─ シャリン ─
アズガルが扱う大型の弓。弓とは言うがアーチェリーのような弓ではなく、いわゆるクロスボウ。
正面から見ると弓の部分がV字型になっていて兎の耳のようになっている。横幅を取らないため狭い場所でも使用が可能。
補助用のストック部分に矢をセットして発射する。引き金は無く、セットしてから発射するまで自分の手で押さえておかねばならない。
その分ストックいっぱいまで弓を引き絞る事ができるので威力は通常のクロスボウよりも大きく、射程も長い。
アズガルのお手製で、材料には懐炉の木の枝を用いている。
因みに「シャリン」とはアズガルの一族の言葉で「見張る者、監視者」という意味を持つ。
各地での戦が一段落し、アクアマイトにも徐々に戦火の気配が見えてくる。
アズガルはいずれ来る戦に備え、シャリンの手入れをしていた。
「…ん、ここも折れかけている、な。」
弓の部分に何本か傷んでいる枝を見つけた。が、補強用の枝が足りない。
「ちょっと、懐炉から貰ってくるかな。」
アズガルは弓を置いて立ち上がると、家の隣にある懐炉の家へと向かっていった。
懐炉は今、戦のためにビーストアークへ出ているため、人型の小さい方は家には居ない。
庭先に、伝言を受けるための大きな柿木が一つあるだけだった。
アズガルは、その柿木から少し枝を貰おうと思っていたのだが─
「…木に、元気が、無い。」
その柿木は葉が落ちかけていた。今にも枯れそうな程に。
確かに今はまだ寒さの強い冬。普通の木々なら葉が枯れ落ちてもおかしくは無いだろうが、この柿木はほんの少し前までは緑が強かったはずだ。
─嫌な予感がした。
「いや…まさか。戦はもう終わったはずだし…。」
戦死した、という知らせは届いていないし、それに懐炉は他の木々に意志を継がせる事で宿木を替える事ができるのでは無かっただろうか。
あの木そのものが懐炉の命では、確かなかったはずだ。
「…考えすぎ、だと、良いのだけれど…。」
アズガルは悪い予感を振り払うように頭を振る。そして柿木に一言メッセージを送ると、踵を返して家へと戻っていった。
嫌な予感を、拭いきれないまま。