エンリケス・デ・グスマンの手により改めて再建の証となる礎石が置かれ現在に至ります。
翌1657年5月8日、副王ルイス・エンリケス・デ・グスマンの手により改めて再建の証となる礎石が置かれ現在に至ります。
リマは、世界文化遺産に登録されたセントロ地区と
チャラと呼ばれる海岸砂漠地帯の新市街に2分されています。
チャラと呼ばれる海岸砂漠地帯の新市街に2分されています。

新市街にある「愛の公園」 カップルの像「愛のモニュメント」があります。

この夕日は、やがて日本の朝日となります。

