タバコを吸うなら犬を吸え

タバコを吸うなら犬を吸え

ひたすら教育関係でブラックもブラックに働き続けて事故に手術にパワハラでとうとうぶっ倒れた元教員の自堕落な日々。

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落ちました。見事に。

この間駅の階段で夜中仕事帰りに落ちて足を剥離骨折した友人がいるので笑い事ではないのですが、とりあえず、歩きスマホをしていたわけでもなく、単に家の階段をスリッパ履いてぺとぺと歩いていただけでこの始末。

頭打ったらやばいやん?!首やってもきついやん?!てことで、階段の段数ー歩いた分(2、3歩)の段数を、ケツと両腕(肘の前らへん?)を連打しました。

小学生以来ですかねーこんなの。あの時は雨が降っていた日で階段が濡れてたんですが、そこでリノニウムの床をこう、キュっと。一番上の段で。

なので、まったく人体に優しくない金属製ストッパーつきの階段の角に、14回連打というなかなかの結果を出しました。あ、14回というのは最後の数段は陸上選手よろしく見事にそのまま立ち上がりポーズを決めたからです()。

いや、自分だって小学校3年生よ?いたいーってやりたかったよ?でも嫌いな先生がそれを見てたわけですよ。もう平気な顔していくしかないじゃん!?

そのまま掃除場所にいきましたとも、平気な顔して。

そしたら掃除場所の監督の先生がみるみるうちに腫れてきていってぇな、てやってたのを見つけてはよ保健室いきなさい!!!な流れに・・・

 

あー今回は金属の角じゃなくて木の角だったけど、いや痛いのには変わりないから。階段には要注意。ってことですね。

階段怖い階段怖い。

いや、文字通りなんですけど。

 

今日は午後少し調子がよくなったので、母親たぶらかしてわんこ二匹つれて、新しいリードと引っ張りっこ用のおもちゃを調達。

これで、先代から使っていたリードと散歩用の首輪は、ようやくおやすみに入ることになりました。

いつ切れてもおかしくなくて怖かったんだよぉ!

でも弟くんが来てから(もともと私のシェパーここでは兄くんとしましょうーが単頭飼いだった)、かなり変わったところは否めないですね。

これが兄の貫禄か。それとも・・・なところです。

 

完全に母は弟くん、私は兄くん、というようにオーナーが分かれているので、それぞれが着替え始めると面白い。

 

私が着替えると兄くんが「俺行くよね!!」弟くんは「ぼ、僕は?!」

そこで母が着替えはじめると弟くんも狂喜乱舞「僕もいけるー!!」

 

そんな賢い犬種、犬慣れしていない人にはお勧めできないけど、一度飼ったらもう他の犬種に目が行かなくなる犬種。ベルジアンシェパード・タービュレン。

今は車で疲れた兄くんは私の膝に頭のせて寝てます。可愛い〜♫

これ、同人時代に常々意識してたことなんですけどね。

まさかソシャゲやっててそれを説教する羽目になるとは。

 

いいと思うんだよね、大切なものは人それぞれ。好きになって仕舞えば多少そのキャラがズレてて変人だろうと可愛いし(ちなみに同人の先輩に、キャラが「かっこいい」と思っているうちは引き返せる、なぜならカッコよくないことをしたときに幻滅できるから。でもかわいいと思ってしまったら終わり。なにしても可愛いから。実に納得した)、実際に私も若造のくせに国家を動かす権力もって偉そうにしてるくせにメガネのスペアを50コくらい持ってたり怪談メリーさんのモノマネやってたりするのもあーーーーたまんねぇかわいいかよぉ・・・ってやりながら同人やってました。

でもまぁ、敵対する組織はあって、そこで結局クラスタのも習って敵対する可能性もあるわけで。結構敵対クラスタからは同人サイトで叩かれたけど、まぁいいんです。見たくなきゃ見なきゃいい、ブラウザバック、自己サイト時代の人間は強いぜ。地雷踏んでも画面そっ閉じなんですよ。

 

歴史オタクで飲み会したときに、推し武将によっては関ヶ原の恨み、だし、幕末オタクだったら居酒屋が池田屋になるし、同担拒否なんて言葉もあるし。

 

俺としては、楽しく推しライフを満喫できればいいとおもいます。

え?俺の推し?

 

そりゃーうちのわんこどもですよ。

 

え?うちの推しを悪く言われたら?

 

 

ちょっと、武道館裏行こうか、ねぇ?

話は現在に戻って、今日あったこと。

 

自分は以前とあるソシャゲのギルドマスターをやってたことがあるんだが、そこでちょっともめてそこを脱退したことがある。

 

個人的にはもうそことは縁が切れているつもりだったし、残った人たちがなにを言おうと関係なかった、はずだった。

 

ところが、新しく入ってきた人を皮切りに、二年前のことがずるずる引きずり出されてきてしまってちょっとナーバス。

だったんだけど、新しく入ってきてくれた人(懲りずに別のギルドでギルマスやってるんだなーこれが)、なんと、前私が出てきた元私のギルドの出身で、そこ(今の私のギルド)にだけは行くな、と当時からのメンバーに言われたそうな。

入ってきてくれた人とはすっかり仲良くなって今やライン通話で一緒にゼルダをやる仲になっているんだが、彼女のリークしてくれたところによると、あることないことどころか、ないことないことをでっち上げて、ひたすら私と、一緒に出てきてくれたリア友を悪く言っているそうで。

 

人間って、さみしいね。

そこまで私のことが憎いのか。

 

当時のメンバーで私たちの側についていてくれたけど、身内がまだ中にいるからっていうんで出るに出られなかった人が「これ以上嫌な思いをして欲しくない」と言っていたけど、なんだかなぁ。

 

呆れてモノが言えないという一日の終わりでした。

 

明日はできれば、刀剣乱舞の映画のBlu-rayを予約しに行ってこよ・・・

 

 

 

 

 

 

とは言っても、昨日は本格的に寝込んでいたので、仕方ないとは思うことにする。

 

どこかの本屋でちらっと見た一言に、自分を許すとあったので、許すことにします。細かい事は知らないけど。

 

さて、少しは回復したと思うので続き。なんの続きっていじめの続き。字面が悪いね。いじめってある時点で字面は悪い。

つまりはそういうことなんだよね。

 

日本語って、最後までイエスなのかノーなのかをはっきりさせない言語だがから、

「いじめは悪いこと」です、ではありません、までわかんないんだよね。

でも、みんな「いじめは悪いこと、です」の方を選択すると思う。いじめている本人も。

 

私はいじめられた側から話すから、たぶんいじめている本人を責めるようなことになると思うけど、いじめている側っていうのはどういう理由があったとしても責められるべきと思うんだよね。それと同時に、いじめられている奴にはいじめられるだけの理由があるっていうのも、たとえそれが、過半数が「そうだろうな」って思うような奴でも、それは肯定されるべきではない。

 

それを肯定したら、そうじゃない、つまり過半数が「いじめられても仕方ない」と思わない人にも、それが当てはめられてしまうから。

 

というか、いじめ、っていうような、曖昧な言葉にするからいけないっていうのは、結構著名人も言ってるよね。殴れば暴行罪、カツアゲは窃盗罪、いじめをエスカレートさせていって死に追いやるなら、それは殺人罪。

学校内で行われるからいじめっていうのは、なかなかにして学校の「事なかれ主義」が生んだ幻想みたいなものだと思う。なかなか現実に結びつかない。やれやれだよね。

 

だから、いじめられている諸君に、いじめられっ子の先輩からアドバイスだ。

 

いじめられているから不登校になるのは建設的じゃない。

不登校って、結局通知表の評価をつけてもらえないケースが多いから、どんなに頭がよくても通知表は平均以下、あるいは1。これは成績をつけていた側だから言えることだよ。保健室登校とか、相談室登校をしていてテストを受けて成績をつけさせることもありっちゃありだけど、それでもマックスの点数はでないし。

いじめられてる方がバカを見るっていうのが仕方ないみたいになっていること、本当に馬鹿げてると思うけど、不登校だとそうせざるを得ないシステムなんだ。

せめて相談室登校にしておけ、その方が将来のためだ。

 

それと、いじめられている事実を、担任、親、 あるいは他の信頼できる教員に伝えること。これは恥ずかしいことでもなんでもないし、将来のことを考えるなら、周りの大人を利用しろ。

 

私はこれをしなかった。まぁ不登校にもならなかったけど。

なぜって?

だって、

 

あんな低脳の屑のせいで不登校とか、将来潰されるとか、バカみたいじゃん。

 

低脳っていうのは成績のことじゃないよ。

他者を低くすることで自分を高める奴のことだ。

自分を高めたいなら、周りはそのままでじぶんが高みに登るのが正当なことなのに、他者を貶めて自分が高みにいるのだと思いたいバカたれは、低脳以外の何者でもない、いくら成績が良くても、だ。これは俺が当時すごくおもっていたことだった。

 

そしてそれは今も変わらない。

 

だから、逃げた。

今度こそ、逃げた。

 

あほみたいなパワハラで精神壊してまでブラックに努める意味はないと思ったから。

 

そして、今犬を吸う生活になっている。

私が幸運だったのは、それを許してくれる親がいたこと。

前に親は当時ひどかったみたいなことを書いたけど、あれは接し方や育て方をしくじっただけで、俺を肯定していなかったわけじゃない。

母親はうざったいくらいに「愛してる」と言っていた。ただ、過剰に手を挙げて足あげて、「愛している」を免罪符にして子供の自尊心までへし折る真似はちょっといただけないね、ってだけ。

今だって、こうして俺がある程度復活(精神的にね)して、パチパチブログ打ってるのを見て「回復してくれたのを見ると疲れが取れるわ」なんて言ってるんだから。

 

そこは、幸運だったと思う。当時かけるべきだった心配を、今かけてる感じだね。

 

ただ、幼少期や思春期、まぁ学校にいってる間の精神的ストレスは性格が曲がるから、絶対にオススメはしない。

逃げられるなら逃げるが勝ち。ただし、うまく逃げるんだよ。

 

 

 

 

正確には食道裂孔ヘルニアっていうんですね。調べてもらうとわかると思いますが、まぁあれです、医者には、食道と胃の変わり目が、胃と同じ扱いをされてしまって、食道が胃液で焼かれるという・・・胃酸て強烈ですからね。みぞおちが痛ぇ痛ぇ・・・胃も痛ぇ・・・胃に関しては胃の神経を麻痺させる薬でなんとかなったけど食道は無理・・・てんで絶食療法(個人的に)。

 

もうこうなったらシェパード君吸うしかない。ちょうど耳の間くらいがナイスな香りがするんですよね〜、フェロモンが出てるからかな。ナイス、美味しい。耳もぐもぐ。

 

写真のせたいと思うんですが、なんというか、やっぱ元教員ていう立場から個人特定怖いかなと。それくらい、このベルジアンシェパードって顔が違うんですよね。この子たちで個人(個犬?)特定できるくらい。

なので、秘密秘密です。でもかわいいですヨw

 

まぁ、とにかく今日は一日寝てました。といっても痛くてほぼ眠れないんですけどね。

 

こういうときに、溜まったストレスの解消法はタバコではなく、「犬を吸う」!。

 

これに限ります。では、きょうはまた寝ます。

頭クラクラしてきた〜のでチョコレートだけ舐めますが。

低血糖にはチョコレート!

 

これが一番ですね。ではでは。

昨日の夜中に書いたら、なんだかいじめの話に行っちゃったから、

そのまま俺が受けたいじめの話をしましょう。

 

俺ははっきり言って、「いじめられているという事実」を「認めたくなかった」。

こういう子、いるんじゃないのかな。

だから、当時の先生たちにも「別に大したことじゃないし」と強がったり、

親に対しても同じだった。

ついでに俺は背が高かったから、「男女」「女じゃない」なーんて言われることが

しょっちゅうだったね。ドラゴンボールの方がセーラームーンより好きな感じだから、

間違ってはいなかったのかもしれないけど。

 

それと、おれは父方の祖父母の家でも同じだった。

私は次男の娘。親父には兄が一人と妹が一人。妹の子が一番、二番上の男、

で、長男の息子が私と同い年が一人(生まれ月で学年違ったけど)と、

私より下。

つまり、女一人でみそっかす。なんの役にも立たないのが、田舎の掟。

早い話、いらない子だったんだよね。

 

喧嘩をすると全部私が悪い。父親まで俺の話を聞かずに俺をなじる。

そんなことがしょっちゅうだったよ。

 

だから、俺は、俺になりたかった。

男になりたかったんだよね。

 

でも私は女で、それを否定したくて、必死だった。

男みたいな格好をしていた。

坊や、と知らん人から言われるのが、ほっとした。

キャップを斜めにかぶって、髪も短くして。

 

でも、そんな俺を学校は受け入れるわけはなかったんだ。

無視、からかいは当たり前。

近眼がひどくてメガネは早くからつけていたけど、「メガネザル」なんて

呼ばれてさ。当時は(□-□ )かけてるやつが珍しかったんだよね。

 

そんな学校で、助けてくれるはずの教師はなにもしなかった。

冤罪をあたりまえに受け入れて、親に連絡した。

親は信じるときもあったし、教員によっては信じないときもあった。

 

地味に、家での教育も激しかった。

平手打ちのあとをつけて学校に行く事もしょっちゅうだった。

そんなん、今じゃ児童相談所案件だよね、でも当時は放置だった。

 

 家では虐待に近い扱いだった。手が出る足が出る、挙句の果てには車で寝ろとか、

よくて家のドアの前に放り出される。幼稚園の時はとくに尻叩きが痛かったなぁ、腫れ上がるんだ。

自分がいらない子なんだって、本当に実感していた時期だった。

 

いらない子は、どうしたらいいんだろう。

なにをしても悪い子は、どうしたらいいんだろう。

 

わからなかった。

俺は反抗したり、諦めて受け入れたりしながら、その時期をすごした 。

そのうち、違う自分で世界を旅するようになった。

本をのめり込むようによんで、授業中もよんで、違う自分が必要とされて、明るく、楽しい世界を旅してたんだ。

そこだけで、生きていた。

 

みんなは、どうしていたのかな。

 

 

 

 

ちなみに、今俺のシェパードがかまってちゃんしてるから、今日はここまで。

拗ねて寝ちゃうと厄介だからね。

 

では、また。

 

 

私はなにも考えず、「大学で学んだことを生かせる職に就きたい」それだけで教員という道を選んだ。

 

それが間違いだったのかもしれない。

 

俺は幼稚園の頃から、どうしても捨てきれない思いがある。

どうしてこんなに理不尽に責められなければならないのか。

 

幼稚園児がこんなことを思うのはおかしいだろうけど、「どうしてぼくばかり?」と、それだけだった。

喧嘩をすれば必ず俺が悪くなった。それは幼稚園でも、父方の祖父母の家でも、同じだった。何かあれば、マナイが悪い。

 

それは小学校でも中学校でも、(特にあそこはど田舎で小中一貫みたいなところだったのでエスカレーターだったんだよね)高校でも。

もうそれは明らかないじめだった。

 

でもいじめと認めたくなかった。

 

ああ、いじめを、少し書いていこうか。

はじめまして。本気ではじめましてです。

 

こうやってブログを書いたことはあるのですが、当時はなにせ、

しおれ果てた高校生。犬関係のブログを書いていました。

思えば銀○の銀八先生のよいこのこくご、を見ながら、

教員になることをぼんやりと視野に入れていた時期でした。

 

それはまぁ恐竜のいた時代とでも思ってください。

現在の私は、一文無しで親のすねをかじる生活です。

 

何から書けばよいものか。

教員をしていたことは事実でしょうか。

物を書いていたことも事実でしょうか。

教育現場の愚痴を書けばよいのか、それとも現在進行形で

私のスレたジャージの裾を齧っている愛犬のことを書けばよいのか。

一応シェパードですね。見た目はアレだけど。

 

なにもわからないし決まっていないブログです。

ただ、人生経験としてはアホほど積んでいるし、詰んでいる人間です。

犬の差をにおいで嗅ぎ分けられる人間です。今まさに隣を通過していったのは

母の犬ですね。犬種は同じなんですが。

 

さて、こんな私がこれからどうなっていくのか。

津々浦々に書き留めていこうかと思います。