悪人

「俺は私利私欲しか考えていないから、主観で良いと思っている。

 

 だけど、他人と利害を調整したいなら、客観的に考えることも必要だと思う。

 

 法律やルールは、自己の利益を最大化する性悪説主義的な発想の時点で、エゴではあるが、客観的なエゴである。

 

 まあ、本当に自分が得するにはどうすれば良いのか考えるべきだな」

 

 

 

善人

「私は可哀想な人に同情します。その『可哀想』の基準は、相手の苦しみが想像できた時です。

 

 それが私の主観でも構いません。自分が可哀想だと思うから、自分と同じように可哀想な人に奉仕して、自分と相手を助けるだけです。

 

 客観的・他人の視点と言っても、その他人が全く可哀想に見えないなら、私は相手にしません」

 

 

 

賢者

「よく混同されるのが、論理的であることと、客観的であることは違う。

 

 客観とは客体・他人の意見であって、他人の意見を素直に聞いて理解するなら、感情的な人でも客観的な人はいる。『みんなそうしているんですよ』は感情的だけど客観的だ。

 

 論理とは自分の理性に従うことであって、他人の話を聞かずに自分の理性でだけ話をする人は、論理的であっても主観的だ。ayはこれに該当する。

 

 私は主観的でも論理的でも構わないと思うが、本当に客観的に他人に納得してもらえる意見を言いたいなら、他人の話を聞くべきだ。

 

 あるいは、他人などどうでもいい、俺の話を聞け! と思うなら、主観的な論理を駆使することを覚悟すべきだ」

 

 

 

馬鹿

「客観って何? 他人がどう思うか? それって僕に関係するの? 僕は僕の意見で生きるよ。じゃあね」