碧空
2007年12月1日までの記事は「孤帆の遠影碧空に尽き」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze )にアップしています。
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バングラデシュ  ユヌス氏率いる暫定政権は真の民主国家の実現への道を切り開けるか?

(バングラデシュ暫定政権の首席顧問、ムハマド・ユヌス氏。首都ダッカで(2024813日撮影)【819日 AFP】)

 

【長期政権ハシナ首相のあっけない退場劇】

バングラデシュでは、86日ブログ“バングラデシュ ハシナ首相辞任、国外へ 軍主導で暫定政権発足 最高顧問にユヌス氏”でも取り上げたように、公務員採用特別枠への不満からの若者らの抗議が政権打倒運動に拡大し、ハシナ前首相がインドに脱出、マイクロファイナンス・グラミン銀行創設者でノーベル平和賞受賞者のユヌス氏を最高顧問とする暫定政権が発足しています。

 

ハシナ前首相国外脱出の最後はあっけない形でしたが、やはり最後で軍がハシナ首相を見放した形だったようです。

 

****長期政権ハシナ前首相のあっけない退場劇  墜ちた「鉄の女」、バングラデシュ強権首相の罪と罰(1****

ハシナ氏は辞任手続きの後、身の安全を確保するため隣国インドへと脱出した

まるで録画映像を見ているかのようだった。 絶対的な最高権力者が辞意を残して国外へ逃げ出す。主(あるじ)のいなくなった公邸に群衆がなだれ込み、「市民革命」の勝利に歓喜する――

 

20227月にスリランカのラジャパクサ大統領(当時)が失脚した時と同じ光景が、2年後の85日、隣国のバングラデシュで繰り返された。現役の女性宰相では世界最長となる連続15年の在任期間を誇っていたハシナ首相の、あっけない退場劇だった。(中略)

 

84日午後6時、先鋭化する反政府デモを抑え込むため、ハシナ氏は全土に無期限の外出禁止を発令した。その夜、国軍トップのザマン陸軍参謀長は将校たちをオンライン会議に招集した。外出禁止を無視して街頭に繰り出す市民がいても発砲しないよう命じたうえで、首相に電話して「兵士は都市封鎖を実行できません」と伝えた。

 

5日朝、ハシナ氏は首都ダッカで厳戒態勢の首相公邸に立てこもっていた。デモの武力鎮圧にあたってきた警察幹部が「もはや統制は不可能です」と事態の深刻さを訴えた。政府高官は首相辞任を勧めたものの、ハシナ氏は頑として受け入れなかった。

 

思いあまった高官は妹のシェイク・レハナ氏に説得を頼んだが、ハシナ氏は首を縦に振らない。米国在住の実業家で政府顧問でもあるハシナ氏の息子、サジーブ・ワゼド氏が電話で再度説得を試みると、ようやく辞任に同意した。身の安全を確保するため、国外脱出に向けて急きょ、インド政府に一時的な入国許可を申請した。

 

ハシナ氏は国民向けに演説を録音したいと望んだが「そんな時間はありません。あと45分で群衆が押し寄せてきます」と拒まれ、レハナ氏と共に公邸近くの旧空港で軍用ヘリに乗り込んだ。シャハブッディン大統領の公邸に降り立って辞任の手続きをし、午後2時半ごろ、インドへ向けて飛び去った。午後4時すぎ、テレビ演説したザマン参謀長が首相辞任を明かし、野党らの協力を得て暫定政権を樹立すると表明した。【820日 日経

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【強権に走ったハシナ前首相】

独立の英雄、建国の父であるムジブル・ラーマン初代大統領の娘でもあるハシナ前首相。政変の直接のきっかけは公務員採用特別枠の問題ですが、背景にはハシナ前首相が強権支配の性格を強めていたことがあります。

 

****民主化の先導役だったはずのハシナ前首相は、なぜ強権に走ったのか  墜ちた「鉄の女」、バングラデシュ強権首相の罪と罰(2)*****

 

最後の最後まで権力の座に固執した独裁者の半生は、波乱に満ちている。

 

シェイク・ハシナ氏は1947年、東パキスタン州の南西部に生まれた。71年の独立の英雄だった父ムジブル・ラーマン初代大統領が75年の軍事クーデターで暗殺され、母や当時10歳の弟を含む家族6人も巻き添えで失う。ハシナ氏はレハナ氏と共に当時の西ドイツに滞在していたため難を逃れ、インドで雌伏の亡命生活を送った。

 

81年に帰国し、父が創設したアワミ連盟(AL)の総裁に就任した。90年に民主化を勝ち取り、翌91年の総選挙に臨んだものの、カレダ・ジア氏が率いるバングラデシュ民族主義党(BNP)にまさかの敗北を喫する。ジア氏はかつて陸軍参謀長として父の暗殺を首謀し、後に自らも暗殺にたおれたジアウル・ラーマン元大統領の夫人だ。

 

ハシナ氏は次の96年総選挙で勝って初めて首相の座に就いたものの、しばらくは二大政党が交互に政権を担当する時期が続いた。しかし2009年の総選挙でALが勝利して以来、ハシナ氏は徹底した野党弾圧で権力を固め、長期政権を築き上げてきた。

 

「鉄の女」が墜(お)ちるきっかけは、独立に起因する公務員採用の特別枠だ。

長く最貧国に甘んじたバングラは、就労機会を広げるため、女性や少数民族、後進県の出身者などに特別枠を割り当てている。そのひとつが1971年の独立戦争の功労者(フリーダム・ファイター)の子供や孫に与える30%枠だ。

 

同国は縫製業などの労働集約型産業をけん引役に経済成長する半面、高学歴の若者の失業率は高止まりしたまま。功労者枠は不平等だとして、学生たちが撤廃を求めて街頭に繰り出した。

 

実は6年前にも、約5万人の学生が特別枠改革を求めて街頭デモに訴えたことがある。ハシナ氏は理解を示し、功労者枠の廃止を決めた。ところが今年65日、高等裁判所が「廃止は憲法違反」と判断したことで、抗議活動が再燃した。

 

ボタンの掛け違いがここで生じた。政府は控訴したのに、学生の矛先は司法でなく政府に向かった。違憲判決は政権が圧力をかけた結果、と考えたようだが、ハシナ氏は「学生の背後でBNPなどの野党が糸を引いている」と断じ、治安当局に武力鎮圧を命じた。

 

事態をさらに悪化させたのが、デモ参加者を「ラザカルの家族」と呼んだことだ。独立戦争の際、パキスタン軍側についた人々を指す、侮蔑的な言葉である。

 

力と言葉の暴力が、単なる抗議活動を政権打倒の運動へと一変させた。721日、最高裁判所が控訴審で特別枠の大幅縮小を命じたものの、後の祭りだった。

 

治安部隊とデモ隊の衝突で双方に多数の死傷者が出て、事態はさらにエスカレートした。国連が今月16日に公表した報告書によれば、7月中旬以降の一連の学生デモや政権崩壊後の混乱による死者数は約650人に達するという。(中略)

 

それにしても民主化の先導役だったはずの彼女は、なぜ強権に走ったのか。

96年に最初に首相に就いた当初は、強権政治家の印象はなかった」と日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所の村山真弓理事は振り返る。専横が目立つようになるのは、政情混乱下での2年間の暫定政権期を経て、再登板した2009年以降という。

 

憲法を改正し、野党時代には自らが実施を要求していた選挙管理内閣制度を廃止した。自由で公正な選挙を担保する制度がなくなったことで、政権交代が途絶え、強権化に歯止めがきかなくなった。

 

ジア氏を汚職で有罪に持ち込み、BNPを弱体化させたが、強権を振るったのは野党弾圧だけではなかった。父の神格化を熱心に進め、批判を許さない雰囲気を醸成した。メディアと並んで言論弾圧の主な舞台としたのは大学だ。ALの学生組織が幅を利かせ、批判すれば学生寮に入れないといった嫌がらせが日常茶飯に起きた。功労者枠を巡る抗議は、その恩恵を最も受けるAL支持派の学生への反発が根底にあった。

 

自身の主張に異を唱えるような側近も次々と排斥した。父の大統領時代に秘書官だった経済顧問のマシウル・ラーマン氏、同じく外交顧問のガシウール・リズビ氏といった古参幹部を次第に遠ざけた。インドのヒンズー紙は「彼女は次第に孤立していき、最後まで近しいアドバイザーであり続けたのは妹のレハナ氏だった」と評した。

 

「周りをイエスマンで固めたことによって、抗議する学生たちの主張や受け止め方が、首相には正確に伝わらなかったのではないか」と村山氏はみる。【820日 日経

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【暫定政権の最初の課題は治安の回復】

ユヌス氏・暫定政権の最初の課題は治安の回復です。政変劇直後、前与党アワミ連盟(AL)幹部や子供を含むその家族への暴力・殺害、少数派のヒンズー教徒やその寺院などへの襲撃が相次ぎました。

 

****前与党関係者の殺害相次ぐ=デモ隊暴徒化、少数派に暴力もバングラデシュ****

バングラデシュで5日のハシナ首相辞任以降、暴徒化したデモ隊がハシナ氏の率いた前与党アワミ連盟(AL)幹部や子供を含むその家族少なくとも29人を殺害した。地元紙ダッカ・トリビューンが7日、伝えた。宗教的少数派に対する暴力も相次ぎ、人権団体などが懸念を示している。

 

シャハブッディン大統領らは6日、ノーベル平和賞受賞者ムハマド・ユヌス氏を首席顧問とする暫定政権発足を決定。政権の枠組みに関する協議が続く中、国民の反発が強いALをどう処遇するかも焦点となっているもようだ。

 

ユヌス氏は7日、デモ隊に向け「あらゆる暴力を控えてほしい」とする声明を出した。同氏は一時滞在先の欧州から8日帰国する見込み。

 

地元報道によると、少数派のヒンズー教徒やその寺院なども相次いで襲撃された。イスラム教が国教の同国でヒンズー教徒はALの支持者と見なされていることが背景にある。首都ダッカにある国際NGOの支部は「宗教的少数派と国の資産を守るため、直ちに措置を講じるよう当局に求める」との声明を出した。

 

ヒンズー教徒が多数派の隣国インドのジャイシャンカル外相は6日、議会の演説で「少数派に関する状況を注視している」と述べた。

 

AFP通信のまとめでは、反政府デモが激化した7月以降、デモ隊と治安部隊との衝突で450人以上が死亡した。【87日 時事】 

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市民からの報復を恐れる警察官が職務を停止して姿を消してしまったことで強盗なども頻発。

 

****バングラデシュ 首相辞任から1週間治安悪化懸念****

バングラデシュで、学生らの反政府デモにより首相が辞任してから12日で1週間となりました。現地の日系企業は操業を再開する一方で、治安の悪化が懸念されています。(中略)

 

JETRO ダッカ事務所・安藤裕二所長

「現地の日本企業は既に活動を再開しています。ただ、政権崩壊後、街中から警察官の姿が消えまして、治安維持という面で非常に心配があります」

 

現地では、市民からの報復を恐れる警察官が職務を停止し、強盗が頻発しているといいます。

 

安藤裕二所長 「まず治安の安定を急いでもらうというのが日本企業一同が望んでいることですし、そのあと、行政機能の回復や許認可含めたビジネス活動の通常化というのが次に望まれています」

 

ノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス氏が率いる暫定政権は11日、警察官に職務に復帰するよう通達を出していて、治安の回復を急いでいます。【812日 日テレNEWS

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その後、治安に関するニュースは目にしていませんので、事態は落ち着いてきたのでしょうか・・・。

 

【早期の民主的総選挙を実施することが暫定政権の責務ではあるが、かつてのバングラデシュ政治の繰り返しともなる懸念も】

治安が回復すれば、選挙という話にもなります。ユヌス氏も首席顧問に任命された際に「政府への信頼を早く取り戻すことが重要だ」として、新たな選挙の実施を求める声明を発表しています。【87日 毎日より

“ユヌス氏は「数か月以内」に総選挙の実施を目指す考えを示した。”【819日 AFP】とも。

 

しかし、選挙実施時期はバングラデシュ政治の刷新にとって大きな影響があります。

選挙の早期実施は既存野党勢力による政権奪取ともなって、かつてのバングラデシュ政治の繰り返しともなる危険があります。その場合、イスラム主義が強まることも懸念されます。また、政権に復帰した野党が前与党への報復に走ることも想像されます。

 

これまでの既存政治勢力以外の政治の担い手を育てるためには時間が必要です。

 

そのあたりの事情もあって、これまでハシナ政権と良好な関係を保ってきたインド・モディ政権も、ユヌス氏とバングラデシュ暫定政権を歓迎し、暫定政権がなるべく長期に続くことを望む姿勢を見せています。

 

****民主主義と原理主義、岐路に立つバングラデシュ*****

(中略)

BNP(これまで与党ALに対抗してきた民族主義党)かJI(イスラム主義政党のイスラム協会)が与党になったら、バングラデシュは過激な原理主義国家に変貌し、テロが増加する恐れがある──バングラデシュ情勢へのインドメディアの注目度を見れば、そうした考えがインド国民の総意であることは明白だ。

 

だからこそ、2党の政権掌握を阻止することがインドにとって重要だと考える向きは多い。ならば、ユヌスを支持するのは、その上で最も効果的な方策かもしれない。

 

BNPJI3カ月以内の総選挙実施を求めているが、ユヌスは少なくとも3年間、暫定政権を続けることを主張している。この意見の相違は近い将来、両者の深刻な対立をもたらすかもしれない。

 

総選挙が3カ月以内に行われた場合、BNPJIが過半数議席を獲得し、政権を樹立する可能性が高い。有権者のほうも、従来の2大政党であるハシナ政権時代の与党・アワミ連盟とBNP以外の政党を選ぶ覚悟ができていない。

 

一方、ユヌス率いる暫定政権が民主主義の回復に向けて総選挙実施を急ぐのでなく、法と秩序の回復を優先し、ファシスト体制とも呼ばれた政治制度の改革と不可欠である憲法修正に注力した場合、今回の抗議運動を主導した学生団体などの新たな勢力が団結し、BNPJIに代わる選択肢となる新政党を結成する余裕が生まれるだろう。

 

ユヌスが必要な限り長く、暫定政権最高顧問でいられるようにすることが、BNPJIによる政権の誕生を防ぐ唯一の道だ。【821日 NW

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“ユヌスは少なくとも3年間、暫定政権を続けることを主張している”というのは前出の“「数か月以内」に総選挙の実施を目指す考え”と全く異なりますが、そこらの真偽はわかりません。暫定政権の基本性格からすれば早期の選挙実施ということになります。

 

****微妙な選挙実施次期  墜ちた「鉄の女」、バングラデシュ強権首相の罪と罰(3)****

(中略)学者や元外交官、元中央銀行総裁、退役軍人、学生代表など16人の顧問団から成る暫定政権は、混乱を収拾したうえで、できるだけ早く民主的な総選挙を実施する任を負う。

 

もともとバングラの有権者はAL(前与党)とBNP(対抗野党)の二大政党の支持者がそれぞれ3割ずつ、残る4割が他の少数政党か無党派層といわれてきた。

 

事実上の自宅軟禁を解かれたジア氏が党首のBNPは今後、党勢回復に躍起となるだろう。もし次の総選挙で政権を奪還すれば、またALへの報復に走る「負の連鎖」が再燃する疑念は拭えない。

 

ダッカ大のライルファー・ヤスミン教授は「国民はこれまで続いてきた二元政治をもはや受け入れない。かといって真の代替案を提示できる第三勢力が短期間で現れることも難しいだろう」と分析する。

 

「我々は第二の独立を果たした」とユヌス氏は言う。苦難に耐えて勝ち取ったパキスタンからの独立時に立ち返り、国づくりをやり直す決意表明だろう。ハシナ氏の罪と罰を教訓に、軍事独裁でもカリスマ独裁でもない、真の民主国家の実現は今度こそ可能か。

 

最大の援助国である日本、ハシナ体制に批判的だった米欧のみならず、強権国家と民主国家が混在するグローバルサウスの面々も、世界8位の人口大国の行く末を注視しているはずだ。。【820日 日経

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【ロヒンギャ難民支援を表明するユヌス氏】

ユヌス氏について興味深いのは、首席顧問就任にあたりロヒンギャ難民についてその支援を明確にしていることです。今のバングラデシュ政治にとって中核的課題という訳でもないこの問題に敢えて言及したのは、ユヌス氏個人の強い関心のあらわれでしょうか。

 

****バングラ・ユヌス氏、ロヒンギャ難民と繊維産業への支援継続を公約****

バングラデシュ暫定政権の首席顧問に就任したムハマド・ユヌス氏は18日、初の主要政策演説を行い、ロヒンギャ難民と繊維産業への支援を継続する意向を示した。

 

ユヌス氏は、国内に身を寄せている100万人超のロヒンギャ難民について、「政府は引き続き支援する」と述べた。難民の多くは、2017年のミャンマー国軍による大規模弾圧を受け、バングラデシュに逃れてきた。

 

ユヌス氏は、「ロヒンギャへの人道支援と、安全と尊厳、全ての権利を保障した上での祖国ミャンマーへの最終的な帰還を実現させるためには、国際社会の持続的な努力が必要だ」とも指摘した。

 

バングラデシュでは約1か月にわたる学生主導の反政府デモの末、政権が転覆。その間、主要産業である繊維産業も大きな打撃を受け、競合国に輸出需要を奪われる形となった。

 

ユヌス氏は「わが国が中核的な役割を果たしている国際的な衣料供給網を寸断しようとする試みは容認しない」と語った。

 

バングラデシュは約3500の縫製工場を抱えており、繊維部門は国全体の年間輸出額550億ドル(約8兆円)の約85%を占めている。(後略)【819日 AFP

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ロヒンギャ難民問題の改善が期待はされますが、暫定政権の時間的制約の中ではできることは限られるでしょう。

中国  処理水海洋放出への批判・日本産水産物の輸入禁止措置を継続 世論は変化 政府も・・・?

(スシローの北京1号店の開店直前イベントには、中国メディア関係者らが参加し、すしを試食した=北京市内で2024819日、小倉祥徳撮影【823日 毎日】 中国の日系回転ずしチェーンは出店ペースを加速させています)

 

【中国 処理水海洋放出批難、日本産水産物の輸入禁止措置を続ける】

東京電力福島第1原発の処理水海洋放出が始まり、24日で1年となります。海水に異常は見られませんが、水産物輸出への影響は続いています。

 

*****原発処理水、6万トン超を放出 開始から1年、海水異常なし****

東京電力福島第1原発にたまる処理水の海洋放出が始まり、24日で1年となった。東電はこれまで6万トン超を放出、周辺海域のモニタリングで海水などに異常は確認されていない。放出に強く反発する中国は日本産水産物の全面輸入停止を継続し、解決の道筋は見えないままだ。

 

通算8回目の放出が続いた23日、福島県沖では漁が行われ、次々と「常磐もの」が水揚げされた。県漁業協同組合連合会の鈴木哲二専務理事は「かねて海洋放出に反対の立場だが、国などの支援もあり風評被害がかなり抑え込まれている」と話した。

 

政府は20214月、処理水の保管タンクが原発の敷地を占有する現状が廃炉作業の支障になるとして、海洋放出を決定。東電は昨年824日に漁業者が反対する中、放出を開始した。23年度は4回で31145トンを放出し、24年度は7回で54600トンを計画。放出は51年までに完了するとしている。

 

1原発では、113月の事故で溶け落ちた核燃料の冷却に使用した水と、建屋に流れ込む地下水や雨水が混ざり汚染水が発生する。【823日 共同

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中国政府は依然として処理水海洋放出を批難し、日本産水産物の輸入禁止措置について、「合理的で必要な措置だ」と継続の意思を示しています。

 

****中国「日本が世界に危険を転嫁した」 処理水放出1年で日本を改めて非難****

東京電力福島第一原発の処理水の海洋放出が始まって1年となるのを前に、中国政府は「日本が世界に危険を転嫁した」との表現で改めて非難しました。(中略)

放出の開始からあすで1年となるなか、中国外務省の毛寧報道官は、会見で改めて「処理水」を「核汚染水」と呼んで日本を非難しました。

中国外務省 毛寧報道官  「日本は周辺国家と十分な協議を行わないまま、一方的に福島核汚染水の海洋放出を開始し、全世界に危険を転嫁した」

また、毛報道官は「利害関係国が参加する、独立した長期的で有効な国際監視体制の構築に協力するよう促す」と改めて強調しました。(後略)【823日 TBS NEWS DIG

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****中国外務省「合理的で必要な措置だ」 日本産水産物の輸入禁止****

(中略)中国外務省は23日、日本産水産物の輸入禁止措置について、「合理的で必要な措置だ」と従来の主張を繰り返しました。

 

中国外務省の報道官は23日の会見で福島第一原発の処理水の海への放出について、「中国はこれ(処理水放出)に一貫して断固反対し、日本側に何度も厳正なる懸念を示した」「食品安全と人々の健康を守ることは完全に正当なもので、合理的で必要である」と述べ、放出で日本は世界にリスクを与えたと批判しました。

 

また、放出が始まって以降、中国は日本産の水産物の輸入停止措置を継続していますが、これについても「合理的で必要な措置だ」と述べ、正当性を改めて主張しました。

 

日本政府は、輸入停止措置について中国側に撤回を求めていますが、ある日本政府関係者は「進展はない」と話すなど、交渉は難航しています。【823日 日テレNEWS

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中国側の対応については、今後も「水産物も外交カードとして当分は温存するだろう」との見方がなされています。

 

****水産物禁輸続ける中国、外交カードとして温存か 処理水で主張平行線****

日本の農林水産物や食品の最大の輸出先である中国は、東京電力福島第1原発の処理水の放出が始まった2023824日以来、日本産水産物の輸入を停止したままだ。

 

その結果、24年上半期(16月)の農林水産物・食品の輸出額は前年同期比18%減の7013億円となり、4年ぶりに減少に転じた。中国向けが438%(610億円)減の784億円と大幅に減少したことが響いた。23年上半期に223億円だったホタテや、51億円だったナマコの輸出額がゼロになるなど、加工品や真珠などを除く中国向けの水産物輸出額はゼロが続く。

 

事態を打開しようと、政府は中国との2国間の会議や国際的な議論の場で、規制の即時撤廃を働きかけてきた。日中両政府は今春以降、処理水放出について専門家同士による技術的な観点での意見交換を本格化させている。韓国・ソウルで5月に行われた岸田文雄首相と中国の李強首相の会談でも、事務レベルでの協議を加速することで合意した。中国国内では処理水問題への市民の関心は下がっており、すしなど海鮮人気も戻りつつある。

 

だが、(中略)両国の主張は平行線のままだ。

 

中国政府は福島原発事故後、日本産の野菜や乳製品に対しても事実上の禁輸措置を講じ、いまだに解除していない。日中関係の大きな改善が見通しにくい中、「水産物も外交カードとして当分は温存するだろう」(在北京の日本企業関係者)との見方が多い。(

 

一方、農林水産物・食品の輸出額を25年までに2兆円、30年までに5兆円に拡大することを目指す政府は、タイやベトナムなど東南アジアを中心に輸出先の多角化を目指す戦略に転換。国内消費の拡大にも本腰を入れ始めている。【822日 毎日

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どのような政治的背景があるのかは知りませんが、北京の在中国日本大使館への嫌がらせ電話は未だに1日2万件を超えているとか。

 

****大使館への迷惑電話、今も2万件****

処理水問題を巡る日中両政府の協議は平行線のままだ。日本産水産物の禁輸撤廃を日本側が求めているのに対し、中国側は現行の国際原子力機関(IAEA)の調査にとどまらず「長期的な国際監視体制」の構築を要求し、双方の妥協点が見いだせない状況が続く。

 

日本を標的にした嫌がらせの電話は、今も北京の在中国日本大使館に寄せられている。最近は1日に2万~25000件の電話があり、この大半が嫌がらせや迷惑電話。中国語でまくし立てたり、無言を続けたりするケースが多い。1年前は14万件に達したのに比べれば減ったが、処理水問題前は数百件に過ぎなかったといい、桁違いの異常な件数が続いている。(後略)【823日 東京

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【一般市民の関心は薄れる流れ それより「景気」に関心】

しかし、中国国内でも一般市民の関心度合いは変化しているようにも。

処理水問題で逆風を受けた中国の日系回転ずしチェーンですが、回転寿司大手「スシロー」が821日にオープンさせた北京1号店では、一時、12時間待ちの行列ができるほど大人気となったことも話題になりました。(すしネタは中国産の他、世界各地の食材を利用)

 

****処理水放出1年 中国で回転ずし盛況 関心は「汚染」より「景気」****

東京電力福島第1原発の処理水海洋放出から24日で1年。「核汚染水」との批判が巻き起こった中国の世論は今、この問題をどうみているのか。

 

放出直後、中国政府は日本産水産物の全面禁輸に踏み切り、SNS(ネット交流サービス)を中心に反日感情が高まった。しかし、日本企業が多数進出する東北部の港湾都市、遼寧省大連市を久しぶりに訪ねると、市民にとっての気がかりはもはや処理水問題ではなくなっていた。

 

8月上旬、夏休みシーズンを迎えた大連市の海辺は多数の観光客でにぎわっていた。取れたての海の幸を売りにする屋台にとってはかき入れ時である。香ばしく焼けたエビやイカをほおばる人々は、処理水放出による「海鮮離れ」とは無縁のようだった。

 

「汚染水240日で中国到達説」のいま

2023824日の放出開始当時、中国では「日本の『核汚染水』は240日後に中国沿岸に到達する」との情報が拡散した。名門・清華大(北京市)の研究グループによる予測として、メディアがこぞって報じた。

 

ところが、それから1年近く過ぎても、沿岸で処理水による汚染は確認されてなどいない。むしろ中国当局は自国の海洋環境の安全性を強調し、多数の中国漁船が日本周辺で操業を続ける。大連市のある遼寧省の24年上半期の漁業や養殖業の海産物生産量は前年より58%増えていた。

 

240日」説について、屋台の店主たちは「政府が日々、水質検査しているから問題ない」「インターネットの情報なんてあてにならない」と笑い飛ばしていた。

 

3日間の大連滞在中、出会った住民に「水産物を食べるのに心配はないか」と質問してみた。「最近は報道も減り、気にしなくなった」「農産物だって農薬を使っている。考えすぎると何も口にできない」「日本で暮らす友人も海鮮を食べているそうだ。私も問題はないと思う」との答えが返ってきた。

 

前回、記者がこの地を訪ねたのは、放出開始から約1カ月にあたる2310月の大型連休中だった。当時、言葉を交わした大連市民は、こちらが日本人と分かると決まって海や食の安全への懸念を口にした。それが今回は、処理水問題を自ら話題にする人に出会うことはなかった。

 

変わった海鮮が売れない理由

もちろん、限られた取材範囲で市民の不安が消えたと結論づけることはできない。市場や日本料理店を回ると「放出後に客足が減った」との声も聞かれた。それでも1年前と比べれば、人々の関心は確実に薄れているように思えた。

 

処理水問題に代わり、今回よく耳にしたのは「給料が減って副業を増やした」「海外に働きに出ようと考えている」という景気停滞に絡む身の上話である。

 

市場で取材した水産物業者は「海鮮が売れないのは(処理水ではなく)庶民にお金がないからだ。ホテルからの注文がガクッと減った」と嘆いていた。日本料理店の経営者たちも「1年前はともかく、今は消費の低迷が最大の悩みだ」と異口同音に話した。

 

「これまで中国で経験したことがない不況だ。みんな処理水の心配どころではないでしょう」。1990年代から大連市に工場を構える食品会社「松井味噌(みそ)」の松井健一社長(60)の実感だ。同社はさまざまな調味料・食材を製造し、中国の日本食業界を支える存在だ。

 

「とにかく誰も金を使おうとしない。特に高級路線の業態が苦しく、壊滅状態と言っても大げさではない」と、松井さんは飲食業界の実情を語った。

 

ここ1年で深刻さを増す消費の冷え込みは、処理水問題をかすませるほど社会環境に激変をもたらしているようだ。就職難、減給、リストラなどの将来不安から人々の間で節約志向が急速に高まり、飲食業でも価格競争が過熱している。

 

回転ずしなど低価格帯は人気上昇

大連市でみそラーメンなどの外食事業も手がける松井さんは「不況だからこその商機もある。低価格帯の需要は大きい。不動産不況による賃料下落は事業展開にプラス材料になり得る」と指摘した。

 

実際、処理水問題で逆風を受けたはずの日系回転ずしチェーンは、価格と質のバランスを強みに、中国で人気を集め、各社が出店ペースを加速させている。

 

北京市東部の大型ショッピングモールでは「はま寿司」の北京2号店が13日にオープンした。当日の午前11時半に足を運ぶと、入店まで約1時間かかる盛況ぶりで、親子連れらがマグロやサーモンの握りをほおばっていた。

 

別のモールには21日に「スシロー」北京1号店が開店。19日に開かれたプレイベントには中国メディアの記者やSNS上で影響力を持つインフルエンサーが駆けつけた。(中略)

 

「世界の海に汚染が及ぶ」と主張する中国政府の膝元である首都・北京で、日系回転ずしの開店ラッシュが起きる現実が、処理水問題に対する世論の移ろいを象徴しているように見える。

 

「中国は日本の5倍ぐらいの速さで社会が動いている。1年前の出来事は、日本で言えば5年前ぐらいの感覚。その変化に対応できなければ生き残れない」。反日デモなど中国ビジネスの荒波を幾度となく経験してきた松井さんはそう指摘した。【823日 毎日

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【振り上げた拳を下ろす場所を探っている?】

こうした世論動向は、世論に敏感な中国政府も当然に把握しているところでしょう。国際的にも日本批判は限られた国でのみ。中国政府としても“振り上げた拳を下ろす場所を探っている”という状況ではないでしょうか。

 

****批判続ける中国政府、態度が微妙に変化 背景に何が 処理水放出1****

東京電力福島第1原発の処理水海洋放出について、中国政府は、開始から1年となる今も「核汚染水」と呼んで批判を続けるが、日本政府とのやり取りの中には微妙な態度の変化も見える。背景には処理水を巡る国際社会の反応が、中国にとっては誤算だったことなどもあるようだ。

 

「潜在的な汚染リスクを全世界に転嫁している」。中国外務省の報道官は今月7日、通算8回目の放出に対して改めて「極めて無責任」と非難した。ただ、1年前のように放出停止を求める文言はなかった。

 

中国はここに来て独自のモニタリング(監視)や試料採取を要求している。日本は既に国際原子力機関(IAEA)による監視枠組みを受け入れており、両国間の溝は深い。

 

ただ、中国政府は今年に入って専門家や外務省局長間の協議に応じるようになった。ある日本政府関係者は「中国としてもメンツを保ちながら、振り上げた拳を下ろす場所を探っているのだろう」と分析した。

 

習近平指導部が強気一辺倒でいられなくなった要因には国際社会の反応を読み違えたことがあるとみられる。中国に同調したのはロシアや北朝鮮、一部の太平洋島しょ国に限られ、韓国や東南アジアなど近隣の政府に対日批判の輪は広がらなかった。

 

長引く景気停滞の影響も大きい。習指導部は経済の立て直しのため、日本を含む外資の力をより切実に必要とするようになった。日本企業の「中国離れ」が加速しないよう、対日関係の安定を図っている。また、中国側は処理水放出のリスクが「世界」に及ぶと主張しながら、自国の水産業や飲食業が打撃を被り、消費低迷に拍車をかける事態は望んでいない。

 

一方で、日本産水産物の全面禁輸は早期の解決が困難な情勢だ。中国による日本産食品への規制は今に始まったわけではなく、多くの案件が長期化している。

 

福島原発事故に伴う東日本10都県への禁輸措置は2011年から続く。畜産物はその前から中国へ輸出できない状態であり、牛肉は01年の牛海綿状脳症(BSE)の発生を理由に20年以上、中国市場から締め出されている。

 

巨大市場を背景に、中国政府が食品などの輸入規制を外交カードに使い他国に圧力をかけるのは常とう手段の一つだ。オーストラリア産ワインに対する制裁関税撤廃のような事例を見ても、中国側は首脳往来などの重要イベントに絡めて他国への食品規制の解除に動く傾向がある。日中関係においても今後、停滞する首脳往来への道筋をつけられるかどうかが重要になりそうだ。【【823日 毎日

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【野党に謝罪を要求する韓国・伊政権 しかし、世論は若干の改善はあるものの依然として処理水に厳しい評価】

一方韓国では、処理水をめぐる日本の決定を受け入れた政権側が、「煽った野党は国民に謝罪を」と反対した野党に強気の姿勢。

 

****原発処理水めぐり韓国大統領府「煽った野党は国民に謝罪を」****

東京電力・福島第一原発の処理水の放出をめぐって、韓国大統領府は「野党が煽らなければ使わなくていい予算は投入されなかった」として、国民に謝罪するよう野党に求めました。

韓国大統領府 チョン・ヘジョン報道官
「国民を分裂させる怪談の扇動を止めると約束し、今からでも国民の前で謝罪することを望みます」

福島第一原発の処理水の放出をめぐっては、去年、韓国政府は日本の決定を受け入れましたが、最大野党「共に民主党」は「最悪の環境破壊」などと激しく反発しました。

放出の開始から1年になるのを前に、韓国大統領府の報道官はきょう、「野党が『核廃棄物』といったような荒唐無稽な怪談で煽らなければ、使わなくて済むはずの16000億ウォンの予算は投入されなかった」と強調。「無責任な行動を繰り返しているのは野党だ」として、国民に対し謝罪するよう求めました。

一方、「共に民主党」側は「大統領府は一体何を根拠に日本が放流した核汚染水が安全だと主張するのか」などと反発しています。【823日 TBS NEWS DIG

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日本の立場に理解を示す伊政権は日本にとって有難い話ではありますが、「(反日感情の強い国で)そこまで言って大丈夫?」と他人事ながら心配にもなります。韓国の政治風土なのでしょうが、韓国世論もやや改善はしたものの、処理水放出への厳しい評価は続いています。

 

*****汚染水海洋放出から1年 反対は85%から76%に減少=韓国****

日本が東京電力福島第1原発の処理済み汚染水の海洋放出を開始してから24日で丸1年になることを受けて韓国で行われた調査で、海洋放出に反対する人の割合が昨年5月時点の85.4%から76.2%に減少した。韓国市民団体の環境運動連合が23日、調査結果を発表した。海洋放出に「賛成する」と回答した割合は10.8%から今年21.1%へ10.3ポイント高まった。


(中略)汚染水の安全性に関する日本政府の主張に対する信頼度も小幅上昇した。(中略)


一方、今年は「汚染水の海洋放出は国際基準に合わせて管理されているため問題ないという日本政府と国際原子力機関(IAEA)の主張に対してどう思うか」という質問に、24.4%が「信頼する」、73.5%が「信頼しない」と回答した。

ただ、海洋放出を巡る尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権の対応については否定的な評価が増えた。「汚染水の放出問題に対する韓国政府の全般的な対応についてどう評価するか」という質問に対し、昨年は「よくやっている」が29.4%、「間違っている」が64.7%だったが、今年は「よくやっている」が24.1%、「間違っている」が73.6%だった。(後略)【823日 聯合ニュース】

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韓国では、未だ4分の3ほどの国民が日本の処理水放出に批判的な考えのようです。

台湾  「アメリカに防衛費用を支払え!」 トランプ復活で見捨てられるのか?

(米ミサイル駆逐艦「ラルフ・ジョンソン」(facebook.com/7thfleetから)【822日 フォーカス台湾】)

 

【緊張が続く台湾海峡】

特に新たな動きがあった訳でもありませんが、台湾をめぐる安全保障に関係する記事を今日いくつか目にしたので、そのあたりの話です。

 

“新たな動き”ではありませんが、台湾海峡では緊張状態が続いています。

 

****米駆逐艦、台湾海峡を通過 人民解放軍が監視・警告****

中国人民解放軍は22日、台湾海峡を通過した米駆逐艦を監視し、警告を発したと表明した。

米海軍第7艦隊は駆逐艦ラルフ・ジョンソンが台湾海峡を国際法に従って通過したと発表。通過は「定期的」なものだと表明した。

人民解放軍東部戦区は「法規則に従って(米駆逐艦に)対応」するため海・空軍を派遣したと表明。「東部戦区の部隊は常に厳戒態勢を維持し、国家の主権と安全保障、地域の平和と安定を断固として守る」と述べた。【822日 ロイター

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米軍は“国際法に従って”と、中国側も“法規則に従って”と、互いにその正当性を主張しています。

 

なお“ドイツ海軍のシュルツ少将は独艦船2隻が来月、台湾海峡を通過する可能性があると明らかにした。命令を待っているという。実行すれば2002年以来となる。”【819日 ロイター】とも。

 

【「アメリカに防衛費用を支払え!」 トランプ氏の台湾軽視発言】

こうした緊張状態にある台湾に関して、「もしトラ」のトランプ前大統領は「台湾はわれわれのチップ・ビジネスを盗んでいる」「台湾は米国に防衛保証の対価を支払うべきだ」と台湾に対し厳しい主張しており、トランプ復活の場合どこまでアメリカが台湾に関与するのか疑問視する見方もあります。

 

****「アメリカに防衛費用を支払え!」軍事援助の約束を無視したトランプの台湾批判にある危うさ****

トランプが、台湾は米国に防衛の対価を支払うべし、台湾は米国のチップ・ビジネスを盗んでいる等と発言したことにつき、2024年7月17日付の英フィナンシャル・タイムズ紙は、キャスリン・ヒル特派員の解説記事を掲載している。

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トランプ前米大統領は、台湾は米国に防衛保証の対価を支払うべきだと述べた。発言は、台湾に激震を走らせ、アジアにおける米国の同盟国やパートナーにとっての次期大統領選の重要性を浮き彫りにした。

 

共和党の大統領候補トランプは、ブルームバーグのインタビューで、米軍が提供する暗黙の安全保障に言及しつつ、台湾は「われわれのチップ・ビジネスを盗んで」おり、「(米国に)防衛の費用を支払うべきだ」と述べた。

 

台湾は武器のほとんどを米国から購入しており、米国の防衛企業にとって最大の市場の一つである。過去1年間、米国議会は軍事援助を認める法案も可決している。

 

台湾の卓栄泰・行政院長(首相に相当)はこれに対し、台湾と米国は関係をさらに良い方向に発展させることを目指すと述べた。

 

米国は長年にわたり、台湾の防衛を支援するという曖昧な約束をして、台湾の安全保障の事実上の守護者となってきた。中国は台湾を自国の領土と主張し、台湾が中国の支配に服することを拒否し続ければ攻撃すると脅してきた。

 

台湾関係法に基づき、米国は、非平和的な手段で台湾の将来を決定しようとするいかなる努力も米国にとって重大な懸念であるとみなし、台湾に防衛兵器を提供し、台湾の安全を脅かす勢力に対抗する米国の能力を維持することを約束している。

 

バイデン大統領は、米国の台湾防衛へのコミットメントを繰り返し確認し、そのためには軍を派遣するとまで述べた。しかし、トランプは、米国が台湾を中国による攻撃から守るのは「とても、とても難しい」と言った。 

 

トランプは、台湾のチップ産業が米国のビジネスを犠牲にして繁栄してきたと非難した。トランプは「彼らはわれわれのチップ産業のほぼ100%を奪った。今、われわれは彼らに何十億ドルもの資金を与え、わが国で新しいチップを製造させ、それを彼らの国に持ち帰らせようとしている」と述べた。

 

米国内で生産をするよう米国から強く求められた台湾積体電路製造(TSMC)は、アリゾナ州に3つの工場を建設するのに650億ドルを投資する。その見返りに、同社は最大66億ドルの補助金と50億ドルの融資を受ける予定だ。

 

卓行政院長は、軍事費の着実な増加や男子の徴兵制の復活等ここ数年の台湾の自衛力強化の努力を指摘すると同時に、他国からの支援の重要性も強調した。米国の防衛協力と頻繁な支持表明が台湾に「地域の平和と安定に共通の責任を持つ国際社会の一員としての決意をさらに固めさせてきた」とも述べた。

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(論評)

米国の「台湾関係法」

(中略)米国政府は台湾との間に外交関係がないにもかかわらず、「台湾関係法」(1979年4月14日)を議会で通過させ、国内法上、実質的に台湾に「防御的性格の武器を供与すること」(第2条)を約束している。

 

さらには、「台湾関係法」の中には、次のような規定もある。「台湾人民の安全、または社会、経済の制度に危害を与える如何なる武力行使にも対抗しうる合衆国の能力を維持する」(2B項)。

 

今日、米国による台湾への武器供与は中台間の軍事バランスを維持する上で不可欠な役割を果たしており、台湾にとって、米国はこの地域の平和と安全を守り、現状を維持する上で不可欠の盟友と言える。また、台湾は主要武器のほとんどを米国から購入している。

 

武器供与を含む軍事支援の内容については、重要な国家機密に属するため公開されていないものが多い。ただし、はっきりしていることは、米台間で十分な協議が行われた上で価格等も決められるのであり、トランプの言うように、台湾が米国に必要な代価を支払っていないというのは事実に反するのだろう。

 

防衛へ努力重ねる台湾

台湾は半導体生産の技術大国であるが、トランプは「台湾がもともと米国における半導体技術、生産において、米国の維持していた技術を奪った。今や、台湾は米国の犠牲の上に、拠点工場を米国に移した」と述べて、台湾を非難した。その上で、「台湾は防衛費を支払うべきだ。これではわれわれは保険会社と何ら変わりはない」と不満をぶつけている。

 

台湾の卓行政院長は、近年台湾は防衛費を増強しており、徴兵制度もそれに見合って変えてきており、台湾政府としてはこれからも台湾防衛のために努力する考えであることに変わりはないと強調した。(中略)

 

トランプの台湾非難は、米台間の「台湾関係法」以来の歴史を無視した一方的なものと言わざるを得ない。【822日 WEDGE

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台湾の防衛費はGDP2.45%を占め、GDP成長率を上回る増加となっています。

 

****台湾25年防衛費は7.7%増、GDP伸び上回る見通し****

台湾の行政院(内閣)は22日、2025年予算案について、防衛費が前年比7.7%増の6470億台湾ドル(202億5000万ドル)になると発表した。域内総生産(GDP)の2.45%を占め、政府の予想する同年のGDP成長率(3.26%)を上回る。

台湾は軍の近代化を重要政策と位置づけており、中国の脅威の高まりに対応し、台湾製潜水艦の開発を含め防衛費を増強する方針を繰り返し示してきた。

25年防衛費には戦闘機の新規購入とミサイル製造増強のための904億台湾ドルの特別予算が含まれる。

25年予算案は、野党が過半数を占める立法院(国会)の承認が必要。

中国は3月、24年国防費を前年比7.2%増の1兆6700億元(2341億ドル)とする方針を示している。今年の経済成長率目標である5%前後を上回る伸びだが、アナリストによると、GDPに占める割合は約1.3%にとどまる。【822日 ロイター

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【ペンス前副大統領のトランプ痛烈批判 一方、トランプ氏のもとで台湾防衛は強化されるとの見方も】

トランプ前大統領の台湾との同盟関係を軽視するような発言に関して、トランプ前政権で副大統領を務め、その後トランプ氏と袂を分かったペンス前副大統領は「危険なほど狭い理解と無知」と痛烈に批判しています。

 

****ペンス氏、トランプ氏の台湾発言批判 「危険なほど狭い理解と無知」****

米共和党のペンス前副大統領は21日のワシントン・ポスト紙(電子版)に寄稿し、中国が統一圧力を強めている台湾への支援を軽んじるトランプ前大統領の発言について、「世界における米国の役割に対する危険なほどの狭い理解と、米国の離脱がもたらす広範囲にわたる影響への無知を反映している」と酷評した。(中略)

 

トランプ氏は、米ブルームバーグ通信が7月に公開したインタビューの台湾防衛に関するやりとりの中で、米国と台湾は約15290キロ離れているが、中国から台湾は約110キロだと指摘。「我々は保険会社のようなものだ。台湾は我々に防衛費を支払うべきだ」などと不満を示した。

 

ペンス氏らは寄稿で、「共和党内で台湾やその他の同盟国を見捨てることを主張する、厄介な孤立主義の傾向が表れつつある」と指摘した。

 

トランプ氏の台湾との距離に関する発言を挙げて批判し、台湾が中国に統一されれば米国の安全保障の約束は「空約束」とみなされ、米国に中国を阻止する能力も意思もなければ多くの国は自国防衛のために核兵器開発に向かうと説明。このため核軍拡競争を引き起こす可能性があるなどと警告した。

 

そのうえで「米国は台湾を断固として支援しなければならない。それが米国の国益にかなうからだ」と強調。トランプ氏らを念頭に「孤立主義者に惑わされている余裕はない」と訴えた。

 

ペンス氏はトランプ氏を副大統領として支えたが、2020年大統領選の敗北を覆そうとしたトランプ氏への協力を拒否し、211月の連邦議会襲撃事件後にたもとを分かった。【822日 毎日

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トランプ前大統領が同盟関係を軽視しており、台湾を見捨てる・・・との見方に対し、それは誤解であり、むしろ台湾防衛を強化する考えだとの反論も。 ただし、そのような考えはトランプ氏自身ではなく、“トランプ氏に近い外交・安全保障の専門家たち”や“トランプ氏に近いシンクタンク”の考えのようですが。

 

****対中戦略骨子案に「台湾の独立」トランプ氏に近い外交・安保チームが戦略の柱に 見捨てるどころか防衛強化示す****

わが国は、中国、北朝鮮、ロシアという「3つの核保有国」の脅威に直面している。この脅威に対応するためにも、外交・安全保障、特に米国との関係が極めて重要になる。 厄介なのは、米国の動向についての日本のマスコミ報道は一方的なものが多いということだ。

 

(中略)日本のマスコミの多くは、民主党ひいきの報道が多い一方、トランプ氏に対しては否定的だ。そのためか、「米国第一」のトランプ氏が再選されると、日米同盟がおかしくなるだけでなく、「台湾などは見捨てられるのではないか」みたいに誤解している人もいる。

 

だが、トランプ氏に近い外交・安全保障の専門家たちと話をすると、台湾を見捨てるどころか、台湾防衛を強化するつもりだ。

 

日本では、外交・安全保障政策を官僚たちが作成することが多いが、米国の場合は民間シンクタンクが担当している。トランプ氏に近いシンクタンクの1つが「米国第一政策研究所(AFPIAmerica First Policy Institute)」だ。このメンバーが今年1月に訪日した際、「中国共産党の悪意の影響に対抗する」と題した10項目の対中戦略骨子案を持参してきた。

 

戦争が嫌いなトランプ氏らしく、貿易、金融、経済、インテリジェンスなど非軍事手段によって中国に対抗しようとしているが、台湾について以下のように記されている。

 

9 台湾人の政治的孤立を解消すること 台湾は、米国の正式な外交関係を持たない唯一の民主主義国家である。われわれは台湾との外交、文化、経済的な結びつきを奨励し、巨大な共産主義国家である隣国の脅威にさらされている、小さくて成功した中国民族の民主主義国家である台湾を支援することの重要性について、米国民を教育すべきである》

 

米国民の「教育」掲げ

台湾防衛について米軍が関与するためには、米国世論と議会の支持が必要だ。そこで米軍が関与できるよう、米国民に「教育」すべきだとしている点がポイントだ。

 

10 台湾の独立を維持するために必要な軍事支援を台湾に提供すること 米国は、台湾の自衛を強化するという公約を守り、台湾が中国共産党の侵略から自国を守るために必要と考えられる防衛装備品や訓練の取得を妨げる制限を撤廃しなければならない》

 

まず、「台湾の独立(Independence)」と書いている点に注目してほしい。そして、台湾の自衛を強化するため、中国大陸への反撃能力を含む防衛装備品の輸出と軍事訓練の提供を解禁すべきだと主張しているのだ。

 

要は、「台湾有事」への備えが、トランプ氏に近い外交・安保チームの対中戦略の柱なのだ。日本も台湾に関して思い切った安全保障政策を打ち出さなければならなくなるだろう。【822日 江崎道朗氏 夕刊フジ

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トランプ前大統領がそうした理論的な思考を無視するかのように、直観的行動、取引重視の行動に走りやすいことは前政権でも明らかになったところです。

 

【懸念される台湾軍人と中国の“緊密”な関係】

台湾自身の防衛努力に関しては、防衛費の伸びの数字などをあげましたが、一方で台湾軍人と中国の間の“緊密”な関係が懸念されています。

 

****台湾軍人が中国に機密情報売り渡すスパイ組織構築 8人に実刑 軍用ヘリで亡命計画も****

台湾の退役・現役軍人が軍の機密情報を中国側に売り渡すスパイ組織を構築していたとして、台湾高等法院(高裁)は22日、8人の被告に対し最高で懲役13年の実刑判決を言い渡した。このうち陸軍航空部隊の現役中佐は軍用ヘリで中国側に亡命する計画を立てていた。

 

台湾高等検察署(高検)や台湾メディアによると、スパイ組織は主犯とされる台湾の退役軍人が中心となり2021年以降に構築。10人が収賄罪や軍事秘密交付罪などで起訴され、22日の判決ではうち1人が無罪となった。主犯とされる退役軍人は海外に逃亡し指名手配されている。

 

懲役9年の判決を言い渡された陸軍航空特戦指揮部の中佐は、大型輸送ヘリ「CH47チヌーク」を操縦して中国に投降するよう教唆され、そのための計画を練っていたという。また別の現役軍人の被告は、指示を受けて「中国人民解放軍に投降したい」と語る動画を撮影していたという。【822日 産経

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以前、「(台湾)軍幹部の9割ほどは退役後、中国に渡る。軍の情報提供を見返りに金稼ぎし、腐敗が常態化している」という日経記事に台湾側が激怒するということもありました。

 

****「それでも中国が好きだ」 台湾軍に潜む死角****

台湾、知られざる素顔

 

「おかげで中国での商売が駄目になった。レストランは閉め、台湾に帰って出直しだ」

台湾人の50代男性、鄭宗賢(仮名)は最近まで中国に脅されていた。2010年代、台湾軍で幹部を務めた鄭。退役後は「軍幹部OBのお決まりのルート」(軍関係者)に乗り、中国で商売を得た。台湾軍の情報を中国側に提供できるうちは商売は順調だった。

 

だが次第に行き詰まる。軍を離れ、中国に提供できる情報が減ったからだ。同じ台湾軍に入隊した息子に情報を頼ったが、息子は応じなかった。

 

「用無し」となった鄭に、中国は容赦しない。レストランは当局の嫌がらせで閉鎖に追い込まれた。だが鄭は「それでも中国が好きだ。恨みはない」と振り返る。

 

台湾統一を掲げる中国が実際に軍事侵攻したら――。向き合う台湾軍の事情は複雑だ。

もともと中国がルーツ。49年、国民党軍は共産党軍に敗れ、台湾に逃れた。中国大陸の奪還を誓ったが、夢に終わる。国民党軍は結局、台湾を守る「台湾軍」として衣替えを余儀なくされた。

 

その屈辱が軍内に強く残る。「我々こそ中国だと、今なお台湾独立に反対する教育が軍内で盛んだ」(軍事専門家)

17万人を抱える台湾軍では将校などの幹部も依然、中国人を親などに持つ中国ルーツの「外省人」が牛耳る旧習が続く。歴代国防部長(大臣)も外省人がほぼ独占する。

 

「そんな軍が有事で中国と戦えるはずがない。軍幹部の9割ほどは退役後、中国に渡る。軍の情報提供を見返りに金稼ぎし、腐敗が常態化している」(関係者)。鄭もそんな一人だった。

 

1月初旬。台湾高等検察署(高検)高雄分署は台湾軍の機密情報を中国側に漏らしたとして、元上校(大佐)と現役将校の計4人を拘束した。

 

2週間後には元立法委員(国会議員)の羅志明と海軍元少将が、台湾高雄地方検察署(地検)に取り調べを受けたことが判明。中国の統一工作などに便宜を図ったとされた。2021年には国防部ナンバー3の副部長(国防次官)の張哲平まで捜査対象となった。

 

「いまだに中国に協力するスパイが軍に多いことが台湾最大の問題だ」。ある陸軍OBはこう明かす。米国が長年、台湾への武器売却や支援に慎重だったのも中国への情報流出を恐れたためだ。(後略)【2023228日 日経】

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台湾側はこうした報道内容を否定していますが、記事を裏付けるような事件がたびたび明らかになるのも事実です。

これが実態なら、中国の侵攻阻止なんて絵空事にもなってしまいます。

 

犬猿の仲のトルコ・ギリシャ・・・ではあるが、ビザ簡便化で観光客誘致も 進展しない日中間ビザ問題

 

(【Tripadvisor】ギリシャ領のロードス島リンドス ロードス島もトルコから7日間の到着ビザで行けるようです)

 

【エーゲ海東部のギリシャの島々で観光を楽しむトルコ人】

今日TVを観ていると、トルコ沿岸のエーゲ海・ギリシャ領の島々にトルコ人観光客が大勢押し寄せて休暇を楽しんでいる様子が放映されていました。

 

これはなかなか興味深い光景です。というのは後述のようにトルコとギリシャは険しい対立関係にあるというイメージが強いせいです。

 

ギリシャの島々でトルコ人観光客が遊ぶ・・・という光景は、ギリシャ側の観光客誘致措置によって実現したもののようです。

 

****さあ、エーゲ海の島へ―必要な書類は?****

トルコ国民がギリシャの島々に到着ビザを取得して入国できるようにする措置が講じられた。レジェプ・タイイプ・エルドアン大統領のギリシャ訪問中、ギリシャのミツォタキス首相は到着ビザに関する発表を行い、ギリシャの10の島で7日間の到着ビザが導入されると述べた。トルコ国民がビザを申請するには、国境で行う必要のある手順がいくつかある。

 

ギリシャのキリヤコス・ミツォタキス首相は、本日エルドアン大統領と行った記者会見で、エーゲ海東部でトルコ国民に向けた7日間の到着ビザ問題についても話し合われたと述べた。

 

■トルコ国民のギリシャ諸島への到着ビザ

ギリシャのミツォタキス首相は、到着ビザに関する発言の中で、「トルコのEU加盟のプロセスでの支援提供についても議論した。ビザの問題に関しては、トルコの学生とヨーロッパの学生とのより緊密な協力を確保するためビザ免除の問題についても議論した。同時に、エーゲ海東部で年間を通じて7日間のビザを認めることで、トルコ国民がエーゲ海の島々及び東部エーゲ海の島々を訪問する自由を与える決定を取り上げた」と述べた。

 

■ギリシャ大臣発表:夏だけでなく一年中有効に

ギリシャの移民・庇護大臣ディミトリス・カイリディス氏は、協定の範囲内でトルコ国民がビザなしで1週間訪問できる島を発表した。

 

同大臣は、ギリシャがシェンゲン圏内にあることを指摘し、トルコ国民が東エーゲ海の島々をより容易に訪問できるよう、シェンゲン協定からの例外を要請したと述べた。

 

カイリディス大臣は、10島のビザ免除が夏だけでなく年間を通じて有効であるという情報を共有し、以下の島を挙げた。

 

リムノス島、レスボス島、キオス島、サモス島、レロス島、カリムノス島、コス島、ロードス島、シミ島、カステロリス島(メイス島)。(後略)【20231207日付 Hurriyet  TUFSmedia

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ギリシャはEU・シェンゲン協定加盟国で、協定によれば、域内では国境管理をなくす一方で、対外国境では出入国管理に共通のルールを導入することになっています。

 

トルコからの観光客誘致についてはこの協定上のハードルがあったようですが、協定ルールの例外措置とすることでハードルをクリアして実現した“エーゲ海東部でトルコ国民に向けた7日間の到着ビザ発給”措置のようです。

 

【犬猿の仲のトルコ・ギリシャ関係 キプロスやガス田問題も】

トルコとギリシャ・・・・古来、両者は犬猿の仲。

小アジア世界とギリシャということでは古代ギリシャの時代から両者はひとつの地域を形成する関係にあって、都市間で戦争も繰り返されてきました。

 

例えば、トロイの木馬で有名なトロイ戦争(紀元前1700年~紀元前1200年のどこか)も、小アジアのトロイアとギリシャ・ペロポネソス地方のミケーネを中心とする勢力の間で戦われた戦争です。

 

オスマントルコ成立でギリシャはトルコ領となりますが、ギリシャ独立戦争を経て1832年ギリシャは独立します。

 

第一次世界大戦後の1919年5月~22年、敗戦国オスマン帝国の支配地として残るギリシア人居住地を統合してギリシア国家を完成させるという「大ギリシア」主義の願望を持っていたギリシアがトルコのイズミル(スミルナ)に侵攻(ギリシャ・トルコ戦争)。これをトルコが撃退に成功してイズミルを奪回。戦争を指導したムスタファ=ケマルの主導権が確立し、トルコ革命を完成させることになりました。【「世界史の窓」より】

 

現代史において両国関係を悪化させた問題が分断国家キプロスの問題。

 

****キプロス トルコの軍事侵攻から50年 南北の分断いまも続く****

南北に分断された状態が続く地中海のキプロスではトルコ軍の軍事侵攻から50年になるのにあわせ、ギリシャ系住民の多い南部とトルコ系住民の多い北部でそれぞれ式典が開かれました。

 

ギリシャがキプロスの再統合を訴えているのに対し、トルコは北部の独立を主張していて、半世紀が経ったいまも対立が続いています。

 

地中海の島キプロスは、多数派のギリシャ系住民と少数派のトルコ系住民の対立が激しくなる中、50年前の19747月、トルコがトルコ系住民の保護を理由に北部に侵攻しました。

 

その後、北部は北キプロスとして一方的に独立を宣言し、ギリシャ系住民の多い南部と分断された状態が続いています。

 

侵攻から50年になるのにあわせて南部では20日、ギリシャのミツォタキス首相が出席して追悼式典が開かれ、「ギリシャは常にキプロスの側に立つと約束する。私たちはキプロスが再統合されるまで闘いをやめない」などと述べ、分断の解消を訴えました。

 

一方、トルコだけが国家承認する北部では、記念の式典が開かれ、トルコのエルドアン大統領は「50年前、トルコはトルコ系住民を見捨てないことを全世界に示した。北キプロスの承認と2国家解決に向けた努力を決意をもって続ける」と述べ、北キプロスの独立をあらためて主張しました。

 

侵攻から半世紀がたったいまも南北の再統合を訴えるギリシャと北部の独立を主張するトルコの間で溝は深く、対立が続いています。【721日 NHK

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キプロスへのトルコ軍侵攻は50年前のことですが、もっと最近の話では、2020年には東地中海のガス田をめぐり一触即発の険悪な関係にもなりました。

 

****一触即発 東地中海で何が起こっているのか****

東地中海。・・・さんさんと降り注ぐ陽光の下に広がるエメラルド色の海を連想する人も多いだろう。しかし、インターネットで検索すると「軍事演習」や「衝突」といった何やらきな臭いキーワードが目につくようになってきた。

 

この海でいったい何が起きているのか。実は海底に眠る天然ガス資源を巡って、トルコとギリシャが他国も巻きこみパワーゲームを繰り広げているのだ。

 

ことし8月、東地中海は一触即発の危機を迎えていた。トルコ軍とギリシャ軍が、海では艦船が接触し、空では戦闘機がドッグファイトさながらの接近飛行を繰り広げたのだ。なぜそこまで両国の間で緊張が高まっているのか。

 

背景にあるのはトルコとギリシャの領有権の主張がぶつかりあう東地中海の海底で2009年以降、ガス田の発見が相次いでいることだ。

 

長年続く対立

東地中海をめぐるトルコとギリシャの対立は100年近く前までさかのぼる。第1次世界大戦でドイツ側についたオスマン帝国は敗北。後継国家のトルコは、勝利した連合国が賠償請求権を放棄する代わりに、エーゲ海の島々の多くをギリシャに割譲することとなった。この決定にトルコは不満を持ち続けてきた。

 

さらに1974年には、キプロス問題が起きる。この年、トルコは島の北側に住む少数派のトルコ系住民を保護する名目で軍を派遣。「北キプロス・トルコ共和国」として独立させた。しかし国際社会はギリシャ系住民の多い南側を「キプロス共和国」として承認したため、島は40年以上にわたって南北に分断されている。東地中海は両国の対立につながる火種がくすぶり続けてきているのだ。

 

トルコ外し

エネルギーをめぐるトルコとギリシャの対立は地中海を取り囲む国や地域を巻き込んで拡大している。ギリシャは東地中海で採掘した天然ガスをヨーロッパへ輸出する2つの大型プロジェクトに関わっている。

 

1つは採掘したガスをエジプトに送り、LNG(液化天然ガス)に加工して輸出する「エジプト・エネルギーハブ化構想」。そしてもう1つが、イスラエルの沖合で採掘したガスをギリシャへと伸びる1900キロものパイプラインを建設して輸出する「東地中海パイプライン構想」だ。

 

この2つのプロジェクトの実現に向けて、関係する7つの国と地域(ギリシャ、エジプト、イスラエル、イタリア、キプロス、ヨルダン、パレスチナ)は「東地中海ガスフォーラム」というグループを立ち上げた。いずれのプロジェクトでもトルコは排除された。

 

歴史の塗りかえに警戒

ことし1月、パイプラインの建設プロジェクトに調印した際、ギリシャのミツォタキス首相が強調したのは、プロジェクトが「地域の平和と安定に貢献する」ということだった。

 

東地中海の深い海底に築くパイプラインの採算性を疑問視する声は少なくない。関係するイタリアもプロジェクトには消極的だ。

 

なぜギリシャがそこまでパイプラインにこだわるのか。ギリシャはトルコが国境を実力行使で変えて「歴史の塗り替え」をするのではないかと警戒しているという研究者の指摘もある。プロジェクトからは、トルコに対抗してできるだけ東地中海で仲間を増やしたいというギリシャの思惑が見え隠れする。

 

リビアの対立持ち込まれる

ギリシャのパイプラインプロジェクトに対抗するため、トルコはある“奇策”に打って出た。去年11月、地中海の対岸のリビアの暫定政府とEEZ=排他的経済水域を設定。

 

トルコのエルドアン大統領は「イスラエルからギリシャへ海底経由でパイプラインを敷設するにはトルコとリビアの承諾がないと不可能になった」と釘をさした。

 

怒るギリシャに加勢したのはフランスだった。肩を持つ大きな要因の1つは、東西に分裂して戦闘が続くリビアを巡るトルコとの対立だ。

 

リビアでフランスは自身が権益を持つ油田をおさえていた軍事組織を支援していたが、トルコが暫定政府を支援し始めると軍事組織は劣勢に追い込まれた。

 

リビアでのトルコの台頭に不快感を隠さないフランスの後押しもあり、EU=ヨーロッパ連合はトルコに対して制裁を科すか、議論するため、9月下旬、臨時の首脳会議が開かれることになっている。

 

“チキンレース”

東地中海をめぐりトルコとギリシャはどちらも後に引かない。トルコがリビアの暫定政府とEEZを設定したのに対して、今度は、ギリシャがエジプトとEEZを設定するといういわば“意趣返し”を行った。これにトルコは、東地中海へ探査船を軍艦のエスコートつきで派遣。冒頭で紹介した緊張高まる事態につながっている。

 

みかねたドイツはトルコとギリシャとの仲介に乗り出し、マース外相は「小さな接触をきっかけに破滅的な衝突が起きかねない」と警告。

 

トルコとギリシャが加盟するNATO=北大西洋条約機構は、双方の軍の間で偶発的な衝突が起きるのを回避するため、協議を始めることで両国が合意したと発表したが、翌日には、ギリシャがその発表を否定する異例の事態となった。一見穏やかに見える東地中海で続く“チキンレース”の行方は予想がつかない。【2020年98日 NHK

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【関係改善の動きも 観光など国民レベルの交流が関係改善には重要】

そんな険悪なトルコ・ギリシャ関係にあって、関係改善の動きも。

 

****トルコとギリシャ、関係改善で合意 アテネで首脳会談****

トルコのエルドアン大統領は7日、訪問先のギリシャの首都アテネでミツォタキス首相と会談し、両国の関係改善に取り組むことで合意した。

 

意思疎通の窓口をオープンにし、緊張を招く要因を排除するために軍事的な信頼の構築を模索するほか、貿易の促進やエーゲ海を巡る両国の課題に取り組む方針で一致した。

 

両国はともに北大西洋条約機構(NATO)に加盟していながらも対立が続いていたが、2月に大地震が起きたトルコをギリシャが迅速に支援したことで関係が改善に向かってきた。両国関係をより緊密にし、新たな時代を切り開くロードマップを策定し、関係を再構築することを目指す。

 

エルドアン氏はミツォタキス氏との会談後に「大局的な視点に立つ限り、われわれの間に解決できない問題はない」とし、「エーゲ海を平和の海にしたい。トルコとギリシャの共同歩調を通じて世界の模範にしたい」と語った。

 

両国はまた、年間貿易額を現在の50億ドルから100億ドルへ引き上げたい考えとした。【2023128日 ロイター】

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もっとも、細かいいざこざ、対立は今も続いています。

 

****博物館モスク化、対立の火種=ギリシャ苦言、トルコは反論****

トルコ最大都市イスタンブールにあるカーリエ博物館が今月、約4年にわたる改装作業を終え、モスク(イスラム礼拝所)として一般向けに開放された。

 

元はキリスト教会の聖堂で、イエス・キリストや聖母マリアを描いたビザンチン美術の傑作とされるモザイク画やフレスコ画が多数残る建物だけに、隣国ギリシャはモスク化に反発。歴史的に対立を繰り返してきた両国間の新たな火種になる懸念も出ている。

 

かつて「コンスタンチノープル」と呼ばれたイスタンブールは、ギリシャ正教会の中心地でビザンチン帝国の首都だった。15世紀にトルコの前身オスマン帝国に制圧された歴史的経緯がある。

 

「カーリエモスク」となった聖堂は5~6世紀ごろ建てられ、オスマン帝国下の16世紀にモスクへ変更。政教分離を掲げるトルコ共和国成立後の1945年に博物館となった。

 

イスラム色の強いエルドアン大統領が2020年、同じく博物館だった世界遺産アヤソフィアをモスクに変えた直後に、カーリエもモスクへの変更が決まった。

 

今月13日にトルコを訪れたギリシャのミツォタキス首相は、モスク化に「再び礼拝の場所になったのは残念だ」と苦言を呈した。これに対し、エルドアン氏は「文化遺産の保護において、トルコは模範的な国だ」と反論した。

 

改装後のカーリエモスクは、ドーム内の天井などに描かれた鮮やかなフレスコ画を一目見ようと、観光客でにぎわっていた。一方、礼拝部屋にあるモザイク画は、壁と同系色の覆いで隠されていた。

 

初めて礼拝に来たという大学教授ビュレント・デイルメンジさん(48)は「イスラムに適さなくても、元の形や壁画は保存されている。トルコの寛容さの表れだ。これがギリシャだったら全て壊されただろう」と話した。【518日 時事】 

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上記のように、さまざまな対立の歴史、関係改善の試みのある両国関係ですが、冒頭で紹介したような観光を通した国民レベルの交流が深まることが関係改善に向けた重要な一歩となると思われます。

 

【翻って日中間のビザ問題】

観光を通した国民レベルの交流ということで言えば、現在実質的にストップしているのが中国への日本人観光客。

 

コロナ後の観光再開に際し、従来短期の入国についてはビザを免除していた中国側が相互主義(日本は中国に対しビザを求めています)を理由に日本人短期入国者にビザを求めることになっており、ビザ申請センターでの指紋採取など非常にハードルの高いビザ発給が実質的に日本人の中国観光を諦めさせています。(観光は諦めればすみますが、ビジネスでは障害となっています)

 

ただ最近、ここひと月か半月でしょうか、各メディアが提供するニュースを一覧できるニュースサイトで、急に中国国営メディア・新華社の記事、それも政治記事ではなく、観光案内のような情報提供を目にするようになりました。しかも連日、1日に5本、6本という大量の情報が発信されています。

 

おそらく、経済不振という事情もあって中国政府の日本人観光客誘致の方針に沿ったものだろうと想像しています。しかし、日本人観光客誘致のためなら、そういう情報提供以上にビザ発給の簡便化がはるかに有効。

 

中国側の相互主義の主張はもっともな話ではありますが(中国は欧州など一部の国に対しては一方的なビザ免除を再開していますが、日本との関係では微妙な両国関係を反映して、話が膠着しています)、ビザ免除でなくても、せめて到着ビザとか、あるいは郵送・オンラインでのビザ発給とか・・・簡便化してもらえれば、私などはすぐにでも中国に出かけるのですが・・・・。

インド  モディ首相、7月のロシアに続き23日にウクライナ訪問 微妙な中立外交 仲介役の狙いも?

(抱擁するプーチン大統領とモディ首相【710日 中央日報】 モディ首相にとっては、ややタイミング悪い“抱擁”ともなりました)

 

【モディ首相 7月にロシア訪問 プーチン大統領との抱擁に批判も

インドは対中国ではクアッドの一員として日米と協力する関係にありますが、ウクライナ侵攻を巡ってはロシアを非難することを控えた中立的立場をとり、対話と外交を通じた紛争終結を求めています。

 

背景には、インドにとってロシアは従来から兵器の主要な供給国であるなどこれまでの両国の緊密な関係、また、ウクライナ侵攻後に西側先進国が買わなくなり、割安になったロシア産石油をインドが爆買いし始めたことなどがあります。

 

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1(省略)に見るロシアとインドの二国間貿易は、ずいぶんといびつな姿になっている。21年までは平凡に推移していた貿易額が、22年になって急増し、しかもインド側の輸入だけが突出して伸びている。

 

その原因は、ロシアが222月にウクライナへの全面軍事侵攻を開始して以降、先進国がロシア産石油を買わなくなり、割安になったその石油をインドが爆買いし始めたことに尽きる。ちなみに、23年には、インドの対露輸入の81%が原油・石油製品によって占められた。

 

石油輸出の急増の結果、23年の時点でインドにとりロシアが第2位の輸入相手国に躍り出た。だが、インドの輸出相手国としてロシアは取るに足らない存在であり、23年の時点でシェア0.9%、順位30位にすぎない。【726日 WEDGE

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更にインド外交について言えば、従来からの西側と一線を画した非同盟主義が基本路線であり、今日的な意味合いで言えば、欧米にもロシアにも依存しない、いわゆるグローバルサウスのリーダーとしての立場を目指していることもあります。

 

そのインド・モディ首相は78日ロシアを訪問し、プーチン大統領と会談を行っています。

 

****インド首相、5年ぶり訪ロ プーチン大統領公邸で非公式会談*****

ロシアのプーチン大統領は8日、モスクワ郊外の公邸でインドのモディ首相を迎え、非公式に会談した。9日に大統領府(クレムリン)で公式会談に臨む。モディ氏のロシア訪問は5年ぶり。

 

国営タス通信によると、プーチン氏はモディ氏を抱擁して迎え、「親愛なる友人」と呼んであいさつを交わし、会えて「とても嬉しい」と語った。

 

また「公式会談は明日だが、きょうはこの快適で心地良い環境で、同じ問題について非公式に話し合うことができる」と述べた。 プーチン氏はモディ氏にお茶などを振る舞い、邸内を案内した。

 

米国務省はロシアがウクライナ侵攻を続ける中でのモディ氏の訪ロと印ロ関係は懸念を抱かせると述べた。

ロシアと長年緊密な関係を維持してきたインドはウクライナ侵攻を巡りロシアを非難することを控え、対話と外交を通じた紛争終結を求めている。

 

インド政府高官が先週明らかにしたところによると、モディ氏は今回の訪ロで両国の貿易不均衡是正や、だまされるなどしてウクライナ戦争に加わったインド国民の帰国などを働きかける見通し。【79日 ロイター

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ただ、モディ首相が訪露した78日にロシアがウクライナに対し大規模なミサイル攻撃を行い、子供など民間人犠牲者が多数でたことで、プーチン大統領との抱擁はモディ首相にとっては居心地の悪い面もありました。

 

****首都キーウなどにミサイル攻撃 今年最大規模か 小児病院も被害****

ロシア軍がウクライナの首都キーウなどへ大規模なミサイル攻撃を開始しました。ウクライナ最大規模の小児病院でも被害が確認されています。

地元メディアなどによりますと、ロシア軍は8日午前、ウクライナの複数の都市に向けて大規模なミサイル攻撃を開始しました。

 今年最大規模の攻撃とみられ、キーウ市内の少なくとも3カ所で爆発があり、煙が上がっています。 ウクライナで最大規模の小児病院でも被害が確認されています。

極超音速ミサイル「キンジャール」などが使用されたとみられます。 オデーサやドニエプルの各都市でも被害が報告されています。【78日 テレ朝news

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【微妙なインドの中立外交】

さすがにモディ首相もこの攻撃を踏まえて、「心が痛む」とプーチン氏を公然と非難しています。

 

****インド首相の訪ロ、注目される微妙なバランス外交****

プーチン氏と抱擁の一方で小児病院攻撃は非難

 

ロシアがキーウ(キエフ)の小児病院などウクライナ各地にミサイル攻撃を行った数時間後、インドのナレンドラ・モディ首相はモスクワでロシアのウラジーミル・プーチン大統領とハグをする自身の写真をソーシャルメディアに投稿した。その後、ロシア大統領府は、両首脳が大統領公邸のよく手入れされた芝生の間をゴルフカートで走る写真を公開した。

 

モディ氏は次の日、非公式会談に先立ちテレビ放映された発言の中で、「罪のない子供たちが殺され、罪のない子供たちが死んでいくのを見るのは、心が痛む」と述べ、今回のウクライナ攻撃を巡りプーチン氏を公然と非難した。

 

モディ氏は「解決策は戦場では見つからない」と続け、戦争終結に向けて対話を求めた。同氏は「解決と和平交渉は、爆弾や銃弾が飛び交う中では成功しない」と述べた。

 

5年ぶりとなったモディ氏の訪ロは、ウクライナでの戦争に対して完全に中立とは言えない、インドの微妙な姿勢を示す最新の事例だ。

 

モディ氏は、先月イタリアで開かれた先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)の際、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領と会談したが、今回のモスクワ入りは、ウクライナへの軍事支援が焦点となる北大西洋条約機構(NATO)の会合を米政府が主催するのと同じタイミングだった。

 

ゼレンスキー大統領は9日、ソーシャルメディア・プラットフォームのXに「このような日に世界最大の民主主義国家の指導者が世界で最も血塗られたモスクワの犯罪者とハグしたことは大きな失望であり、平和への取り組みに対する破壊的な打撃だ」と投稿した。(中略)

 

モディ首相は公の場で、戦争が不安定をもたらすとして、それを終わらせるための外交的解決を呼び掛けているが、ロシアによる侵攻を公然と批判したことはない。

 

インドはまた、何百億ドル相当ものロシア産原油を輸入しており、その輸入量は中国に次いで2番目の多さだ。西側諸国の一部はそれについて、ロシアが戦争資金を調達する支援になっていると指摘する。

 

また、欧州連合(EU)の議長国を現在務めるハンガリーのビクトル・オルバン首相がモスクワを訪問した直後にモディ氏が同地を訪れたため、ロシアが事実上孤立していると主張することも困難な状況になった。ロシアを孤立させることは、西側諸国の主な狙いの一つだ。

 

西側諸国、とりわけ米国との距離を縮めながら、同時にロシアとの関係も緊密に保つという姿勢は、「戦略的自律」という、時に不可解なインドの外交原則の一つだ。

 

インドの外交政策見通しは、「多極的」な世界で国益を追求することを前提としており、プーチン氏や中国の習近平国家主席が米国中心の世界秩序を批判する際に頻繁に発する言葉と似たものに見える場合がある。

 

しかし、インドの政治専門家は、インドが言う「多極性」と中国が言う「多極性」は意味が異なると述べる。

ニューデリーを拠点とするシンクタンク、インド政策研究センター(CPR)の戦略問題専門家ブラーマ・チェラニー氏は「ロシアと中国も、多極的世界を求めているが、それは米国の主導的地位を排除するものだ。米国の世界的優位に終止符を打つことをインドは目指していない」と語った。

 

例えば、既存の多国間の枠組みに対抗する狙いから2001年にロシアと中国によって創設された上海協力機構(SCO)に、インドは正式加盟したものの、同国はしばしば中国と対立している。そしてモディ首相が今年のSCO首脳会議を欠席したことは、注目を集めた。

 

全米アジア研究所(NBR)の上級研究員ベーツ・ジル氏によれば、インドのSCOへの関心が薄れている背景には、ロシアと西側諸国との間でバランスを取ろうとしているインド政府が、SCOの方向性に違和感を抱いていることがある。

 

その一方でインドは、今も同国への軍事物資の主要な供給国であり続けているロシアとの関係強化が、中国に対抗する上で必要不可欠だと考えている。中国への対抗は、インドと米国に共通する目標だ。インドと中国は、2020年にヒマラヤの国境地帯で死者を出す武力衝突を起こしており、それ以来インドにとっては、中国の脅威が一段と大きな懸念材料となっている。

 

こうした複雑な背景があるため、米国など西側諸国は、インドのロシアとの友好関係に対する批判をおおむね避けてきた。NATO首脳会議で、中国の対ロ支援が主要トピックの一つになる可能性が高いにもかかわらず、そうした状況は変わっていない。(後略)【710日 WSJ

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【クアッドによる過度の中国刺激は避ける】

“中国への対抗は、インドと米国に共通する目標だ”というのは事実であり、インドにとって国境の領有権問題を抱える中国との関係は極めて重要な問題です。

 

それゆえクアッドの一員にもなっている訳ですが、ただ、クアッドの枠組みで過度に中国と対立することも警戒しています。

 

****中国・インド外相会談 国境の係争地について協議、早期解決図り関係を安定させること確認****

中国とインドの外相は25日、たびたび衝突が起きている国境の係争地について協議し、早期解決を図って、両国の関係を安定させることを確認しました。

中国の王毅政治局員兼外相とインドのジャイシャンカル外相は25日、外遊先のラオスで会談しました。両国の国境が定まっていない係争地では断続的に衝突が起きていて、2020年には双方に死傷者も出ています。

インド外務省によりますと、両外相は会談で、問題の早期解決を図り、両国の関係を安定させることを確認。軍を完全に撤退させるため、早急に取り組む必要があるとの認識で一致しました。(後略)【726日 TBS NEWS DIG

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****インド外相、対中問題は2国間で解決=クアッドで過度の刺激避ける****

インドのジャイシャンカル外相は29日、2020年に中国との国境地帯で起きた武力衝突以降、中国と緊張関係が続いていると述べた上で、問題は「中印2国間で解決する」と語った。東京都内の日本記者クラブで会見した。

 

ジャイシャンカル氏は日本、米国、オーストラリア、インド4カ国の枠組み「クアッド」の外相会合出席のため来日。対中けん制を念頭に置いたクアッドの連携強化が、中国を過度に刺激しないよう配慮した形だ。【729日 時事】 

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【ウクライナ訪問発表 対話の仲介役を名乗り出る可能性も】

ロシア・ウクライナの問題に話を戻すと、モディ首相は今月23日にウクライナを訪問し、ゼレンスキー大統領と会談するとのこと。 

 

インドはロシアに宥和的というイメージの払拭の狙いもあると。また、対話の仲介役を名乗り出る可能性もあると指摘されています。

 

****インドのモディ首相、23日にウクライナ初訪問 親ロシアのイメージ一掃へ「演出」の見方も****

ウクライナ大統領府は19日、インドのモディ首相が23日にウクライナを訪問し、ゼレンスキー大統領と会談すると発表した。両国が1992年に外交関係を樹立して以降、インドの首相がウクライナを訪れるのは初めて。

 

モディ氏は7月にロシアを訪問してプーチン大統領と会談しており、ウクライナ戦争の終結をにらんだ対話の仲介役を名乗り出る可能性もある。

 

モディ氏は、ロシアがウクライナの首都キーウの小児病院などをミサイルで攻撃した直後となる7月の訪露でプーチン氏と抱擁するなど親密な様子を見せ、ゼレンスキー氏や国際社会から批判を浴びた。

 

このため外交専門家などの間では、モディ氏がウクライナ問題でプーチン氏と一体化しているとの印象を打ち消す演出としてウクライナ訪問に踏み切った、との指摘も出ている。

 

これに対し、インド外務省高官は首都ニューデリーで記者団に、ウクライナとロシアのどちらか一方に肩入れする「ゼロサム・ゲーム」を展開しているわけではないと説明した上で、「インドとして平和の追求に向けた支援を惜しまない」と強調した。

 

インドによる対話の仲介は3月に同国のジャイシャンカル外相が意欲を示したほか、インドとウクライナの外交当局者が過去数カ月間に接触を重ねたとされるなど、実現の可能性が取り沙汰されてきた。

 

ただ、インドは欧米が経済制裁の対象にしているロシア産原油の輸入を続けるなどしてロシアの戦費調達を実質的に支えており、公正な仲介役としての役割を果たせるかどうかが疑問視されている。【820日 産経

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ロシア・ウクライナ仲介はモディ首相だけでなく、中国・習近平国家主席も狙っています。

 

****中国の仲介外交 和平実現へ本気度が問われる****

中国が、ロシアによるウクライナ侵略や中東での紛争に関し、仲介外交を活発化させている。

本気で政治的解決を目指すのであれば歓迎すべきだが、中国自身がウクライナや中東でどんな立場を取ろうとしているのかが見えない。

 

自国の影響力拡大が目的ということでは、期待よりも警戒感を抱かせかねない。

 

ウクライナ問題について、中国は、ロシアとウクライナが共に参加する和平会議の開催を主張している。5月にはブラジルと連名でこうした考えを盛り込んだ提案をまとめ、7月末から南アフリカなどに特使を派遣した。

 

米欧の対露制裁とは距離を置く「グローバル・サウス」と呼ばれる新興・途上国との連携を強め、米国などをけん制する狙いがあるのだろう。中国政府は、110か国以上が提案に前向きな反応を示したとしている。

 

だが、提案は、ウクライナが求めているロシア軍の撤退に触れていない。ウクライナの提唱で6月に開かれた平和サミットも、ロシアの不参加を理由に欠席した。

 

そもそも中国の習近平国家主席は、ロシアのプーチン大統領と会談を重ねる一方で、ウクライナ侵略への非難を控えている。

 

中露は共に国連安全保障理事会の常任理事国である。中国がロシアの蛮行を容認したまま和平を呼びかけても、説得力を持たないのではないか。

 

中国は、パレスチナ自治区ガザの紛争についても関与を強めようとしている。(後略)【820日 読売

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ロシア非難を控えているのはインドも同じですが、そいう国だからこそ仲介が可能になるとも言えます。

ロシアとともにアメリカと対抗する姿勢の中国に比べれば、インドの方がまだ“中立的”な仲介ができるかも。

ジョージア  「反スパイ法」にLGBT規制 反ロシア感情の一方で深いロシアとの関係

(ジョージアの首都トビリシで5月、欧州連合(EU)加盟への悪影響を懸念し、「反スパイ法」に対する抗議デモを行った人々(ロイター)【819日 産経】)

 

【ロシア同様の「反スパイ法」成立】

ロシア系分離独立地域南オセチアとアブハジアを抱え、2008年にはロシアと戦火を交えたこともある旧ソ連のジョージア(以前の国名はグルジア)におけるロシアと同様の“「外国の代理人」に関する法案”強行採決の動向については524日ブログ“ジョージア ロシアに宥和的な与党 ロシア同様「外国の代理人(スパイ)」法案可決を強行”で取り上げました。

 

ジョージアにはロシアは戦火を交えるほどの反ロシア感情がある一方で、両国間には政治・経済・文化的な強いつながりもあるという複雑微妙な関係にありますが、現在の与党「ジョージアの夢」は、表向き“親欧米路線であり、EU加盟を目標とする”とされながらも、ウクライナ侵略後のロシアに融和的な政策をとっています。

 

問題となっている法案によれば、資金の20%以上を外国から得ている非政府機関、活動家集団、メディアは「外国の代理人」として登録することを求められます。ロシアにおいては、同様の法律により、多くの政治的な反対派が迫害され、メディア、人権団体が閉鎖に追い込まれています。

 

そのため、この法案は「反スパイ法」あるいは「ロシア法」とも呼ばれています。

 

その後の動きとしては、議会で強行採決された法案に大統領は拒否権を行使したものの、議会において拒否権は覆され、「反スパイ法」は成立しました。

 

****ジョージア、「反スパイ法」成立へ 議会が大統領の拒否権却下 欧米と関係悪化確実****

欧州連合(EU)加盟を目指す南カフカス地方の旧ソ連構成国、ジョージア(グルジア)の議会は28日、スパイ活動の抑止を名目とした「外国の影響の透明性に関する法案」に対してズラビシビリ大統領が発動した拒否権を却下することを賛成多数で議決した。タス通信が伝えた。

 

国民の大規模な抗議デモを引き起こし、EUや米国も反対してきた法案は成立が確実となった。欧米とジョージアの関係悪化は避けられない見通しだ。

 

議決を受け、法案は署名のためズラビシビリ氏に再び送付された。ただ、同氏が署名を再び拒否した場合でも、パプアシビリ議長の署名で法案は成立する。

 

首都トビリシでは28日、議決に抗議するデモが起きた。過去1カ月間以上にわたって断続的に起きたデモには計数十万人が参加し、少なくとも計数十人が当局に拘束されたとされる。

 

タス通信によると、EUのボレル外交安全保障上級代表や米国務省のミラー報道官は28日、議決を非難した。一方、ジョージアのコバヒゼ首相は「法案はジョージアのEU加盟の可能性を高める」と主張した。

 

法案は、外国から一定の資金提供を受けて活動する団体を事実上のスパイとみなして当局への財務報告を義務付け、違反した場合は罰金を科すとする内容。4月上旬にコバヒゼ政権の与党「ジョージアの夢」が議会に提出していた。

 

ただ、類似の法律「外国の代理人法」が施行されているロシアでは、プーチン政権が反体制派などを弾圧する道具として同法を活用。

 

このため、法案に反発するジョージア国民は「コバヒゼ政権がロシアのように法律を恣意(しい)的に運用し、政治弾圧に使う恐れがある」「EU加盟が遠のく」と主張し、抗議デモを続けてきた。EUや米国も「法案は人権侵害や言論弾圧につながる」として可決しないよう求めてきた。

 

しかし、コバヒゼ政権は「法案は外国勢力の活動を監視するために必要だ」と主張し、今月14日に法案を可決。法案に反対するズラビシビリ氏が18日に拒否権を発動していた。【529日 産経

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63日、大統領に代わってパプアシビリ議長が法案に署名し、成立しました。

 

【ロシアと西側の間でねじれたジョージアの立ち位置 ロシアの影 欧米の圧力】

同法案及び最近の与党の対ロシア宥和路線の背後には、与党の黒幕ジナ・イワニシビリ氏の思惑、さらにその背後にはロシア・プーチン大統領の存在があります。

 

プーチン大統領は03年のジョージアのバラ革命、04年のウクライナのオレンジ革命によって、国境を接する隣国において民衆の街頭行動によって政権が倒され、親西欧の政権が誕生したことに深刻な危機感を抱いており、ウクライナ及びジョージアをNATOなど西側勢力圏に参加させないことを基本戦略としています。ウクライナ軍事進攻もこの戦略に沿ったものです。

 

****ジョージアはロシアに飲み込まれるのか****

<ロシアとジョージアの関係は、いろいろなことがねじれていて一筋縄ではいかない>

 

カフカス地方のジョージア(グルジア)で、親ロシアの与党「ジョージアの夢」が、「外国の代理人」法案を採択。親EUの野党「統一国民運動」などが抗議している。

 

外国から資金を得ている政治団体は当局に届け「外国の代理人」を名乗れ、という趣旨のロビイスト規制法はアメリカにもある。だがロシアは同種の法律を反体制派に圧力をかけるために使っている。「ジョージアもそうだ。10月の総選挙で野党を弾圧する布石だ」というのが、野党の言い分だ。

 

「統一国民運動」の黒幕は元大統領のミハイル・サーカシビリ。NATO加盟を策して20088月、ロシア軍侵入を招き、その後国外に追い出された人物である。21年にジョージアに帰国して当局に拘束され、現在も収監されている。すわ、西側は、彼を復帰させ、この国がロシアにのみ込まれるのを止めようとするのか?

 

しかし事態はそれほど単純ではない。まず与党「ジョージアの夢」の黒幕、ビジナ・イワニシビリは、イデオロギーより権力と利権に忠実な男。

 

1991年のソ連崩壊後、ジョージアでは内戦など混乱が続いたが、イワニシビリは10年頃、にわかに台頭。ジョージアのGDPの半分相当とも噂された資産で「ジョージアの夢」を立ち上げ、12年に議会多数を獲得すると、自ら首相に納まった(今は国外にいる)。

 

彼は当初ロシア寄りと目されていたのだが、08年に武力侵攻したロシアにアブハジア、南オセチア両地方を押さえられ、国民の反ロ機運が支配的という状況下、EUと連合協定を結び、アメリカと共同軍事演習を繰り返すなど、親西側の姿勢を取った。

 

ロシアとも西側とも関係が必要

しかしジョージアは、ロシアと政治・経済・文化的に深く結び付いている。ジョージア出身のスターリンは言うに及ばず、モスクワで活躍した人物は多い。ロシア在住のジョージア人の仕送りは多く、ワインなどの特産物もロシアが主な輸出先だった。

 

「ジョージアの夢」は20年頃、ロシアとの関係改善を模索し始める。22年、ウクライナ戦争が始まり、西側がロシアを制裁すると、西側製品はジョージア経由でロシアに輸出されるようになった。

 

同年9月にプーチンが部分動員令を発すると、100万を超えるロシア人青年が兵役逃れでジョージアに移動。20億ドル以上の資金をもたらした。ジョージア政府はロシアとの直行便再開を策し、西側にねじ込まれる騒ぎとなる。

 

しかし、ロシアと関係を正常化(平和条約の締結)しようとしても、ロシアがジョージアから分離させようとしているアブハジア、南オセチアの扱いが問題となる。ジョージアをめぐっては、いろいろなことがねじれていて、一筋縄ではいかない。

 

ジョージアは昔からペルシャ、トルコ、ロシアのはざまで、もまれにもまれてきた。1783年にロシアの保護国となって以来、ロシア帝国に組み込まれたが、現在はアメリカ、EUもジョージアをめぐるパワーゲームに加わっている。

 

ロシアとイラン、ロシアとアルメニアの交通には不可欠の存在である一方、現在はアゼルバイジャンからジョージアを通ってトルコに抜ける鉄道、原油パイプラインが、西側と中央アジアを結ぶ重要な輸送路にもなっている。

 

 

つまり、ジョージアの人たちの生活のためには、ロシア、西側双方との関係が必要なのだ。民主主義の旗を振らせて権力を奪取させるだけでは無責任。民間投資、製品の輸入、出稼ぎ受け入れなど、よほど頑張らないといけない。

 

そして、ジョージアが民主化しても、アメリカやEUで民主主義が損なわれかねない今の状況は、笑い話にもならない。【615日 河東哲夫氏 Newsweek

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欧米側はジョージアのEU加盟手続きを停止し、資金援助も停止するなどジョージアへの圧力を強めています。

 

****ジョージアの加盟手続き停止も=外国スパイ法成立でEU首脳****

欧州連合(EU)加盟国首脳は27日、EU加盟候補国で旧ソ連構成国ジョージア(グルジア)の加盟プロセスが「事実上停止されかねない」と表明した。

 

同国で、外国から資金提供を受けるNGOなどを実質的に「スパイ」と見なす法律が成立したことが、EUの「価値観と原則」に抵触する恐れがあるとして、撤回を求めた。

 

EUは首脳会議の採択文書で、ジョージアが「加盟への道を危うくしている」と指摘。外国スパイ法の「意図を明確に」するよう求めた。

 

ジョージアはロシアによる2022年2月のウクライナ侵攻直後にEU加盟を申請し、昨年12月に加盟候補国と認められた。今年5月、ロシアに融和的な与党の主導で外国スパイ法案を可決。親欧米派のズラビシビリ大統領が拒否権を発動したものの、再可決され同法が成立した。【628日 時事】 

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****米、ジョージアへの1億ドル弱の援助停止 外国スパイ法巡り****

米国は、旧ソ連構成国ジョージアに対する9500万ドル超の援助を停止する。両国関係は、米当局が反民主主義的と見なすジョージアの「外国スパイ法」を巡って悪化しており、米の援助停止で拍車が掛かりそうだ。

 

ブリンケン米国務長官は31日、援助停止について、ビザ制限とともに5月に公表した2国間協力の見直しの結果だと説明した。(中略)

 

同法を巡っては、ジョージア国内や西側諸国から、反対意見を抑え込むためにロシアが導入した同様の法律に触発されてつくられたとの批判が出ている。ロシアに融和的な与党「ジョージアの夢」は、国家の主権を守るために必要だと主張している。【81日 ロイター

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10月の議会選を睨んで「反リベラル」政策を推し進めるコバヒゼ政権】

上記のような欧米の圧力がかかるなかでも、ジョージア・コバヒゼ政権は「反スパイ法」だけでなくLGBTなど性的少数者の抑圧といった「反リベラル」政策を推し進めており、欧米との関係が悪化しています。

 

コバヒゼ政権のこうした「反リベラル」政策の背景には、10月に予定されている議会選があると観られています。

 

****ジョージアで「反リベラル」化進む 「ロシア法」成立、LGBT抑圧でEU加盟が暗礁に****

欧州連合(EU)加盟を目指してきた南カフカス地方の旧ソ連構成国、ジョージア(グルジア)が言論統制の強化やLGBTなど性的少数者の抑圧といった「反リベラル」政策を推し進め、欧米との関係を悪化させている。

 

EUは6月末、ジョージアの動きを批判し、加盟手続きと財政支援の一時停止を発表。米国もジョージア高官らに制裁を科し、合同軍事演習を無期延期した。ジョージアのEU入りは暗礁に乗り上げつつある。

 

「反スパイ法」で国内外から反発

ジョージアは昨年12月、EUから「加盟候補国」の地位を与えられた。そのジョージアの反リベラル化を示した第1の事例は、コバヒゼ政権が今年6月、国外から資金提供を受ける団体やメディアをスパイ扱いして規制する法律を成立させたことだ。(中略)

 

EU加盟手続きは一時停止に

これに欧米は反発した。欧州メディアによると、EUのヘルチンスキ駐ジョージア大使は6月下旬、反スパイ法の制定を理由に「EUはジョージアの加盟手続きを一時停止した」と発表。EUはジョージアへの3000万ユーロ(約50億円)の財政支援も凍結した。

 

米国もジョージア政府高官や与党議員ら数十人を対象に、ビザ(査証)発給を制限する制裁を発動。さらに7月上旬には、下旬から予定されていたジョージアとの合同軍事演習の無期延期を発表した。

 

米国はこうした措置の理由について、「米国がジョージアでの政権転覆計画に関与した」とする虚偽の非難をジョージア政府が行ったためだと説明した。

 

LGBT規制にも突き進む政権

欧米との関係悪化にもかかわらず、コバヒゼ政権は反リベラル政策をさらに推し進める構えだ。

 

議会では6月下旬、政権与党「ジョージアの夢」の主導により、性的少数者の権利を制限するLGBT規制法案が第1読会(3段階審議の1段階目)で可決された。伝統的価値観と未成年者の保護が法案の名目とされている。

 

地元メディアによると、法案は、同性婚の禁止性的少数者による養子受け入れの禁止性別適合手術の禁止教育機関やメディアでのLGBTの宣伝の禁止などを定め、違反すれば罰則を科すとする内容だ。

 

ロシアが類似のLGBT規制を進めていることを踏まえ、ジョージア国内でLGBT規制法案は反スパイ法に続く「第2のロシア法」と呼ばれているという。

 

EUはLGBT規制法案に関しても「人権尊重の理念に反する」とし、廃案にするようジョージアに求めている。しかし、コバヒゼ政権は9月にも法案を成立させる構えだと伝えられている。同法が成立すれば、ジョージアとEUのさらなる関係悪化は確実だ。

 

10月の議会選へ布石を打っているのか

EU加盟を掲げながらコバヒゼ政権が反リベラル政策を強硬に推し進める背景には、10月の議会選があるとの見方が強い。

 

ジョージア情勢に詳しい消息筋によると、与党「ジョージアの夢」は2012年の政権獲得後、支持率の低下が進んできた。反スパイ法の制定には、議会選を見据えて政権に批判的なNGO(非政府組織)などの活動を抑圧する狙いがある。LGBT規制には保守層からの支持を集める思惑があるとみられるという。

 

ただ、消息筋は「反スパイ法は不評で、政権支持層にも反発がある」と指摘。EU加盟も国民の大多数が支持しており、EU入りを遠ざけるコバヒゼ政権の一連の施策はかえって与党への支持を低下させることになると予測した。

 

ジョージアと欧米の関係悪化を背景に、ジョージアとロシアの接近が進む可能性もある。ジョージアは08年にロシアの軍事侵攻を受けて以降、反ロシアを一種の「国是」としてきた。ただ、その後も両国の経済関係や民間交流は維持されてきたのが実情だ。

 

実際に、コバヒゼ政権は親欧米路線を掲げながら、ロシアとの対立回避も重視。ウクライナ侵略に伴う欧米主導の対露経済制裁にも参加していない。

 

コバヒゼ政権が進める反リベラル政策は、欧米の価値観に否定的なロシアと親和性が高い。ウクライナ侵略で欧米と決定的に対立したロシアにとって、欧米とジョージアの疎遠化はジョージアをロシア側に引き寄せる好機となる。

 

ジョージア国内の反露感情を考慮すれば、コバヒゼ政権が欧米と完全に手を切ってロシア側に立つシナリオは考えにくい。ただ、今後、ロシアとジョージアが水面下で協力拡大を模索する可能性もまた否定できない。【819日 産経

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素人考え的には、ジョージアに根強い反ロシア感情、EU加盟への期待を考えると、コバヒゼ政権が進める反リベラル政策が議会選に利するとは考えにくいのですが、現地ではいろいろな事情があるのでしょう。親欧米路線に対する保守派の反発も強いのでしょう。

 

いずれにしても、10月の議会選で一定の結論が出ます。

ウクライナのロシア越境攻撃継続 欧米は対立激化に巻き込まれるリスクも

(ウクライナ軍が越境攻撃するロシア西部クルスク州で、人道物資を求めて集まる避難民=14日(AP=共同)【816日 共同】)

 

【ロシアへの越境攻撃の意図とその効果】

89日ブログ“ウクライナ 6日、1000人規模でロシアに越境攻撃 その意図は?”でも取り上げたウクライナ軍のロシア越境攻撃は未だ続いています。

 

ウクライナ側の意図については様々な憶測がなされていますが、ロシア領を占領して停戦交渉における有力なカードにしたい、ウクライナに侵攻しているロシア軍の兵力分散を図るといったことがあげられています。

 

上記に併せて、結果的に、ロシア国内におけるプーチン大統領の権威を失墜させてロシア社会の動揺を誘う、ロシア軍に打撃を与えられないまま戦闘が長期化し、厭戦気分が次第に強まるウクライナ国内の士気高揚を図るといった効果も期待できます。

 

もちろん、すべては作戦が今後もうまくいけば・・・という話ですが。

これまでのところは概ねウクライナ側が狙った線で進んでいるようです。ただ、ウクライナ領内ドネツクなどでのロシア軍の攻撃は鈍っていません。

 

****露の油断が招いたウクライナ越境作戦の屈辱 東部ドネツク州では露の攻勢続き戦局見通せず****

ウクライナ軍がロシア西部クルスク州への越境攻撃に着手してから10日余りが経過した。ウクライナ軍の奇襲が成功した背景には、徹底的な情報秘匿と、自国領への侵攻を想定していなかった露軍の油断があったことが判明しつつある。

 

ただ、従来の前線であるウクライナ東部では露軍が攻勢を維持しており、全体的な戦局の先行きはなお見通せない。

 

6日の越境攻撃の着手後、ウクライナ軍はクルスク州の集落82カ所と約1150平方キロを制圧した。現地に「駐屯司令部」を設置し、占領地域を維持する構えだ。露領土が他国軍に占領されたのは第二次大戦の対ドイツ戦以来で、ロシアにとっては屈辱となった。

 

ウクライナや欧米のメディアによると、越境攻撃は極秘裏に計画され、ウクライナ軍幹部の多くや欧米諸国にも知らされていなかった。ウクライナ軍は欧米側から供与された主力戦車などを持つ精鋭部隊を投入して越境攻撃を開始。

 

露軍は現地に装備が貧弱な国境警備部隊や経験の浅い徴兵しか配置しておらず、ほぼ無抵抗で敗走した。少なくとも数百人が降伏したとの情報もある。

 

クルスク州は第二次大戦中、「史上最大の戦車戦」と呼ばれるソ連軍と独軍の「クルスク会戦」の舞台となるなど、機甲部隊の運用に適した場所。そこに十分な戦力を配置していなかった露軍の油断は明らかだ。英国防省は16日、「ロシアはウクライナ軍の大規模攻撃への対応を準備していなかった」と指摘した。

 

ウクライナ軍の越境攻撃の狙いは、露領土を占領してプーチン露大統領を停戦交渉の場に引き出す露軍戦力を自国防衛に回させ、最激戦地の東部ドネツク州などでの露軍の攻勢を弱める軍・国民の戦意を高めるといった複合的なものだとする見方が強い。実際、米国によると、露軍はウクライナ侵略に投入していた一部の部隊をクルスク州に転戦させた。

 

ただ、露軍は現在もドネツク州で攻勢を維持。当初から目標としてきた同州全域の制圧を断念しない構えだ。米シンクタンク「戦争研究所」は15日、露軍は主力部隊を東部に残しており、「クルスク州防衛よりも東部での前進を優先しているもようだ」と指摘した。【817日 産経

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露軍は主力部隊を東部に残しており、「クルスク州防衛よりも東部での前進を優先しているもようだ」・・・ロシア軍の兵力分散を狙うという点では効果があまり出ていないようにも思えます。

 

停戦交渉のカードとして使えるかどうかは、今後長期的にロシア領を占領し続けることができるかにかかっています。当然に今後ロシア側の反撃は強まると思います。

 

ウクライナ側はこの越境攻撃にこれ以上兵力を投じることは困難でしょう。占領維持のために過度に兵力を投入すれば、ただでさえ兵力が不足しているウクライナ自身の兵力分散ともなって、ドネツクなどの東部戦線が崩壊してしまいます。

 

ウクライナ側は現在占領している地域の維持に入ったようです。

 

****ウクライナ、進軍鈍化か 制圧地域の維持焦点****

米メディアは16日、ロシア西部クルスク州で越境攻撃を続けるウクライナ軍の進軍が、6日の開始当初に比べ鈍化していると報じた。ロシア軍の撃退作戦の態勢強化や制圧地域を保持するため守勢を強めたことが原因とみられる。

 

ウクライナは国境地帯に住む自国民保護のため制圧地域に「緩衝地帯」創設を目指す。ロシアとの交渉材料にしたいとの思惑もあり、制圧地域を長期的に維持できるかどうかが焦点だ。

 

ウクライナ軍のシルスキー総司令官は16日、軍がクルスク州で13キロ前進したと表明した。ゼレンスキー大統領は「軍は州内で基盤を固めている」と強調した。軍によると、進軍はここ数日間、1日当たり数キロにとどまる。

 

ウクライナ政府高官は14日、クルスク州の一部地域に「緩衝地帯」を創設する考えを明らかにした。ウクライナ側はクルスク州スジャに軍司令官事務所を設置。制圧地の長期維持に備えているとみられる。

 

クルスク州のスミルノフ知事代行は16日、州内の橋がウクライナ軍に破壊され、住民の避難路が分断されたと批判した。【817日 共同

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ロシア社会を動揺させ、プーチン支配への不満を高めるという効果は相当程度に発揮されているようです。

 

****ウクライナ軍による越境攻撃続く ロシア西部では住民ら18万人の大規模避難 食料や寝具など不足との声も****

ウクライナ軍はロシア西部で越境攻撃を続けていて、ロシア側では住民ら18万人の大規模な避難が進められていますが、食料などの物資の不足を指摘する声も出ています。

ウクライナ軍の越境攻撃から逃れるため、ロシア西部のクルスク州では住民ら18万人の避難が進められています。

独立系メディアなどによりますと、避難住民らから食料や寝具が不足しているとの声が出ているということです。

首都モスクワでは、支援物資などを送る活動が始まっています。

ボランティア  「いま最も必要とされているのは食料です。秋が近づいているので、暖かい衣類もとても重要です」

モスクワ市民  「領土をすぐに奪還しなければなりません。われわれの国が攻撃されたのです」「ロシアとウクライナの間で起きていることは、両国にとって悲劇です。勝者はいません、誰もが苦しんでいます」

ロシアの政府系の世論調査団体によりますと、当局の行動に不満を感じると答えた人は25%と、先月下旬より7ポイント増えました。

去年6月に、民間軍事会社ワグネルの創設者・プリゴジン氏が武装反乱を起こした後に26%を記録して以来の高さとなっていて、不満の高まりがうかがえます。【817日 TBS NEWS DIG

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【攻撃を許した自国防衛体制に激怒しているプーチン大統領】

ウクライナ軍の越境攻撃を許したロシア軍の防衛体制にプーチン大統領は非常にご立腹のようです。

 

****越境攻撃に不意を突かれたプーチン、「俺は騙された」と激怒、犯人探しが始まった****

<国境周辺にウクライナ軍が集結しているという情報がありながら、現地の治安部隊は何もしなかった。プーチンは側近を「監視役」としてクルスクに派遣したが、この部隊を立て直せるのか>

 

ロシア西部のクルスク州でウクライナ軍の進撃が続く中、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は側近のアレクセイ・デュミンに自軍の防衛体制を監視するよう命じたと報道されている。

 

これについて米シンクタンクは、ウクライナの越境攻撃を防げなかった軍と国防省の上層部の責任を追及し、処分する狙いがありそうだと指摘している。

 

シンクタンク・戦争研究所(ISW)の分析によれば、プーチンはウクライナ軍の戦術と意図を知らされなかったことについて、「どういう経緯で、なぜ、自分は騙されたのか」突き止めようとしているという。

 

ISWによれば、ロシアの軍事ブロガーの間では、監視役のデュミンは「複数のロシア高官と指揮官の運命を決める」ことになるとの「憶測」が飛び交っている。(後略)【815日 Newsweek

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この国防省・ロシア軍上層部の能力に関する問題は、民間軍事会社ワグネルを率いたプリゴジン氏の反乱でも再三指摘されている問題です。

 

【欧米 ウクライナ・ロシアの対立激化に巻き込まれるリスクも 戦術核使用へのハードルを下げるロシア】

これまでのところ、アメリカなどウクライナ支援国は、今回越境攻撃には関与していないとしていますが、ウクライナ軍が使用している武器は「自国防衛用」として欧米が供与したものを多く含んでいるでしょうから、戦闘が長期化・激化すれば、欧米側も「知らない」ではすまなくなります。

 

まして、激怒したプーチン大統領が戦術核の使用に・・・・といった話になると、ウクライナだけの問題ではなくなります。

 

****ウクライナの越境攻撃 欧米巻き込み、ロシアと対立激化のリスクも****

ロシアの侵攻を受けるウクライナ政府は16日、露西部クルスク州への越境攻撃の戦果を、停戦協議に向けた交渉材料に利用したい考えを示した。だが、ロシア側は強く反発しており、ウクライナを支援する米欧を巻き込んだ対立が激化するリスクもある。

 

ウクライナのポドリャク大統領府長官顧問は16日、通信アプリ「テレグラム」に「我々はロシアに大きな戦術的敗北を与える必要がある。ロシアを公平な交渉に向かわせるため、クルスクで軍事力がどのように使われているかは明らかだ」と投稿した。越境攻撃の戦果を、自国に有利な条件でロシアとの停戦協議を開始するための交渉材料にしたい意向を明示した。

 

ウクライナ軍は今回の越境攻撃に数千人規模の兵士を投入しているとみられ、ロシアは西側の兵器が使用されていると主張している。

 

ウクライナ軍のシルスキー総司令官は16日、自軍部隊がクルスク州の複数の地域で13キロ進軍し、ウクライナ国境から約115キロのマラヤロクニヤ地域で戦闘が続いていると説明。「戦況は計画通り進展している」と述べた。

 

また、ゼレンスキー大統領は15日、ロシアから欧州への天然ガス輸出の拠点となっているクルスク州の要衝スジャを制圧したと主張。ウクライナ軍は86日の越境攻撃開始以降、州内の82集落、1150平方キロを統制下に置いたとしている。事実であれば、札幌市の面積に匹敵する広さだ。

 

越境攻撃は、露軍の対ウクライナ攻撃の拠点に打撃を与える「自衛目的」を大義名分としており、欧米各国は静観している。ウクライナ政府高官は14日、クルスク州に防衛のための「緩衝地帯」を設ける考えも示した。

 

米政府はこれまで、ウクライナ軍に対して、米国が供与した長距離ミサイルでのロシア領内への攻撃は認めてこなかった。だが、今回の越境攻撃については、公の場では賛否を表明しておらず、情勢を注視している模様だ。米ホワイトハウスのジャンピエール報道官は13日、ウクライナから越境攻撃について事前通告はなく、米国は関与していないと記者団に語った。

 

ウクライナ軍には、停戦交渉を見据えた狙いのほか、露軍の兵力分散や、自軍捕虜の解放で交換対象となる敵軍捕虜の獲得を目指す思惑もあるとみられる。ただ、ウクライナ側はスジャへの軍司令官事務所設置を表明するなど、越境が長期化して戦闘がエスカレートする可能性は否定できない。露領内での攻勢がさらに拡大すると、ロシアが戦術核の使用をちらつかせる懸念もある。

 

カービー米大統領補佐官は15日の記者会見で、「ウクライナの軍事作戦について語るつもりはない」とした上で、「ロシアがウクライナでの作戦に従事していた一部の部隊をクルスク州周辺に再配置している」と述べ、越境攻撃が既に戦況全体に影響を与えている可能性を示唆した。一方、ロシアが核兵器の使用を準備している兆候は見られないとしている。【817日 毎日

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ロシアが核兵器の使用を準備している兆候は見られない・・・とは言うものの、プーチン大統領が核兵器使用を強く意識しているのは間違いありません。実際の使用云々以外に、西側への牽制という意味合いを含めての話ですが。

 

****ロシアが核戦略見直し決定、使用の歯止め外れることに懸念 その背景は、対ウクライナで核攻撃の可能性は?****

米国などがウクライナに対しクリミアなどへの米供与兵器攻撃を認めたことを受け、ロシアが態度を硬化。核兵器使用の原則を定めた軍事ドクトリンの見直しの動きを強めている。

 

核使用の歯止めを外すことにつながる動きに懸念が高まるが、その背景などについてロシアの安保問題に詳しい畔蒜泰助(あびる・たいすけ)笹川平和財団上席研究員に聞いた。

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ロシアの軍事ドクトリンは現在、核などの大量破壊兵器で攻撃された事態のほか、たとえ他国による通常兵器による攻撃であれロシアが「国家存続の危機」に立たされた場合、核攻撃を行う権利があると規定しているが、その見直しを巡る動きがあると伝えられている。

 

「プーチン・ロシア大統領は昨年10月、(南部ソチで開かれた国際討論フォーラム)ワルダイ会議でドクトリン見直しの必要性について聞かれ『その必要はない』と答えていた。

 

しかし、今年6月のサンクトペテルブルク国際経済フォーラムでは『今は必要ではないものの、状況が変われば、(見直しの)可能性は否定しない』と立場を変えている」

 

「その後、(核不拡散・軍備管理を担当する)リャプコフ外務次官が見直しの可能性に触れ、ペスコフ大統領報道官は見直しのプロセスを始めたと公式に認めた」(中略)

なぜ今、見直しの動きが出てきたのか。

「ロシアは、欧米がウクライナ支援を強化し、供与兵器によるクリミアなどへの攻撃を容認する姿勢を示していることを軍事的エスカレーションとみなしている。核のドクトリン見直しは、核使用の条件を柔軟化する姿勢を見せることで、こうしたエスカレーションに対抗する狙いがある」

 

「ロシアがすぐに核兵器使用の準備をしているとは思わないが、欧米のエスカレーションをロシアとして適切に『管理』していきたいという意向があるのは間違いがない」(後略)【814日 47NEWS

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【「ノルトストリーム」爆破もウクライナの破壊工作 注意する必要があるウクライナの暴走】

日本を含めて西側は、ロシアのウクライナ侵攻を批判してウクライナ支援を続けています。そのこと自体は間違いではありませんが、ウクライナが無垢の被害者・犠牲者か・・・と言えば、必ずしもそういう訳でもなく、ウクライナという国は関係国への影響や後先を考えずに行動に出る傾向もあるようです。

 

2年前に大きな問題となったパイプライン「ノルトストリーム」爆破も結局ウクライナ側の破壊工作だったことが明らかになっています。

 

****ノルトストリーム爆破、ゼレンスキー氏は中止要求したが軍総司令官が作戦強行****

米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは14日、2022年9月にロシアとドイツを結ぶ海底ガスパイプラインの「ノルトストリーム」が爆破された事件について、ウクライナ軍のワレリー・ザルジニー総司令官(当時、現駐英大使)がウォロディミル・ゼレンスキー大統領の中止要求を振り切り、ウクライナの情報機関が関与した破壊計画を強行したと報じた。

 

同紙によれば、ノルトストリームの破壊計画は22年5月、ロシアの侵攻を一時食い止めたことを祝うウクライナ高官らの「酒席」で提案された。当初は計画を承認したゼレンスキー氏だったが、情報を入手した米中央情報局(CIA)に再考を求められ、中止を命じたという。ザルジニー氏は部隊が作戦を開始したら連絡は取れないとし、中止は不可能だと訴えた。

 

作戦では、レンタルしたレジャー用ヨットに現役兵士や民間人ダイバーら6人が乗り込んだ。1人は女性で、休暇を楽しむグループを装うためだったという。費用は約30万ドル(約4400万円)。ドイツ当局の捜査ではヨットから指紋やDNAなどが検出された。

 

発生直後、破壊に欧州と対立するロシアが関与したとの臆測が一部で広がったが、ドイツ当局の捜査が進み、ウクライナ側の関与が指摘された。ザルジニー氏は同紙の取材に関与を否定した。逮捕状が出たウクライナ人の容疑者は、すでにポーランドからウクライナに出国しており、ウクライナ側が引き渡しに応じる可能性は低いという。【815日 読売

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ウクライナ侵攻以前、ロシアが欧州向けのガス供給を止めて、ロシアが資源を使って欧州に圧力をかけていると騒がれたことがありますが、ガス取引に詳しい者に言わせれば、これも経由地のウクライナがカネも払わずに勝手にガスを抜き取る行為を行っていたことへのロシア側の経済的対策という側面が強いとか。

 

上記ノルトストリームが作られたのも、そうしたウクライナの身勝手な行為に業を煮やしたロシア・ドイツがウクライナ抜きでガス輸送する手段を必要としたためです。

 

今回のロシア越境攻撃を含めて、西側諸国はウクライナ支援という基本姿勢は維持しつつも、ウクライナの暴走に巻き込まれるリスクには注意する必要があります。

 

なお、今回越境攻撃で部分的な停戦交渉の予定が頓挫したという話もあるようです。

 

****ウクライナとロシアとの部分的な停戦交渉の予定が越境攻撃で頓挫****

ウクライナとロシアの間で部分的な停戦に向けた交渉が進められる予定だったものの、ウクライナ軍による越境攻撃で頓挫したとアメリカメディアが報じました。

ワシントン・ポストによりますと、ウクライナとロシアの代表団は今月、カタールの仲介で互いのエネルギー関連施設への攻撃を停止するための交渉を行う見通しだったということです。

しかし、ウクライナがロシア領内への越境攻撃を仕掛けたことを受けて、ロシア側が「時間が必要だ」として延期を申し入れたと伝えています。

ウクライナ側は越境攻撃の後も代表団を派遣する意向を示したものの、仲介国のカタールが「有益な交渉とはならない」として拒否したとも報じています。

ウクライナ大統領府はワシントン・ポストに対し「交渉はオンライン形式で22日に行われる」と説明したとしていますが、ウクライナによる越境攻撃が続くなかで実現するかは不透明です。【818日 テレ朝news

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パレスチナ・ガザの停戦交渉の行方は、イスラエルとイラン及びヒズボラとの戦闘にも直結

(イスラエル軍の空爆により立ち上る黒煙=パレスチナ自治区ガザ地区南部ハンユニスで2024816日、ロイター【817日 毎日】  黒煙もさることながら、そうした状況でも特に慌てるでもない住民の様子が、空爆が日常と化したガザの状況を物語っているようにも見えます。)

 

【「これまでになく合意に近づきつつある」(バイデン大統領)】

パレスチナ・ガザ地区に関しては、カタールの首都ドーハでイスラエル、カタール、アメリカ、エジプトの当局者が参加して停戦に向けた交渉が行われています。ハマスは直接は参加していませんが、協議を受けて調停団がハマスと交渉する形をとっています。

 

交渉のベースになっているのは、5月末にバイデン大統領が発表した3段階からなる停戦や人質解放を含む提案ですが、アメリカはイスラエルとハマスの「隔たりを埋める」新たな提案を示したとも。詳細は明らかにされていません。

 

15,16日の協議を受けて、来週エジプト・カイロで協議が行われる予定です。

 

****米など 停戦合意に向けた提案をイスラエルとハマスに示す****

アメリカ政府などは16日、ガザ地区での停戦の合意に向けた提案を、イスラエルとイスラム組織ハマスに示したと明らかにしました。関係国の政府高官は合意をまとめることを目指し、来週末までに改めて協議を行うとしています。

 

ガザ地区での停戦と人質の解放に向けた協議は15日からイスラエルも参加して行われ、アメリカと仲介国カタール、エジプトの3か国は16日、共同声明を発表して、イスラエルとハマスに合意に向けた提案を示したと明らかにしました。

提案はアメリカが提示し、詳細は明らかにされていませんが、ことし5月末にバイデン大統領が発表した3段階からなる停戦や人質解放を含む提案などに沿っていて、イスラエルとハマスの溝を埋めるものだと主張しています。

そして、関係国の政府高官が合意をまとめることを目指して、エジプトのカイロで来週末までに改めて協議を行うとしています。

イスラエルの首相府は16日「ハマスが人質解放の合意を拒否するのを思いとどまらせるための、アメリカと仲介国の努力に感謝する」などとする声明を発表する一方、ハマスの報道官はロイター通信に対し、アメリカが合意に向け前向きな雰囲気を偽ろうとしているとして慎重な姿勢を示しました。

アメリカのバイデン大統領は記者団に対し「これまでになく合意に近づきつつある。まだ合意に至ってはいないが、祈りながら待とう」と述べました。

戦闘の犠牲者が4万人を超える中、今後の協議で合意が実現できるのかが焦点となります。【817日 NHK

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交渉は“正念場を迎えている”といったところでしょうか。

 

“バイデン米大統領は16日、共に仲介するエジプト、カタールの首脳とそれぞれ電話会談した。ブリンケン米国務長官は17日にイスラエルを訪問。ネタニヤフ首相と会談する見通しだ。国務省は訪問に際し、全当事者に「最終合意を妨げる行動」を控えるようけん制した。再協議を前に、米国は外交圧力を強めた。”【817日 共同】ということで、アメリカ・バイデン政権は相当に力を入れ、当事者への圧力をかけているようです。

 

【イラン 停戦合意ならイスラエル報復抑制 交渉失敗ならイスラエル攻撃実行】

ハマスの最高指導者だったハニヤ氏がイランで暗殺されたことを受け、イランはイスラエルへの報復を宣言していますが、ガザの停戦交渉で進展があれば、直接攻撃を自制する姿勢を示しています。

 

逆に言えば、交渉が不調に終われば、イランのイスラエルへの報復が実行され、中東情勢の緊張が一気に高まることにもなります。

 

****ガザ交渉に「時間与える」 イラン、報復自制示唆****

パレスチナ自治区ガザの停戦交渉で、イスラエルとイスラム組織ハマスの仲介役である米国などに対し、イラン政府が「時間を与える」と伝えていたことが17日、分かった。

 

イランがハマス幹部暗殺に対するイスラエルへの報復を一時自制すると示唆した形。イラン政府高官が共同通信に明らかにした。

 

ただイラン政府は「適切な時期に報復する」とも伝達した。イランが報復する姿勢を示し続けることで、ガザ戦闘が中東の地域紛争を拡大させることを懸念する米国やアラブ諸国に圧力をかけ、ガザ停戦実現を目指す狙い。

 

イラン政府高官は「和平のために時間を与えることが優先で、イランは和平を支持する」と述べた。【817日 共同

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今月4日には、ブリンケン米国務長官が主要7カ国(G7)の外相に対し、イランやヒズボラが早ければ2448時間以内にイスラエルに攻撃を開始するとの見方を伝えたと報じていましたが、攻撃は未だ実施されていません。

 

国外から招いた賓客を自国の首都で殺害されたイランとしては、何もしないままでは済まされない状況にあって、強硬派の革命防衛隊はもちろん報復攻撃を主張していますが、改革派とされる新任のペゼシュキアン大統領も、この問題で弱腰を見せると政権批判につながりますますので、安易な妥協はできません。

 

****イラン、自制求める西側の働きかけを拒絶 イスラエルへの報復攻撃めぐり****

(中略)イギリスのキア・スターマー首相は12日、イランのマスード・ペゼシュキアン大統領との異例の電話協議で、「軍事攻撃に関する現在の威嚇をやめる」よう求めた。イギリス、フランス、ドイツの首脳も同日夜、共同声明を発表し、イランとその支援国に対し、「地域の緊張をさらにエスカレートさせるような攻撃を控える」よう強く促した。

 

しかしイランの国営通信(IRNA)は13日朝、ペゼシュキアン氏がスターマー氏との電話で、「侵略者に対する懲罰的な対応は国家の法的権利であり、犯罪と侵略を阻止する方法だと強調した」と伝えた。

 

IRNAによると、ペゼシュキアン氏は、西側諸国によるイスラエル支援が「残虐行為の継続」を促しており、平和と安全を脅かしていると主張。イランから見れば「世界のどの地域の戦争もいかなる国の利益にもならない」と述べたという。

 

これとは別にイラン外務省も、英仏独からの自制の要請を、「政治的論理に欠け、国際法の原則と規則にも完全に反しており、行き過ぎだ」としてはねつけた。(後略)【814日 BBC

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とは言うものの、イランとしてはイスラエルとの関係を大ごとにしたくない・・・というのも本音で、振り上げた拳をおろせる理由を探している・・・・といったところでしょうか。

 

イスラエルはイランの報復攻撃に備えています。

 

****イスラエル外相、同盟諸国に「反撃への加勢」期待 イランの攻撃あれば****

イスラエルのイスラエル・カッツ外相は16日、中東エルサレムで行われた英仏外相との会談で、イスラエルがイランから攻撃を受けた場合、同盟諸国に「反撃への加勢」を期待していると述べた。だが、フランスのステファヌ・セジュルネ外相はこの発言を「不適切」と見なした。(中略)

 

イスラエル外務省によると、カッツ氏はイスラエルを同時訪問したフランスのセジュルネ外相、英国のデービッド・ラミー外相に対し、「イランが攻撃してきた場合、わが国は同盟国に対し、防衛だけでなく、イラン国内の重要目標に対する攻撃への加勢も期待している」と語った。

 

だが、セジュルネ仏外相は会談後、記者団に対し、「われわれは現在、外交的解決へ向けた取り組みを進めている。そうした中で(イランがイスラエルを攻撃した場合の)イスラエルの対応について話すのは不適切だ。われわれはイランの報復を防ぐために努力している」と語った。

 

一方、イスラエルは、米国のロイド・オースティン国防長官から、「イスラエル防衛の準備はできている」と改めて言質を取ったと述べた。(後略)【817日 AFP

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西側諸国としても、イスラエルとイランが事を構える事態は避けたいところでしょう。

ただ、戦闘継続が自身の政治生命延命に繋がっているネタニヤフ首相はどうでしょうか・・・

 

【停戦交渉中も攻撃の手を緩めないイスラエル ガザではポリオ感染確認 国連は停戦・ワクチン接種を求める】

そのイスラエルは停戦交渉中もガザ地区への攻撃の手を緩めていません。

 

****停戦交渉再開も イスラエル軍がガザに空爆 17人死亡*****

パレスチナ・ガザ地区南部ハンユニスなどでイスラエル軍の空爆があり、少なくとも17人が死亡しました。

 

中東の衛星テレビ局アルジャジーラなどによりますと16日、ガザ地区南部ハンユニスにある避難テントにイスラエル軍の攻撃があり、子どもを含む6人が死亡したということです。ほかの地域でも負傷者が出ていて、死者は少なくとも17人にのぼるとしています。

 

イスラエル軍はイスラム組織ハマスが活動をしていると主張して、ハンユニスなどに退避勧告を出していて、中には軍が「人道地区」に指定した場所も含まれていました。

 

15日には停戦交渉の協議が仲介国のカタールで再開していた最中でしたが、イスラエル軍が今後も激しい攻撃を継続する可能性もあります。(ANNニュース)【817日 ABEMA TIMES

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ガザでは空爆被害、食糧不足に加えて保健衛生上の問題も大きくなっています。

 

****ガザでポリオ感染、25年ぶり確認…国連事務総長が子どもへのワクチン接種と即時停戦呼び掛け***

パレスチナ自治区ガザの保健当局は16日、発症すると手足のまひなど後遺症が残ることもあるポリオの感染が確認されたと発表した。

 

国連のアントニオ・グテレス事務総長はこの日、国連本部で記者団に、流行阻止には子どもたちへのワクチン接種が必要だと訴え、ガザで戦闘を続けるイスラエルとイスラム主義組織ハマスにワクチン接種のための即時停戦を呼び掛けた。

 

世界保健機関(WHO)によると、ガザでは過去25年間、ポリオの感染が確認されていなかった。WHOは7月下旬、ガザの下水からポリオウイルスが検出されたと発表していた。国連は、10歳未満の64万人以上を対象にワクチン接種を始める準備を進めている。

 

グテレス氏は記者団に「流行を食い止めるには、大規模な緊急対策が必要だ」と述べた。

 

ガザでは水道や衛生施設は長引く戦闘で壊滅状態となっており、定期的な予防接種も中断されている。グテレス氏は、はしかやA型肝炎も流行していると指摘し、感染症対策の重要性を強調した。【817日 読売

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【逼迫するヒズボラとの緊張 イスラエルにはヒズボラとの戦闘を求める声も】

停戦をめぐる交渉の行方は、上記のようなガザ地区住民の生命、イラン・イスラエルの衝突に繋がっていますが、更にもうひとつ。停戦交渉の行き詰まりはイスラエルとレバノン・ヒズボラの戦闘拡大にもつながります。

 

以前も取り上げたようにイスラエル・ヒズボラの関係が緊迫しており、特に730日にイスラエルのベイルート攻撃でヒズボラの司令官が死亡したことで、いつ本格的戦闘に拡大しても不思議ではない状況です。

 

****ヒズボラ単独でイスラエル報復も=イランとの連携見通せず米メディア****

米CNNテレビは7日、複数の情報筋の話として、イスラエル軍に最高幹部を殺害されたレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラが、単独でイスラエルに報復を仕掛ける可能性が高いと伝えた。

 

ヒズボラは後ろ盾のイランと共にイスラエルを攻撃するとみられていたが、イランより準備が早く、数日以内に攻撃する公算が大きいという。

 

パレスチナのイスラム組織ハマスのトップだったハニヤ氏がイランの首都テヘランで殺害されたことを受け、イラン最高指導者ハメネイ師は報復を宣言。CNNによると、米軍当局者は、イランは攻撃の準備をある程度整えているが、計画の詳細をいまだ立案中とみられると語った。米紙ワシントン・ポストは先に、イランが大規模攻撃計画を再検討している可能性があると報じていた。

 

ヒズボラの指導者ナスララ師は6日、報復が「強力で効果的になる」と予告した。CNNは、イランとヒズボラがどのように連携して報復に踏み切るかは見通せず、ヒズボラがイランと異なり事前通告なしに攻撃する可能性が高いと伝えている。【88日 時事】 

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****ヒズボラ、テルアビブ標的に報復か イランより大規模に=専門家****

イスラエルに対する報復攻撃の懸念が高まる中、イスラエル紙ハアレツの軍事専門記者は、イラン支援下にあるレバノンの武装組織ヒズボラによる報復はイランよりも大規模なものになり、テルアビブのイスラエル国防省などが標的になる可能性があるとの見方を示した。

7月30日、イスラエル軍がレバノンの首都ベイルートを空爆し、ヒズボラのフアド・シュクル司令官が死亡。翌31日にイランの首都テヘランでイスラム組織ハマスのハニヤ最高指導者が死亡した。

ハアレツのシニア軍事コレスポンデント、アモス・ハレル氏はカーネギー国際平和基金が7日に開いたオンライン対談で、シュクル司令官が殺害された数時間後にハニヤ氏が死亡した事態を受け、中東全体が新たな方向に向かったと述べた。

想定されるイランによる報復について、テヘランで犠牲になったのはパレスチナ人で、イラン人ではなかったことを踏まえると、4月14日のイスラエルへの報復攻撃と同程度か、それ以下になると予想。一方、殺害されたヒズボラのシュクル司令官はヒズボラの重鎮で、指導者のナスララ師と親しかったことを踏まえると、ヒズボラはイランよりも厳しく対応するとの見方を示した。

その上で、ヒズボラは全面戦争を回避するために人口が集中する地区への攻撃は避け、軍事施設を標的にするとの見通しを示した。イスラエルが首都ベイルートを攻撃したため、報復の対象はテルアビブになる可能性があるとし、テルアビブのハキリヤにあるイスラエル国防省のほか、北部グリロットの軍事施設などを想定される標的として挙げた。

イランから発射された弾道ミサイルがイスラエルに着弾するまで約12分かかるのに対し、レバノンから発射されたロケット弾、もしくはミサイルは1分半から2分半でテルアビブに着弾するため、ヒズボラが2、3時間という短時間に集中して攻撃を行えば、「壊滅的」な被害が出る恐れがあるとした。

ヒズボラが過去10カ月で約400人の戦闘員を失ったことを踏まえ、ナスララ師は戦闘停止を願っているとの見方も一部で出ているとしながらも、現在の状況は4月時点と比べはるかに深刻で、イスラエルは「かなり大きな」動きに備えていると述べた。【89日 ロイター

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イスラエル国内では、この機にヒズボラを叩くべきとの主張が強まっているとか。

 

****イスラエルの対ヒズボラ攻撃論、国内で支持高まる****

安全保障当局者から、今こそヒズボラに対して攻勢に出るべきとの声

 

イランとイスラム教シーア派組織ヒズボラからの攻撃に備えているイスラエルでは、今こそヒズボラに対して攻勢に出るべきか、あるいは中東全域に戦争が拡大しないよう緊張緩和に乗り出すべきかが議論されている。

 

米政府は事態がエスカレートして中東全域に戦火が広がらないよう、水面下で熱心な取り組みを続けている。バイデン政権は今週、高官級代表団を中東に派遣する見通し。

 

イスラエル国内の世論は二分しており、ヨアブ・ガラント国防相などはガザでの停戦を実現すべきと主張。人質を解放し、イスラエル北部国境での緊張も緩和させ、避難している国民が帰還できるようにすべきだと述べている。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、戦争は望んでいないとしながらも、攻撃に対しては「重い代償」を科すと述べている。

 

だが、安全保障担当の現・元当局者に加え、中道・右派・極右の議員の間では、ヒズボラに攻撃的姿勢を取る機は熟したとする声が増えている。ヒズボラはイスラエル北部国境沿いに10万発以上のロケット弾、ミサイル、ドローン(無人機)などを蓄積しているという。

 

また、イスラエルの現・元当局者によれば、同国北部の軍司令部は、ヒズボラに対してこれまでよりも攻撃的な姿勢を取るべきだと主張している。

 

安全保障担当のある高官は、ヒズボラが過度の攻撃を実施した場合、「イスラエルによる攻撃で北部国境に新たな現実がもたらされる」可能性もあると述べた。

 

ネタニヤフ内閣では、極右のイタマル・ベングビール国家治安相がヒズボラとの戦争を支持している。ネタニヤフ氏率いる右派政党リクードの議員らも同様の考えを示している。さらに、中道として知られるベニー・ガンツ氏も、レバノンのインフラを攻撃するよう政府に求めており、これが実施されれば戦争に発展する可能性が高まる。

 

イスラエルとヒズボラの戦争は長年にわたり不可避と考えられており、安全保障専門家は時間の問題だと指摘している。ベイルートやテヘランでの殺害を受けてヒズボラとイランが報復攻撃に出ると予想されるため、イスラエルは、強力な措置によって今後数年間の攻撃を封じる口実を得られるかもしれない。【815日 WSJ

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かくして、ガザでの戦闘の停戦交渉不成立は、イラン・イスラエル、ヒズボラ・イスラエルの戦闘開始のゴングとなりかねません。それだけに交渉の成り行きが注目されますが、ネタニヤフ首相に停戦の意思がないということで、あとはアメリカがどれだけ圧力をかけられるかでしょう。

タイ  改革勢力、タクシン派、軍・保守派の三つ巴で続く政治混乱

(【816日 日経】 タクシン元首相と新首相に就任した次女ペートンタン氏)

 

【改革を掲げる「前進党」の解党 受け皿新党結成で活動は引き継ぐ】

周知のように、8月に入ってタイでは軍部など保守派の意向を反映した二つの憲法裁判所の政治判断がなされました。

 

一つ目は87日、議会での最大政党である民主派「前進党」への解党命令。「不敬罪」改正を選挙公約に掲げたことを「国王を元首とする国家を転覆させようとした」と判断されました。

 

「前進党」の前身である「新未来党」も2020年に解党命令を受けています。

 

****民主派最大勢力タイ前進党に解党命令「不敬罪」改正選挙公約、憲法裁「国家転覆させようとした」****

タイの憲法裁判所は7日、民主派最大勢力「前進党」に対し同日付で解党を命じた。昨年5月の下院選で第1党になった同党が解党されたことに対する国民の反発は必至だ。

 

憲法裁は、同党が昨年の下院選時に王室への侮辱を罰する「不敬罪」を定めた刑法112条の改正を選挙公約に掲げたことを「国王を元首とする国家を転覆させようとした」と指摘した。ピター・リムジャラーンラット前党首を含む昨年下院選時の幹部を10年間の公民権停止とした。

 

幹部を務めた下院議員6人は失職し、その他前進党所属議員は60日以内に他党に移籍しないと失職する。

 

判決後、ピター前党首らはバンコク市内の党本部で記者会見し、「我々は希望を捨てていない。仲間が新党で意思を引き継いでくれる」と話した。前進党は解党命令を見越して後継政党の設立準備を進めてきた。前進党は現在、下院(定数500)で148議席を占めており、円滑な新党移籍で勢力の維持を図る構えだ。

 

憲法裁は今年1月、同党が昨年の下院選で王室を侮辱する公約を掲げたとして違憲判断を示した。これを受け前進党と対立する親軍派の元上院議員らが選挙管理委員会に同党の解党請求を申し立て、選管が3月、憲法裁に解党命令を出すよう求めた。

 

憲法裁判事は軍政下で選ばれ、軍の強い影響下にある。憲法裁が政党を解党処分にする例は多発しており、2020年には前進党の前身「新未来党」が、07年、08年、19年にはタクシン元首相派の政党が解党された。

 

タイでは国王の権威が絶対的で、王室を護衛する軍など保守派が国を支配し王室に近い財閥など既得権益層を守ってきた。貧困層などはデモで対抗したが、軍は1932年の立憲革命以降、未遂も含め19回のクーデターで権力を握ってきた。

 

前進党はこうした国の構造を変えようと、王室や軍の改革を訴え若年層を中心に幅広い支持を得て下院選で躍進した。しかし、軍が事実上指名した当時の上院議員がピター氏の首相選出を阻み、親軍派政党とタクシン元首相派政党「タイ貢献党」などの連立政権が発足した。

 

前進党本部には7日、多くの支持者が詰めかけモニター越しで判決を見守った。解党命令が出ると「この国は民主主義国家ではないのか」と声を上げ、中には泣き叫ぶ人もいた。【88日 読売

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ピター党首の10年間公民権停止という痛手はあるものの、想定された事態であったため「前進党」も後継政党「国民党」を準備しており、新たな政党に議員は移って活動を続けることになります。

 

****解党命令受けたタイの最大野党、新党結成 「単独政権が最大の目標」****

タイ憲法裁による解党命令が出た最大野党「前進党」の所属議員らは9日、後継政党「国民党」を結成すると発表した。近く政党登録し、前進党の議員だった143人全員が所属する予定。党首は、下院議員、ナタポーン・ルアンパンヤウット氏(37)が務める。

 

前進党の前身である「新未来党」も2020年に解党されており、国民党は、新未来党の流れをくむ第3世代となる。ナタポーン氏は9日の記者会見で「最多議席を維持し、27年の選挙で単独政権を取ることが最大の目標だ」と語った。

 

タイでタブー視される王室や軍の改革を訴えた前進党は若者や都市部の住民から支持を集め、昨年の下院選で第1党となった。しかし、親軍派や保守派の反発は強く、政権を獲得できなかった。

 

憲法裁は7日、前進党が昨年の下院総選挙で王室批判を禁じる不敬罪の見直しを公約に掲げた【89日 毎日

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【セター首相解任 タクシン元首相への警告 新首相はタクシン氏次女のペートンタン氏】

そして、814日には、閣僚人事を巡り、閣僚資格のない者を閣僚に任命した任命責任を問うセター首相への解職請求を憲法裁判所が認め、タクシン派「タイ貢献党」のセター首相が失職しました。

 

軍部など保守派の狙いはセター首相ではなく、その背後にいるタクシン元首相であるとされています。

 

****セター首相解職 専門家「タイ保守派の狙いはタクシン派への警告」****

タイの憲法裁判所は14日、閣僚人事を巡り倫理上の問題があったとしてセター首相に対する解職請求を認めた。国軍に近い元上院議員らがセター氏の任命責任を追及していた。軍をはじめとする保守派の意向が影響した判断とみられ、政治的な混乱が深まりそうだ。

 

憲法裁の裁判官9人のうち5人が、解職が妥当とした。4月の内閣改造で首相府相に就任したピチット氏は2008年に法廷侮辱罪で実刑判決を受けており、憲法が定める閣僚資格に反すると判断。その上で、任命したセター氏には倫理的な責任があるとした。

 

地元メディアによると、ピチット氏はタクシン元首相の汚職を巡る裁判で弁護人を務めた際、最高裁職員に賄賂を渡そうとしたとして短期間服役した。閣僚職は既に辞任している。

 

セター氏は昨年8月、タクシン派の「タイ貢献党」から首相に選ばれた。06年の軍事クーデターで失脚し、国外逃亡していたタクシン氏も帰国。タクシン派は対立関係にあった親軍政党や保守政党と大連立を組んで政権を発足させたが、人事や政策などを巡って権力争いが続いている。

 

失職したセター氏は判決後、「憲法裁の判断を受け入れる」と述べる一方、「これまで最善を尽くし、誠実に仕事をしてきた」と悔しさをにじませた。新首相が決まるまで、プンタン副首相兼商務相が職務を代行する。

 

法政大学の浅見靖仁教授(タイ政治)は「依然として保守派の政治的な影響力が残ることを示した」と指摘。保守派の最大の狙いはセター氏ではなく、本格的な政治活動を再開させたタクシン氏へのけん制であり、タクシン派への警告だったとみている。

 

憲法裁は今月7日、王室への中傷を禁じる不敬罪の見直しを訴えた最大野党「前進党」に解党を命じたばかりだった。タクシン氏も過去の発言が不敬罪にあたるとして起訴されており、近く審理が行われる予定だ。【814日 毎日

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2020年には前進党の前身「新未来党」が、07年、08年、19年にはタクシン元首相派の政党が解党された”【前出 】、“00年以降、首相の資格を巡って憲法裁に提訴された歴代首相は5人。このうちセター氏を含め3人が失職した”【814日 毎日】ということで、保守派の意向を受けた憲法裁判所の解党命令や首相失職はタイでは珍しいことではありません。

 

2014年には、政府高官人事に不当介入したとしてタクシン元首相の妹インラック首相も失職しましたが、一番「そこまでやるか・・・・」という感があったのは、2008年のサマック首相の失職。

 

タクシン派と反タクシン派の対立で政治・社会が混乱していた当時、タクシン派ではないもののタクシン派に担がれる形で首相になったサマック氏は料理が趣味で、TVの料理番組に出演した際に謝礼として5000バーツ(約16000円)を受け取ったのが、首相の兼業禁止に反するとして失職しました。

 

まあ、そんなこともあるタイ政治ですから、今回の一連の憲法裁判所判断には驚きはしませんし、想定はしていましたが、「まだ、そんなことやってるのかね・・・」という感も。

 

失職したセター首相の後任には、タクシン元首相の次女である「タイ貢献党」のペートンタン党首が就くことになりました。

 

****タイ新首相のペートンタン氏 史上最年少の37歳、政治経験乏しく****

タイの下院は16日、新たな首相にタクシン元首相の次女で、最大与党「タイ貢献党」のペートンタン党首(37)を選んだ。タイ首相としては史上最年少となる。

 

14日に現職の首相だったセター氏が憲法裁判所の解職命令を受け、失職したことに伴う交代で、連立政権を担う親軍政党などが支持した。今後、タクシン氏の政治への関与が強まることになりそうだ。

 

下院(定数500)で首相指名の投票が行われ、ペートンタン氏が319人の賛成を得た。女性の首相は、タクシン氏の妹で2014年に失職したインラック氏以来となる。

 

セター氏は閣僚人事を巡り、倫理上の違反があったとして憲法裁に解職を命じられたが、わずか2日で同じ政党から後継者が選ばれた形だ。

 

憲法裁の判断には国軍など保守派の意向が影響したとされ、長年対立してきたタクシン氏をけん制する狙いがあったとみられる。ただ、下院では野党の国民党が最多議席を有しており、保守派が政権にとどまるためには、貢献党と連立を維持する必要があった。

 

各政党は235月の下院選で、それぞれの首相候補を選挙管理委員会に届け出ており、首相はこのリストから選ぶ必要がある。

 

貢献党はセター氏とペートンタン氏のほか、元法相のチャイカセム氏を挙げていた。当初は経験豊富なチャイカセム氏が有力とみられていたが、75歳で健康不安があり、ペートンタン氏しか候補者は残されていなかった。タクシン氏の意向も働いたとみられる。

 

ペートンタン氏と親軍政党などは15日、投票に先立って合同記者会見を開き、笑顔で写真撮影に応じるなど「和解」を演出した。今後の組閣を巡っても、政党間の駆け引きが行われているとみられる。

 

ペートンタン氏はホテル業界などで勤務し、23年の下院選から政治活動を本格化させた。巧みな演説で党の「顔」として活躍。選挙中に第2子を出産し、直後に病院で会見を開いたこともある。

 

選挙後に貢献党党首に就任してからは、主要産業の観光施策に力を入れてきた。ただ国会議員ではなく、政治経験は乏しい。

 

ペートンタン氏は16日、地元メディアの取材に対し、経験不足を認めながらも「いいチームがいればうまくいく」と前向きな姿勢を見せた。タクシン氏からは「最善を尽くすように」と助言を受けたという。【バンコク武内彩】

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保守派にすれば、タクシン元首相を牽制するためにセター首相を追い落とした結果、タクシン首相の分身ともいえる次女ペートンタン氏が次期首相になった・・・という形ですが、“タイ政治の専門家は「保守派はタクシン氏を信用しておらず、憲法裁判決は警告だ。ペートンタン氏は『人質』で、タクシン氏の言動次第では再び政治的に混乱する恐れがある」と分析している。”【816日 時事】とも。

 

タクシン元首相がおとなしくしないと、次女ペートンタン新首相が痛い目にあうぞ・・・という「人質」でしょうか?

 

【6月にはタクシン氏自身も不敬罪で起訴】

軍部など保守派にしても、既存秩序の改革を掲げる議会で最大勢力の「国民党」(旧「前進党」)を抑えるためには、仇敵タクシン派と手を組むしかないという状況ですが、それにしても帰国後のタクシン元首相の行動を目に余る・・・といったところでしょうか。

 

そのタクシン元首相自身も、6月に不敬罪で起訴されています。

 

****タクシン元首相を不敬罪で起訴 保守派の「警告」かタイ****

タイ最高検は18日、王室への不敬罪でタクシン元首相(74)を起訴したと発表した。タイのメディアは、2月の仮釈放後、活発な政治活動を展開するタクシン氏に対する軍など保守派の「警告」だと報じている。

 

刑事裁判所は18日、高齢で逃亡の恐れがないなどとして、タクシン氏の保釈を認めた。タイの不敬罪は、有罪となれば3年以上15年以下の禁錮が科される。

 

最高検によると、タクシン氏は国外逃亡中の2015年5月、韓国でのインタビューで、タクシン派政権が倒された14年のクーデターに関連して王室を侮辱する発言をしたとされる。タクシン氏側は無罪を主張している。(後略)

【618日 時事

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タクシン元首相はその後も政治活動を行う姿勢を見せています。

 

****タクシン元首相が「8月から本格的に仕事を始める」と宣言 具体的内容には言及せず****

仮釈放中のタクシン元首相はこのほど、訪問先の東北部スリン県で、「国民に具体的成果をもたらすべく8月から仕事を始める」と宣言した。だが、仕事の具体的内容には言及しなかった。(後略)【716日 バンコク週報

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ただ、起訴されたことで同氏への圧力は強まっています。

 

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翌6月に検察当局はタクシン元首相を起訴し、旅券の提出と無断出国の禁止が命じられる一方、タクシン氏は保釈保証金50万バーツを納付して即日保釈が認められたものの、先月末にタクシン氏側が病気治療を理由にドバイへの渡航を申請するも裁判所は却下するなど事実上同国内に留まらざるを得ない状況にある。

 

タクシン氏は昨年のセター政権発足直前に17年に及んだ海外逃亡から帰国するとともに、その後の恩赦を経て政界復帰に向けた道筋を再び描きだしていたものの、そうした流れは早くも見通しが立ちにくくなった格好である。【815日 西濱徹氏 第一生命経済研究所

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【改革を掲げる「国民党」(旧「前進党」)、タクシン派「タイ貢献党」、軍部及び親軍保守派の三つ巴で混乱が続くタイ政治】

今後もタイ政治は、改革を掲げる「国民党」(旧「前進党」)、タクシン派「タイ貢献党」、軍部及び親軍保守派の三つ巴で混乱が続きそうです。

 

****【保守派と軍部による弾圧】混迷するタイ民主化の鍵を握るタクシン元首相が起訴された理由****

タイのタクシン元首相が起訴されたことにつき、Economist誌6月22日号のコラム要旨

 

王室に近い保守派と軍部は敵と見なした相手に不敬罪を用いることで悪名高いが、6月18日、タクシン元首相(2006年のクーデターで追放)は、王室を侮辱した容疑で正式に起訴された。タイ貢献党を率いた同元首相は長期間国外に亡命していた間も彼らの最大の敵だった。しかし、今回の起訴は23年5月の選挙の後、同元首相と保守派・軍部が裏取引をしたことを考えると、驚くべき出来事である。

 

23年の選挙で将軍達はうまく凌いでタイを支配し続けることを望んでいたが、タイ貢献党よりもリベラルで、徴兵制と不敬罪の廃止を主張する前進党が圧勝し、タイ貢献党は第2党、軍が後援する政党は第3党となった。

 

結局、軍部が支配する上院が前進党の党首であるピタ氏の組閣を阻止し、代わりにタイ貢献党のセター氏が首相になった。

 

同氏は、実業家でタクシン元首相一族に近い。そして、23年8月にはタクシン元首相自身が亡命から帰国し、熱狂的な歓迎を受けたばかりでなく、汚職で長期間、刑務所に収監される代わりに豪華なバンコク病院に入院することが許され、数カ月後に退院した。こうして不倶戴天の敵だった既得権層(保守派と軍部)は彼の同盟者となったはずだった。

 

タクシン元首相がどのような取引をしたのかは明らかにされていない。しかし、元首相が起訴されたということは、彼がレッド・ラインを越えたことを意味する。

 

恐らく、既得権層は、彼が政治活動に復帰しようとしていると考えたのであろう。実際、元首相は、まるで選挙活動をしているかのようにタイ国内を回っていた。

 

他方、同じ6月18日、憲法裁判所は、タクシン元首相の盟友のセター首相に対する保守派の上院議員達による解任要求の訴えを受理した。とりあえず、タクシン元首相は保釈され、セター首相への尋問は延期されたことにより、直近の政治的危機は回避されたが、この出来事は、タクシン元首相とその支持者達に対して政治活動が許されていると思わないようにとの警告だった。(中略)

 

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複雑化する既得権益と民主化の戦い

Economist誌は、既得権益層(旧貴族等の保守派と軍部)は、タクシン元首相が政治活動を再開しようとしていると見なして元首相を不敬罪で起訴し、盟友のセター首相の罷免要求の訴えを憲法裁判所が受理することで、元首相に政治活動を行わない様に釘を刺したとしている。恐らくこの見立ては正しい。

 

昨年の選挙で、不敬罪と徴兵制の廃止を訴えて圧勝したピタ党首の前進党の組閣を阻止するために既得権益層がタクシン元首相と裏取引をしたのは間違い無い。その結果、元首相の帰国と引き換えにタイ貢献党が前進党他の民主化を求める政党を裏切って保守派・軍部に味方して、ピタ党首の前進党の組閣を阻止した。

 

近年、前進党やその前身である新未来党のような民主化勢力が政治舞台に出てくる前までは、タクシン元首相が率いるタイ貢献党が王室、保守派、軍部にとり最大の脅威であったことから、裏取引には同元首相が帰国して政治活動に復帰しないという条件が付けられていたと思われる。

 

しかし、野心家のタクシン元首相がおとなしく約束を守るとは思えないのでこういう事態が起きることは驚くべきことではなく、保守派・軍部もそれを分かっていたはずである。

 

この裏約束は、都市部を中心とした若い世代のタイ人に人気の高い前進党が既得権益層が拠って立つタイの王制と軍部のあり方(不敬罪と徴兵制の廃止)を根本的に変えようとする「今、そこにある危機」を排除するための、時間稼ぎだったのだろう。

 

タクシン元首相の野心は、王制を廃止して自らが大統領となってタイを支配することだと言われている。しかし、第2次世界大戦以来、タイの政治経済を牛耳って来た既得権益層は、彼らの権力の源泉である王制を倒そうとするタクシン元首相の脅威よりも民主化を求めるタイの若い世代からの挑戦をより深刻な脅威と捉えているようだ。

 

タクシン元首相が王制を廃止して大統領(独裁者)になっても、元首相となら何らかの妥協が可能だと考えているのではないか。というのは、タクシン元首相はタイの貧困層をターゲットにばらまき政策を行って来たが、本質的に自分の権力・財産に関心はあっても民主主義には関心がないとみられるからだ。

 

若い世代の民主化要求に対応するか

(中略)今や既得権益層は学生のみならずより広範囲な若い世代の民主化要求というこれまでにない挑戦に直面している。恐らく、前進党の解党をきっかけに再度、民主化要求デモが起こり、既得権益層は軍を動員して潰すであろうが、今後ともより広範に広がりつつある民主化要求を永遠に潰し続けることは不可能であり、タイは徐々に変化せざるを得なくなるだろう。

 

そして、地方の貧困層を握るタクシン元首相は、その混乱の中でキャスティング・ボードを握ろうとしているのかも知れない。【715日 WEDGE

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韓国  伊大統領、日本植民地支配の韓国近代化への役割を重視する新保守・ニューライト系を重用

(光復節に放映された『蝶々夫人』のワンシーン【815日 中央日報】 KBS(韓国放送公社)が光復節(解放記念日)を迎えた15日0時から、全編着物が溢れ、「君が代」も登場するオペラ『蝶々夫人』を放映して批判を受けている。)

 

【伊大統領 「光復節」式典で日本批判なし】

815日は日本では終戦記念日ですが、韓国では日本の植民地支配からの解放を記念する「光復節」が祝われます。

 

韓国では、対日関係を重視し、北朝鮮への強硬な対応を主張する保守・尹錫悦大統領に反発する前政権同様の反日的野党の対立が深まっているのは周知のところですが、「光復節」式典もその分断を象徴するものとなっています。

 

****韓国大統領演説で日本批判なし 「統一ビジョン」表明 光復節式典で*****

韓国で15日、日本の植民地支配からの解放を記念する「光復節」の式典が政府主催で開かれ、尹錫悦(ユンソンニョル)大統領が演説した。尹氏は南北統一に向けた「ビジョン」を表明し、演説の大半をその説明に充てた。

 

光復節の大統領演説では、歴史問題などを巡る対日批判を盛り込む例が多かった。だが対日関係を重視する尹氏の演説では昨年に続き、日本批判は皆無。韓国の1人当たり国民総所得(GNI)が2023年に初めて日本を上回ったことなど、経済関連の指標に触れただけだった。光復節の演説で日本に関する考え方に言及しないのは異例。

 

尹氏は、朝鮮半島に「自由で民主的な統一国家が作られる日に初めて完全な光復が実現する」と強調した。

 

統一ビジョンの具体策として、北朝鮮住民の間に変化を促すことが重要だと指摘し、外部情報へのアクセス拡大などを推進すると述べた。また、南北当局が緊張緩和などを実務レベルで話し合う「対話協議体」の設置を提案した。

 

統一実現には国際社会の協力が不可欠だとして「同盟国・友好国との自由の連帯を強固にしながら、統一への共感を形成するために努力する」と述べた。

 

一方、進歩系の最大野党「共に民主党」や「祖国革新党」など、保守系の尹政権の対日政策に批判的な野党各党は式典を欠席し、別の場所で集会を開催。対日姿勢を巡る韓国国内の分断があらわとなった。共に民主党の朴賛大(パクチャンデ)代表代行は15日、尹政権を「親日売国政権」だと批判した。【815日 毎日

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なお、伊大統領は14日の元慰安婦らを「たたえる」式典にも昨年同様参加せず、メッセージも送っていません。

 

****韓国で元慰安婦らを「たたえる日」 尹錫悦大統領のメッセージなし、関心は低下傾向****

韓国で元慰安婦らを「たたえる」公式記念日に指定された14日、全国各地で関連行事が開催された。ソウルでは女性家族省主催の式典も開かれたが、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は過去2年と同様に不参加で、メッセージも寄せなかった。

 

元慰安婦支援団体を巡る相次ぐ不祥事もあり、2017年にこの日を国の記念日に制定した文在寅(ムン・ジェイン)前政権時代と比べ、記念日に対する政府や世論の関心は低下傾向にある。【814日 産経

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「光復節」の式典で伊大統領が対日批判に言及していないのは、対日関係を重視しているだけでなく、経済成長によって日本を乗り越えたという「克日」への自信の表れとも指摘されています。

 

****解放記念日演説で歴史問題に言及せず 対等に競争できる「自信」誇示=尹大統領****

(中略)韓日・韓米日の協力と北朝鮮の政権批判のメッセージが目立った昨年の光復節とは異なり、今年は演説全体を「北の住民の自由を拡大することで統一を成し遂げる」という内容に割き、日本と北の政権に対する直接的な言及はなかった。

韓国は経済成長を通じて日本と対等な力をつけており、韓日関係についてあえて触れないのは日本を乗り越えたという「克日」への自信の表れといえる。

 

大統領室の関係者は演説について、「韓国が自由価値を基盤に経済成長を成し遂げ、日本と対等に競争できるほど大きくなったという意味が含まれている」と説明した。

 

また、「わが国の若者と未来世代は日本に旅行して日本の若者と交流し、善意の競争を繰り広げている」として「過去の歴史に対しては堂々と指摘し、改善していかねばならないが、われわれがさらに大きくなり、より大きな未来を見つめながら国際社会の歓迎を受け、日本との協力をけん引していくことが真の克日」と強調した。【815日 聯合ニュース】

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過去の歴史に対しては堂々と指摘し、改善していかねばならないが、日本とも協力しつつ、対等な関係で善意の競争を行う・・・「正論」です。

 

【異例の分裂式典】

ただ一方で、日本の植民地支配を受けた立場として、日本に対し徹底してその責任を追求する・・・というのも(日本からすれば辟易するところもありますが、植民地支配を重視する立場からすれば)また「正論」です。

尹政権の対日政策に批判的な野党各党は政府主催の式典を欠席し、別の場所で集会を開催する異例の「分裂」式典となりました。

 

****解放記念日式典が異例の「分裂」 与野党が非難の応酬=韓国****

韓国政府は15日、日本の植民地支配からの解放記念日「光復節」を迎え、ソウルの世宗文化会館で記念式典を開催した。式典には独立功労者の遺族や各界の要人、駐韓外交団など約2000人が出席したが、独立運動に関する遺物や資料を保存・展示する独立記念館の館長人事に反発する一部の関連団体と、最大野党「共に民主党」をはじめとする野党関係者は欠席し、独自に式典を開いた。(中略)

 

(政府主催式典には)政界からは、与党「国民の力」の韓東勲(ハン・ドンフン)代表と秋慶鎬(チュ・ギョンホ)院内代表など与党の国会議員約50人が出席。野党からは「改革新党」の許垠娥(ホ・ウナ)代表のみが出席した。

 

政府の式典と同時刻に、(独立功労者と遺族でつくる)光復会などの団体は約3.4キロ離れたソウル・孝昌公園内の白凡金九記念館で独自の式典を開いた。

 

光復会の李鍾贊(イ・ジョンチャン)会長は演説で「近ごろ真実に対する歪曲(わいきょく)と親日史観に染まった低劣な歴史認識が幅をきかせ、韓国社会を混乱に陥れている」と述べ、独立記念館の館長人事に抗議するために式典を政府とは別に開催したと説明した。

 

式典には光復会の会員や独立運動家の遺族など約350人のほか、最大野党「共に民主党」や野党「祖国革新党」「基本所得党」などの関係者約100人も出席した。

 

共に民主党の朴贊大(パク・チャンデ)代表職務代行はこの日出した声明で「尹錫悦政権が行っている『歴史クーデター』で独立闘争の歴史が否定され、韓国のアイデンティティーが根本から揺らいでいる」と批判した。

 

一方、国民の力の首席報道官は論評で、野党関係者が政府の式典を欠席したことについて「対立と分裂を助長する政治的扇動に余念がない」と指摘。消耗的な政争をやめ、統合と和合の道に進むよう促した。【815日 聯合ニュース】

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【伊政権が進める独立記念館の館長人事をめぐる対立】

政権・与党と野党の対立、伊大統領の対日政策をめぐる批判は今に始まったことではありませんが、今回の分裂式典の直接の原因となったのは伊政権が進める独立記念館の館長人事です。

 

独立記念館の館長に任命された金亨錫(キム・ヒョンソク)氏は、批判勢力からは日本による植民地支配を擁護する「ニューライト(新保守)」系の人物と評されています。

 

****「植民地支配を正当化」と非難浴びる独立記念館長 「魔女狩り」と反論=韓国****

韓国で独立運動に関する遺物や資料を保存・展示する独立記念館(忠清南道天安市)の館長人事を巡り、日本による植民地支配を美化する「ニューライト(新保守)」系の人物が任命されたとして関連団体や野党が強く反発している。

 

館長に任命された金亨錫(キム・ヒョンソク)氏は12日に記者会見を開き、「私は独立運動家をこき下ろし、植民地支配を擁護する意味で言うニューライトではない」として、「魔女狩りをするように人民裁判を行っている」と反論した。

 

国家報勲部は6日、独立記念館長に金氏が任命されたと発表した。だが、独立功労者と遺族でつくる団体「光復会」などの関連団体は金氏が「植民地時代に韓国の国民は日本の臣民だった」と発言したほか、李承晩(イ・スンマン)大統領が韓国政府樹立を宣言した1948年を「建国」の起点と主張したとして、植民地支配を正当化したと非難。

 

金氏の任命撤回を求め、今月15日に開かれる「光復節(植民地支配からの解放記念日)」の政府式典に出席しないと表明する異例の事態に発展した。最大野党「共に民主党」を含む野党も式典に参加しない方針を明らかにしている。

 

金氏は会見で独立記念館長の面接について、植民地時代の韓国国民の国籍を問う質問に「植民地時代の国籍は日本」とし、「国権を取り戻すため独立運動が行われた」と回答したと説明。光復会などがこの回答を「韓国国民は日本の臣民だったと主張した」とねじ曲げ、植民地支配を正当化したと非難していると指摘した。

 

また、ニューライト側が主張する48年の政府樹立を記念する「建国節」の制定には反対するとし、「韓国の建国は1919年の臨時政府樹立から始まり、48年の政府樹立で完成した」との見解を示した。

 

金氏は「光復会が私を(ニューライトだと)罵倒している」として、誹謗(ひぼう)中傷に対する法的対応を検討する考えを明らかにした。 そのうえで、辞任する考えはないと表明した。【812日 聯合ニュース】

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独立記念館の人事をめぐっては、以前から館の主旨にそぐわない日本植民統治を擁護するニューライト系の人物が起用されているとの批判がありました。

 

****「日本植民統治を擁護」した落星垈経済研究所長、独立記念館の新たな理事に*****

韓国の国家報勲部傘下の独立記念館の新任理事に落星垈経済研究所のパク・イテク所長が任命された事実が20日、明らかになった。

 

落星垈経済研究所は、植民地近代化論を擁護し議論になった本『反日種族主義日韓危機の根源』の著者などニューライト系を代表する学者たちが布陣した研究団体で、同研究所の所長を独立記念館理事に任命したことは独立記念館のアイデンティティを損なうという批判の声があがっている。(中略)

 

落星垈経済研究所は1987年、アン・ビョンジ・ソウル大学教授を中心に設立された。1990年代初め、旧ソ連解体後に急激に右傾化の道を歩み、韓国社会でニューライトの思想的、理論的陣地の役割を果たしてきた。

 

2019年には、日本軍「慰安婦」被害と日本による植民地時代強制動員の強制性を否定し、植民地近代化論を主張する本『反日種族主義』が出版されたが、同書の代表著者であるイ・ヨンフン元ソウル大学教授と共同著者のキム・ナクニョン東国大学教授、イ・ウヨン落星垈経済研究所研究委員などが同研究所に所属しており、批判の対象にもなった。

 

植民地近代化論は、韓国が日本に強制占領された植民地時代に、日本によって経済が成長し、近代化の土台が設けられた点を認めようという主張だ。同研究所は1980年代後半と2000年代半ば、日本のトヨタ財団の支援を受けて植民地研究も進めたことがある。

 

韓国経済史を専攻したパク・イテク所長は、同研究所が出した『韓国の長期統計:国民勘定19112010』の執筆にも参加した。長期統計で韓国近現代経済史100年をまとめた同書は、植民地時代の近代的経済成長が実現したという点を実証し、植民地近代化論を裏付ける根拠資料にもなった。

 

このようなことから、落星垈経済研究所出身の人物が日帝に抵抗した独立運動精神を称える独立記念館理事に任命されたのは不適切だと指摘する声もある。

 

独立運動家の李康年(イ・ガンニョン)将軍の子孫、キム・ガプニョン独立記念館理事は、「パク所長は独立運動の精神と価値を正しく理解しておらず、日本の植民地近代化論を主張する経済学者として知られている。落星垈経済研究所の(活動は)独立記念館の目的と相反するもので、独立運動家の犠牲と献身を無視する行為だ」と批判した。

 

光復会関係者も「日本の立場で植民地近代化論を説く研究所の所長を独立記念館理事に任命したのはとんでもないことで、直ちに撤回されるべきだ」と語った。

 

今回の任命は、ニューライト出身の人物を要職に抜擢してきた現政権の理念偏向的な人事方式の流れを受けている。先月任期が終わったハン・シジュン独立記念館館長の後任人選も残っており、パク所長の任命と類似した人事がなされるのではないかという懸念も高まっている。

 

パク所長は20日夕方、報勲部を通じて「私は韓国人が被支配民族という状況の中でも政治的・産業的啓蒙を成し遂げ、独立国家を樹立し、先進国の一員に浮上する歴史的過程を経済史家として研究してきた」と述べた。【221日 ハンギョレ

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【ニューライト系学者を重用する伊大統領】

韓国における新保守ニューライトの動き、伊大統領と新保守ニューライトの結びつきについて、批判する左派からは以下のようにも指摘されています。

 

****尹錫悦政権はなぜニューライトをひいきするのか****

国史編纂委員会、韓国学中央研究院、独立記念館、東北アジア歴史財団。この4つの機関の共通点が一つある。尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権によってニューライト系列の学界関係者が機関長に最近任命されたことだ。

 

独立運動を研究・記念しなければならない独立記念館の館長まで独立運動の意義をあまり認めないニューライトの人物を任命した政府に光復会が強く抗議したのに続き、保守系新聞の「東亜日報」まで政府のこの決定を批判した。尹錫悦政権のニューライトびいきに、多くの保守主義者たちも違和感を覚えているほどだ。 (中略) 

 

進歩色の強い独立運動を軽視または否定し、日帝強占期における労働者と農民の苦痛よりも、一部の土着エリートの華麗な出世街道と「朝鮮の文明化」を強調することは、ニューライト史観の重要な要旨だ。このようなニューライトを、保守日刊紙の指摘を受けてまで、尹政権がひいきしてきた理由は何だろうか。  

 

ニューライトの「歴史運動」が結集したのは、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権時代の20042006年だった。本質的にこの運動は、多数の市民の明示的または黙示的な要求によって盧武鉉政権が進めてきた親日(編集者注:附日。日本統治時代に日本帝国に加担・協力した反民族行為)の真相究明に対する保守既得権層の組織的対応と言っても過言ではない。

 

韓国の既得権勢力の物理的ないし制度的な「先祖」らの相当数は、日帝強占期に総督府に直接加担したか、あるいは少なくとも植民地権力との対立を避けつつ財産を増やし権威を築くのに勤しんだ。

 

親日の真相究明は族閥メディアや主要財閥、宗教界、学界などに存在する植民地的「根っこ」に対する不都合な質問を投げかけざるを得ず、それだけ韓国の既得権勢力の「大義名分」を脅かした。既得権勢力は大規模な反撃に乗り出すしかなかった。

 

彼らが望んだのは、親日を問題化するどころか、むしろ美化する新しい論理で、韓国社会全体を取り込むことだった。  

 

彼らに論理を提供できる学者の中には、悲劇的にも転向した過去のマルキシストが一部含まれていた。今はかなり乗り越えられたが、過去に一部の欧米圏と日本のマルクス主義者たちは西欧中心主義に傾倒し、西欧と日本以外の地域が「アジア的生産様式」で停滞に陥っており、植民化しなければ自ら近代に進むことができなかったと考えた。

 

(中略)このような見解からすると、基本的な私有財産制度さえ確立していない「停滞に陥った」奴婢王国朝鮮に、近代資本主義を移植し「文明化」させることができた勢力は日本帝国主義勢力以外にはなかった。したがって親日は「祖国文明化のための愛国」へとたやすく姿を変えることができたのだ。  

 

この史観の世界史版は尹政権にとってさらに利用価値の高いものだ。ニューライトの日帝合理化は、究極的に彼らの近代資本主義と帝国主義に対する肯定一辺倒の態度と結びついている。

 

日帝だけが正当化されるのではなく、私企業と私有財産に根差した近代資本主義文明そのものが人類にとって「祝福」とみなされるのだ。

 

一方、私有財産を否定した革命に政権の由来を置き、私企業を国家に服属させる中国や北朝鮮は「文明の敵」とみなされる。

 

このような二分法と世界体制の覇権国家とその地域的同盟勢力に対する無条件的な美化は、尹錫悦政権の外交的構想と完璧に合致する。尹錫悦政権の北朝鮮に対する超強硬対決路線や、中国からの無理かつ多分に人為的なデカップリング(分離)は、中国と北朝鮮を悪魔化する史観で完璧に合理化される。

 

さらに、日本と事実上の軍事同盟を結ぼうとする路線と米国に盲従する路線は、米国と日本を「資本主義文明の伝道師」と位置づける史観で正当化される。そのような意味で、ニューライト史観は、尹錫悦政権の国政哲学の「基本精神」に近い。(後略) 【814日 朴露子氏 ハンギョレ】

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****「竹島は韓国領ではない」「慰安婦はうそ」韓国でニューライト系学者が活躍=韓国ネット「日本より厄介」***

2024815日、韓国・MBC NEWSは「尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権でニューライト(新右派)系の学者が活躍している」と伝えた。

 

報道によると、落星台経済研究所理事のイ・ヨンフン元ソウル大教授は、朝鮮時代の地図の独島(竹島の韓国名)の位置が現在と違うという理由から「独島は韓国領とはいえない」と主張。その上で「ただし日本領ともいえないため、日韓両国が互いに譲歩しよう」と提案している。(中略)

 

また、イ元教授が中心となって落星台経済研究所が発刊した「反日種族主義」には、「日本による収奪はなかった」「強制動員や慰安婦はうそだ」などの内容が盛り込まれている。イ元教授は先月に東京で開催された慰安婦問題をめぐる国際シンポジウムでも「慰安婦は売春だった」と主張したという。

 

その他にも、「反日種族主義」の共著者であるチョン・アンギ氏は「テロリスト金九(キム・グ、朝鮮の独立運動家)」と題する本を出版する。

 

別の共著者で「日帝(大日本帝国)による米の収奪は輸出だった」と主張するキム・ナクニョン落星台経済研究所理事長は先月、韓国の3大歴史機関とされる韓国学中央研究院の院長に就任した。

 

「日帝の通信産業が韓国の近代化の土台になった」と主張するパク・イテク落星台経済研究所所長は今年2月に独立記念館の理事に選任されたという。

 

この記事を見た韓国のネットユーザーからは「韓国に生まれて韓国の教育を受けて育ったのに、なぜそんなことを言うのだろう?同じ民族ではないのか?日本人でもおかしいのに、韓国人がそんな発言をするなんて全く理解できない」「日本よりも厄介なのが親日派」(中略)など批判的な声が多数寄せられている。【815日 レコードチャイナ

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韓国ニューライトは、単に根深い「反日」に対する「逆張り」「アンチ」的なものなのか、「反日」を克服して今後韓国社会を主導する理論となりうるのか・・・?

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