アーユルヴェーダ大好き♪ヘアーズビット

アーユルヴェーダ大好き♪ヘアーズビット

川口市の美容室ヘアーズビット併設の完全個室サロン。インド政府公認アーユルヴェーダ医師渋谷るみ子先生から直接学んだトリートメントやカウンセリングを行っています。西洋医学の知識と経験も活かし、体質診断、カウンセリング、全身のケアまで行っています

こんにちは。しょうこです。

今日は息子が寝坊をして、

「寝すぎた。今日の休日はもう0点だ」

と言っていました。

でも私は、

「たくさん眠って、しっかりパワーチャージできたんだから、よかったじゃない。それも100点だよ」

と伝えました。

寝坊をしたから0点。

予定どおりに過ごせたから100点。

私たちは、つい自分の一日を採点してしまいます。

けれど、本当に0点の一日なんてあるのでしょうか。

インド哲学では、私たちは魂の学びに必要な人生を選び、そのストーリーを歩むために生まれてきた、という考え方があります。

そして、すべてを「私」がやっているのではなく、大きな力によって行われているのだともいわれています。

それなのに私たちは、

「私がうまくできた」

「私が失敗した」

「こうなるはずだった」

と、すべてを自分の力で動かしているように考えてしまいます。

これが、インド哲学でいうエゴです。

うまくできた、できなかった。

正しい、間違っている。

100点、0点。

そうやって判断し、結果に一喜一憂するのもエゴの働きです。

インド哲学が目指しているのは、そのエゴを少しずつ手放し、本当の自分である魂に気づくこと。

「私がやった」という思いから離れ、起きていることを信頼して受け入れられるようになることです。

それが、人生の大きな目的の一つであり、モークシャ(解放)へとつながっていきます。

プライドや善悪の判断、100点か0点かという採点から離れたところに、本当の安らぎや幸せがあるのだと思います。

寝坊した日も、失敗した日も、思いどおりにならなかった日も、魂にとっては必要な一日。

だから、今日もスマイルで100点です😊




こんにちは。しょうこです。

今日のヨガクラスで、生徒さんから

「食べ放題に行って、ちょっと食べすぎちゃった」

という話が出ました。

そこから、
「ビュッフェって、おしゃべりしてるとなかなか食べられないよね」
「せっかくだから、いっぱい食べたいよね」

なんて話に(笑)

そんな何気ない会話から、アーユルヴェーダの「ダルマ」の話につながりました。

アーユルヴェーダでは、人生には4つの目的があるといわれています。

ダルマ(正しい生き方・役割)
アルタ(豊かさ・富)
カーマ(喜び・願い)
モークシャ(解放)

その中の「ダルマ」は、人が調和の中で生きるための道や秩序のようなもの。

そして、それが乱れた状態が「アダルマ」です。

インドの古い思想では、時代とともにダルマは少しずつ失われ、現在は「鉄の時代」と呼ばれるカリ・ユガにあると考えられています。

争いや混乱、病気など、世界の調和が崩れていく。

その原因として語られることのひとつに、なんと、

「食べすぎ」

があるんです。

世界の平和から、食べ放題(笑)

でも、これが面白い。

必要以上に食べれば、体は重くなり、怠惰になりやすい。

そして、満たされているのに「もっと欲しい」。
人よりもっと得たい。

そんな欲が少しずつ大きくなっていく。

一人ひとりの小さな欲や行動が、やがて社会や世界のあり方にもつながっていくということです。

アーユルヴェーダは、古代の聖者たちが深い瞑想の中で受け取った神聖な智慧として伝えられています。

そんな昔の人たちが、人間が調和を失っていく原因を突き詰めていって、

「食べすぎも、そのひとつだよ」

と伝えている。

なんだか、とても興味深いと思いませんか。

食べすぎたからダメ、という話ではありません。

私も食べすぎることはあります(笑)

ただ、

「今日はちょっと食べすぎたな」

と気づく。

世界の平和なんていう壮大な話も、実はそんな身近なところとつながっている。

アーユルヴェーダって、やっぱり面白いです。




こんにちは。しょうこです。

今日は久しぶりに、インターナショナルヨガセンターのスタジオへ行ってきました。

普段はオンラインで参加している、朝5時半から8時半までのヨガのクラス。

スタジオへ行くのは、たぶん4ヶ月ぶりくらいです。

ここには、本当にたくさんの人がヨガの練習に来ています。

そして、周りの人たちのレベルがすごい。

足が頭の後ろに回っていたり、
逆立ちしていたり、
ものすごいブリッジをしていたり。

その中で私はというと……

初心者(笑)

自分のペースで、へっぽこヨガをやっています。

ヨガは人と比べるものではなく、自分自身のプラクティス。

そう思いながらも、

「わぁ、すごいなぁ」

と、ついつい周りを見ちゃったりして(笑)

でも今日、そんな皆さんを見ながら、昔、音楽を習っていた頃の先生の言葉を思い出しました。

「音楽が上手になりたかったら、いい音楽をたくさん聴きなさい」

いい音を聴くこと。
いい演奏に触れること。

そうすると、自分の中にも少しずつ「いいもの」が入ってくる。

これって、ヨガも同じなのかもしれません。

そしてもうひとつ。

昔、少しだけ働いたことのあるお店の大将は、

「いいものだけを食べていればいい」

と言っていました。

子どもだからいいものはもったいない、ではなくて、
子どもにも、いいものを食べさせる。

いいものを見せる。
いい経験をさせる。

そうやって考えていくと、これは食べ物や音楽、ヨガだけの話ではないんですよね。


ふと、グルジの言葉も思い出しました。

いつも神様を思い、祈り、瞑想し、
光に心を向けている人には、
その光が映し出されていく。

黄色いものを見れば、黄色が映るように。
明るい光の中にいれば、その光が自分にも映るように。

私たちは、自分がいつも見ているもの、触れているものを、少しずつ自分に映しているのですね。

だからこそ、

いいものを見て、
いいものを食べて、
いい人たちに出会って、
いい経験をして、
美しいものに心を向けていたい。


今日のヨガは、ポーズ以上にそんなことを思い出させてくれた時間でした。





ケン先生に会うだけで、私は元気が出ました。オンラインとは違いますね。

ありがとうございました。