自分の中にある悪が、キモオタは惜しいと思った。


キモオタはキモオタになりたいからキモオタになるんだ。あざみは「沙耶の唄」などのエロゲに夢中だった時期があるけど、今は漫画もゲームも殆どやっていないし、キモオタではないと思う。


俺が嫌いな人は、甘えたいだけの人だ。自分の理解者が欲しいのに、自分で自分を作る努力をしていない人だ。


自分を理解して欲しいなら、まず、自分自身の言葉で、自分の世界を語るべきだ。誰だって自分が好きなものはあるはずだし、その良さを自力で言葉にしてみたら、理解者が現れるかもしれないんだ。


自分で理解するのをサボって、他人に理解を期待するのは、ズルなんだ。ちゃんと自分で自分を語らないと。


自分で自分を語るコツは、永井均の「子どものための哲学」「マンガは哲学する」を参考にすれば良い。自力で自分の疑問を言語化する楽しみが味わえるんだ。


こういう話をあの子としたかった。あの子が最初から素直に話を聞いてくれていれば、こういう初歩の初歩から話ができたのに。


あの子は妙な作戦を立ててやってきた。魚座О型だと言いながら、魚座が全くやらないような(牡牛座向けの)格闘ゲームの判定を依頼してきた。


私があの子を牡牛座О型だと言うと、「あざみさんの言うように、俺はО型だから、うずまきナルト(射手座О型)のように、悪人を改心できるんですよね」と言ってきた。


あの子は私や心理学を舐めてかかっていたんだ。同じО型でも、魚座と牡牛座と射手座が違うということを無視した。「あざみさんの言うように」と、同意してもらえると思っていた。


他人と自分が違っていて、相手の言うことを正しく理解できていないかもしれないという畏れがあれば、もっとマシな態度を取ったはずだ。


それこそ、最初の時点で、「すみません、俺はうずまきナルトが憧れなんですけど、射手座О型に見えますか?」とか聞くんだよ。そしたら私も素直に答えるけど、О型は当たっているけど、射手座は惜しい、秋道チョウジのような牡牛座О型に見えるよ、と。


自分が本当の意味でヒーローになりたいと思っている人なら、絶対に慢心はしない。自分が他人や自分自身を正しく理解できていないかもしれないという畏れを持って、自分や他人の分析を続けるんだ。


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