こんばんは さゆりです
 
 
 
 
 
昨日の続きです

 
 
 
昨日の記事にも書きましたが
 
 
 
 
 
 
私は後悔することをものすごく怖がっていました。
 
 
 
 
 
 
 
 
後悔すると言うことは
自分が選んだ選択が間違いであるということ。
失敗だと言うこと。
 
 
 
 
 
間違いや失敗は悪だから
絶対にしてはいけないことだと
ズーーっと思って子供の頃から生きてきました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
私の母親は
何かに付け 
先ずは駄目だしの言葉を言ってから
最後は
親の言う通りにしてれば間違いない!
と会話を〆る人でした。
 
 
 
 
子供心に私の選択はいつもお母さんに受け入れて
もらえないんだ。 
 
と思い込み(これも幻の思い込みなんです)
 
 
お母さんが一発で笑顔でOKしてくれる選択は
何だろう・・・これだったら大丈夫かな・・・
と お母さんの顔色が全ての基準になっていました。
 
 
 
 
 
 
選択を間違えると
お母さんは直ぐ不機嫌を撒き散らし
辛く当たるから
間違わないようにビクビク怯えて日々の選択をしていました。
 
 
 
 
 
 
 
でも
自分がこんなに怯えて日々選択してるのさえ
無意識で気付いてなかったんです。
自覚してなかったんです。
 
 
 
 
 
だから 謎だったんですね。
なんでこんなにズーーっと
しんどいんだろう
生き辛いんだろう
この空っぽ感は何なんだろう
なんでこんなに空しいんだろう・・・?
って。
 
 
 
 
 
 
 
自分と向き合うようになって 
先ず
あー 私こんなに怯えてこんな風にいつも思ってたんだ。。
自覚できました。
 
 
 
 
 
 
 
そこからノートしたり 
セミナーを受けたりをしながら
だんだん無意識だったり
スルーしていた思い込みが
一つまた一つと
自覚出来てきました。
 
 
 
 
 
 
後悔イコール失敗で駄目なこと!
これは不幸になること!
これは悪!
ってしてたのは全てお母さんのせい!
だからこんなにいつも怯えて怖いんだ。
思い込んでるのを自覚できました
 
 
 
 
 
 
次ぎに 
私はお母さんのせいで被害者だ。
可哀相なんだ。
だから私は悪くない。
自分の選択はお母さんに怯えながらしてきたことだから
 
後悔するのは私のせいじゃない!
失敗や後悔は私のせいじゃない!
と 
悪であると設定してる失敗や後悔を
おかあさんを許さないことで
正当化出来るメリットを
手放してなかった事を自覚できました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
子供の頃は確かに
傷つき怖かったのは事実だった。
でもいつまでも
大人になってもそれを握りしめているのは
自分が選択していたのでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
お母さんに甘えてたんです。
そして
お母さんはこんなに大人になった今でも
私の望み通り
甘やかしてくれてたんですw
 
 
 
解けた。。。。
 
何かがスーーーーーーっとほどけて
 
浄化された。。。。   
 
と体感しました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その時
現実のお母さんへの こんがらがってた思いが
クリアになったタイミングで
 
大きなお母さん(=源=ソース=本当の私)
との関係をしっかり感じることができました
 
 
 
 
 
 
  お母さん大好き ハート 
  シンプルに私の本音はこれだけでした。。。
 
 
 
 
 
 
 
自分が
後悔は悪!と解釈して
避けねばならぬ と常に緊張してた。
 
後悔することを異様に恐れて 
後悔して悔やんでる事実に蓋をして
感じちゃ駄目!
って無意識に自己否定しまくってた。
 
 
 
 
 
そんな生き方をしていた私を
 
 
 
 
大きいお母さんは一度も
否定したり
不機嫌になったりもせず
優しく見守ってくれてた
愛し続けてくれてる。
(いま この世に生きてるってそうゆうことだから)
 
 
 
 
 
 
が紹介してくださっていた
こちらの本が本当にわかりやすくてオススメです!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
色んなところでもうみんな知ってる
何でも良いんだよ
ストンとやっと腑に落ちました。
 
 
 
 
 
 
 
 
自分が選んだことは全て正解(自分にとって)
自分が選択して決めたって事さえ自覚してれば
(被害者目線では無いということ)
 
 
 
やっぱり止めとけばよかった~って
後悔しても
悔やんでも
失敗やったーーーー!って泣きわめいても
 
 
 
いいんだよ
後悔したんだね いいんだよ
と源は全部肯定して認めてくれるんです。
 
 
 
 
 
 
 
 
失敗したくない
後悔したくない
これも思ってもいいんだよ
 
 
 
 
 
失敗や後悔したくないから我慢する
のも結局これも自分が選んで決めたことだから
これでいいんだよ。
 
 
 
 
 
どこまで行っても
本当に
何でも良いんだよ なんですね。
 
 
 
 
 
 
 
 
こんなにおおきな愛しかない存在にいつも守られ
受け入れられているんです。
 
 
 
 
 
その事を思い出すと
自分で決めた自覚さえ忘れなければ
後悔も別にしていいんだ
とふわっと緩む感じがしました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
これが源との繋がりを思い出すってことなんですね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
何でも良いんだよ  
 
 
 
究極の愛に私たちは繫がっている。
怖がってもいい
それさえも 安心して怖がって良いんです。
 
 
 
 
 
 
 
 
全部いいんだよ 
 
 
 
いつも源と私たちはずっと繫がっていて
愛を注がれ続けていることを
改めて体感しました。
 
 
 
 
 
 
 
 
読んでくださり ありがとうございました。