もう来月の11日で東日本大震災から一年半が経つんだね。
あゆなの故郷は、福島県大熊町。
そう、福島第一原子力発電所のある町なんだ。
震災は、今でも忘れないよ。
あの時の大震災でたくさんの命が奪われたんだもんね。
あゆなもあの震災以来、地震がトラウマ。
あゆなは震災のあの日、家から一時間離れた学校に通ってたから
その晩は家に帰れなかったんだ。
親とも連絡はつかず・・・・・
もしかしたらお母さんも、おばあちゃんも、弟も
津波に流されてしまったのかもしれない
ってずっとずっと思ってた。
あゆなは妹と同じ高校だったから、妹を今はあゆなが守らなきゃって思ってた。
その晩は、ずっと余震が続いてて、学校に泊ったんだけれども
先生たちが、あゆなみたいな原発の放射能で帰れなくなった友達やあゆなに
あったかくて美味しいおにぎりをくれたんだ。
先生たちは、あゆなたちのために自分の家からお米を持ってきてくれて
家庭科室でおにぎりを作ってくれてたの。
その時のおにぎり、本当においしかったんだ。
明日のご飯はどうしようって考えたの初めてだった。
先生たちは夜中、あゆなたちが寒くないようにストーブをつけたり、
部屋の中の空気を入れ替えしてくれたり。
あゆなは眠れなかったんだけどね。
夜中ずっとつながらないお母さんの携帯に必死にメールしたり
電話したりしてた。
次の日ね、朝は皆で先生がくれたパンをわけたんだ。
あゆなの友達は、お母さんと連絡ついて迎えに来てもらってた。
どんどん帰っていく友達。
そしたら、なんと一通のメールが。
「お母さんたちは、生きてるよ」
お母さんからのメールだったの。
あゆなは妹と泣いたんだ。嬉しくて。
夕方にお母さんと涙の再会をしたの。
そのまま東京へ避難。
お父さんも途中で合流して(^-^)
そして今は東京じゃないところに
いるんだ。
もちろん福島でもない。
もう、大熊町には帰ることないと思う。
こっちにきて、高校途中編入して
あゆないっぱい辛いことあった。
でも、ちゃんと前向いてたら
いつのまにか、震災のあの日から進んでいたと思う。
命があって良かったなあって思う。
あゆなは、いきれなかった人の分も
生きたいんだ。
もし、苦しくて逃げ出したいことがあっても、命は捨てないで。
今は辛くても、未来は分からない。
あゆなは、震災でたくさんの人に支えてもらったから、いつか恩返しがしたいです。
生きてて良かった。
ありがとう。