傷ついている。何に? お父さんへの謝罪は充分にやった。あの第2の父親を信じたことへの謝罪が終わっていない。


あの人は、自分の親が敵だった。自分は画家になりたかったのに、親は絵を描くことを許さず、全て処分していた。だからあの人は親と縁を切る必要があった。


あの人の思想では、親から期待された自分が超自我、親とは関係無しに自分がしたいことをするのが無意識、無意識と超自我の間で葛藤する自分が意識、だった。


そして、人が本当に幸福になるには、超自我の影響から脱して、無意識を解放することだ、と言っていた。


この話には無理がある。超自我が邪魔なら、最初から超自我は無い方がマシだ、となる。それで、無意識の暴走を防ぐ意味では、超自我も仕方無い、という話になっていた。


人は最初は無意識だけだけど、親の教育で超自我ができて、そこから葛藤が始まる。最初は超自我に従うけど、無意識が封印すべき害悪ではない、無意識が本当の自分だと受け入れられた時に、人は本当の意味で大人になる。そういう話だった。


私の場合、超自我はお父さんの倫理教育だった。超自我は「利他の実践だよ」と言ってきたので、私は他人を助けなければならないと思った。


そして、私は最初は、超自我を倒して、お父さんの影響から脱却し、無意識の自分を解放することで、幸せになれると思っていた。


だけど、違った。私はお父さんを心の底から尊敬しており、超自我は寧ろお父さんからの影響として歓迎すべきものだった。


寧ろ、親の期待に関係なく、私利私欲に生きたい無意識の方が、私の中で悪に近いと気づいた。


しかし、無意識が悪でも、それが自分の中に存在する以上は、私は無意識を自分の一部として愛するしかない。


私は無意識を幽霊・悪と名づけ、その改心を試みている。