やっと、棲み処(住処)を、手に入れたけれど、、、、、、、、、、、。

自分が、、、年月を重ねて、、、、気が付けば、、、、、、、、、、老人と変わり果てていた。

伴侶(配偶者)に、、(良い伴侶に恵まれず)、、、、、、、、荒れ野の結婚生活を継続する事さえ出来ず、十年裁判離婚で、離婚できたけれど、、、、、、、、、、、、、、、、、、、自分の横に伴侶がいない、、日々は、もう、三十年近く、伴侶無しで、すごしてきたけれど、、、、、、、、、、   寂しい。

 

実子は、いまだ独身女性で、、、、、、、、、、、、、、私に親としての甲斐性も無いので、、、、、、、、、お手上げ状態。

 

 

若い頃の 思い出は、、、、、、、、、、、度重なる(自分の人間失格&人間欠落)ばかり。

泣きながら 天神から西新まで、徒歩で  一人とぼとぼと、、、、、、、、、と、失恋三昧の欠落人生の日々。

黒田城あとの お堀端の 咲き乱れる”紫陽花”が  妙に 記憶に 残っている、  不思議な事に。

 

 

 

   ちなみに、私は   日本(福岡県)に 軟禁状態で、、、、、、、、、滅多に旅行も出来ず、記憶に残る生涯一度の外国旅行は、韓国への釜山のみ。   非常に 切なくて 恨めしい也。

   一泊の釜山(ロッテホテル)也。