わたしは我慢をしている、という感覚が、だいぶ麻痺している人でした。


それに気がついたのは、20代の最後の頃です。



でも、自分で気がついたのではありません。


そんなに近しくない友人が、わたしに対してふいに言った言葉だったのです。



「りこちゃんは、我慢を我慢て感じてないんだろうね、だから頑張ってる感覚もないから、やれちゃうんだろうね」


今でも覚えています。



”そんな風に見えてるんだ、ふ~ん。ぜんぜん我慢なんかしてないけど。やりたいことやってるし”


私は、友人の言葉を、なんの感慨もなく「それぞれの見方のひとつ」として捉えました。

でも、その割りに、いつまでもいつまでも、その言葉はわたしの記憶に残り続けたのです。


友人と何気ない話をすることなんて、たくさんあります。

他愛もないおしゃべりだからこそ、その言葉たちは、その場にとどまることなく、とりとめもなく流れ去り、楽しい空間のエッセンスとしてあるのでしょう。


でも、なにかの言葉が、ずっと胸に残るなら、もしかしたら、それは私たちの意識できない深い部分が、揺らいだ証拠なのかもしれません。



わたしは、自分が我慢しているとは思っていませんでしたから、友人に指摘されても

ちっとも傷つきませんでした。



「へー、そう?」



そう思っただけでした。

むしろ意外に感じたくらいです。だって、やりたいことをやっている人生だと思っていたから。



ですが、とうとう気がつくときが来てしまいました。



わたしは、母親への愛情ゆえに、我慢を友人にしていたのです。


それは、友人というような、自分自身と切り離した存在ではなくて、わたしそのもの、わたしの分身といってもいいかもしれないほどでした。


わたしと我慢は、イコールだったのです。



これに気がつくまでには、本当にいくつものプロセス、みちのりを歩いてきたと思います。

自分の人生が、自分のしたいことをしているようでいて、なぜか生きずらい。

親しい人も、大切な人もいるのに、なぜか一人ぽっちの感覚が消えない。

まわりの人のことは良くわかるのに、自分のことはよくわからない。

自分なりに一生懸命なのに、なぜか報われない。

っていうか、今の私、なんか私じゃない気がして好きじゃない…。

っていうか、いっぱい私がいすぎて、どれが本当の私なのかもーわかんない…。



なんでなんだろう?



って思っていました。



この感覚は、わたしが、歳を追うのに比例するかのように、

経験する内容はハードになっていって、

感じるしんどさは、どんどん大きくなっていきました。


でもそれでも、わたしは「我慢している」という感覚を持っていませんでした。



「やるしかない」



そう思っていました。



まるで何かの戦いに挑み続けている、戦士か何かのように、わたしは自分に「あきらめる」ということを許しませ

んでした。


そういえば、当時の私の一番嫌いな言葉は、「無理」「できない」「あきらめる」でした。



心理学をすこし知り始めた今ならわかりますが、これは私が、自分に対して禁止していることを表しています。

自分は絶対にしないぞ、と心に固く誓っていることを、人は自分に(そして他人にも)求めるのです。


禁止したくらいですから、かならずそこには心の痛みや傷があります。



もう意識できる範囲では忘れ去ってしまっているかもしれませんが、心には「時間」という観念がないので

傷ついてしまったことは、癒されるまでは、いつまでもいつまでも覚えているのです。


わたしが、自分があきらめる、ということを禁止したからには

自分がやらないことで、自分自身が傷ついたことがあるのです。


そしてそれは、「我慢」をしていると感じる心を麻痺させてまで、達成しなければならないほど、大切なことだったようです。



それほどまでに大切にしたかったこと。


それは、私にとって、






誰かの笑顔、でした。






私は、仕事でも、相手の笑顔を最優先にしました。

相手が笑ってくれるなら、自分の時間を、労力を割くことを惜しみませんでした。

どうしたら喜んでくれるんだろう

どうしたら嬉しいだろう

そればっかりを優先して、チームワークを乱すこともいっぱいしました。



友人関係でもそうでした。


相手の食べたいものって何だろう

行きたいお店って何だろう

ここでどんな言葉を言ったら、笑ってくれるだろう、喜んでくれるだろう

泣いている顔を、笑わせてあげられるんだろう

寂しい思いをさせないですむんだろう

一人ぽっちにしないですむんだろう



恋愛もそうでした。


彼にとって必要なことって何だろう

何をしたら役に立つだろう

喜ぶことって何だろう

彼の魅力や才能を、もっと伸ばしてあげるにはどんなことがいいだろう



仕事でも友人関係でも、わたしは一度も我慢を感じたことはありません。

むしろ、相手が喜ぶ姿は、わたしの何物にもかえがたい喜びでさえありました。




ですが、こと、恋愛に関しては

ときどき、我慢が顔を出すことがありました。



もう我慢できない



そう感じることが、あったのです。



これはパートナーシップの特徴でもあります。

何度か書いてきたように、パートナーシップ、ようは

「人と人との恋愛関係」ほど心の距離が近くなることは、心にとって




『親子関係』




くらいしか、ほかに、ないのです。



親子関係でつくられた傷や心の痛みは、かならず、恋愛関係に出てきます。

そして、いろいろなパターンの問題を作り出してしまいます。


それくらい、親子関係と、恋愛関係は、感情レベルで言うと似ているのです。

小さい子供の最初の恋が、お父さんだったり、お母さんだったりするのと同じくらい近い距離で

パートナーシップというものは、組まれるからです。


お父さん、お母さんへの愛情と同じくらいのレベルで、相手を自分のパーソナルスペースに入れる、もしくは、入るのが、恋愛関係なのです。

現時点で、どれだけお父さん、お母さんを、うとましく思っていても。

そんな感情を抱いたことはない、と思っていたとしても、です。

子供にとって、お父さんとお母さんは、世界そのもの、だった時期が、必ずあるのです。



そして、言葉や、態度、行動、すべての選択肢で、お父さん、お母さんとの関係で心に刻んできたパターンは、

無意識に、恋愛の相手に対して出てしまいます。



わたしにとって、「誰かの笑顔のために」のもともとの出発点は





『お母さんを笑顔にしたい』





だったのです。



あれだけ憎んだお母さん。

あれだけ、あんなふうにだけは、絶対になりたくない、と誓っていたお母さん。

あんなお母さんに育てられた私が、子供を生んだら、同じように不幸な子供にしてしまう。

それだけはイヤだ、どうしてもイヤだ、と泣いて泣いて、泣き崩れるほどだった妊娠がわかった頃。

暴君のように見えていた

わたしを自分の生活のために利用しているようにしか感じていなかった

それでも、ひとりの母として、尊敬していたお母さん。

うまくいっている、と思っていた、お母さん。



わたしの意識していることは、今の年齢になるまで、こんなものでした。


でも、違ったのです。



わたしは、職場で、恋愛で、友人間で、すべての行動パターンで、誰かを笑顔にしたくて、したくてしたくて

どうしようもない衝動を抑え切れなかったほど


わたしの母親を、笑顔にしたかったのです。


そのためには、我慢をしている、と感じる自分は邪魔でした。




甘えたい

わがまま言いたい

もっと話を聞いてほしい

ほめてほしい

一緒にいてほしい

一緒のお布団で寝てほしい

優しくしてほしい

遊んでほしい

注目してほしい




そんな子供らしい感情は、邪魔でしかなかったのです。



子供は、思考が発達していない分、感覚だけで生きています。

喜んだり泣いたり、感情を思い切りだせるのは、そのためです。

だから逆説的に、環境や状況に合わせて、見事なまでに感情を切り離すことも、するのです。

(もちろん、大人になってからもします)


子供が感情を切り離す、一番の目的は、お父さん、お母さんの笑顔のためです。


お父さん、お母さんが仲良くしてくれるように

お父さん、お母さんが、いつでも笑っていられるように


ぼく、わたしのできることって


なんだろう…。



それだけを願うのが、子供なのです。


お父さん、お母さんが、自分の世界のすべてだからです。

その優しくて、温かい世界を守ろうと、小さな自分にできるすべてことをしようとします。



子供の場合、ほとんどの手段として



「我慢」



を使います。



私の場合も同じでした。

ここまでは、今までの私も、わかっていました。



なんて犠牲的な愛情の形なんだろう

なんてかわいそうなんだろう



そう感じてしまうからこそ、わたしは、大人も子供も、お互いの気持ちを汲み取れずに苦しんでいる姿を見ると

どうしても子供の味方になってしまったのでしょう。

大人はわかってない

そう感じてしまったのでしょう。



でも違った。




私が、我慢という手段をつかって、母を笑顔にしたかったように。

母も、同じ手段を使って、おじいちゃんと、おばあちゃんを、笑顔にしたかったのです。




子供は、親と同じラインに立つか、立とうとしてできなくて、引きこもったり、問題児になったりして

その表現方法は違っても、親への愛情を一心に示す行動に出ます。


わたしは、お母さんと同じラインに立ったのです。



『お母さんを、ひとりで戦わせない。わたしも戦う!』



これが、わたしの選んだ道でした。



”一人になっても、生きていけるようになりなさい。”



これが繰り返し言われた、母からの教えだった私。

母は、これをおじいちゃんから、教えられて育ちました。


母は、人生をかけて、おじいちゃんの教えを守り抜いたのです。


自分の、父への愛を貫き通したのです。



わたしには、そんな姿が、お母さんが泣いているように感じられたのでしょう。

子供は、親の悲しみを自分のことのように感じ取る能力があります。

それを自分のせいだと思ったり

自分が笑顔にしてあげようと思ったり

その子供によって、大きく分けて5つのパターンで、親を助けようとするのです。



わたしは、自分が我慢をすることで、お母さんのしている我慢を減らして

笑顔にしてあげることを選びました。



ある時期には、可愛がられてどうしようもないくらい、可愛い子供でいることで、笑顔にすることもしました。



ある時期には、自分が家族から距離をとることで、笑顔を保とうとしました。



でも、一番効果を感じられたのが、自分が我慢をすることだったようです。



お母さんを一人ぽっちにしない。

ひとりっきりで戦わせない。

こんな辛い、厳しい生き方を、一人でなんかさせない。

お母さんが、ひとりで背負ってきた我慢を

わたしも背負うから、どうか、少しでも笑顔になって。



そう感じたようなのです。



私は、母に我慢させられている、と今まで感じていましたが、本当はそうではありませんでした。

私が自ら望んで、我慢することを選んでいたのです。



戦うしかない

できないなんて、言わせない

やるしかない



そう固く誓いを立てて、「我慢」を、自分の戦友にしていたのです。


そして、その固い誓いを、私より先に立てていたのは…、お母さん、その人だったのです。



お母さんは、やりたい放題やっているように見えました。

娘の私より、自分のことを優先しているように、見えていました。


ですが、心のどこかで、わたしは、お母さんが、自分のしたいことができる時間を

喜んでいたのです。



わたしがその分の負担をかぶったとしても

その時点では、迷惑をかけられている、愛情を感じない、大切にされていない、なんて感じていたとしても。


それはすべて、意識できる範囲内のことでした。



わたしの無意識は、喉から手が出るほど


お母さんの自由。

お母さんの笑顔。

お母さんの楽しそうな姿。


これらを渇望していたのです。


そしてそれを実現するためなら、どんな我慢もいとわなかったのです。

すべては、自分で選択していたことだったと、気がついたのです。



でも、それで納得がいきます。


わたしは、なぜか小さなときから、「戦い」に興味を持っていました。

強くなる方法を、探していました。

ボクシングを習いたいと、とても小さな子供のときに、なぜだか思ったことさえあります。

寂しそうな人をみると、強迫観念的に、笑顔にしなきゃ!という使命感のようなものを感じる理由も。

言いかけたことを、なぜかふっと止めてしまう癖も。

なんの接触もなかった、おじいちゃんのことを、なぜだか好きになれなかったことも。



お母さんと一緒に戦うため。

お母さんを笑顔にする使命をまっとうするため。

お母さんを傷つけると感じる人を、許せなかったためだったのです。



誰かに何かを言われたわけでも、そう思い込めと言われた訳でもなく

こんな感情に気がついてしまったことに、ほんとうに、心のそこから、驚いて、そして、母親を、今までとは違った意味で、尊敬し、感謝し、そして、もう、怒っていません…。




お母さんは、やりぬいた人だったのです。




自分の父親(母は早くにお母さんを亡くしています)に教えられたことを。


我慢は、愛情の形だ、と。


それを人生をかけて、自分の父親への愛をかけて、やりぬいた人だったのです。



そして私は、そんな母の、苦しくて、つらくて、さみしい、でも、戦い抜いてやる、という決意を感じ取って、わたしも戦うラインに、立ったのでしょう。



でも、気がついたことは、もうひとつあります。




我慢は…


誰も、幸せにならないということです…。



愛情のひとつの形ではあるでしょう。


でも、本当にお母さんを幸せにする方法。


子供のときは、我慢することしか、お母さんを笑わせる方法はなかった。


その引き出ししか、もっていなかった。



今は違います。




私が、幸せな人生を生きること。




これこそが、お母さんが、本当に幸せになる方法なんだと、表面上ではなく

心の底から気がついたのです。



私が幸せになったとき、お母さんは、きっと、一番の幸福感を感じるでしょう。


大切な、宝物のような私を、泣かせたり、ぶってしまったり、我慢をさせてしまった自分を、お母さんは、どれだけ責めたでしょう。

どれだけ自己嫌悪に陥ったでしょう。

こんな母親は失格だ、お母さんは、そう、自嘲気味に話すことがよくありました。

笑い話のような中で、さらりと口にしたその言葉に、どれだけ自分を責める気持ちを隠していたでしょう。



今ならわかります。



お母さんを、本当の、本当に、幸せな笑顔にするためには、私が幸せになって




お母さんの子供でよかったわ

ありがとう

こんなに幸せよ

お母さんの子供は、こんなに幸せなのよ




そう、言ってあげられる自分になることです。



我慢という古い方法は、わたしも、子供の私を卒業するのと一緒に、もう置いてきてしまっていいのです。



心理学に出会ってよかったと、心から思います。

自分と向き合い続けて、良かったと思っています。


問題が起きたとき、それは、”問題”に見えて、じつは”贈り物”なのかもしれません。




”この傷を癒して”




そう心がメッセージを送ってくれている、幸せへのノックなのかもしれません。



親子関係が癒されると、それはおのずと、恋愛、すなわちパートナーシップへと

大きなくくりで言えば、人間関係全般に、大きな変化が現れます。


もちろん、良いほうに…(^^)






お母さん、ありがとう。

わたしは、昔からの願いである、お母さんの笑顔を

自分が幸せになる方向を、選び続けることで、達成します。


そうして、あの子が私の娘なのよ、と、嬉しそうな笑顔で話す日を、実現させます。




だんな様と

赤ちゃんと

私と。




今まで、わたしに誤解されたままで、それでも、ずっとずっとずーっと、愛情を注ぎ続けてくれたことに

心の底からの、感謝をこめて。