5年目の道
休日にカレーを食べるために、わざわざ40キロも離れた店へ行くなんて…
26歳の独身女の行動じゃないな…と思いながら、借りたばかりのFishmansと小沢健二を聴きながら、一路鷲敷へ。
「ラブリー」「今夜はブギー・バック」「いちょう並木のセレナーデ」「ドアをノックするのは誰だ」
懐かしいメロディーを聴きながら、緑のまぶしい山道を走る。
以前彼氏と行ったことがある店だけど、このあたりの土地は自分で運転して来たことがない。
5年も徳島にいるのに、いまだに行ったことがない場所がたくさんあるなんて…
今日は、初めての場所に行くという点でも、意味のある行動だったのかも。
渋滞のバイパス抜け、市内から約40分ほど走ると、川沿いの道に出た。
初めての道。
少々不安を感じながら、車を走らせていると、見たことのある寺が。
「平等寺」
あれは4年前。
まだ入社1ヵ月(いや、引っ越して1ヵ月)の、右も左も分からない時に来た寺だ。
しかもホンダ・スーパーカブで。
無謀にも私は、地図を片手に徳島県内の札所を3日で回ったのだ。
どうやら、初めて通道ではなく、4年振りの走行だったらしい。
地理も分からないまま、地図に導かれるままに、この道を走っていた。
車の今日でさえ、市内からの距離を感じたのに、あの時は原付で走ってきてたなんて。
しかも私はさらに50キロほど離れた「薬王寺」まで走ったのだ。
あの頃の、何の恐れも心配もなく、ただ純粋にいろんなことに挑戦する気持ちを思いだした。
今の私は、社会でいろんなモノを目にし、体験し、感じ、心がひどくよどんでしまったように感じた。
一番大事なことは何か。
「究極の危機でさえも、楽しむ気持ち」
ピンチはチャンス。
考え方次第で、世界は広がる。
心をどこに置くかによって、可能性は無限に広がる。
閉ざされたドアの向こうに、新しい何かがやってきて
きっと、きっとって、君を動かしてる。
いいことばかりではないさ
さぁ、次のトビラをノックしよう
もっと大きなはずの自分をさがす
終わりなき旅
そうですよね、桜井さん。
自分自身
数年ぶりに『エヴァンゲリオン』を観ている。
初めて見たのが高校生の頃。
当時、夕方18:30~のアニメ枠で放送されていたので、何の気なしに観ていたけど…
今見返してみると、18:30~にしては話が重すぎる。
(描写もリアルだし…)
今回見返してみて、ようやく分かったこともたくさん。
例えば、シンジの心の葛藤や、ミサトの加持君に対する想いや、レイの秘密…
な~んも分からず観てたんだなぁ。
逆に、今観たから共感する部分や、自分自身が気づかされることも多くて。
私はだいたい、人より数年遅れて、いろんな感情を体験しているような気がする。
仕事って、なに?
生きるって、なに?
自分て、なに?
よく大学生が「自分探しの旅」に出たりするけど、私はようやくその必要性を感じて、来年実行しようとしている。
えらい遠回りだ…
だから、シンジの心の葛藤が、今自分の葛藤とシンクロしてしまう。
この遠回りが無駄だとは思わない。
人より時間がかかったからこそ発見できたモノがたくさんある。
発見できた自分がある。
今、自分が体験している感情が「遅い」とは思わない。
ただ、ちょっと時間がかかっただけ。
ゆっくり、自分のペースで歩いていけたら、それでいい。
夕空の向こう
今年の母の日は家族全員が集合した。
三姉妹全員が家を出ているため、今は広い家に父・母・祖父の三人。
父は三日に一回夜勤があるので、週5で家は2人きり。
先日愛犬が天国へ行ってしまったので、本当に2人だけ。
一人暮らしが楽しいと思っていた。
一人暮らしがラクだと思っていた。
小言を言われることもない。
深夜に帰っても心配されることがない。
ケンカをすることもない。
でも、自分のことしか考えてなかった。
最近ようやく、家族のことを考えられるようになってきた。
だから、少しでも時間ができたら、家に帰ることにした。
私はケーキと簡単なプレゼントを。
姉2人は花束を。
父も花束を。
母のために全員が揃った家は、久々ににぎやかだった。
それぞれの近況を報告しあい、大勢で食卓を囲む。
静かな田舎の夜に笑い声が響き、街頭の少ない町に夜遅くまで灯りがともる。
そして、玄関が花で彩られた。
やっぱり、最後に戻るべき場所は家族のもとなのかもしれない。
何があっても絶対に自分の味方になってくれるのは、やっぱり家族なのだ。
少しでも多くの時間を家族と過ごすこと。
そして、少しでも心配を減らすこと。
これが、何よりもの親孝行だ。
〆切明けたら、今度はアグネスのケーキでも買って帰ろう。
人間力
連日連夜の“半徹夜”明け。
今日は8:30集合でリアル結婚式に参加(もちろん仕事)。
新郎は同い年の26歳、新婦は上野樹理似のべっぴん25歳。
お色直し3回、親族一同の集合写真、ケーキカットにキャンドルサービス、スナップ撮影にビデオ撮影。
フルコースしっかり盛りだくさんの3時間。
感動して泣く友達や親族の方を見ていると、式の成功を感じられた。
結婚式って、考えたらたった1日、いや正確にはたかだか3時間程度のイベント。
この数時間のために、世のカップルは半年もかけて準備を進めるのだ。
そして、その二人をサポートするのがブライダルプランナー。
プランナーって…ほんとに大変。
寝る時間ないくらい、二人の当日を最高にプロデュースするために日夜走り回ってるのです。
中には、馬鹿ップルのくだらない話に何時間もつき合ったりするわけです。
でも嫌な顔ひとつせず、すべて話を聞いて受け入れてあげる。
しかも結婚式当日は、宴会担当の人が会場を仕切るので、プランナーが表に出ることがないのです。
まさに縁の下の力持ち。
どんなにしんどくても、二人の「ありがとう」を聞いたら帳消しになりますよ。
知り合いのプランナーさんが言ってた。
今が苦しくても、その自分の苦労があるおかげで、誰かが笑顔になることを考えると、
どんなに辛くても頑張れる気がする。
僕のした単純作業が
この世界を回り回って
まだ出会ったこともない人の
笑い声を作ってゆく
そんな些細な生き甲斐が
日常に彩りを加える
モノクロの僕の毎日に
少ないけど 赤 黄色 緑
桜井さん。
人間って、そうやって年を重ねていくべきですよね。
プライドとは
自分の仕事にはプライドを持って取り組んでいるつもりだ。
途中で投げ出さない。
最後までやり遂げる。
不動
昨日の前向き宣言はどこへやら…
今日はまったく動けなくて(心が)、夕方まで家に引きこもってしまった。
みんな仕事のストレスはどうやって解消してるのかな??
やっぱ趣味?
それとも、とにかくぶちまけてんのかな?
私の場合、どうしても仕事の愚痴は人に言うもんじゃない!みたいな気持ちがあって、溜め込んでしまう傾向に…
辛くても辛い顔をせず、常に前向きに仕事をしてる人を「かっこいいな~」って思ってたけど、そういう人はどうやってストレス発散してるんだろう。
27歳にもなってこんなこと考えてることが悲しい…
そんなこんなで、昨日は彼氏との電話で仕事の話題。
暗い…
一人で頑張ってる彼氏に、自分の仕事の悩みを話すのは気が引けて、いつも躊躇してしまう。
でも昨日はどうにもこうにも気持ちが落ち着かなくて、思い切って聞いてみた。
「仕事の愚痴なんて、ほんとは聞きたくないよね?」
そしたら、「いや、どんな仕事してて、どう思ってるのか知りたいから、何でも言って」だって。
私、まだまだできた彼女にはなれそうにないなぁ。
人を頼っちゃダメだと強がってても、結局最終的には人に支えられてる。
もっと素直になれたら、ラクなのになぁ…
反省力
入社当初、仕事でミスをした私に、先輩がこんなことを言ってくれた。
必要以上に凹む必要はないよ。
それよりも反省することが大事。
正直、どう違うの?って思っていた。
けれど、最近トラブルに直面することが多くて、よくこの言葉を思い出す。
凹むって、つまりは「私なんて…」と、悲劇のヒロイン的に感傷的になるだけ。
そんな状況の自分がかわいそうって、自分自身を慰めているだけ。
でも反省とは、その経験を次にどう生かすか、どうしなければならないのか、前向きに考える行為だと思う。
そうすることで、ミスをした相手への誠意が行動となって表れてくる。
それができなければ、いつまでたっても成長なんてできない。
「トラブルはチャンスの顔をしてやってくる」
凹んでばかりいられない。
腐ってたら進めない。
反省して、動きださなきゃ。
月曜日の憂鬱
A型の美学
仕事先で出会った人が、昨年南極大陸を旅した時の写真展をしているということで覗いてきた。
ツアーで南極のこの地に入るのは初という。
世界中から集まった総勢100名近くが約2週間あまりを一緒に旅する。
大きくて分厚い氷河を粉砕船でズンズンと進むこと3日間。
一番の目的は、皇帝ペンギン。
彼女が撮った写真に写るペンギンは、どれも美しい。
私の記憶の中では、水族館で羽が薄汚れたペンギンしか思い浮かばない。
しかし、水族館よりもよっぽど過酷な自然の中にいるはずのペンギンは、真っ白な羽と真っ黒の澄んだ瞳を持ち、どこか神聖な雰囲気さえ醸し出していた。
空や大地の色を見ても思うことだが、やはり自然の美しさは何ものにも代え難い。
皇帝ペンギン親子の表情や姿からは、計り知れない愛情が伝わってくる。
虐待だ殺人だ、そんなニュースばかりの人間て、なんだかとってもちっぽけで弱い生き物だなぁと思った。
それはさておき、写真展をしている彼女、実は相当な旅マニアだとか。
かれこれ40ヵ国以上を旅してまわり、今回の南極は夢の地だったのだとか。
「一人で行くんですか?」
「英語は話せるんですか?」
「怖くないですか?」
「宿はどうするんですか?」
私が海外旅行をしている人に聞くことと言えばこんな話ばっかり。
なんともネガティブ志向。
今日も彼女に「A型の発想やな~」と言われてしまった。
確かに。
海外の一人旅に対して憧れがあるけれど、いつも弊害になるのは、こんなことばっかり。
でも今日話していて、ふと思ったこと。
本当は海外のどこかに興味があるんじゃなくて、海外を一人旅する自分がかっこいい、という憧れがあるだけなのかも。
かっこわる~
動機の不純さに今さらながら気づき、一人凹む…
武装しないと一歩踏み出せないのは、A型だから?
安全パイしか選べないのは、A型だから?
やりたいことより、やらなきゃいけないことを優先させてしまうのは、A型だから?
いや、私だから、か。
「何もやらずに後悔するより、失敗してでも挑戦して後悔する方が意味がある」
確かに、その通り。
危険な橋を渡らず、ぬるま湯に浸かった人生。
今のままじゃ、絶対後悔する。
こんな自分を変えるためにも、一人で海外の旅に出るのは、いい薬になるかもしれないな。
今年をどう過ごすか。
着地点から逆算して、自分の1年後を想像する日曜の夜。
3月29日のわたし
「末期患者に最期まで呼吸器をつけることが治療行為であるなら続けるべきだが、手の施しようがない末期患者にケアを施すことは医療行為と切り離して考えるべきだ」
「罪に問われるかもしれないが、必要なことであった。私の身にとっては災難だったが、気持ちの中では貴重な経験をさせてもらったと考えている」
射水市民病院の安楽死問題で、渦中の外科部長が言ったこの言葉が、今日一番ココロにささった。
安楽死をさせるいう行為が、善意のうちになされているように感じたから。
いや、そもそも安楽死に善意や悪意って、あるのかな。
ほんで、こういう問題に、正しい答えはあるのかな。
立場が変われば、正否がいっぺんに逆転してしまうし。
今日私が感じた気持ちも、身内が危篤状態だとしたら、怒りに変わっていたかもしれんし。
ただ、今回の外科部長がメディアを前にしても、自分の行動や判断に誇りを持っていることに、感銘を受けた。

