内向思考

「考えるけど、思うんだけど、何?」

 

外向感情

「どうぞ」

 

内向思考

「それなら言うけど、考えるのは、Ever17はどうでも良くて、主観的な論理についてだ」

 

 

 

 

「主体」とは認識や行為の担い手であり、自ら考え行動する存在を指し、一方「客体」はその主体によって認識・利用・操作される対象を指します。例えば、美術館で絵を見る場合、「見る人」が主体、「絵」が客体になります。

 

 

内向思考

「Ever17の考察で言えば、私やayのように考察をする人が主体で、考察対象であるゲームEver17が客体だ。

 

 ayの考察は、ay自身がそう思うという主体が大半で、Ever17を客観的に考察したものではないと思う」

 

 

 

 

 

>  登場人物がプレイヤーに呼び掛けるような格好になったとしても、大抵のプレイヤーは、それが本気でプレイヤーに呼び掛けているとは気付かない。 未知の登場人物がいるんだ、くらいにしか思わない。 

 

 

 

内向思考

「それは、ayの場合はそう思ったんだね、としか思えない。私は本当にプレイヤーである私に呼びかけてもらっているような気になった。それが主観でも構わない。私のEver17への感動を説明するには、この主観は不可欠だ。

 

 それを誰が必要とするかは知らない。ただ、共感力のある人なら、察してくれるとは思っている。

 

 ayは結局、主観でしか話をしていない。どれだけ論理的に考えても、それはayの内面世界での話ではそうなっているんだね、としか思えない。それはそれで良いけど(私は主観は主観で大事だと思っている、共感が産まれるから)、主観を客観と勘違いしてはいけないと思う。

 

 以上」