子供達が遊ぶ公園の
「自転車で遊びに行きたい」
オープニングセレモニー

「自転車で遊びに行きたい」
息子が言った。
「友達はみんな自転車で公園に集まる。」
息子の自転車は実家に置いてある。
自転車をこちらに移動しなければならない。
母に話しをすると
「みんなって本当にみんな?
こんな交通量の多いところで……」
不安材料を「これでもか!」と
機関銃のように話し始めた。
私は耳シャッター⏬
私自身、子供の頃からずっと
繰り返し、繰り返し母に言われた。
「みんなって、本当にみんな?
何人中何人がみんな?」
でも、そんな母の今の口癖は
「歳をとると『みんな』こうなるのよ!」
メディアの刷り込みにより
年寄りはこんなもの❗️
を全力で想像し
全力で生きてきた。
母は確実に「元気」になり
エネルギーに満ち溢れている。
そのエネルギーを内に溜め込み
不安を想像し引き寄せる。
だから、母には心配を掛けない。
子供達にも「お婆ちゃんには内緒だよ」
お婆ちゃんに心配掛ければ
損!怖い引き寄せがある!
と言い聞かせた。
いつまでも「内緒」を貫くつもりはない。
子供達を置いて飛び回る私に
母は牽制する言葉をかけてきた。
「私ね、お母さんに言われた言葉で
一番悔しかったのがね
『あなたの為に諦めた』って言葉。
私は絶対に子供達に言わない。
私は子供達と一緒に成長する。
心配は心配しか引き寄せないから。
私は子供達を信じる。
いつも綺麗で格好良かったお母さんが
私の自慢で、私の誇りで
私の憧れで、私の目標で
今でもお母さんには敵わないと思ってる。
だから今日までシングルで来れた。
お母さんに感謝してる。」
「行かないでって
いつも泣いてたじゃない?」
「行かないでって泣いてたのは
早くに母親を失った
お母さんとお父さんの
子供の頃の心の叫び。
鏡だった。
本当の私はお母さんに感謝してる。」
「信じることしかできないってこと…?」
と母が呟くと
父は黙って首を縦に振っていた。
母の白髪はどんどん黒くなってきた。
どんどん身体は元気になっているのに
考え方は体調の悪い時のまま。
身体の中に澱んだ「気」が滞っていた。
「歳をとったら『みんな』…
みんな、みんなって
本当は『みんな』じゃないって
本当はわかってるんでしょ?
もう年寄りのフリはいいんじゃない?」
子供達が実家から帰ってくると
「自転車を持ち帰っていい」
とお婆ちゃんが言ってくれた様で
持ち帰る為の「段取りと約束」を
取り付けてきた。
出来なくする「心配」を想像することから
出来るための「行動」を想像する母に
しっかりと前に進んでいる。
「ショッピングセンターに行っても
私に似合う服が無い!」
「百貨店に行ったらいいんじゃない?」
「 出かける先が10分の1なら
服も10分の1でいい。
本当に着たい服を着る。」
母は、母らしく歩み始めた。
子供の頃から
「みんな」って「みんな?」
と言ってくれた母のおかげで
私は自分に問い掛けることができるように
育ててもらった。
強烈な両親と兄の毒舌で
とことん自信を失った。
おかげで他人の痛みがわかるように
育ててもらった。
当時は苦しくて堪らなかった。
今は
心から感謝
心からありがとうございます。
ayus
