とは言っても、昨日は本格的に寝込んでいたので、仕方ないとは思うことにする。
どこかの本屋でちらっと見た一言に、自分を許すとあったので、許すことにします。細かい事は知らないけど。
さて、少しは回復したと思うので続き。なんの続きっていじめの続き。字面が悪いね。いじめってある時点で字面は悪い。
つまりはそういうことなんだよね。
日本語って、最後までイエスなのかノーなのかをはっきりさせない言語だがから、
「いじめは悪いこと」です、ではありません、までわかんないんだよね。
でも、みんな「いじめは悪いこと、です」の方を選択すると思う。いじめている本人も。
私はいじめられた側から話すから、たぶんいじめている本人を責めるようなことになると思うけど、いじめている側っていうのはどういう理由があったとしても責められるべきと思うんだよね。それと同時に、いじめられている奴にはいじめられるだけの理由があるっていうのも、たとえそれが、過半数が「そうだろうな」って思うような奴でも、それは肯定されるべきではない。
それを肯定したら、そうじゃない、つまり過半数が「いじめられても仕方ない」と思わない人にも、それが当てはめられてしまうから。
というか、いじめ、っていうような、曖昧な言葉にするからいけないっていうのは、結構著名人も言ってるよね。殴れば暴行罪、カツアゲは窃盗罪、いじめをエスカレートさせていって死に追いやるなら、それは殺人罪。
学校内で行われるからいじめっていうのは、なかなかにして学校の「事なかれ主義」が生んだ幻想みたいなものだと思う。なかなか現実に結びつかない。やれやれだよね。
だから、いじめられている諸君に、いじめられっ子の先輩からアドバイスだ。
いじめられているから不登校になるのは建設的じゃない。
不登校って、結局通知表の評価をつけてもらえないケースが多いから、どんなに頭がよくても通知表は平均以下、あるいは1。これは成績をつけていた側だから言えることだよ。保健室登校とか、相談室登校をしていてテストを受けて成績をつけさせることもありっちゃありだけど、それでもマックスの点数はでないし。
いじめられてる方がバカを見るっていうのが仕方ないみたいになっていること、本当に馬鹿げてると思うけど、不登校だとそうせざるを得ないシステムなんだ。
せめて相談室登校にしておけ、その方が将来のためだ。
それと、いじめられている事実を、担任、親、 あるいは他の信頼できる教員に伝えること。これは恥ずかしいことでもなんでもないし、将来のことを考えるなら、周りの大人を利用しろ。
私はこれをしなかった。まぁ不登校にもならなかったけど。
なぜって?
だって、
あんな低脳の屑のせいで不登校とか、将来潰されるとか、バカみたいじゃん。
低脳っていうのは成績のことじゃないよ。
他者を低くすることで自分を高める奴のことだ。
自分を高めたいなら、周りはそのままでじぶんが高みに登るのが正当なことなのに、他者を貶めて自分が高みにいるのだと思いたいバカたれは、低脳以外の何者でもない、いくら成績が良くても、だ。これは俺が当時すごくおもっていたことだった。
そしてそれは今も変わらない。
だから、逃げた。
今度こそ、逃げた。
あほみたいなパワハラで精神壊してまでブラックに努める意味はないと思ったから。
そして、今犬を吸う生活になっている。
私が幸運だったのは、それを許してくれる親がいたこと。
前に親は当時ひどかったみたいなことを書いたけど、あれは接し方や育て方をしくじっただけで、俺を肯定していなかったわけじゃない。
母親はうざったいくらいに「愛してる」と言っていた。ただ、過剰に手を挙げて足あげて、「愛している」を免罪符にして子供の自尊心までへし折る真似はちょっといただけないね、ってだけ。
今だって、こうして俺がある程度復活(精神的にね)して、パチパチブログ打ってるのを見て「回復してくれたのを見ると疲れが取れるわ」なんて言ってるんだから。
そこは、幸運だったと思う。当時かけるべきだった心配を、今かけてる感じだね。
ただ、幼少期や思春期、まぁ学校にいってる間の精神的ストレスは性格が曲がるから、絶対にオススメはしない。
逃げられるなら逃げるが勝ち。ただし、うまく逃げるんだよ。