亡き息子への手紙☆ | 産後ドゥーラ✕グリーフケア 〜naranja〜 

産後ドゥーラ✕グリーフケア 〜naranja〜 

naranjaとは、スペイン語で オレンジの意。

出会う人を、
オレンジ色のあたたかい光に照らす、セラピストでありたいと思っています。

産後の新たな家族の暮らしに寄り添うドゥーラセラピストつじゆうこの日記です。

本物のセラピストになるべく

子育てしながら自分の中のマイナスの感情を浄化中です。


カウンセリング 、アーユルヴェーダ、ヨガ、誕生学 お友達とのおしゃべり等々


そんな中、8年前2歳前に突然死で他界した長男へ手紙を書いてみることにしました。


長男に語りかけつつ、自分に語っています。


夜中の手紙ですから・・・ちょっとこっぱずかしいラブレターになってます。


完全に私的な長文です。あしからず~(・・。)ゞ


書いてみての収穫、過酷な状況の中に生まれてきてくれた長男。

でもホントに私を選んで生まれてきてくれたんだってこと、心から納得できましたドキドキ



○○へ

こんにちは。お久しぶりです。ママですよ。
あなたには、ホントにお世話になりました…ってなんだか変な出だしですね。

あなたのことは、いつもいつも胸の中にあって、私の大きな中心です。
あなたが残してくれたもので、私は救われて生きてきました。

でも改めて言葉にしたことはなかったから、いま思い出しながら書いてみますね。

ひろ君は、きっと私があなたのパパと結婚すると決まった頃から、
心配で心配でお空の上から私を見てくれていましたね。

そして居てもたってもいられなくて、すぐに降りてきてくれました。

過酷なお腹の中での生活だったけど、あなたは全部わかって受け止めてくれました。

まだ小さい小さい赤ちゃんの時も、パパとママの命を守るためにがんばってくれました。

私は、あなたをこの世に送り出したすぐ後、ただただ休みたくて


ほおーっておけば死んでしまうあなたがいるから、命が目の前にあるからと、
辛うじて、這いつくばって、あなたのお世話をさせてもらっていました。

誰かこの子を引き取って、幸せに育ててくれないだろうか…とさえ思っていました。ごめんね。

悲しみの中で外の空気にあたりたくて、あなたを抱いて家の周りをふらりと歩いた時、
紅く色づいた葉っぱを見上げながら、きっと来年同じ風景は見られないと頭では分かりながら、
それでもパパと3人で静かに暮らせたら…と願っていました。

あなたが生まれて6週間経ったころ、いのちの危険があったので、
ママはお友達にそれまでの出来事の記録をメールで送信しました。

次の日、あなたのおばあちゃんとおばちゃんが迎えに来ました。

そのまま新幹線に乗って、あなたと私と、ママがお世話になった先輩と3人で東京までいきましたね。
まだまだ小さいのにママの膝の上でスヤスヤ安心しきって眠っていたね。ありがとうね。

その後たどり着いた、茨城のお家であなたは急に大きくなりはじめました。
命の危険にさらされない安心できる場所だったものね。

ママもホッとしたんだ。まだ指輪は外せなかったけど、すごくホッとしたんだ。

その後も茨城のお家で、いつもゆらゆらとあなたと2人お散歩して
洗濯物ほして、たたんで、お庭の草むしりをして、畑の野菜をとったりして、土の匂いを感じて


私が元気になるのをゆっくり待ってくれたね。

あなたは、私に産婦人科で働くというご縁を与えてくれました。

命の現場で働けたこと、様々な事情をもつ患者さん、色んな形の夫婦、100人100様のお産、
ただただ観察できて、勉強になったんだ。

数年経つと

このままで帰してはいけないって思える患者さんへ

ただ優しい言葉をかけるだけではなくて、何かできることは! と、思うようになっていました。

 

私の使命のヒントを与えてもらいました。

あなたと、2人でやっていくことを助けてくれた院長先生、保育所の先生、お友達etc

そして亡くなってからも、あなたの残してくれたご縁のおかげで
私を応援してくれている皆の気持ちを温かく、受け取っています。

あなたの好きだった大きな川沿いの道、船を指差して喜んでいる様子、キラキラ光る水面。
その風景が忘れられなくて、私は、まだこの街に住んでいます。

2人で生活を始めて1年が過ぎ、私が明るい笑顔ができるようになっていた時

もう大丈夫、ママは一人でやっていけるね。

そうあなたが思ってくれた時が、さよならの時だったんだね。決まっていたんだね。

もう一度、お世話になった茨城のお父さんとお母さんのお家に遊びに行って、
生まれてはじめて安心して眠れた和室で、死んでいったね。

あなたは息がなくなる時、きっと苦しまなかったはず。眠るようになくなったはず。SIDSだもの。

そう信じられるほど眠っているような顔だった。それがママの救い。ありがとうね。

連休中に亡くなって、あなたの亡骸とさよならするまで、時間がありましたね。

その時間がありがたかったね。
あなたの死を受け止める時間、あなたと少しでも長くいられる時間。お別れするための時間。

焼き場に行くときも、私の腕の中だったね。
少し臭いがしたよ。もう生きていない人間の匂い。

それで私は、

もう可愛そうなので焼いてあげてくださいって気持ちになれたよ。ありがとうね。

でもほんとうに身体がなくなってしまうときには、はじめて立ち上がれないほど泣いたね。
あれだけの涙を流せるほど、受け止める時間を作ってくれてありがとうね。

なくなる日の夜中、一度だけ起きてくれたね。
「ママ、ママ~」って泣いたね。挨拶だったんだね、お別れの。

あの時、喉が渇いていたよね。
ママは、ヒトのお家だったから、つい水を飲ませずに抱っこしながら眠らせてしまったよ。
あったかかったな。あなたがホントにあったかかったな。
あの時、いっぱいぎゅぎゅって抱っこして、あなたを感じられてよかったよ。

あのとき、水を飲ませてあげればよかった。それがママの唯一の後悔だったりするよ。

小さい後悔でしょ?

それくらいなの、あなたを育てさせてもらって、している後悔って。

それくらい、私一生懸命だったの。
今まで生きてきた中で一番、全身全霊で頑張れたことがあなたのお世話。

それだけは胸をはっていえるの。生きてるって楽しいって思えた。

あなたを絶対に大きくしようと、その決意だけだったの。

でもそんなに一生懸命だったと、あとになって気付いたんだぁ。

あなたの弟君が生まれた時、
あなたの生まれた頃の細かい記憶、かなり飛んでいるはずなのに(普通じゃなかったし)、

ママ、ちゃんとなお君のお世話できたの。びっくりしちゃった。
身体で覚えていたの。

自転車に一度乗れたらずーっと忘れないみたいに。

あなたのことを、全身で愛していたんですね。

あなたは私を

これでもかというくらい、強く深い人間にしてくれました。

私の中にこんなに大きな大きな愛が溢れているのだということを教えてくれました。

遠くから会いに来てくれてありがとう。私を助けに来てくれてありがとうね。

会えてよかったよぉ!!

ずーっとお願いしてた、弟君と新しいパパ、ちゃんと連れてきてくれてありがとう。

おまけに妹まで!!ほんとにありがとう。

全部ひろ君がママに降りてきてくれたときからはじまったよ。


どうもありがとう。だいすきだよ。

ママより

2011.2.20