映画を見る時、原作があると、まず原作を読む。それから映画を見る。その反対だと、原作に気が向かなくなる事があるからだ。

日本映画と違って、長い原作を上手にまとめるものだなと感心する。子供の頃、かわいいミーシャの事、紫婦人から知性と教養と強靭さを教えられる事、復讐を成し遂げる事。すべてをきちんと映像化している。

そして、ハンニバルの印象的なクールな瞳。小説の中のハンニバルは彼でピッタリと思った。

ただ、紫婦人は小説から感ずる印象と全然違う。コン・リーからは真の日本女性の美しさ、背筋がスッと伸びて、凛とした強さが、たおやかな逞しさが感じられない。彼女はどこから見ても中国人だ。か弱そうな、媚を秘めた瞳は紫婦人には合わない。

いつも思うのだが、どうして海外の映画の日本人は、いつも中国人を使うのだろう。そんなに、英語が堪能な女優が日本にはいないのだろうか。とっても寂しい。

今日、たまたまTVで映画「レッド・ドラゴン」をやっていたので見た。これも、小説も読み、映画も見ている。カワイそうな生い立ちの犯人は、悲しそうなキレイな瞳をしている。「ハンニバル・ライジング」のハンニバルの方が怪物の瞳をしていた。

両方を見て、フッと神戸の事件の「少年A」を思った。「ハンニバル・ライジング」の中の首をポストに置くシーンと「レッド・ドラゴン」の犯人の“レッド・ドラゴン”を崇拝し心を支配される様が似ていると思った。