インナーチャイルドに向き合う
無価値感に向き合う
怒りに向き合う
嫌悪感に向き合う
お金に対するイメージに向き合う
自分のセクシャリティと向き合う
ずいぶんと向き合ってきました。
短い期間に…
そしてすべて、解決に向かっています。
とくに、自分のセクシャリティと向き合った時は、無価値感がセットのため、ものすごい葛藤がありましたが、一番ストンと意識がかわったことを感じています。
同じものを見たり、聞いたり、言われたりしても、セクシャリティに傷があったときの自分と、癒されてきた今では、まったくと言っていいほど感じ方が違います。
自分では全く気がついていませんでしたが、自分は女性として失敗作品だ、という感覚が、ものすごく強かったようです。
気がついてないって、こーいうことを言うんだな…って
一番身をもって経験した感情だったし、癒されると、世界がひっくりかえるみたいに、物事の捉え方、自分の感じ方が変わることもわかりました。
感じ方が変わるので、じぶんの反応も変わります。がらっと。
以前だったら、カチーンときてたことも、なんにも気にならないので余裕のある冗談で返せたりします。
むやみに嫌うことも、自分を蔑むこともなくなりました。
セクシャリティに関しては、感情ととことん向き合ったので、
『感情は、感じつくすとネガティブからポジティブに変換する』っていうのが、経験としてよくわかったなぁと思います。
そして今向き合い始めたのが…
罪悪感。
わたしにとっての、キモの感情のようです。
これが相当つらい。
今までの感情群と向き合うのも、もう本当にしんどくて、死んでしまう…!って感じるくらい怖くて嫌なものだったのですが、かなり、嫌な感情です。
無価値感は、わたし、逃げたいなーいやだなーって気持ちにならなかったんですけど、この感情の正体って、もしかして罪悪感かも…って気がついた途端に逃げ出したいです。
初めてです。
そんな気持ちになったの。
わりと、勇猛果敢に取り組んでいたほうなので…。
相当怖いです。
感情が癒されはじめると、それと同時に、忘れていた記憶をバンバン思い出し始めます。
それが特徴です。
なんで忘れているかって、覚えていたらやってられない位にしんどいから、わざわざ心は忘れさせてくれるわけです。暮らしていけなくなっちゃうから。
でも、忘れるだけで、なくなったわけじゃないので、心に受け止める準備ができると、その感情は処理してほしくて、待ってました!とばかりに再登場します。
その、リアルタイムで辛かった時の感情を、増幅させる形で、です。
じつは感情のつくりというのは、感じたその時に処理してあげると、小さいままで消えてなくなるのですが、しんどすぎて、処理するのを後回しにすると、当時の感情より増幅される特徴があります。
だから、ほんの子供のころに閉じ込めた感情なんかは、そりゃあもうオバケみたいな気味の悪いパワーを持っています。
呪いといっていいくらい、知らないうちに自分の感じ方を縛り付けている感情になっていたりします。
(それが、観念、といわれる、いわゆる自分ルールです)
私の場合もどうやらその例にならっているようです。
助けてもらいながら
支えてもらいながら
進んでいきたいと思います。
そうとう、怖いのですが…。
わたしのところに、愛情そのものの赤ちゃんが来てくれたことには
きっとそんな意味もあるのだと、信じています。
準備ができたとき
本当に必要なとき
赤ちゃんは来てくれるそうです
だから子供は、どんなに小さくても、親の助けになりたくて一生懸命になります。
大人になるころは、
そんな自分の感情を忘れてしまうことが、多くて…
親との関係で傷ついて、ぎゃくに、恨んでしまった感情のほうが、強く残ったりするのだけれど…
わたしも、わたしの親との関係で、そうとうに傷ついていることはわかってきました。
小さいころから、悪い子だ、いらない子だ、と言われて育ってきたということも、うっかり思い出してしまいました。
(そりゃ忘れてたいだろうなあ…)
でも!
赤ちゃんのために頑張りたいのです。
わたしが癒されることは、赤ちゃんのしあわせに、自分の幸せに、家族の幸せに、そして
私の大切なひとたちみんなの幸せにつながります…
がんばります
こんどは逃げません