わたしの部屋に、職場の上司は突然やって来た。
友達からもらった、小さな朱色のテーブルをはさんで、クッキーを差し出したとき
上司は言った
「薬を飲みなさい、うつ病だよ」
誰のことを話してるんだろう、とまぬけ顔で「はあ」と返事を返した私を、彼女はじっとみた。
白髪の多い、ねず色、と表現したほうがよさそうな髪を後ろでひとつに束ねたその人は、私に何かを伝えたいらしい。
それは…
それはさ、目を見れば分かるけれども…。
せっかく出したんだから、お茶を飲んでくれたらいいな、と考えながら
わたしは自分のカップをすすり、できるだけテーブルが音をたてないようにしながら、それを置いた。
「はあ、うつ病、ですか」
しんと静まったワンケーの部屋は居心地が悪く、わたしはろくに考えもなく言葉を出した。
会話をしている、という体がありさえすれば、何でもよかったのだ。
「わたし、大丈夫です。ぜんぜん平気です」
目の前の女性はぱっと顔を上げ、そして一瞬、逡巡した。
私はそれを見ていた。
母というには少し年の若い彼女の目の奥で、何か、思いのようなものが閃いていた。
途端、まるで叱るような口調で彼女は言った。
「いま、だよ。いま自分を労わらなきゃ、アンタ一体いつ労わるの」
労わるって、どういうことだろう。
両の手から伝わるカップの熱を、まるで他人の温度のように感じていた。
わたしには、労わるという言葉の意味が、まるで理解できなかったのだ。
うつ。
それは、一番恐れていた病気。
人からの評価を、血を絞り出すような思いで手に入れたかった、あの頃の私の
季節であり、時代、そして、代名詞だった。
2010年の9月25日、わたしは、私と大切な出会いをした人と離婚をした。
離婚は、どんな形のものであっても、心の弾力をなくす。
わたしは自分をアクティブにすることで、心のバランスを維持しようとしたタイプだ。
ようは、時間稼ぎだ。
心が病みきってしまうまでの、時間を稼ぐ。
死んでしまう前に、何か希望の光がみつかるはずだ。
それだけを信じた。
それだけを心の支えに、わたしは喘ぎ苦しみ、ただひたすらに体を酷使した。
心は疲弊しきって、もう使い物にならなかった。
体に、心の分も働いてもらうよりなかった。
秋が来て
冬になり、
春が来て、夏が来ても、体はがんばり続けた。
死んだ心を引きずったまま、ただがむしゃらに、走ることだけ体に命じた。
体が止まったら、もう動かせるものがない。
だから止まるわけにはいかなかった。
涙は流れたが、必要な場所で笑うことはできた。
そして孤独は、まるで優しい好敵手でもあるかのようになっていった。
あー
書いてるだけでしんどい。
でも整理がつく。
わたしがいまも抜け出せない、この鬱という名の悪魔は
その後も私を苦しませる。
わたしが大切だと思っていた友人たちは
私の苦しみなんて、ほんとうはわかっていなかったのだ。
そして、わかって欲しいと願うこと自体
なにかがすこし、すこしだけ、違うのだということを知っていくことになる
けれどわたしは変わってないよ
悲しい思いをしたけれど
わたしの心に、小さな頃からずっと住みついている灯火の名は希望。
わたしはこれを、捨てたことがない。
それだけが唯一の自慢なのかもしれないね。
わたしは希望を捨てない。
これからもずっと。