イラク  気候変動で水不足が深刻化 国民は困窮し、健康被害も 多くを期待できない新政権 | 碧空

イラク  気候変動で水不足が深刻化 国民は困窮し、健康被害も 多くを期待できない新政権

(川底が露呈したチグリス川 【59日 髙岡豊氏「急速に死に向かうチグリス川」 YAHOO!ニュース】)

 

【今後は水と食糧をめぐってあらそうことになる(トルコ・エルドアン大統領)】

昨日、NHKCOP27関連番組として「水不足」を取り上げていました。

 

****いま地球で何が起きている⁉ 水を巡る攻防戦****

今月6日から、エジプトで開かれている、気候変動対策を話し合う国連の会議「COP27 「水の安全保障」を争点のひとつとしています。各国は気候対策・水対策が国の安全保障に関わることに気づき始めたのです。

100を超える国の首脳らが参加する首脳級会合の冒頭で、国連のグテーレス事務総長が、「人類には選択肢がある。協力するか滅びるかだ」と述べて国際社会が一致して気候変動対策に取り組むよう訴えました。

いま地球の気温は産業革命前より1.上昇し、これが1.5℃を超えると、後戻りできない、深刻な影響が広がるとされています。


ことしは、日本でも「記録的な猛暑」となり、また世界各地では熱波や干ばつなど異常気象が相次ぎました。気候変動による危機で何億という人々の、命や暮らしが脅かされています。

今回、世界各地を取材すると、私たちの生活に欠かせない「水」を巡る様々な対立やあつれきが起きていることがわかりました。【119日 NHK

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番組では、農業用の水源をめぐって住民どうしが衝突するイラク、地下水をめぐり住民訴訟が起きているフランスなどが取り上げられていました。(私は時間がなく、前半しか観ていませんが)

 

“「水」を巡る様々な対立やあつれきが起きていることがわかりました”・・・・今更の話で、以前からずっと指摘されてきた問題です。これまでもしばしばブログで取り上げたように、国際河川のメコン川、インダス川、ナイル川では周辺国が水資源をめぐって厳しく対立しています。

 

番組の中で、イラクとダム建設による水争奪戦を繰り広げているトルコのエルドアン大統領の「世界はこれまで石油をめぐってあらそってきた。今後は水と食糧をめぐってあらそうことになる」といった趣旨の発言が紹介されていましたが、まさにそういうことです。

 

【イラクで深刻化する水不足 上流のトルコ・イランとの対立も】

番組でも取り上げていたイラク。チグリス・ユーフラテス川の豊かな水がメソポタミアの文明をはぐくんだ土地です。そのイラクでは今年考古学的な発見がありました。

 

****気候変動の影響?3,400年前の都市遺跡がチグリス川で見つかる****

6月に入り、ここイラク北部でも本格的な夏の始まりを感じさせます。日中は45℃近くになり、太陽に当たっているとその日差しの強さでグリルされているような気分になります。(中略)

  

イラク北部で3,400年前の遺跡が発掘される

6月初め、イラクを舞台に考古学会で大きな発見が発表されました。

ドイツのフライブルク大学、チュービンゲン大学と地元クルド自治区の考古学者たちが共同で調査をした結果、3,400年前のミタンニ王国のものとみられる遺跡が発見されました。(中略)

 

しかし今回のこれらの新しい遺跡の発見、気候変動が原因でチグリス川の水量が減少したことが大きな要因として挙げられています。

 

昨年から何度か記事でも紹介しましたように、昨年イラクではひどい干ばつが起き深刻な水不足が発生しました。

今年の冬、私の暮らす北部地域では例年に比べ多くの降雨がありました

 

しかし水をため込む機能を果たす山岳地帯ではまた雨不足が発生。その影響で今年の夏も水不足が起きると予測が為されています。4月から続く砂嵐も水不足が大きな原因と見られています。

 

新たな遺跡の発見は喜ばしいことですが、それが気候変動とそれに伴う水不足が原因なのですから、皮肉なものです。【612日 牧野アンドレ氏 Newsweek

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冒頭NHK番組では、農業用水をめぐり住民同士が銃撃戦を繰り広げる様子なども紹介されていましたので、残念ながら遺跡の発見を喜ぶような状況ではありません。

 

国連は、気候変動に対する脆弱性を持つ国として、イラクを世界第5位に分類しています。イラク政府の調査によると、現在、国土の約40%が砂漠化しており、多くの土地は塩分濃度が高く、農業に適さないことが明らかになっています。

 

****イラクで深刻化する水不足が人々の暮らしと発展を脅かす****

水量が減少した結果、2大河川の水位は過去最低水準にまで低下

近隣諸国がチグリス川とユーフラテス川の水源にダムを建設、問題は悪化している

 

イラク全土で、何世紀にもわたる苦難、混乱、干ばつの中でも当たり前のように利用され、頼りにされてきた水源が脅威にさらされている。その結果、この国の多くの人々が、生活の糧を得るためにかつてないほどの困難に直面している。

 

紛争、汚職、失政、地域の政治的対立が重なり、イラクの人々は慢性的な水不足に直面している。これは農業、経済、市民の健康に深刻な影響を及ぼしており、多くのコミュニティの存続が疑問視されているほどである。

 

かつてチグリス川の水面だけが見えていた場所に、島の陸地が突き出ている光景は、この5年間でバグダッド市民にとって見慣れたものとなった。水量が減少した結果、水位が記録的に低くなった河川に見られる現象である。

その結果、イラクの首都を悠々と流れていた世界有数の水路には、不毛の島々が点在し、古代の大地を支えた緑の激流は影を潜めている。

 

タクシー運転手のサラム氏は、生まれたときからバグダッドに住んでいる。昔はチグリス川が街を轟々と音を立てて流れるのを見ていたが、年々その流れが弱まり、今では狭い川底が見えるだけだという。

「それでも、イラクの他の地域よりはましだ」と、彼はアラブニュースに語った。「水道料金はまだ比較的手頃だが、水道水は汚染されているので使えない。料理用の飲料水をたくさん買わなければならない」(中略)

 

チグリス川とユーフラテス川が合流し、伝説のメソポタミア湿地帯に注ぎ込むイラク南部では、水牛が汚染された湖沼の淀みから水を飲み、農民が伝統的なカヌーに乗り、かつては原始の飲料水だった、今では産業汚泥のような水の中を漕ぎ進んでいる。

 

このかつては強大であった川に流れ込む淡水は、トルコに建設されたダムによって水源地で制限されている。チグリス川とユーフラテス川の、シリアとイラクへの流れの多くが遮断されているのだ。

 

この2つの川は、イラクの地表水の98%を供給している。その他の水源はイランでせき止められている。そのため、かつては飢饉や病気を食い止めるのに貢献した水量が今では不足し、悲惨な干ばつの年であっても、生活の保証からは遠ざかっている。

 

2018年、国連は、気候変動に対する脆弱性を持つ国として、イラクを世界第5位に分類した。気候変動の影響は過去15年間を見ると明らかで、降水量が減り、熱波がより長く、より高温になることが頻繁に起こるようになった。

 

イラク政府の調査によると、現在、国土の約40%が砂漠化しており、多くの土地は塩分濃度が高く、農業に適さないことが明らかになっている。

 

近年、イラク南部では、かつて湿地帯だった場所は、その30%がかろうじて水に覆われているのみで、地元の人々が見慣れない、乾燥した、ひび割れた土地に変わりつつある。

 

気候変動の影響は目に見える形で現れている。20202021年の冬は、イラクでは記録的に降水量が少なく、チグリス川で29%、ユーフラテス川で73%の水量が減少したことが明らかになった。過去20年間、降雨はますます散発的になっている。(中略)

 

2021年末、イラクのマフディ・ラシッド・アル・ハムダニ水資源相は、国境で水の供給を断ち、ディヤラ州に大災害をもたらしたとしてイランを提訴する予定であると発表した。イラク当局によると、同国は合意された割当量の10分の1しか受け取っていないという。一方、トルコから流れてくる水の量は、ここ数年でほぼ3分の2に減少している。

 

ノルウェー難民評議会(NRC)が昨年発表した報告書、『イラクの干ばつ危機』によると、多くの農民が家畜を生かすために借金を抱えていることがわかっている。また、干ばつの影響を受けた地域の2世帯に1世帯が食料援助を必要としていることも明らかになった。少なくとも700万人のイラク人が、現在進行中の干ばつの影響を受けている。

 

NRCのイラク支援アドバイザーであるキャロライン・ズーロ氏によると、農家はこれ以上の家畜の損失を防ぐため、干ばつに強い種子と、牛、ヤギ、羊のための追加飼料を緊急に必要としているという。

 

長期的には、農民のための灌漑(かんがい)インフラの整備や復旧、地方や国レベルでの水資源管理計画の改善が必要だと、ズーロ氏はアラブニュースに語った。

 

農作物や家畜の損失、食料確保の障壁の増大、所得の減少、干ばつによる脆弱な家族の難民化など、干ばつの影響は各州で大きくなっている。

 

水不足が子どもたちに及ぼす影響は、たとえ整備された都市部であっても、長い間、警戒すべき要因となってきた。2021年のユニセフの報告書『水資源の枯渇』には、イラクの子どもたちの5人に3人近くが、安全に管理された水を利用できていないと書かれている。多くの家庭が、飲用に適さない水を得るために井戸を掘るしかない状況で、場合によっては洗濯などの用途にさえ安全でないことがある。

 

多くの調査によると、南部の都市バスラの水質は、イラクで最も悪いもののひとつだ。ヒューマン・ライツ・ウォッチが2018年に発表した報告書、『涸れゆくバスラ』には、ここ数カ月で少なくとも118000人が衛生や水質の問題に関連する症状に苦しみ、入院していると書かれている。当時、バスラ保健局では、水を飲む前に沸騰させるよう促していた。

 

水不足がイラクの人口動態に与える影響は、何千人もの人々が都市部からより大きな都市の近郊に避難していることからも明らかになっている。大都市は新たに到着した人々のニーズを満たすのに苦労している。(中略)

 

イラクの中央政府は依然として弱体であるため、交渉の席で強力な隣国にはかなわない。国政選挙から5カ月が経過したが、新大統領と新首相の選出や政府樹立にはまだ至っていない。政治的な行き詰まりが解消されたとしても、弱く、分裂した政府が水の確保という難題に対処するためには、国際的な支援が必要であることに変わりはない。

 

クルド地域政府の農務省水資源・ダム部門の責任者であるラーマン・カーニ氏は、時代遅れの手法がこの国の水管理システムを阻害していると指摘する。

 

「また我々は、汚染や古い灌漑方法にも悩まされている」と彼はアラブニュースに語った。「解決策は、国内の水管理を改革し、ダムを建設し、近代的な灌漑技術を使用することである。さらに近隣諸国に強く働きかけ、公平な量の共有水を放出させることだ」

 

専門家は、イラクの最も弱い立場にある人々を助けるために、将来を見据えて、もっと多くのことをしなければならないと語る。

「干ばつ状態が続き、悪化することが予想される中、農村はさらなる不作のリスクにさらされている。対策を講じなければ、今よりも多くの難民問題を招く恐れがある」とズーロ氏は語った。

 

しかし、冬から暖かくなるに従い、今年の夏はこれまで以上に、イラクの人々が飢えと渇きに苦しむことになる可能性が非常に高い。【413日 ARAB NEWS

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井戸を掘って地下水をくみ上げても、乾燥で塩分が濃縮されているため塩水しか出ないという状況。

 

周辺国トルコ、イランも同様に水不足に苦しんでいるため、自国第一の水確保に走り、隣国との対立が先鋭化します。

 

また、農地を捨てて都市へ流入する住民が増加することは、社会不安の温床ともなります。

 

【ウクライナ情勢による燃料と肥料の価格高騰が追い打ち】

今年は水不足に加えてウクライナ情勢の影響で燃料と肥料の価格が高騰し、農業へのダメージを増幅しています。

 

****イラク:ウクライナでの戦争と水不足で小麦の収穫量は半減****

レバノン、パレスチナ、シリア、ヨルダン、イラクにかけてのマシュリクと呼ばれる地域では、例年11月~5月初頭までが降水期でそれ以後は厳しい暑さに見舞われる。

 

降水期の終わりと真夏の間の短い期間が、小麦の収穫の時期にあたり、この期間の農村は収穫機器が徹夜で操業する忙しさになる、はずだ。

 

しかしながら、この地域は昨年に勝るとも劣らない干ばつに見舞われ、降水量と河川の流量は相当に少なかった。シリアの地中海沿岸部は平年並みの降水量を記録した地点もあったが、内陸の農業地帯の降水量は絶望的と言っていいほどの状態だった。

 

この状況は、トルコやイラクも含むチグリス、ユーフラテス川の流域全般で同様だったようで、今期のイラクの小麦の収穫高は昨期同様の不振となりそうだ。降水量の現象は気候変動とも関連すると考えられており、イラクでは砂嵐の頻発という新たな問題も発生している。

 

バグダード南方のディーワーニーヤ県では、同県を流れるユーフラテス川の水量が1秒当たり180の平年値に対し、今期は80に過ぎない。このため、イラク政府、そして生産者たちは小麦の作付け面積の削減を余儀なくされた。しかも、降水量の不足により面積当たりの収穫量は例年の半分程度にとどまる見通しである。

 

この不振に追い打ちをかけたのが、ウクライナでの戦争に伴う燃料と肥料の価格高騰である。エンジンオイル類や種苗も値上がりしており、これらは生産者にとって更なる重荷となる。肥料についても、価格高騰のため国が生産者に供給する量が過去数年に比べて8分の1にまで減少する見通しだそうだ。

 

元々、チグリス、ユーフラテス川の流域で天水に頼る農業は不確実性が非常に高い営みではある。そこに、燃料や肥料が世界的な広範囲で取引されるようになったことにより、この不確実性に影響を与える要素はイラク政府や地元の生産者の努力ではどうにもならない範囲にまで拡大している。

 

今期のイラクの小麦の収穫量の見通しは250万~300万トン程度であるが、これは昨期と同程度の水準であり、イラク国内で必要とする量には及ばない。

 

別稿で指摘した通り、この地域での農業の不振は離農都市への人口移動都市近郊の生活環境悪化社会不安という負の連鎖へとつながりやすいものである

 

中東では、経験的に10年に1度ほどの頻度で世界を揺るがす大事件(大抵は紛争や政治危機)が発生するのだが、折悪しく現在は前回の大災難である「アラブの春」とその後の混乱から10年ほど経過している。

 

世界の耳目と様々な資源がウクライナでの戦争に集中する中、中東諸国はそのあおりを受けて人民の生活水準が低下することがほぼ確実である。そのため、「10年に1度」という経験則がとても嫌な予感として感じられてならない。【59日 髙岡豊氏 YAHOO!ニュース

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【混迷するイラク政治 選挙から1年でようやく新政権は樹立されたものの・・・】

こうした深刻な状況を抱えながらもイラク政治は選挙後も政権が樹立できない混迷が続いていましたが、10月末になってようやく新政権樹立に漕ぎつけました。

 

****イラクでスダニ新政権発足 選挙後1年、混乱収束課題****

イラク国会は27日、新首相候補に指名されていたスダニ元人権相の内閣を信任し、スダニ氏を首相とする新政権が発足した。国営通信などが伝えた。

 

昨年10月の国会総選挙から1年以上続いた政治の混乱収束が課題となる。

 

国会はフセイン副首相兼外相ら主要閣僚を含む全閣僚リストを認めた。環境相など2ポストは空席のまま承認した。

ロイター通信によると、スダニ氏は3カ月以内の選挙法改正と、1年以内の総選挙実施を約束した。

 

スダニ氏はイスラム教シーア派で、親イラン政治勢力に属している。

 

昨年10月の総選挙ではシーア派有力指導者サドル師派が第1党になったが、親イラン政党でつくる会派「調整枠組み」と対立した。政権樹立に失敗し、サドル師派の全議員が辞職。サドル師は8月末に引退を表明した。【1028日 産経

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イラクは多民族、多宗教の国家で、大統領はクルド人、首相はイスラム教シーア派、国会議長はスンニ派から選ばれる慣例になっていますが、実権は首相が握っています。

 

サドル師派と連携していた政党が、親イラン派主導の連立に加わることを決断したことでの政権樹立です。

 

“イラクでは、イランやトルコがそれぞれ自国の反体制派の掃討を理由に、隣接するイラク北部に越境攻撃を継続。過激派組織「イスラム国」IS)の残党によるテロや攻撃もなくなっていない。行政の腐敗や、経済不振による失業増、電力不足などに国民の不満が高まっている。政権から除外されたサドル派の動向も含め、新政権は早急な対応を迫られる。”【日系メディア】と課題が山積しており、有効な水不足対策を実行できる余裕はなさそうです。

 

イラク政治混迷の根底には、政治的権限を“利権”として奪い合う政治風土があります。

“新政権の各政党は、「国の資源と能力を自分たちの間で山分けできる戦利品と見なしている」という”1029日 ARAB NEWSイラク新政府は危機を解消できそうもない」】

 

更に宗派・民族の対立、イランとの距離をめぐる争いが混乱を助長しています。

 

****イラク新政府は危機を解消できそうもない****

(中略)前出のヒゲル氏は、スダニ氏が「外交政策に力を入れるよりも、失業や水、電気の不足といった国内の問題を優先させるだろう」とみている。

 

また、イラクが外国からの投資を切実に必要としていることから、スダニ氏は、頑強な親イランの支持基盤にもかかわらず、「欧米とイランの間のバランスを取ろうとするだろう」と分析した。

 

しかし、シャマリ氏は、最近もトルコとイラン両方の攻撃目標になるなど、地域紛争の矢面に立たされることが多いこの国では、バランスは十分には取れないかもしれない、と指摘した。(後略)【1029日 ARAB NEWS

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イラク政治の混迷は続きそうです。その不十分な統治は人々の不満を蓄積させていきます。やがて何かのきっかけでその不満が・・・。