雨と曇の毎日…

コロナ感染者数…

豪雨、地震、氾濫…

虐待死、自死、事故死…

医療崩壊、経済破綻、誹謗中傷…

政治非難、国、知事、迷走…

このワードから
明るい何かを見出すことは皆、困難だろう。
生きていくことは容易でなかったのだと、
死はこんなにも近かったのだと
理解した人も多いだろう。

この数年、

いのちと言うものにとことん向き合い
人生とは
生きるとは
死ぬとは
と、考えた。
神仏にも手を合わせ
ご挨拶に行き
世話になっている人全てに感謝して
自然にも癒してもらい
毎日出来る事を
ただひたすら繰り返していた。


結果
答えは出なかった。


多分、答えはないのかもしれない。
あるとすれば
私が答えを探しながら過ごしてきた毎日が生きると言う事なのかな。

死ぬことは…?

日野原重明医師の言葉に
死は人生の最後のパフォーマンスである。
と言うものがある。

ならば死も生の一部なのだと思った。
死で終わりじゃなく
生きた証が
肉体として残る。

何人もの死を見ると
死に方さえ、その人の生き様や、らしさが
あるように見える。

それから何を学ぶのか、
最後が看取れなくても、意味がある。
突然儚く消えても、意味がある。

残された人がそこから
どう汲み取るのか。

想像力を働かせて
その人だったら何を伝えたかったのかと
深く深く
思いを寄せる…。

苦しみは愛があるから生まれ
その苦しみは
愛したんだと言う証明なのだと気づいた。

生きてる間に愛を知ることが出来て良かったと
私は思っている。
そして今も愛してるからこそ、
苦しみから解放されたとは言えないけれど
私の一部であり、
これからも私を支え、作る一部なのだと思う。

取り巻く世界はいかに
変わろうとも、
その人と共に
毎日を生きていく。
いのちを使い切るまで。

姉ちゃん頑張って。
妹からのエール。





最後の家族旅行は福島県。
母の故郷。