キャスター討伐に立ち上がったサーヴァント達は殺し合う間柄だったが、互いに協力し合った結果、セイバーの左手の封印が解かれた時、宝具エクスカリバーを振りかざしキャスターを一刀両断した。聖杯戦争と冬木市を混乱に陥れたキャスターは消滅、討伐を果たしたサーヴァントのマスターには、約束通り褒章として令呪が与えられる事になった。早速、令呪をソラウに奪い取れ、車椅子を使わなければならなくなってしまったケイネスが、言峰教会に姿を見せ隠蔽工作を指示する璃正と面会した。(今週は非常にお話が進みました。非常にいい話と残酷な結末がかなり合うFateらしいお話でした。皆さんも考えさせられますし、マスターとサーヴァントの関係が上司と部下みたいな感じでリアリティがありました。そういう見方ってあんまりしたくないのですけど、本当に嫌な部分を見た気がします。)





 キャスター討伐に立ち上がったサーヴァント達は殺し合う間柄だったが、互いに協力し合った結果、セイバーの左手の封印が解かれた時、宝具エクスカリバーを振りかざしキャスターを一刀両断した。聖杯戦争と冬木市を混乱に陥れたキャスターは消滅、討伐を果たしたサーヴァントのマスターには、約束通り褒章として令呪が与えられる事になった。早速、令呪をソラウに奪い取れ、車椅子を使わなければならなくなってしまったケイネスが、言峰教会に姿を見せ隠蔽工作を指示する璃正と面会した。(今週は非常にお話が進みました。非常にいい話と残酷な結末がかなり合うFateらしいお話でした。皆さんも考えさせられますし、マスターとサーヴァントの関係が上司と部下みたいな感じでリアリティがありました。そういう見方ってあんまりしたくないのですけど、本当に嫌な部分を見た気がします。)




 キャスター討伐がした直後、ケイネスは令呪の譲渡の権利は自分にもあるのではないかと申告していたのだ。同じように現在令呪を持っているソラウもまた褒賞の令呪を受け取れば、自分とランサーは更につながりをもてるのだと心ときめかせていた。しかし、その願いは残酷な方法によって打ち砕かれてしまった。「私の右手がない!あれがないとディルムッドを呼べない。」右手を舞弥によって真っ二つに斬られてしまった。苦痛よりも令呪を奪い取られた事により、ソラウは錯乱状態に陥った。ようやく右手を見つけたが、切除した舞弥によって気絶されられ、切嗣の命により身柄を確保し速やかに立ち去った。(酷い!令呪を奪い取る方法が右手の切断ですよ。しかも、舞弥は顔色1つ変えないし、ソラウは痛くて卒倒するはずなのに右手がないことに錯乱している。やり方も酷いですけど、演出も突っ込みどころ満載ですわ。でも、ケイネスとソラウを消す事が切嗣の狙いなので、まあ合理的なやり方でしょうね。)



 

 同じ頃、綺礼は雁夜を助けた事が時臣に対する謀反だと認識した。「これは言い訳の出来ない謀反だ。しかし、これは何だ?後悔ではない。私は高揚しているのか?」謀反行為をしながら、雁夜を助けた事で、綺礼は自分が今まで感じた事のない高揚感を味わっていた。間桐雁夜という人物を通じて、自分の本質に綺礼は気付き始めた綺礼は、師時臣とは異なる道を歩み始める。そして、言峰教会ではケイネスの申し出についての瑠正の回答が伝えられた。「ランサーはキャスター討伐において、非常に重要な役割を演じた事が報告されている。ケイネス・アーチボルト殿をマスターとみなしていいのかどうか?魔力供給も令呪の管理もソラウ女史お一人でやられているではないですか?」権利はあるが現状ではソラウの方が、マスターとして活動している事で、瑠正は訝しげな様子で返答した。




 「今はソラウに令呪を預けているだけです。契約の主導権は私にあるのです。教会に対するマスター申告の名義も私一人です。」確かにソラウはマスターとして振舞っているが、契約の名義は自分だと主張するケイネスに対し、瑠正はマスターとして認め褒賞の令呪が与えられた。「勿論誇りある戦いを続けますとも。」殊勝な言葉を言ったと思ったら、ケイネスは他のマスターに令呪を与えまいと瑠正に向けて銃を発射した。監視人を殺害する愚行を犯したのは、他のマスターよりも令呪一画しかない不利な状況で、聖杯戦争には勝てないという焦りからだった。(自分の魔術に誇りと自信を持つ男が、銃で他人を殺す愚行を犯すとは。魔術回路を破壊されて自分の力を潰された事で、本当にケイネスはつまらない人間になったなと思いました。まあそれがケイネスの本質だと考えれば納得ですけどね。)




 アジトに戻ったケイネスは、ランサーからソラウが誘拐された事を報告を受けた。「この無能めが!口先だけの役立たずが!一時の代替とはいえ己のマスターをも守れないで、何のためのサーヴァントか!伝説通り主君の許嫁でありながら色目を使わなければならない性なのだ。」ソラウを守れなかったランサーを罵倒した挙句、ディルムッドの伝説通り女をたぶらかしたのだと屈辱的な言葉を浴びせた。「我が主よ、どうか今の言葉だけは撤回を!ケイネス殿なぜわかって下さらないのです。私はあなたと共に誉れ高く誇りある戦いをしたいのです。」




 ケイネスが抱いている疑念は全くなく、ただ騎士として生前果たせなかった騎士として主を守る戦いをしたいのだと訴えた。しかし、ソラウの行方がわからない状況でケイネスに訴えは届かず、「サーヴァントよ身の程を知れ!所詮魔術によって映し身を得た亡者が、主に向かって説法するのか?身の程知らずが!悔しかったら令呪に抗ってみよ。それも出来まい!」更にランサーに向かって誇りを傷つけ徹底的に罵倒した。(こんな屈辱的な仕打ちを受けても、ディルムッドはまだケイネスのために戦おうとしている。本当に殊勝な心がけに心が打たれます。しかし、ケイネスの人間としての器の小ささが、彼にとっては不運以外の何物でもありませんでした。サーヴァントが仕切っている陣営もあれば、ケイネス陣営みたいな陣営もある。何だかいろいろな人間関係が、この物語の面白さを更に際立たせています。)




 一方、アイリスフィールとセイバーが切嗣からケイネス達のアジトの情報を教えられ、指定された場所に向かうと、目の前には車の音を聞いたランサーが彼らの前に立ちはだかった。一応、セイバーとアイリスフィールにソラウの居場所を確認した後、エクスカリバーという大技を繰り出した後、何故姿を現したか尋ねると、「消耗があるのは、どのサーヴァントも同じ事。これ以上の荒事を避けようと守りに入っているはず。だからこそ、余計な横槍が入る心配もない。我々が雌雄を決するには、今日をおいて他にはない。」セイバーは邪魔が入らないからこそ、以前の戦いの決着が付けられからこそ出向いて来たと返答した。「セイバーよ!この胸に涼風を呼んでくれるのは、お前の穢れ無き闘志のみだ。」主から罵倒され苦しい立場に置かれているランサーにとって、セイバーとの真剣勝負は自分の騎士道を示し、培って来た技を持って全力で戦える最高のステージに他ならないのだった。



 しかし、剣を交えてみると以前戦った時のセイバーとは、剣戟の重さが異なっていた。まさか左手をわざと使っていないのではないかとランサーは訝しがった。「勘違いは困るぞランサー!ここで左手を使っていたら、きっと慙愧(ざんき)が剣を鈍らせてしまう。あなたの槍の冴えを前にして、致命的な不覚を喫するだろう。ディルムッドよ、これが私の最善の策だ。」セイバーにとって左手を使ってランサーと戦うのは、騎士道の精神に反する恥ずかしい事。だから、自分の剣も鈍り敗北を喫すると考え、左手をあえて使っていなかったのだ。「騎士王の剣に誉れあれ。俺はお前に会えてよかった。フィオナ騎士団が一番槍ディルムッド・オディナ推して参る!」「ブリテン王アルトリア・ペンドラゴンが受けて立つ!」互いに真名を名乗り騎士と騎士との戦いを繰り広げる2人。ただ、ケイネスだけは勝てないなら一度逃げるべきだと頭を抱えていた。(互いに真名を名乗るというのは、これは聖杯戦争ではなく騎士同士のガチンコ勝負をするという宣言ではないでしょうか?ランサーにとっては、非常に充実した戦いが出来ているからいいのですけど、ケイネスには何で勝てないのかとしか思えない。愛称の悪さってこういうところにも出てしまうのですよね。)





 そんな時、銃弾が投げ付けられると目の前には、傷ついたソラウに銃口を向ける切嗣が現れた。更に1枚の紙を渡すと、そこに書かれていた内容にケイネスは驚愕した。「セイフギアススクロール?魔術師の世界において、決して違約しようもない取り決めを結ぶ時に用いられる呪術契約!」絶対に違約出来ない取り決めを結ぶ時に用いられる契約であるセーフギアススクロールを使用を持ちかけられたのだ。内容は切嗣がケイネスとソラウに対し、殺害などの危害を及ぼさ無い事を未来永劫契約する代わりに切嗣に対し、代償として求められた事を約束しなければならないのである。「ギアスの呪いは、原義上いかなる事を用いても魔術回路がある限り解除不能。例え命を持ち出しても、死後の魂まで束縛される。この条件ではあいつは私を殺せないが、この条件では私の戦いはここで終わってしまう。アーチボルト家の誇りも全て捨てろというのか?」契約条件から逃げようとしても死後まで束縛されるギアスの呪い、もし切嗣の条件を飲めば、名家アーチボルト家の誇りを捨て聖杯戦争から離脱しなければならなくなってしまう。ケイネスは選択を迫られる中、悔しさの余り涙を流すのだった。(切嗣が手を出さない代わりに聖杯戦争からの離脱を求められている。魔術師の名家の誇りにかけて負けられないはずのケイネスが、どういう決断をするのか?あのプライドの高い男が涙を流すのだからよっぽどですの事なのですけど。)




 ソラウに銃口を向けられている中、ケイネスは決断を下した。それは令呪を用いてランサーを自殺させる事。ゲイ・ジャルクを胸に突き刺し吐血しながら、「貴様らはそんなにも勝ちたいか?そうまでして聖杯が欲しいか?たった1つ抱いた祈りさえも踏みにじられた。許さん断じて貴様らを許さん。騎士の誇りを貶めた亡者共、その夢を我が血で汚すがいい。聖杯に災いあれ、その願望に災いあれ。いつか、地獄の釜に落ちながらディルムッドの怒りを思い出せ。」主に裏切られた恨みを残しながら、ランサーは自殺させられた。これで契約が成立し、ケイネスとソラウは切嗣には殺せなくなった。しかし、舞弥が放った銃弾が2人に向かって浴びせられた。切嗣はランサーとケイネス・ソラウを皆殺しにしようと、最初から計画していたのだった。しかも、セイバーに止めを刺させた。(あまりにもやり方が汚いが、ケイネスは死んでざまあみろって思いました。ただ、止めをセイバーに刺させたのはちょっと酷すぎた。セイバーは絶対そういうことをする人間ではないし、ランサーも戦いに自分の存在意義を見出していた。サーヴァントの立場があまりにも悲しく、マスターによって左右される存在だと改めて印象付けられたシーンだったと思います。)




 自分の意にそぐわない形でケイネスを殺したセイバーは切嗣を外道だと罵倒した上で、「道は違えど行き着く先は同じだと信じていた私が愚かだった。私はこれまでアイリスフィールの言葉を信じて、貴様の性根を疑う事をしなかった。しかし、今となっては聖杯を用いて救世を成すなどという言葉を信じることは出来ない。答えろ切嗣、聖杯を求める理由は何だ?例え我が剣が聖杯を勝ち取ったとしても、それを貴様を貴様の手に差し出す羽目になるとしたら私は!」今まであえて切嗣の性根を疑わずに戦って来たが、今回の殺し方を見てセイバーの碇は頂点に達し、改めて成敗を求める理由を問いただした。「答えて切嗣、いくらなんでも今回は説明の義務がある。」更にアイリスフィールも説明を求めると、セイバーに向けてではなくアイリスフィールに向けて理由を語りはじめた。




 「マスターを殺すだけでは、サーヴァントが別のマスターと再契約する可能性がある。だから、サーヴァントとマスターを同時に始末する必要があった。戦いに騎士道など必要ない!戦いの手段に聖者があると説き、戦場に名誉があると説くんだ。そんな歴代の英雄達の姿に一体どれだけの若者が、血を流して死んでいったと思う?」マスターとサーヴァントを確実に始末する方法を用いた事を説明した上で、騎士道や名誉などという憧れを持たせた挙句、若者達が死んでいった過去あるから、騎士道などという理想論を切嗣は完全否定した。「我が眼前で騎士道を愚弄するのか外道?例え命のやり取りだろうと、この世には法と理念がある。そうでなければ、戦いは地獄が具現する羽目になる。」セイバーは法や理念があるのだから、命が失われても仕方がないと考えていた。そうでなければ戦いは単なる地獄絵図でしかない。しかし、切嗣にとっては戦いこそまさに地獄そのものだと身をもって理解していた。




 「戦場に希望なんて無い。あるのは絶望だけ!敗者の痛みの上に成り立つ勝利という名の罪科だけだ。なのに人間はそれに気付かない。勇猛果敢な英霊様が、華やかな武勇談で人々の目をくらませる。人間の本質は石器時代から一歩も前に進んじゃいない。僕は聖杯を勝ち取り世界を救う。」戦いに希望は無い。勝利してもあるのは、人を傷つけた罪だけ。しかも活躍した英雄達の武勇談が、戦いを美化し正当化する。そんな状況が切嗣にとっては許せないし認められない。だから、彼は悪をなして最小限の犠牲で世界を救おうと考えていた。




 「わかっているのか?悪を憎んで悪をなす事は、また新たな憎しみを生むだろう。衛宮切嗣、かつてあなたは何に裏切られて何に絶望したのかわからない?若き日のあなたは正義の味方に憧れていたはずだ。世界を救おうとする英雄に。」悪をなすとは、すなわち新たな憎しみを生むだけ。どうして、正義の味方に憧れていたのに変わってしまったのか?セイバーには理解できなかったが、切嗣にはこの流血が最後の流血にし、悪意を全て受け止める覚悟が出来ていた。結局、マスターとサーヴァントの間に決定的な溝が残ったまま切嗣は立ち去った。すると、夫に弱った自分を見せまいとしていたアイリスフィールが、力が抜けたように倒れてしまった。残り4陣営となった聖杯戦争はどうなるのか?(今回は非常に物語が動きました。特に印象に残ったのは、切嗣の考え方ですね。これはコードギアスのルルーシュが最後に導いた結論であるゼロ・レクイエムと同じです。自分が悪意を受けて人々から悪意を取り除き、自己犠牲を用いて世界に平和をもたらす。自己犠牲と聖杯は異なりますけど、こういう考え方って作品が違ってもあるのだなと思いました。セイバーの考え方は綺麗ごとに見えるけど、理想的な形だと思うのですけど、そうじゃない考え方に行き着いた切嗣の生き様にはこれからも注目しないといけませんね。)