たとえば野に咲く花のように | アクエリアス

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新国立劇場 2015/2016シーズン
鄭義信 三部作 Vol.2
『たとえば野に咲く花のように』。
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書き下ろし「鄭義信三部作」の第2弾。
2007年初演から8年ぶりの上演で、小劇場の空間へ舞台を移し、新たなキャストでおくる。
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初演は未見だが、ギリシャ悲劇からヒントを得た作品で、この作品をきっかけに、後の『焼肉ドラゴン』『パーマ屋スミレ』の執筆へと繋がっていったという。

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朝鮮戦争最中の九州のダンスホールを舞台に、男女の愛と憎しみ、喜びと哀しみが交錯する話。

博多弁の応酬で、たまに何を喋っているのか分からんぐらい、ナチュラルな芝居の臨場感。
笑いが先行する中で滲み出る、翳りと諦めと憎しみと切なさ。
メインとなる四角関係よりも、デブ女と海上保安庁勤めの男、チビ女と在日コリアン青年、その2つの恋模様の行方に興味を惹かれた。

ともさかりえと山口馬木也は、柔軟な芝居で好感。
従僕な石田卓也より、お嬢様な村川絵梨のほうが、明らかに大柄に見える理由が後々分かる。

池谷のぶえと小飯塚貴世江の軽妙で一途な演技が実にいい。この2人がいたからこそ、舞台全体の明るさと柔らかさがキープされる。
大石継太のダンスが、思いの外キレがあり上手い。
イケメンとして人気があった猪野学と黄川田将也が、体をはった化けっぷり。

日本政府を命令するのがアメリカだと諦め口調の会話のバックで流れる「Over the Rainbow」が、何度もトリッキーな曲として使われる。
大石継太さん演じるオカマホモ役は、レインボーフラッグを意識した設定か。

後半、在日コリアン満喜と、ボロボロになった安部と、挑戦的なドレス姿あかねの3人のシーンが印象的。まるで朝鮮と日本とアメリカの縮図ではないか。
最低最悪女あかねは、アメリカの具現化なのだろう。彼女に「殺せ殺せ」と命令され、土下座や暴力まで強制される男達は、まさに日本そのもの。
弟分の竹内は昭和最後の竹下総理を、経営者の安部は現総理の安倍をイメージさせる名前だ。竹内は己の罪に耐えられず逃げ出し、安部は女達を集めて儲けるも後はほったらかしでトンズラ。まんまじゃん。
60年経っても変わらない、アメリカと日本の力関係にも愕然とさせる。

「貧しい者は、愛や恋では生きていけない」
男たちが放り出した後始末をさせられるのは女たち。だからこそ、残された女たちの何としぶとく逞しく凛々しいこと。
まるで野に咲く花のようだ。
エンパイアホールの随所にある赤い花より、ライバル店の白い花より、窓下の黄色い花のほうに平穏を感じた。

『焼肉ドラゴン』よりうんと面白かった。
これは悲劇というより希劇だろう。

再演する舞台「End of the RAINBOW」を観たら、この舞台を思い出しそうだ。
Over the Rainbowが主人公のキンプリの映画もまた観たくなった。