ご無沙汰しております。

ブログ再会と言いつつ数か月も放置してしまいました。

 

言い訳になっちゃいますが、単にサボっていた訳ではなくてですね。

実はこんな活動をしていたから、なのです。

それがこちら

 

https://ncode.syosetu.com/n8933ip/

 

 

極々普通なファンタジー作品になってしまいました。

 

本編最終話の後書きにも書いたのですが、書こうと思った切っ掛けは故郷をネタに何か欠けないかなぁと思ったから、なのです。

 

ちなみにその故郷ってのは、茨城県の桜川市なのですが、その隣の笠間市での話のほうが長かったりして、少し構成が変わってしまいました。

 

結局、地元ネタは少ししか放り込めなかったのですが、それが帰って物語を引き締めることができた、と自画自賛してもいたりします。

 

誤字脱字が多くて未だに見直し修正が終わりませんが、勢いで書いたので仕方がないです。

 

小説投稿サイトでは紹介しきれない、細々とした設定秘話やなんかを、こちらのブログで綴っていこうかとも思います。

 

で、この作品、今年初めに投稿したのですが、もう既にPV、つまり閲覧数が6,000を超える程読まれている事に、私自身驚いちゃってます。

 

すでに物語は完結していますが、次回作は今まさに執筆中でして、それが実はこの作品の未来のお話になってたりします。

 

という事で、話が続いていくにつれ登場人物も増えていく一方なので、この場を借りて登場人物の人となりを説明していこうかな、と思っております。

 

今回はこの辺で。

ではまた。

今更ですがブログ再開の運びとなりました。

妻を亡くして早くも2年と7か月が経ちました。

当初、本気で何もする気が起きず
虚ろな気持ちで通常を装ってはいましたが

何かをしないと心が持たないと感じ
思いつくままにYouTube用の動画に本格的に取り組もうと思い立った訳です。

私のYouTubeチャンネルは当初、
ほぼほぼ私的な動画のアーカイブとしてのみでしたが

妻とあちこち旅行に行こうとも考えていた事もあって
個人的な趣味とも合わせて、鉄道に纏わる色々なコンテンツを作っていこうと思い立ちましたよ。

で、気の向くままに、あるいは気を紛らわす為に
動画を撮っては編集しアップする事を繰り返してきました。

しかし、やっていく内にコンテンツや動画の内容や編集にも拘る様になりまして。
それゆえに泣く泣く割愛するシーンも多々あったりします。

そうなると、それらを補足する必要も出てきたりもするのですが
中々それも厳しい状況も出てくるわけですよ。

特に、私の動画はナレーションを入れず、テロップで情報を伝える事を信条としています。
理由は
「自分の声が嫌い」
「活舌が悪い」
「訛っている」
「アフレコめんどくさい」
だからです。

まぁ、ほぼ我儘なんですが。

とはいえ、ナレーションを充てたとしても、限られた動画の時間では情報が欠落してしまう事は避けられません。

ということで

その補足をする場として、せっかくなので当ブログを活用すべきではないか、
と思い、「撮影行脚裏話」としてブログ再開を決意しましたよ。

ですので、若干過去の内容とは毛色が違ってくると思います。

ちなみに、私の創る動画は自ら設けた制約がありまして
それは
1・「動画の時間は30分前後に纏める」
2・「コンプライアンス厳守」
3・「思想を持ち込まない」
4・「撮影地に敬意を表する内容とする」
5・「撮影地に興味を持ってもらえるよう情報を小出しにする」
でございます。

特に5の「情報を小出しに」というのは、一つの動画を観ていただく上で全て完結してしまうのはどうなんだろうと、私なりの疑問から来ています。

興味を持った、あるいは頭にひっかかった事項を「調べる」という行為そのものに、個人的に楽しみを感じているから、と思います。
これだけ情報が溢れ、簡単に入手できる現代だからこそ
「調べて納得し知識として吸収する」
というプロセスが一つの娯楽として成り立っているんではないかとも思うわけです。

まぁ、単に手間が増えるという見方もありますが、それもひっくるめてのエンターテイメントではないかと、ね。

という事で、長々と御託を並べましたが。
当ブログ、YouTubeの補足の場としての再開でございます。

なお、それ以外でも以前と同様、日々の出来事なども記事にしようと思います。

ともあれ、本当に今更ですが今後ともよろしくお願いします。

まだまだ暑い日が続いています。
気力も体力も奪われ、補充が追い付きませんです。

そんな中、安倍首相が辞任を表明しましたね。
国を背負う重圧も相当なものだったと思いますが、日本国として総崩れとなった民主党政権時代からここまで持ち直したのは、単純に凄いと思います。
長い間、本当にご苦労様でした。

ハウディ!
エイジでございまーす!

という事で。

今回は三岐鉄道に乗ってきたのでレポでも。
西桑名駅から乗って、終点の阿下喜駅まで行き、また西桑名へ戻る。
ホントにただ乗ってきただけです。

なお
阿下喜には「軽便鉄道博物館」なる施設があります。
また、初夏の頃には近くの員弁川で蛍の乱舞が見られます。

さて、出発は西桑名駅からです。
改札口あたりは昭和チックな雰囲気が残っています。


これがいわゆる「ナローゲージ」の線路。
左右の線路幅が極端に狭いのがわかります。
ちなみに日本では3種類の線路幅の規格があります。
新幹線や私鉄などで採用している1435ミリの「標準軌」。
JRや一部私鉄で採用している1067ミリの「狭軌」。
そして北勢線などで採用している762ミリの「特殊狭軌」。
この特殊狭軌をナローゲージと呼称しています。


西桑名駅ホームから阿下喜方面を望む。
丁度電車が入ってくるところでした。


こちらが北勢線の車両。
ホントに小さいです。


車内はこんな感じ。
バスなみのスペースです。
この車両はクーラー無しの昔ながらの車両。
個人的には暑いけど風情があって好きです。




一気に阿下喜駅まで乗車。


駅構内にある「軽便鉄道博物館」。
置いてある車両は昔実際に使用していたものだそうです。




阿下喜駅。
静かで長閑な終着駅。
ミンミンゼミとヒグラシの鳴き声が似合いそうです。

こちらではそのどちらも生息していません。
残念。


阿下喜から折り返して西桑名へ向かいます。
車両後方展望。


「めがね橋」と「ねじり橋」が架かるあたりの車窓風景。
良い感じの風景です。




楚原駅。


東員駅北側にある北大社信号場。
車両基地になっています。
塗装が違う車両もありますね。


東員駅にて。
対向車両にはイメージキャラが描かれてました。


馬道駅。
この全体的に昭和チックな雰囲気が凄く好きです。


西桑名駅近く。
近鉄、JR線をオーバーパスします。
近鉄(左)の標準軌とJR(右)の狭軌の比較が興味深い。


さて。
初めて乗車した北勢線。
感じとしては昔の江ノ電みたいな感じです。
途中、出発時に乗り遅れた少年を、運転手が電車を止めて待ってあげたりと、全体的に古き良き鉄道風景が残る稀有な路線だと思います。
運行本数も意外に多く乗車率もそこそこあるようで、しっかりと地域住民生活の足として機能していると感じました。

特に北勢方面へ行く用事もないんですけども。
また乗りに行きたくなる、何とも言えない魅力があふれる鉄道です。

では。
 

先日、健康診断の結果が出ましてね。
肝臓がヤヴァイとの事で紹介状が入ってましたよ。
酒控えよう。

ハウディ!
エイジでございまーす!

という事で。
相変わらずな休日を過ごしてます。
兎に角暑い、というか熱いっす。

それはさておき。
今回は三岐鉄道の歴史について少し。

現在の北勢線の東側起点は「西桑名駅」です。

かつてはここからさらに東へ延びていたそうです。

昭和36年(1961年)当時の様子がこちら。
画像は引き続き国土地理院の空中写真を引用しています。


ちょっとごちゃごちゃして見難いですが。

緑枠線内にあるのがかつての北勢線。
本線が大きくカーブした後に、旧西桑名駅から東に延びて、国道1号線と交差してさらに東進しています。
最終の駅は「桑名京橋駅」だったそうです。

ちょうどこの写真が撮られた年に、国道1号線の渋滞緩和の為に西桑名-桑名京橋間は廃止となったそうです。
昭和36年頃といえばモータリゼーションが活気を帯びていた時期。
今ほどではないにしろ、自動車の交通量が爆発的に増えたことは容易に想像できます。
と同時に、それだけのインフラが整っていない道路網に加え、大動脈である国道1号線を塞ぐ形になった軽便踏切は邪魔者となったのでしょうか。

時代といえばそれまでですが、なにか残念な感じもします。
とはいえ、この路線が存続していたとして、利用客がはたして維持できていたかというとそれも疑問符が付くところ。
北勢線自体が廃線の危機にあった事をかんがえると、いわずもがなです。

というわけで。
この路線は廃止、撤去されて早60年あまり。
そんな廃線跡には何があるのかは興味あるところです。
ちょとはその歴史に触れられるといいなと思い、その路線跡を辿ってみました。

現在の西桑名駅。
線路はここでプツリと切れていますが、
かつてはこのあたりから先に延び、大きくカーブして東に向いていたようです。
現在のバスターミナルはかつて西桑名駅舎と車庫があった場所のようです。


駅前から続く道を東に100メートル程歩くと国道1号線に出ます。
画像右方向が西桑名駅方面。


国道を渡ると、すぐそこにはアピタが。
この道路左側、現在は病院の敷地になっている所が、かつて線路が敷設されていた所。
当時の様子を見てみたい気もします。


アピタ横を東進すると桑名市民会館脇に。
若干クランクしていますが、クランクの先が路線そのままの跡みたいです。


市民会館脇から桑名駅方面を振り返ります。


市民会館を抜けると交差点に。
この横切る道路の名前は知りません。
北勢線初の自動踏切警報器はここに設置されたのでしょうか。


さらに東進してT字路で止まった所。
ここにかつての終点「桑名京橋駅」があったようです。




プレートには「京橋町」の文字が。
なお、桑名京橋駅は改名前は「桑名町駅」だったそうです。


ここに駅があった理由、その答えの一つがこの「寺町通り商店街」にあるのかな、と。
つまり町の中心部はこの一帯だったのでしょう。


さて。
廃線跡をトレースしてみましたが。
その痕跡は何一つ発見できませんでした。
が、なんとなくその路線があった道はその雰囲気が残っているようにも感じます。
市街地なればこその廃線後の姿なのかも知れませんが、一つくらい遺構があっても良さそうな気もします。
なお
この路線の北側、八間通りと呼ばれる通りにも、かつて路面電車が走っていたとの事。
こちらもその遺構は見事なまでに消滅しているんだとか。

という事で。
次回は現在の北勢線の乗車レポでも書こうかと。
近いうちに動画も撮りたいと思ってますが。

水戸線の動画作った反省としてBGMは必要かなと思い、
BGMを自作して録音したいのですが、
MTRとかすでに所持してないのでどうしようかと。
うーん・・・
BGMは要らないか。

では。
 

中国発の武漢コロナウィルス禍の中、皆さま如何お過ごしでしょうか。

私はこのクソ暑い最中、
幸いにも罹患する事もなく、
微妙に仕事も小忙しく、
休みの日は外出も殆どせず、
ほぼ毎日呑んだくれています。

ハウディ!
エイジでございまーす!

という事で。
当ブログも半年以上ほったらかしでした。

まぁ、こんなご時世ですのでホイホイと外出もできませんので、書くネタも無いわけでしてね。

実は今年に入ってすぐに、GWには北海道にでも行こうか、と計画していたんですが。
結局は行かずじまいでした。
そんな感じで過ごした令和2年。

休みの度に引きこもっていても仕方がないってことでね。
お盆は茨城への帰省もできない状況もあり
ほんと近所に気晴らしですがふらふらと外出する事に。

理由としては二つ。

ひとつは、最寄り駅である桑名駅がリニューアルするってことで。
これまでの改札口は今月いっぱいで閉鎖されるとの事。
20数年前、この地へ初めて降り立った時の風景が無くなってしまうので、せめて写真で残しておこうかと。

そしてもう一つは、三岐鉄道北勢線に乗ってみようってことで。
特に思い入れとかはありませんが、歴史ある鉄道だし、日本では殆ど残っていないナローゲージの鉄道だし。
何より、せっかく目の前にあるんだし、一度は乗ってみようと常々思っていた訳です。

てなことで。
今回は桑名駅の、まさに移り変わりの瞬間といってよい風景をば載せてみようかと。

昭和50年(1975年)頃の駅舎。
画像は国土地理院の空中写真を拝借しました。
画像左にあるのが桑名駅です。
少なくともこの頃には今の駅舎が存在してます。
昭和40年頃の写真では確認できませんでした。


ちなみに、この空中写真左にある曲がった線路はかつての北勢線です。
次回以降で詳しく追っていこうと思います。

東口のロータリーから続く通路。
バスターミナルや三企鉄道の西桑名駅への連絡路がありましたが、今は解体されています。








東口の階段から。
この光景ももうすぐ見納め。


改札口。
JRと近鉄が同居しています。
数多の人が旅立っては帰ってくる、当たり前のようで尊い場所。
何気ない風景ですが、ここももうすぐ思い出の中だけの風景に。












改札の南側階段。


改札から出て北にある、駅に隣接する複合ビル。
駅前の商業ビルからの連絡路も兼ねています。




もうすぐ閉鎖されるため、ビル内テナントはすべて閉店しました。
人もまばらで寂しさMAX。
というか、ずいぶん前から閑散としてはいましたが。








そして新しい駅舎。
ここがこれからの桑名市の玄関口となるのでしょう。








実際の所、私が初めて桑名駅に来た時と比べても、構内の飲食店が無くなっていたりコンビニができたり、ロータリーはもちろん駐車場も無くなったりと、様変わりは激しいと感じていました。
が、駅舎そのものが移転するとなるとこれまた大きな変化でもあり、時代の転換期といってもよいかと。
変わることの良し悪しや賛否は別としても、その変化点に立ち会えたことは良かったかな、と思います。

といった所で。
次回はその桑名にある世界的にも希少となった鉄道
「三岐鉄道 北勢線」
についてつらつらとあげていこうと思いますです。

では。

あけましておめでとうございます。
令和も2年になりました。

 

てな事で。

 

年末はインフルエンザで大変な目にあいました。
とはいえ、予防接種が効いたのか元々鈍いのか、さほど体もきつくなく、完治するまで家に引きこもっていました。

 

そんな病み上がりの状態で実家へと帰省しましてね。
予てより作りたいなぁと思っていた動画の撮影を敢行しました。

 

何の動画かというと、故郷の鉄道「JR水戸線」のプロモーションみたいな動画です。
と、それと同時に、「結城街道」という、地元民でもあまり興味のない古道を、バイクで一部走破する動画の撮影でした。

 

水戸線はYouTubeで色々な動画がアップされていますが、路線の歴史や全駅を合わせて載せている動画はありませんでした。
というか探し出すことはできませんでした。

 

ならば、と。
無いならば作るしかないってことで。
そんな感じで作った動画がこちら。

 

 

 

 

物心ついた時からなじみの深い水戸線、茨城県でも最も歴史の古い部類の路線でもあります。

 

明治時代に開通した全長約58km、駅数20駅の比較的短距離の路線。
そんな水戸線、いざ撮影するとなるとこれまた大変でした。

 

概ね1時間に1本間隔のダイヤってことで、撮影は足掛け3日に及びまして。

 

「各駅に下車しては駅を撮影し次の電車を待ち乗り込む」
を繰り返し、中日にはバイクで線路脇からの走行風景の撮影も挟んだりして
さらに初日は快晴だった天気も最終日には雨になり、動画の編集に苦慮したりとあらゆる面で苦労しましたよ。

 

幸いにも年末の帰省ラッシュとはあまり縁のない路線です。
車内からの風景撮影もすんなりと実行できました。

 

基本車内からの撮影は、ドアの窓からのショットです。
つまり全線に渡って立ちっぱなし。
これも結構大変でしたが、一番苦労したのは駅で次の電車を待つ暇つぶしです。

 

ほとんどの駅は、駅前に何もないローカルな土地柄。
徒歩5分圏内にコンビニすらない駅が殆どですので、結局スマホ弄って待機です。
晴天時はまだそれ程寒くはなかったのですが、雨天時はきつかった。

 

さて、動画では使わなかったショットも幾つもありますが
せっかくなのでそんな中からいくつか紹介します。

 


結城駅前の市内案内板。

 


川島駅の時刻表。
下館以東はもっと本数が減っています。

 


下館駅の連絡橋。
わりと年代物だったりします。

 


新治駅前にある小栗判官についての案内板。

 


岩瀬駅にある水戸線100周年碑。

 


羽黒駅東にある陸橋。
これも開通当初からある年代物。

 


福原駅前の石碑。

 


笠間駅舎内の壁。

 

というわけで
そんなこんなで撮影はなんとか終えました。
本当に最終日の天候だけが悔やまれます。
どうせなら雨ではなく雪だったら、風情のある風景も撮れたろうにと思いますが、こればかりは仕方ありません。

 

で、大みそかには三重に帰る事になりましたが。
これがなんと、東海道新幹線は夕方まで全て満席との事。

 

これは失敗でした。
というか
こんな時くらい、東海道本線で臨時列車の急行や特急を設定してくれても良いんじゃないでしょうかね。
新幹線のサブ的な位置づけで。
新幹線の乗車率100%超えてるってことは、需要はかなりあると思うんですが。

 

割高だろうが4時間かかろうが、あればむしろそっちをチョイスする人の方が多いんじゃないでしょうか。
重い荷物もって通路に立ちっぱなしでいるよりはよっぽどいいと思います。

 

てな事で。
ファントムも平成元年度でリタイアってことでやや気落ちしそうな今年。
せっかくなので結城街道の歴史でも研究してみようかと思う昨今。

 

ほぼ歴史的資料が無い結城街道、探索のし甲斐はあるかと。
というか
そんな郷土の資料が行政側に存在しないって、どうなの?
とも思わなくもありませんが。
あるんでしょうかね?

 

ともあれ
今年もよろしくお願いします。

 

 

行ってきました。
令和最初の、そしてファントム飛行隊最後の百里航空祭です。

 

昨年のレポで書いたように、三つの飛行隊が健在だった昨年が大規模なファントムの乱舞は最後かと思ってました。
が、どうしてどうして、残り二つの飛行隊となった今年も、昨年と同じくファントムは飛び回ってくれましたよ。
301飛行隊、501飛行隊ともに単独アラート任務と残り少ない実働機、と苦労する中、感動的なフライトで航空祭を盛り上げてくれました。

 

最後の百里ファントム航空祭、私も土曜日の事前公開日からしっかりと堪能してきました。
現役時代に携わった機体も少数残っていましたので、それらとのお別れ会って意味合いもありました。

 

金曜日に仕事を終えて一旦帰宅してから三重県を出発、交通機関の都合で東京で夜を明かす事となりました。
そして土曜日、上野始発の電車で実家へ向かい、実家に到着したのは7時ちょい過ぎ。
そそくさとバイクを引っ張り出して息つく暇もなくそのまま百里へと走り出しました。

 

雲一つない空、放射冷却で氷点下3度の中バイクで走りましたが、ほんっっっとうに寒かった。
朝日が眩しいわ、シールドが曇るので閉められないわで顔面は寒さで固着してましたよ。

 

凍えながら百里の地に着いた頃には、すでにファントムは飛び回っていました。
天候は雲一つない快晴。

 

 

遅れて到着した友人と合流し、某所でまったりと事前公開を眺める事に。
ファントムが着陸してしばらく、今度はF15の機動飛行となりました。
昨年同様、小松の303飛行隊が担当してくれたようです。

離陸こそダイナミックな機動をしましたが、あっさりと終了。
何やらトラブルのようです。

 

そしてその後はブルーインパルスの展示飛行です。
午前中の展示飛行は珍しいですが、そういや百里では、いつだったかも午前中にやったような記憶もあります。
ま、陸の孤島の事情でしょうか。

 

待つことしばし、いよいよ離陸直前となって3番機がアボート。
エプロンへと引き換えしていきました。
そのまま1機欠けた体制で展示飛行を続行となりました。
よくよく見ると4番機にナンバーがありません。
4番機が予備機に差し替えとなっていたようです。

 

そんな状況ですが展示飛行はしっかり魅せてくれます。
真っ青な青空に白いスモークが映えます。
若干変則的な第一区分(改)をしっかり堪能しました。

 

こちらの様子は動画でようつべにアップしましたので、興味ある方はご覧ください。

 

 

眠気と寒気もあり、ムスメの迎えもあるってことでブルーが降りたところで一旦帰宅。
帰りもクソ寒かった!
実家で人心地ついた所で駅にムスメを迎えにいきます。
ちょっとやそっとの防寒対策ではイカンという事で、ムスメと防寒具を買いに出かけた後、明日にそなえイッポングランプリを見つつ就寝。

 

あけて日曜日。
夜明け前に動きます。
昨日程ではないにしろ、やはり寒い。
防寒具のおかげで厳しさは和らいだものの、やはりこの時期のバイクは寒いっす。
走行中、鼻水がシールドに飛び散ったりして大変でした。
昼ぐらいには温かくなることを期待せずにはいられません。

 

が、気になるところはそこではなく、空のほうです。
昨日とは打って変わって雲、雲、雲。
百里に到着した時点でも曇っています。

 

なにやらこの辺も昨年と同じです。

 

友人はまだ到着できないとの事で、一足先に基地に入ります。
今回は広々としたエプロンで、しっかりとファントム最後のお祭りを楽しもうと洒落込みます。
ウェザーチェックが飛び回る中、出店でけんちん汁と焼きそばを購入。
冷え切った体に沁みわたります。

 

 

空にはまだ雲が広がる中、オープニングとなりました。
6機のファントムが次々と離陸していきます。

 

と、場内放送で
「飛行場付近でドローンの飛行が確認されたため、一部展示内容を変更します」
との事。

 

どこのバカかはしりませんが、捕まえてしばき倒したくなりました。
というか、飛行場周辺での無許可でのドローン飛行は、普通に公安事案では?
というか、ドローンは日本では完全禁止でも良いんじゃない?
完全禁止でもだれも困らないと思います。
この影響で、飛行高度が昨日よりもかなり高めになってしまいました。

 

ではここからは写真を交えダイジェストで。

 


オープニングに向かう301sqのファントム

 


エプロンに描かれたウェルカムボード

 


まだ残されていましたオジロスペシャル

 


背部に書かれたレターが感慨深い

 

 


レコンファントム
インテークのイラストに注目

 


ウッドペッカーが見られるのもあとわずか

 


最初で最後のファントム飛行隊、301飛行隊のスペシャルマーキング機

 


カエルはビッグサイズに

 

 


キャノピー内にはカエルがいました。


編隊航過、RFによる写真撮影が終わり、ファントムが次々と着陸。
その後F-15の機動飛行が始まりました。
昨日よりはしっかりと機動飛行を魅せてくれました。

 


ドラゴン出撃

 


筑波山をバックに

 


そしてブルーの展示です。
昨日とは違い、6機フルでの展示となりました。

時折雨粒も落ちるような雲が覆っているため第3区分となったようです。
第3区分といえど縦系の科目も入るなど、若干変更している様子です。
私が一番好きなボントンロール、ムスメが一番好きなコークスクリュー、どちらの科目も見られて満足至極です。

 

ブルーが降りた後は救難隊の展示。

 

 


災害派遣、人命救助の最後の砦、救難隊のデモも凄かったです。


お昼は途中コンビニで買った食料をむさぼってまったり過ごしていると、青空が顔を出してきました。

フライトがない時に晴れても、ねぇ。

 

そして午後もファントム乱舞。
ここにきて奇蹟的に青空が広がってきました。


筑波のガマをモチーフにした301飛行隊の部隊マーク、それをアレンジしたスペシャルマーキングのファントムが鮮やかに大空に映える結果になりました。

 

 

 

まずは301飛行隊によるファントムの機動飛行、デモスクランブル発進、対地模擬射撃と続きます。
昨年と同じくらい、近年では見られないほどの低さでAGGを繰り返します。
ここにきてやはりファントムはカッコいいと実感します。
この雄姿もこれで見納めかと思うと、瞼だけでなく心にもしっかりと焼き付けておこうと瞬きもせず見入っていました。

 

最後はレコンファントムによる戦術偵察飛行です。
こちらも今年で最後となる展示飛行。
こちらも素晴らしい飛行でした。

 

思えば現役時代、レコンファントムは触れる機会も少なかったのが残念な所です。
記憶にあるのは那覇に飛来した時に一度だけ修理に携わったのがすべて、です。

 

全ての展示飛行が終了し、心残りも若干ありますが撤収となりました。
帰りしなに出店をめぐり、Tシャツとタオルを購入。
ムスメは最後の1枚となった記念パッチを辛くもゲットし満足気です。

 

駐輪場へ歩く道すがら、ブルーとF15はホームベースへ帰っていきました。
こちらもまずは実家へと帰ります。
帰りも朝ほどではないにしろやはり寒かった。
友人とブレイクして実家で一休みし、そのまま三重県へむけ出発と相成りました。

 

本当に最後となったファントム主役の航空祭。
今年度で501飛行隊は解隊、301飛行隊も後任が百里でアラート任務可能になった時点で消滅となります。
岐阜に若干残るであろう機体も、おそらくは今年度中にその任を解かれ、永眠することになるのでしょう。

 

最後に元気いっぱいのフライトを見せてくれたファントム、そして全隊員の皆様に感謝します。

 

ではまた。

 

富士山も雪をかぶり始め、本当に秋が短くなったと実感する今日この頃。

 

 

今季はまた雪深い年となるんでしょうかね。

 

ハウディ。
エイジですー。

 

という事で。
若干早めですが、12月1日に向けての準備をしに帰省したわけですけども。
何の準備かというと、ずばりバイクです。

 

今年何度か帰省した折に乗り回していた訳ですけども。
セルモーターが回らないので始動はキックでヒイコラしてましてね。

 

セルモーターやダイナモがそんなに早くダメになるともおもえず、やはり原因はバッテリーではないかと。

 

充電器も準備して、いざ愛車NAVI110からバッテリーを取り出すと・・・
なにやらゲル状のものが垂れてましてね。
結論からいうと、蓄電不可、つまりバッテリーではなく、単なる重りになってました。

 

これではいくら走っても蓄電しないわけです。

 

こりゃあイカン、とすぐさまホームセンターに行きまして新品のバッテリーを購入。
バイクにセットし端子を順番に付けまして。
で、セルを回してみると一発起動と相成りました。

 

まあ、散財しましたが気づいて良かったです。
当日になって慌てずに済みました。

 

元からついていたものは、やはりアチラさんのモノでしたね。


質、も怪しいですが、どっちかというと輸出前の保管状態に問題があるのではないかと。
いずれにしても海外製品は必ず何かが壊れると思っておいて間違いないと実感しました。

ま、日本製でもパーツはほぼ海外製ってのが大多数ですので、そういう意味では今やメイド・イン・ジャパンもメイド・イン・インドもメイド・イン・チャイナも遜色ないとも言えますが。
なにやら寸借詐欺みたいになってますな。

 

そういや
今のバッテリーって、メンテナンスフリーという名の密閉型なんですな。

 

ところで。
丁度帰省した16日は山手線が運転見合わせとかで、東京駅あたりは動いていませんでした。

いつもは常に混雑している浜松町駅もこんな感じ。

 

 

なんでもゲータレードがどうとか言ってましたね。
それを横目に、私は一路故郷を目指したわけですが。
やはり道中、小山駅のこれだけは外せません。

 

 

 

温かい立ち食い蕎麦が美味しい季節になってきました。
とてもとても美味しゅうございました。

 

さて、準備は20%くらい整いました。
あとは当日、晴天となれば言うこと無しです。

 

 

今年の夏「も」暑かった!
毎年異常気象とか言われていますが、もはやこの状態が「通常」になっているような気もします。
とりわけ今年は特に異常な感じがしますね。

 

そんな状況を表すかのような現象もちらほらと。

 


以前環水平アークの写真を上げたことがありました。
ちょっと見難いですが、こちらも同じようなモノです。

 


ほんとに何年ぶりかに出た濃霧。
この近辺でこれだけ濃いのはほんと久しぶりです。

 

何にせよ、水害で被災された方々にお見舞い申し上げます。

 

ハウディ!
エイジです!

 

という事で本題。

 

愛車マークⅡは、とうとう限界を超えてしましまして。
泣く泣く車を買い替える事となりました。

 

 

オドが22万キロを超えたあたりからシリンダーも一発ダメになり、いつ動かなくなってもおかしくない状態でしたよ。
色々な思い出を共有したマークⅡでしたが、こうなっては仕方がありません。

 

そんなこんなで買い替えた車がこちら。

 

 

タンクです。
本命はマークXだったのですが、マークXももうすぐ生産終了、ランニングコストもバカにならないってことで、次点のこちらにしまして。
ディーラーの営業さんと色々相談し、コージーエディションってのを注文しましたよ。
このコージーが何かは知りませんが、個人的にコージーといえば「コージー・パウエル」です。
響きだけで決めました!

 

オーダーして待つことほぼ一か月、納車の運びとなりました。

 

それから一か月ほど乗り、ようやく慣れてきたところです。
車よりもドライバーの馴らし運転中ってところですか。

 

慣れない、というか好きではないFF車の感覚も、ようやく気にならないレベルにまで落ち着きました。
やはり走りに関してはFRがベストですが、そんなアグレッシブな走りもしない現在ではこれで良いかも。

 

よくFFとFRの違いなんて気のせいとか言われる方もいらっしゃいますが、実際明確に違いもあるわけでしてね。
感覚的な違いってのは、乗り方にも直結しているような気はします。

 

マークⅡに比べ非力な感は否めませんが、現状はこれで十分です。
高速道路はまだ走行していませんが、走行音とFF特有の操舵感覚以外は気にならないかも。
ATの挙動が若干ナーバスで、アクセルワーク如何で低速時の走りは激変するような感じです。
デビュー当時のRG250ガンマみたいなものですか。
乗ったことはないですけども。

 

燃費に至っては比較対象がマークⅡですので、すこぶる良いとしか言えません。
ま、常識でしょうけどもカタログスペックは理論上の参考値とだけ。

 

車内の広さと装備は、マークⅡとは比較になりません。
車体のコンパクトさとは裏腹に、社内は広々。
車内で寝っ転がれるってのは良いですね。

 

不満な点があるとすれば、未だ掴みきれないシフトの感覚とアイドリング・ストップ機能がデフォってところですか。

 

A・Sは常にOFFにしてます。
せっかくの機能なのに環境に配慮しろ!って声もあると思いますが。
A・Sがどれだけの効果をもたらすのかは不明だし、バッテリーの寿命を早めるだけだし。
何よりあのストール感は不安になります。
終期のマークⅡは交差点でよくエンストしたのでトラウマも入ってますが。

 

そんなこんなで愛車になったタンク。
おそらくは最期まで付き合う事になるであろう車です。
末永く大事に乗って行こうと思います。

 

さあ、来月は一年ぶりの百里航空祭だ!

 


平成の終焉と令和の始まり。
そんな中での10連休と相成りました。

 

ハウディ!
エイジです。

 

さて。
10連休という事で、休んだり出かけたりと色々計画を立てていました。
ひとまず計画は全てコンプリートして、残り2日はまったり休養です。

 

前半の4月末には茨城へと帰省しまして。
去年買ったバイクで近場の「吾国山」へと山登りをしてきました。
むろんバイク進入禁止の道が多いので、唯一の林道を走破。

 

 

 

 

これがまた落ち葉は積もっているわ苔も覆っているわ雨上がりで湿っているわで、かなりスリリングなライディングでしたよ。


そんな様子を動画で撮りました。

 

 

 

 

それから新緑まぶしい田舎をあちこち走り回って一日を終えます。

 

 

 

走り回って満足し、翌日にはそそくさと三重へと帰る事に。

 

そして後半5月初め。
ムスメ、嫁とともに大阪まで遊びに行きました。

 

予約などしてなかったので、大阪へのアクセスは大変でしたよ。
近鉄特急は軒並み満席、急行も各停も乗車率は高かったです。

 

大阪では道頓堀、新世界、あべのハルカスと、食べ歩きしつつ楽しみました。

 

まずは腹ごしらえでココのたこ焼きを。
揚げ玉の食感も新鮮でかなり美味しかったです。

 

 

グランド花月は満席だったのでよしもと新喜劇は観られず。残念。

 

道頓堀ではチーズドッグを。
こちらも美味かった。

 

 

 

 

で、タピりつつ通天閣のある新世界へ。


 

 

 

こちらで串カツを堪能。
滅茶苦茶美味しかったです。
店員さんの対応も心地よく、沢山ある串カツ屋の中でこのお店はおススメです。
ごちそうさまでした。

 

そしてあべのハルカスへ。

 

 

こちらも人が多く、展望台へは40分ほどの待ち時間。

 

展望台に上って外を見ると、なんと火災が。

 

大阪の街を一望。


 

 

そろそろ日も傾いてきたので帰ることに。
帰りの特急はすんなり席が取れて一安心。
かなり歩いたからか疲労感もあり、帰りの電車内では船漕いでました。

 

緩急激しい連休でしたが、ゆっくりヌチグスイできました。

 

では、令和も引き続きよろしくお願いします。