ウクライナ危機で進む「石炭への回帰」 温暖化対策には逆風 | 碧空

ウクライナ危機で進む「石炭への回帰」 温暖化対策には逆風

(【622日 日経】 ウクライナ危機に伴う石炭需要拡大で価格は更に高騰していますが、資源価格高騰自体はウクライナ以前の昨年後半から)

 

【ドイツ ウクライナ危機で石炭利用拡大へ】

ロシア軍によるウクライナ侵攻は、力による現状変更という安全保障上の直接的問題の他にも、一部地域では飢餓や政情不安にもつながる食糧危機、エネルギー調達の脱ロシアとそれにともなう需給の不安定化、食料・エネルギーなど世界で加速するインフレーション・・・さまざまな影響を世界にもたらしていますが、そのひとつがエネルギー調達の脱ロシアがもたらす石炭利用の拡大および温暖化対策の後退という問題です。

 

ロシア産ガスをドイツに輸送するパイプライン「ノルドストリーム」に見るように、欧州でもエネルギーのロシア依存が特に顕著だったドイツは禁断の石炭使用拡大に追い込まれています。

 

****独、石炭利用拡大へ ロシア産ガスの供給減少で****

ドイツ政府は19日、ロシア産天然ガスの供給減少と国内のエネルギー需要に対応するため、石炭利用の拡大を含む緊急対策を講じると発表した。

 

ロシア国営の天然ガス独占企業、ガスプロムが先週、欧州へのガス供給を大幅に削減すると警告したことを受けたもの。

ガスプロムは供給削減の理由について、ロシア産ガスをドイツに輸送するパイプライン「ノルドストリーム」の修復作業に伴うものと説明しているが、欧州連合当局は、ウクライナの支援国に対する報復とみている。

 

ドイツの経済・気候保護省は「ガス需要を縮小させるには発電用のガス使用を減らす必要がある。その代替として石炭火力発電所への依存を高めることになる」と説明した。

 

ドイツ政府は2030年までに石炭使用を段階的に削減する目標を掲げているが、方針を転換することになる。

 

ドイツのガス需要に占めるロシア産天然ガスの割合はウクライナ侵攻前の55%から現在は35%に低下。それを埋め合わせるため、ノルウェーやオランダなどからの調達を拡大するとともに、液化天然ガスの輸入を増やしている。 【620日 AFP

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なお、2030年までに石炭火力発電所を閉鎖するという目標については、引き続き期限通りの達成を目指していくとのことです。

 

****ドイツ、2030年の脱石炭目標は維持 化石燃料の利用拡大も****

ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー危機を受け、化石燃料の利用拡大方針を示しているドイツは20日、2030年までに石炭火力発電所を閉鎖するという目標については、引き続き期限通りの達成を目指していくと表明した。

 

経済省のシュテファン・ガブリエル・ハウフェ報道官は定例記者会見で、「2030年の脱石炭達成期限については疑いの余地はない」と明言した。

 

ロシア国営天然ガス企業ガスプロムが先週、欧州へのガス供給を大幅に削減すると通告したことを受け、ドイツ政府は19日、石炭火力発電所の利用を拡大すると発表。ハウフェ報道官は、これによる二酸化炭素排出量の増加を考慮すると、目標は「これまで以上に重要になる」と語った。(後略)【620日 AFP

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実際、2030年の脱石炭目標が達成できるかどうかはわかりませんが、環境政策を重視する緑の党も参加する連立政権としては「脱石炭」の看板を降ろすわけにもいかないでしょう。(近年のドイツ緑の党は党内的には現実主義派が主導権を握っており、石炭利用の拡大を含む緊急対策を了承したことに見るように、相当に現実主義的対応を行っているようです)

 

【世界的にも進む“石炭への回帰”】

ドイツだけの話ではなく“欧州では、ドイツのほか、イタリア、フランス、英国、オランダ、オーストリアが石炭火力発電の稼働再開か拡大、廃止の延期を表明”【下記 WSJ】とも。

世界的にみても、“石炭への回帰”が鮮明になっています。

 

****石炭の復活鮮明に 世界エネ争奪戦で急浮上****

ロシアから供給増えるよりは石炭消費の方がマシ

 

ロシアのウクライナ侵攻で石油・ガスの不足に拍車がかかる中、各国がエネルギーの安定調達を求めて、化石燃料の中でも最も環境負荷の大きい石炭への回帰を強めている。

 

米国や欧州、中国といった経済規模の大きい主要国・地域の間では、気候変動対策として石炭消費の削減を掲げているにもかかわらず、電力確保に向けて短期の石炭購入を増やす動きが広がっている。

 

長年にわたる新規投資の減少に加え、足元の需要急増が加わり、石炭の指標価格は供給不足から今年に入り最高値を更新。アジア向けの主要供給国であるオーストラリアのニューカッスル港積み石炭スポット(随時契約)価格は先月、初めてトン当たり400ドルの節目を突破した。

 

石炭の復活を主導しているのは、ロシアのガス供給削減で電力不足への不安が高まる欧州だ。2030年までに発電燃料としての石炭使用停止を掲げるドイツも、輸入を拡大している。ロベルト・ハーベック独経済相は石炭への依存増大は苦渋の選択だが、必要だとの認識を示した。

 

エネルギー専門の法律事務所ヴィンソン&エルキンズのパートナー、アレックス・ムシマング氏は「ロシアから(の供給が)増えるよりは石炭(の消費)が増える方がマシというのが足元の雰囲気だ」と話す。

 

米国の一部地域でも、石炭火力発電所の使用が増えている。異例の猛暑で電力需要が高まっており、今夏に停電のリスクが高まっているためだ。

 

専門家によると、世界最大の石炭消費国である中国は、石炭の生産と発電燃料としての使用を拡大している。昨年、全国的に電力制限や停電に陥ったことで、警戒感が高まっていると専門家は話している。

 

インドもエネ需要の高まりを受けて石炭への依存を強めている。シンクタンク「社会・経済進展センター」のラウル・トンジア上級研究員は、4月には石炭火力発電が過去最高を記録したと指摘する。

 

スイスのグレンコアといった石炭大手は、またとない書き入れ時を迎えている。石炭を今も主力事業に抱える数少ない資源大手の1社である同社は先月、上期の営業利益が32億ドル(約4300億円)になるとの予想を示した。これに対し、2021年通期実績は37億ドルだ。

 

西側の主要国ではここ10年、石炭の使用が減少傾向にあった。よりクリーンなエネルギーのコスト競争力が高まったことが背景にある。米国のシェールブームやロシアの欧州向け輸出で天然ガスは安定調達が可能になった。太陽光や風力といった再生可能エネも、コスト低下や政府の補助金により存在感を増した。

 

とはいえ、新興国を中心にエネ需要が急拡大する中で、石炭需要は大幅な伸びを維持しており、今年は過去最高を記録すると国際エネルギー機関(IEA)では分析している。

 

ただ、二酸化炭素(CO2)排出量が天然ガスの2倍に相当する石炭の復活により、地球の気温上昇を産業革命以前の水準からセ氏2度未満に抑える気候変動目標の達成はさらに遠のく。

 

一方、各国が石炭の調達を急ぐ中でも、資源大手と長期の契約に踏み込む動きはみられない、と業界専門家や弁護士は話している。これは米国やカタールとの間で長期の液化天然ガス(LNG)契約を結ぶ動きとは対照的だという。

 

欧州では、ドイツのほか、イタリア、フランス、英国、オランダ、オーストリアが石炭火力発電の稼働再開か拡大、廃止の延期を表明。多くの国が暖房需要が高まる冬季に向けて、天然ガスの備蓄積み増しを急いでいる。(中略)

 

こうした中、気候変動の専門家らはアジアにおける「脱石炭」の動きが従来の想定よりも遅れると危機感を強めている。エネルギー調査会社によると、世界最大の温暖化ガス排出国である中国はすでに世界の石炭発電能力の約半分を抱え、国内発電所が世界の石炭消費の約3分の1を占める。(後略)【75日 WSJ

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“ロシアから供給増えるよりは石炭消費の方がマシ”とのことですが、インドのようにディスカウントされた安価なロシア産石炭を買い漁るインドのような国も。

 

****インドのロシア産石炭購入がここ3週間で急増、3割値引きも提示****

インドのロシア産石炭や関連製品の買い付けが6月15日までの20日間で3億3117万ドル相当と、前年同期の6倍以上に急増した。インド政府の未発表データをロイターが閲覧した。西側諸国が対ロシア制裁を強めていることで、ロシア系輸出業者が最大3割の値引きを提示しているという。商社筋2人の話などで明らかになった。

同期間にインドの製油業者が購入したロシア産石油も22億2000万ドルと、前年同期の31倍以上に急増していた。(中略)

インド政府はロシア産品の購入を供給多様化の一環として正当化している。ロシア産品の購入が世界で突然止まれば、世界的に価格が上昇しインドの消費者に打撃を与えるとも主張している。【620日 ロイター

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“インドの消費者に打撃”だけでなく、インドがロシア産に向かうことで、それまでインドが購入していたものが欧州など他の地域にまわり、価格高騰が一定に抑制されている・・・という面もない訳でないでしょう。

 

【石炭を含む化石燃料インフラ開発が加速 パリ協定目標達成は一層困難】

「脱ロシア」の話はそれぞれの国の事情にもよりますが、結果的に石炭を含む化石燃料インフラ開発が加速し、温暖化対策としての「脱石炭」「脱化石燃料」がこれまで以上に困難になりつつあるのも現実です。

 

****パリ協定目標達成困難か 「脱ロシア依存」で化石燃料インフラ増****

ロシアのウクライナ侵攻を受け、各国がエネルギーの「脱ロシア依存」を進める中で新たな化石燃料インフラの開発計画が相次ぎ、気候変動対策の国際枠組み「パリ協定」の目標を達成できなくなる恐れがあるとの報告書を、ドイツの科学者らが参加する国際NGO「クライメート・アクション・トラッカー」(CAT)が発表した。

 

CATは、ウクライナ侵攻後の各国政府のエネルギー政策を調査。液化天然ガス(LNG)のロシア以外からの調達を模索するドイツ、イタリア、ギリシャ、オランダで新たなLNGの輸入基地が計画され、欧州連合(EU)への供給量はウクライナ侵攻前よりも増える可能性があるという。

 

また、米国やカナダのほか、中東のカタールやアフリカのアルジェリア、エジプトなどで欧州向けのLNG輸出拡大の動きがある。

 

CATは「燃料価格の高騰で新たな化石燃料インフラへの投資が有益となり、新たな温室効果ガスの排出を数十年にわたって固定化する可能性がある」と指摘。パリ協定が掲げる「世界の平均気温の上昇を産業革命前から1・5度に抑える」という目標に「手が届かなくなる可能性がある」とし、新たな化石燃料インフラの開発や投資を停止するよう提言した。

 

国連の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)第3作業部会が4月に公表した報告書によると、気温上昇を1・5度に抑えるには、遅くとも2025年までに世界の温室効果ガス排出量を減少に転じさせ、30年までに19年比で43%削減する必要がある。

 

CATは各国政府の現状の政策のままでは今世紀末までに2・7度上昇すると予測していたがウクライナ危機をへて「状況はさらに悪化しているように見える」としている。

 

CATの報告書では、石炭火力発電を「段階的廃止」とすることで合意した5月の主要7カ国(G7)の関係閣僚会合にも言及。欧州各国が30年までの廃止を主張したのに対し、日本と米国が「エネルギー安全保障への脅威となることを懸念し、消極的だった」とし、「脱石炭を遅らせても、いっそうのエネルギー安全保障確保にはつながらない」と早期の石炭火力廃止の重要性を強調した。【68日 毎日

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【バイデン大統領 温暖化対策が後回しになりかねないことへの危機感 しかし、政策対応を制約する米連邦最高裁】

ウクライナ危機のなかで温暖化対策が後回しにされる現状への危機感については、バイデン米大統領も表明はしています。

 

****「行動の窓閉ざされる」 米、温暖化対策で首脳会合 対応後手に危機感****

バイデン米大統領は17日、日欧や中国など約20カ国・地域による気候変動対策の首脳級会合をオンラインで開いた。ロシアによるウクライナ侵攻で燃料価格が高騰。温暖化対策は後回しになりかねず、バイデン氏は「(脱炭素化の達成への)行動の窓は急速に閉ざされようとしている」と演説し、危機感を示した。運輸や船舶、農業など幅広い分野で掲げた目標への賛同を各国に呼び掛けた。

 

米国設立の主要経済国フォーラム(MEF)の枠組みで開催。バイデン氏主催では3回目となった。

原油や天然ガスの価格が上昇し、各国が資源確保に注力している。会合は改めて脱炭素化への連携を確認し、11月にエジプトで開かれる国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)に向け、取り組みの機運を高める狙いがある。

 

バイデン氏は「気候安全保障はエネルギー安保とも密接に関連している」と強調。化石燃料の利用を減らして太陽光などを活用する温暖化対策が、エネルギーの安定調達にもつながるとの立場から、対策を強化し続ける重要性を訴えた。

 

会合で米国は、2030年までに新車販売の半数を電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車、燃料電池車などの「ゼロエミッション車」とする米国の目標について、主に運輸分野で各国に賛同を促した。

海運分野では、50年に脱炭素化を達成できるようにするため、海運業者や港湾運営者らの事業者が具体的対策を示すよう求めた。(後略)【618日 産経

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しかし、そのバイデン大統領を阻む存在はアメリカ国内に。またしても保守化傾向を強める連邦最高裁が・・・

 

****バイデン政権の温室ガス規制政策に痛手、連邦最高裁が判決で制限「議会の権限委任が必要」****

米連邦最高裁は6月30日、連邦政府が発電所の温室効果ガス排出を規制する権限について、制限する判決を出した。気候変動対策を政策の目玉とするバイデン政権にとり、大きな痛手となりそうだ。

 

石炭を主要産業とするウェストバージニア州が、連邦政府機関の米環境保護局(EPA)に対し、石炭から温室効果ガス排出量の少ない再生可能エネルギーなどへの移行を促す前提で包括的な排出規制をする権限はないと申し立てていた。

 

判決は、ジョン・ロバーツ連邦最高裁長官を含む保守派とみなされる判事6人が賛成し、リベラル派とされる3人が反対した。ロバーツ長官は多数派の意見として、「連邦議会がEPAにそうした権限を与えたとは考えられない」とし、包括規制には議会からEPAに対する明確な委任が必要だと指摘した。

 

現在、EPAは温室効果ガス排出に関する新規制を検討中だが、議会の承認が必要となる可能性が出てきたため、実施が困難になる恐れがある。バイデン政権は2030年までに温室効果ガスの排出量を05年比で50〜52%削減する目標を掲げているが、達成に影響を与えそうだ。【71日 読売

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バイデン大統領はこの最高裁判断について「われわれの国を後戻りさせることを目的とした新たな破壊的判断」と指摘。声明で、判断が気候変動対策に取り組む「米国の能力を損なうリスクがある」とした上で、「公衆衛生を守り、気候の危機に対処するため、合法的な権限を行使することを辞さない」と言明しています。

 

ただ、野党共和党と足並みをそろえる最高裁の壁を前に、バイデン政権の政策的自由度は大きく制約されているのが現状のようです。