さてさて、続きです。
私との年の差が17もあることから、再婚かと尋ねられる
こともしばしばあるダンナですが、初婚でした。
ちょうど独立したばかりの頃に付き合っていた彼女と別れてから
彼女いない歴5年強だったダンナ。
もう半分結婚はあきらめていたと言いますが、私にはスゴイ勢いで
押しまくりでしたね(^m^;)
高校生の小娘に夢中だったのですよ(お前が言うな!)
当時はバブル期の終焉間近。まさかあっさり弾けるとは思いもよらず
世間が強気に浮れている頃でした。
収入もそれなりにあるし、次男で、既に3LDKのマンションを所有して
優雅な一人暮らし。
私の方は特に結婚を意識していたわけではないのですが、とにかく
ダンナのプッシュがすごくて、たぶん結婚するのかなぁと考えてました。
世間知らずの私は、思わず「もしかしてこれって、玉の輿?」
なんて感じでね(^^;)
1年間の同棲を経て入籍。半年後には式も挙げました。
ダンナは最初の頃、金銭的余裕があったのと、独り身の時の侘びしさを
埋めるかのように、とにかく毎日私を連れて遊び狂ってました。
冗談抜きで、世間のことなど何も分かっていない私が
「仕事は大丈夫なの?」って聞くぐらい。
それでもダンナのすごいところは、思いっきり集中して仕事をこなし
長期の余暇を確保できたってことですかね。
でも真面目に働いていれば、もっと収入はあったはずなんですけど。
そんなことをしながらも、カラオケボックスの経営など副業に手を出し
たりしてましたね。
(一番初期の4人も入ると窒息しそうなヤツ。結局個室型の登場で
あっさりコケた。)
私自身、彫金教室の講師をやったり、カラオケボックスの経営を
ほとんど見たり、広告代理店の方では経理・デザイン・コピーライター
から企画営業まで…
とても二十歳そこそこの娘ができないような経験をさせて貰っていた
ので、そういう意味でとても感謝していますが。
忙しくて、張りがあって、でも遊びもいっぱいして…
緊張感のある楽しい日々でした。
しかし嵐は前触れもなく突然やってきます。
……………バブル崩壊。
この瞬間に、どれだけの日本人が辛酸をなめたのでしょう。
今思い出しても、胃が痛くなります。
何がきっかけだったのかは、当時の私にはよく分かりませんでした。
おぼろげに残る記憶の中にあるのは衆議院議員総選挙。
当時の社会党が『マドンナ議員政策』なるものを打ち出し、
与党自民党の議席に大きく割り込んだ事実上の圧勝宣言の翌日、
株価が大暴落しました。
「すぐに持ち直すさ。」誰もがそうタカをくくっていたのに、株価は
下降の一途をたどり、やがて不動産価格の下落という信じがたい
状況にまで発展してしまったのです。
大打撃を受けたのが、銀行などの金融会社、不動産会社…
さらには、どこもかしこもその余波を受けることになります。
ウチの会社のメイン取引先は不動産会社でした。
大きな余波は、当然免れることなく我が身にも降りかかってきたのです。
当然収入は激減しました。
しばらくは踏ん張って持ちこたえていたものの、元は小さな個人企業。
吹けば飛ばされそうな状態です。
そこで自宅を売ることにしました。
当時2800万円で売却。
ローンの残額を返済し、諸々の諸費用を差し引いても1200~1300万円
くらいの余力が残りました。
事業資金として借り入れしていた分もここで返済。
借金こそなくなりましたが、なんとか手元に残った800万円が底をつく前に、景気回復の兆しはあるのか…?
それこそ祈るような気持ちでいたのです。
果たして会社の運命は?
長くなってきましたので、しつこいようですがまた続きますm(_ _)m