最近ますます言語の難しさを、
身にしみて感じております。
ものごとを理解する過程で、
対象→言葉→理解
というプロセスで、
理解が行われるから、
どうしても速さを超えることができない。
小説のような簡単に理解できるものを、
深く集中して、単語ひとつひとつを理解できるスピードを超えて、
読んだときなら。
理解できてないのに、
わかる、
というのが実感できる。
右脳速読の領域から出る光を、
すこしだけ見ることが出来る。
でも外国語になったら、
全然無理。
英文→日本語→もの→理解
とプロセスを一つ増やすことになってしまって、
さらに遅くなる。
もちろん慣れてきて、
英語を理解するのに、
日本語を介することなく読むようになれるものなんだろう。
でも、俺がまだだめなんですね。
実際には日本語を介することなく読む、
ようにしてるけど、
腑に落ちない。
ちゃんと理解できてる過程が、
意識の上で、
イメージにならない。
不安なのかもしれない。
不安な状態を、
理解できてるとはいえない。
俺は英語でインテレクチュアルな議論ができるくらいの、
言語力を付けたいと思ってるんです。
そのためには、
現時点で予測できる限りの学力を身に付けて、
そこから根本的な大きな変化を起こさないといけない。
と感じる。
ちまちま参考書とか本とかを、
読んで勉強してるような、
甘い負荷じゃあダメなんだろう。
俺の脳の処理できるぎりぎり外の、
大きな負荷をかけないと、
根本からの革新にはならないと。
ちょうどいいことに夏休みなので、
ちょっと気合を入れて、
限界に挑戦してみよう。
さて、何でやろうかな。。。
