前回までのあらすじはこちら↓
http://ameblo.jp/azgroup/entry-12197205410.html
八丁堀電停を降りると、アズ美が今日から物産展期間中に働く福々屋百貨店は、すぐ目の前にあった。
今日から2週間、ここの催事場で<環瀬戸内海物産展>が開催される。
一般的に百貨店の物産展は、火曜日または木曜日ぐらいからスタートして、
催事の規模にもよるが、約1週間から長いもので3週間位の期間で実施される。
百貨店にはたまに買い物に来ることはあっても、仕事で入るのはもちろん今回が初めてだ。
仕事で入る時は、普段お買い物でお客様として入る時の正面入口ではなく、
従業員入口から入店すると研修で習った。
通常は開始30分前入店であるが、催事の初日は60分前に入店して商品特徴などを覚えたり、
百貨店によっては事前に入店研修というものを受講して、派遣会社が入職するスタッフの氏名報告を事前に申請する場合もある。
今日は、アズ美が初めてこの仕事に入るので、従業員入口前でアズグループの社員坂田と待ち合わせする予定になっていた。
福々屋百貨店のある八丁堀は、
大型商業施設が軒を連ねて、福々屋の隣には家電量販店、広島三越、道路に対面して東急ハンズなどが並ぶ。すぐ裏には、パルコや金座街のアーケード、繁華街の流川も近い。
市電が走る電車通りは人通りも多く、道路は車、タクシー、バス、市電がひっきりなしに走ってにぎやかであるが騒々しい。
(え~っと、従業員入口はどこだろう)
キョロキョロしてると、
「アズ美さ~ん!こっちこっち!」
通行人が振り向くぐらいの大きな声が付近に響いた。
黒のスーツで、肩にカバンをかけたマッシュルームカットの小太りの男性が手招きしてる。
アズ美は、こんなところでそんな大声で自分の名前を呼ばれたことが恥ずかしくて、急いで駆け寄り、
顔を真っ赤にしながら
「おはようございます!今日から宜しくお願いします」
と挨拶した。
マッシュルームカットの男は甲高い声で、
「アズグループの坂田です!今日から頑張っていきましょう!従業員入口はこっちですよ」
朝からテンションの高い坂田に促されて、アズ美は一緒に従業員入口に向かった。
警備員に挨拶して、入店手続をしてから店に入る。
従業員入口は搬入口も隣接されており、運送会社のトラックが2台停まって、荷台から商品を積み下ろしてる従業員らが慌ただしく動いてる。
バックヤードには、積み下ろした商品の入った段ボールが山積みに置かれて、入荷した商品を検品してそれらを台車で各売場に運ぶ従業員らが行き来して、開店前でも活気がある。
坂田は、バックヤードの通路ですれ違う従業員や業者に笑顔で挨拶していく。
(さすが派遣会社の人…)
アズ美は後ろに付いていきながら感心して、自分も
「おはようございます!」
とすれ違う従業員に挨拶していった。
荷台エレベーターに乗って物産展会場のある9階に上がる。
「緊張してますか?」
エレベーターの階が上がっていくごとに点滅する数字を見つめながら坂田が言う。
「いえ、全然してません。接客業は初めてですけど、高校生やその辺のオバサンもやってるから私にも出来るかなって思ってるんで」
「それは頼もしいですね」
坂田は笑った。
9階に着いて売場に出る。
売場に出る前に、バックヤードと売場を挟む扉、
よくスーパーでも買い物してる時に
<従業員専用>
みたいなことが書かれた扉を見たことがあると思うが、
要はアズ美はそこから売場に出る。
ただ、この扉を出る時は
「ここでは一礼するんですよ」
と言って坂田がぺこっと一礼したので、アズ美もそれに倣って一礼した。
理由は、ここからがお客様のいる売場であることと、
物産展の業者もメーカーも、そこで仕事するスタッフも、
百貨店という「場」をお借りして商売させて頂いてることが所以でもある。
売場に出ると、これまでの殺風景なバックヤードとは別世界の明るい照明、隅々まで隙のない行き届いた売場のディスプレイ、ピカピカのフロアが広がる。
まさに日頃、買い物で目にする百貨店の売場であるが、ただ一つ違いを言えば、お客様がいないことである。
アズ美は初めて見る光景を物珍しさに目をキョロキョロさせながら坂田の後をついて歩く。
開店前の売場は、社員が売場を清掃したり商品を出して陳列、レジへの入金など、
こちらも慌ただしく動いてる。
通常の売場を通り過ぎて、物産展が催される催事場は、すでに入店して準備を進めてる業者でにぎやかだった。
<環瀬戸内海物産展>は、瀬戸内海沿岸各県の名産品を取り揃えた業者約30社が一堂に
ブースを構えて、福々屋百貨店のこの時期のメインイベントでもある。
各ブースの業者らは、商品を陳列したり、仕込みに入ってる。
このような物産展の仕事の場合、
アズ美のようなマネキンが、一つのブースに1名もしくは2名配置されて、それぞれの業者のやり方、扱う商品の特徴などは、初日にレクチャーを受けて、あとはひたすらお客様にオススメしていく。
ベテランのマネキンともなると出店業者とも顔見知りになり、
出店業者の方から派遣会社に、このスタッフを入れてほしいという「指名」をしてくれる場合もある。
アズ美はそう言えば、大事なことを今更ながら聞いてなかったことに気づいた。
前を歩く坂田に恐る恐る、
「あの、ワタシ今日、どこの売場で何をするんですか?・・・」
つづく