佐々木正美「人 愛 こころ」より
子どもは、自分の希望がありのままに受け入れられれば受け入れられるほど、自分は価値のあるものとして認められているという実感をもつし、これでは駄目だ、ああしなくちゃだめだと言われれば言われるほど、自分の存在は価値の小さなものとして感じるわけですね。
愛の鞭などと言いますが、本当に愛のある人が鞭など必要としますかね、私は疑問です。
子どもはまず無条件で受け入れられることで自分が本当に愛されていることを知り、その辺の信頼から、その他の人も信じるようになり、自分自身への信頼すなわち自信をもつことができるようになると思うのです。
自信がある子どもと無い子どもはそういうところで決まるわけですね。
自分に自信があるということは、親を中心に人から認められていること、愛されてること、そのまま受け入れられていることを実感することです。
子どもは自立を認めてくれる人がいればいるほど、認めてくれた人を信頼することができ、その人を信頼することによってそうでない人に対する信頼感も広がっていくわけですね。
ですから、人に対する不信感とか、恐怖心や警戒心が強いというのは、自分の欲求が基本的にはどれくらい認められたかどうかで決まるわけなんです。
そういう意味で、自分の欲求がたくさん満たされた子どもというのは、人を信頼するし、自分の存在を肯定的に感じることができるし、人を愛することができます。ということは、人と調和した行動がとれるということになっていくわけでしょう。
人との調和の中で、ある程度自分のプランを生かすことができるようになってはじめて自立なんですよ。
勉強ができても何ができても、それだけでは全く自立的な力にはならない。クラスでトップクラスの秀才の登校拒否というのは、少しも珍しいことではないですね。