12月。
イルミネーションを見るのが辛い。
去年、お見舞い帰りに見たイルミネーションが
今年も、同じように光っている。
クリスマスソングも聞きたくない。
クリスマスケーキも見たくない。
悲しみにフタをして生きているんだ。
だって、去年のあなたの写真を見ると
思い出が、一瞬にして蘇る。
楽しかった思い出なのに
なぜ、悲しい思い出になってしまうの?
思い出は延長線上にある。
でも、あなたがいたからステキな思い出だった。
あながいなくなったら悲しい思い出になった。
ひとつの思い出が、こんなにも色を変える。
人の心は、思い出とともにある。
半年経とうとしている、
時間薬なんてウソ。
苦しみにどうにかフタをして、どうにか
日常を装って
心のどこかに無理に落とし込むことが
多少うまく出来るようになっただけ。
悲しみは消えない。
だけど、消えてしまっては困る。
それぐらい、あの悲惨な場面、結末があったことさえも、なかったことのように
翌日、普通に過ごしてしまうんじゃないかと言う
人間の怖さを知る。
人間には苦しいこと、悲しいことを
良い意味でも悪い意味でも
忘れる力がある、薄れさせることができる。
ある意味、まともに毎日苦しみから
解き離れることがないとしたら、
死別の方達は、追ってしまうかもしれない。
私も、自分の人生を捨てたかったから。
私は眠っている時間が今は一番幸せだ。
夢の中で、何も考えず、好きな事をしてたり
久しぶりな人にあったりしている。
目をつぶり
私自身を縛るいろいろなものからの解放。
私は無理に笑うより
悲しみにしっかり向き合いたい。
今でも、涙が止まらない日がまだまだある。
一年の季節は
辛い思い出をめぐり
まだまだ向き合うには早いんだなって
感じている最近。
この世に
死別という辛い出来事が
まだこの現代に、乗り越えられず
苦しんでる人がいる。
生まれくる命の場所で仕事をしてきた。
赤ちゃんや幼い子供を亡くしたお母さんを
たくさん見てきた。
医療も死から逃げてる。
みなが、愛する人との別れを
再開の時まで、残された人が生き抜けるような
救いの手を差し伸べられる
そんな世界になっていってほしい。
そのためにはしっかりと、生と死を
前向きに捉える、そんな時代になって欲しい。
もう、誰も悲しむ姿を見たくない。
私の願い。