「使命」


と言われると重い。


私は、中学3年生の時に言われました。

「将来、人の上に立ち、人を助ける。
   看護士やドクターではないが
  人を助ける仕事」


私が人の上に立つ〜⁉︎びっくり



あり得ないガーン



大学受験で勉強するのがイヤで
音楽を学び
証券会社に勤め
呉服屋に転職…



人を助ける仕事から掛け離れてた生活。




そんな私が、人様のお役に立ちたいと

思うようになったきっかけは



出産。



子どもに、残してやりたいものは何か。。。



人との繋がり。



いつ、自分が死んだとしても

子どもたちが、

誰からも愛され、支えられるように…



そんなことを考え

いろいろやってるうちに

何の利益もないものの



お金で買えないものの大切さを



感じるようになりました。



そんな綺麗事…



シングルマザーが、

お金を稼がず、ボランティア活動⁉︎



どうやって子どもたちを守るのか?


ボランティアは、

お金と時間に余裕がある人がやるもの。


って言われたりもしました?


納得して、

収入を増やすことに専念してから
また収入が増えてからやればいいかなぁ…



でもね、



自分の使命と違うことって、、、

楽しくない。



使命⁉︎

でも、、、


人の上に立つのはイヤだよ⁉︎ショボーン



人の上に立つとはどう言うことなのか…






環境保護活動家のC.W.ニコルさんの講演を

聞かせて頂きました。



森はいろんなことを教えてくれます。


森は人を笑顔にしてくれます。


森は人を求め、人は森を求めている。






森を想像して下さい。



手入れの行き届かない森は、

大きな大木が鬱蒼と生い繁り

光が差し込みません。

光が入らない森は、

小さな動植物が育ちません。

森は命の連鎖が止まります。



もし、あなたが

親だとしたら…

リーダーだとしたら…

あなたはその森の大木です。


あなた自身の

枝葉を伸ばし続けることばかり考えていたら

どうなるでしょうか?


隣の大木とぶつかり合い、

光の奪い合いの為に

より高く枝葉を伸ばすことを考え続ける。



でもね、

それは小さな動植物が育ちません。

食物連鎖が止まります。

あなた自身の…

大木の…栄養だって少なくなるのです。






自分の要らなくなった枝葉を落とすことが

どれだけ大切なことか。


あなたの枝葉を落とす為に

あなたのお子さんや

あなたの仲間が

あなたの鏡をして教えてくれます。



その枝葉、格好悪いよ❗️


そのプライド、必要ないよ❗️


その義務や責任、必要ないよ⁉️


子どもたちが…


あなたの仲間が…


鏡となって見せてくれています。



子どもが…仲間が…


厄介なことを言っていたら、




自分の要らなくなった枝葉を落とす時。




ゆっくり自分を見直してみませんか?





人は足りないものを見つけることばかり考え


自分の使命を忘れてしまうと


命の連鎖を断ち切ります。


枝葉を全て落とす必要はありません。


プライドを全てても

誇りは失わないでください。


嵐が来たら、


その枝葉で


小さな動植物を守ってください。


完璧じゃなくていいのです。


酷い雨や風を


少し遮ってください。


小さな動植物も


自分で自分を守る術を


少しずつ学びます。


光を遮ることはしないでください。



完璧じゃなくていいのです。



人の上に立つ….


それが私の使命だとしたら。


私は大木なのかもしれません。


でもね、大木だって


ただの森の一部でしかありません。



そんなに大袈裟なことではないのです。



太陽や雨に感謝。


小さな動植物に感謝。


仲間の木々に感謝。


自分の枝葉をしっかりと手入れするだけです。


子どもたちは、

いつも近くで私の鏡を見せてくれていますよ。