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木下グループpresets 舞台『No.9 ー不滅の旋律ー』

タイトルの「No.9」はベートーヴェンの交響曲第九番のこと。
最後の交響曲・第九を作曲したベートーヴェンの激動の半生を描いた物語。





白井晃が演出、中島かずきが脚本、三宅純が音楽監督、主演のベートーヴェンが稲垣吾郎。
2015年の初演から半分以上がキャス変となり、新たな深化&進化を経て、年末に相応しい、音楽と演劇が融合した舞台となった。

天才だが、ヒステリックで細かくて傲慢で頑固なベートーヴェンという印象だった初演。
稲垣吾郎は3年前よりも凄みが出て、見た目がまんまベートーヴェンぽく変化。やたら口煩く怒鳴りつけ、周囲の者を押し倒したりふっ飛ばしたりとますますの暴君ぶりに辟易。正直、こんな男は早くくたばれはいいと思うが、次々と名曲を生み出すから、遠目で我慢するしかない。
稲垣吾郎を隅々までたっぷり満喫できるので、ファンにはたまらんだろう。

一癖も二癖もある、片桐仁、羽場裕一、長谷川初範らベテラン勢がどっしりと支える。特に羽場裕一は父親と医師の二役を強烈な存在感で演じ分け、ベートーヴェンを翻弄してくれるので、傍目にはスカッとする。

生涯独身のベートーヴェンを女性として支えるのが、ヨゼフィーネの奥貫薫、ナネッテの村川絵梨、マリアの剛力彩芽の三人。
元恋人のヨゼフィーネは金を無心するなどし、ナネッテはヴァイオリン作製に命をかける現代でいう女職人か職業婦人、マリアはベートーヴェンの同志であり秘書であり彼を光に導く存在。ベートーヴェンにとっていわば、過去と現在と未来を象徴する女たちだろうか。
初演とキャスティングは違うが、村川絵梨はハキハキした言動と凛とした存在感が素敵だし、剛力彩芽は少女から女経営者へと軽やかな成長を見せて頼もしい。

ベートーヴェンの兄弟、カスパールの橋本淳とニコラウスの鈴木拡樹がお目当て。2人の実年齢とは逆で、長身の淳が上で、細めの拡樹が下。
カスパールの橋本淳は落ち着いた柔軟な芝居で、猪突猛進な兄ベートーヴェンを諌め支えて安心感。息子カールは初演と同じ小川ゲンだが、淳とそっくりな雰囲気でホントに親子にも見える。
ニコラウスは初演の加藤和樹の長身と比べ、鈴木拡樹はイマイチ目立たず。どう猛な兄に対して、苛立ちよりも冷静さが先行するので、あまり心が注がれない。

当初は耳が「半分」聴こえなかったのが、いつのまにか全部聴こえなくなっていて、補聴器よりも筆談のほうが重要になってくるベートーヴェン。
傍目には切なく思えるのに、ベートーヴェンは「嫌なことを聞かずに済む」と開き直り、逆手にとってまたやりたい放題。こういう障害者はホント厄介だ。
やがて耳だけでなく、心の眼まで喪っていて、成長したカールの姿も見えず半狂乱になる様子は痛々しくも迫真。稲垣さんはホントにハクがついた。その分、いっそう憎らしくなるけれど。

ベートーヴェンを大嫌いになる話でありながら、この世界を真に見つめ人々への愛を発見した姿に、仕方ないかと彼を受け入れさせてくれる。
ラストは初演よりもより穏やかになり、歓喜の光に包まれていくようだ。

左右サイドのピアニスト二人の生演奏が素晴らしく、効果音も担って、ナマならではの臨場感を伝えていた。
座席上、映像の左部分が隠されて見えなかったのが残念。あそこに年月日が書かれてあったのに。
奥行きのあるセットに、よく練られた骨組みを配していたが、両脇前面にある柱が邪魔なのだ。あれさえなければ完璧な世界観だったのに。

初演よりも、第九の合唱をたっぷりとやってくれたのか嬉しい。やっぱり私は第九が好きだ。こんな素晴らしい曲を残してくれたベートーヴェンも憎めない。
コーラス隊が立ち並んで、アルトのパートの人たちを見ながら、私も一緒に唇を動かして心で歌った。
カーテンコールはキャストも出揃って、共に合唱。鈴木拡樹もちゃんと唇を動かしていたから歌っていたと思う。
第九はやっぱり聴くだけでは勿体ない。一緒に歌ってこそ、喜びが沸いてくるのだ。

年末を先取りしたような、歓喜の歌で包まれた2時間半だった。

ロビーには映画『刀剣乱舞』のチラシいっぱい。
鈴木拡樹はやっぱり和モノが似合う。